第357.4話 4話でわかる!これまでのあらすじ(第二部編)
職を失った俺に声を掛けてくれたアイザックの好意は素直に嬉しかったし、今も恩義を感じてはいる。けど、奴のパーティに入って以降の俺は、率直に言って針のムシロだった。寧ろ針の穴に糸を通すようなピンポイントさで最悪の選択をしてしまった。
アイザックとパーティを組んでいた3人は全員女性。そして全員漏れなくアイザックに好意を抱き、全員漏れなく俺を邪魔者扱いし、全員漏れなく性格が激悪だった。
毎日のように奴等から罵詈雑言を浴びせられ続け、いよいよ殺意まで抱かれた事をきっかけに、俺はパーティから追放される事にした。
「……追放って自分の意志でされるものだったっけ?」
細けぇ事はいいんだよコレットさんよ。異世界に来たんだから追放の一つや二つ経験しなきゃやってらんねーだろ?
「とにかく、そういう事情でアイザックのパーティを脱退して途方に暮れてたんだけど、そこでユマの御両親から武器屋を頂いてさ」
「幸不幸の高低差ヤバくない?」
仰る通りですよコレットさん。寒暖差100℃くらいあったんじゃないかな。
街を襲撃したモンスターからユマを救った御礼にと、彼ら家族が昔営んでいた武器屋を土地ごと譲り受けた俺は、その建物を利用して事業を立ち上げる事にした。何しろ借金の額は約15万G。日本円にして1500万円だ。
誰が払えるっつーんだンな額……なんて愚痴言ってても仕方ない。相手はヒーラーだからな。返さなかったらどんな報復を受けるか。その一心で俺が選んだのは――――警備会社の設立だった。
この街にはかつて、王城から警備兵が派遣されていた。だけどそいつらが権力を振りかざし街で好き放題した結果、主要ギルドの連中がブチ切れて内戦が勃発。結果、ギルドが圧勝し警備兵は完全撤廃された。
そんな事情があるから警備会社のような専門組織を置く事は難しかったけど、警備業務を含むギルドの設立なら問題ないとバングッフさんから助言を受け、ギルドの設立を決意。
その名もアインシュレイル城下町ギルド。
ルウェリアさんに命名して貰ったこのギルドは、城下町で起こった様々な問題を調査し、可能なら解決に導く為のギルドだ。当然、治安の維持やトラブル解決もその中に含まれる。つまり、警備業も含めた街の便利屋さんだ。
会社なんて興した事のない俺にとって、この起業は初めての経験。何をすれば良いのかもわからないまま見切り発車したのを昨日の事のように覚えている。
「そういえば、最初に雇ったのって誰だったの?」
「えっ……」
コレットの何気ない質問に思わず絶句してしまった。
勿論、忘れちゃいない。最初に内のギルドへ来たのはイリスだった。
新設したウチのギルドが怪しいから監視する為にソーサラーギルドから派遣された……ってのは建前で、本当は手伝いに来てくれたんだよな。指示したのはティシエラで間違いない。控えめに言って女神が天使を貸し出してくれたようなものだ。
とはいえ、事実をそのままコレットに伝えるのには抵抗がある。コレットはイリスに対してモヤモヤした感情をずっと抱いているからな。嫌ってる訳じゃないらしいけど、イリスと一緒にいる時は明らかに曇った顔をしている。
ただなあ……イリスの次にウチのギルドのドアをノックしたのってこいつなんだよな。当時はバフォメットマスク被ってたからコレットとはわからなかったけど。
その現場にはイリスもいたから、誤魔化すのは難しい。
……仕方ない。
「んーと……順番で言うとユマかな?」
武器屋を譲り受けた時、ユマが『遊びに来て良い?』って聞いてきたのを思い出した。これを誇大解釈すれば、雇用を希望していて俺がそれを受けた……と言えなくもない。いや、絶対言えないけどこの際仕方ない。
「そうだったんだ。まだ子供なのにしっかりしてるんだねー」
何その普通の答え。何の目的で聞いた質問だったんだよ。
まあ良いか、コレットだし。とっとと話を進めよう。
「最初の面接は大変だったんだよ。ヤベー奴ばっかだったし」
「仕方ないよ。新設したばかりのギルドだから、きっと余所で問題児扱いされてた人ばっかり来たんじゃない?」
「何他人事みたいに言ってんだよ。お前もヤベー奴の一員に決まってるだろ」
「……ですよねー」
流石に自覚はあったか。街灯に照らされている状態だと顔の色合いまではわからないけど、きっと真っ赤になって恥じているだろう。過去の己の所業を。
何にせよ、新参のギルドの割には結構な数の人達が面接に来てくれたお陰でアインシュレイル城下町ギルドは無事に船出を迎える事が出来た。
そんな面々と共に挑んだ最初の仕事が――――今、俺達を照らしているこの街灯の設置だ。
「これ設置してから、夜の犯罪が減ったんだって。元々そんなに多くもなかったんだけど。怪盗メアロって深夜には動かないんだよね。変な泥棒」
「あいつは自己顕示欲満たす為に盗みやってるフシがあるからな。誰も起きてない時間に盗みに入っても仕方ないんだろうよ」
怪盗メアロか……奴の正体を知った今となっては、前みたいに気安く話が出来る自信はちょっとない。
――――なんて事は特にない。自分でもちょっと不思議だけど、あいつにはどうにも敵意を持てない自分がいる。屈辱を味わった相手だから、それを晴らしたいってのはあったけど、憎しみとか義憤に駆られるとか、そういう感情は湧いてこない。
よくわからないけど、それを無理して認めないって気にもなれないのが今の率直な気持ちだ。まあ、ウチのギルドの物を盗もうとしたら全力で潰すけどな。
「って言うかお前、街灯設置してる時には仕事来てなかっただろ。よくぬけぬけと自分も主戦力で頑張りました、みたいな顔で言えたな」
「そ、そうだったっけ? もう随分前の話だから忘れちゃったな~。ヒューヒュヒュー」
口笛吹けないのに吹こうとするな。そのすっ惚けスタイル見てるこっちが恥ずかしくなるんだよ。
「お前な……こっちはマジで心配したんだよ。娼館に売られたかもってわざわざ娼館に潜入したりもしたし。わかってんのかコラ」
「痛い痛い痛い! 頬つねらないでー! ごめんなさいってばー!」
ま、そのお陰で女帝と縁が出来たんだけど。ついでにアイザックの取り巻きの三人娘――――メイメイとミッチャとチッチもいたんだっけ。
にしても、なんかアレだな。当時は切羽詰まっててあんまり考えなかったけど、娼館で働こうとしてる知り合いと再会ってエロマンガの導入みたいだよな。まあ、揃いも揃って野獣みたいな連中だから興奮はしないけど。コレットだったら相当ヤバかっただろうな……色んな意味で。
「ふぅ……」
「え、何その溜息。もしかして私本気で呆れられちゃってた? もしかして愛想尽きて見捨てようとしてる? 私を交友関係から切ろうとしてる? 違うよね? 違うってハッキリ言ってよ。ねえ。ねえってば」
見捨てられ不安が強すぎる……最近は成長して精神的な脆さを見せなくなったと思ったらコレだよ。
「まあ、俺もこの街に来て結構経つし、知り合いも増えたからな。友達一人失ってもそこまで痛手じゃないんだよな」
「……うわ最低だこいつ。トモ最悪」
え、ドン引きはズルくない? そっちの悪フザけに乗ってやったようなもんじゃん。なんでこんな変な空気になるんだよ。
……そう言えば、失踪中のコレットを発見した時も確かこんな空気だったな。そこでようやくバフォメットさんの正体がコレットだと確定したんだ。
あの頃のコレットはギルマス選挙のプレッシャーで精神的にヤバかった。とりあえずポップなゴートで逃げ出したい、現実から遠く目を逸らしたい、そんな一心で手軽に違う自分になれるバフォメットマスクに手を出した。
で、被ったはいいけど呪いがかかっていた所為で脱げなくなり、しかも声まで出せなくなっていた。
声の方は俺の調整スキルでどうにかなったけど、マスクそのものは外せず山羊コレット続投。そんな状況下で俺はというと、ティシエラから説明要員として五大ギルドに駆り出されるハメになった。コレットのマスクを外す方法を教えて貰う為とはいえ、安請け合いしちまったよな……思えばあの時ちゃんと断ってたら、その後もいいようにコキ使われる事もなかったんだ。何事も流されちゃダメだよな。
職人ギルドのギルマスのロハネルと、ラヴィヴィオのトップのハウクとはそこで初めて顔を合わせたんだったな。怪盗メアロから会場の職人グルドを破壊されても会議をやめようともしない、なんともブッ飛んだ連中だった。
その後、コレットのマスクを外す方法としてティシエラから提示されたのは『十三穢の一つ【ネシスクェヴィリーテ】でマギの流れを断ち切る事』だった。十三穢について知ったのもこの時が初めてだった。
そのネシスクェヴィリーテを所有していたのは、事もあろうにファッキウ。ルウェリア親衛隊の中心的人物で、娼館を統べる女帝の息子。とてつもないイケメンで、性格は変態であり無駄に頭が回るという最悪の野郎だ。
案の定、奴はネシスクェヴィリーテを貸し出す代わりに隷従を要求して来た。それはどうにか躱したけど……厄介な事に、そのネシスクェヴィリーテを頂くという怪盗メアロの予告状が届いた。
だけど、その中身は明らかに前回の予告状とは違う代物。偽物と判断した俺達は余り深刻に捉えずにいた。
その矢先――――ルウェリアさんが行方不明になったんだ。
「でも、トモって意外と薄情じゃないよね。ルウェリアがいなくなった時も結構あばばーってなってたし」
「あばばとはなってねぇよ」
とはいえ取り乱したのは事実。逆にコレットは冷静だったな。調整スキルを使って運の値を最大値にしてからルウェリアさんを探すよう進言してきたんだっけ。普段は何も考えてなさそうなのに、いざって時には心強い。その点は羨ましいっていうか、こっそり尊敬してるんだよな。
でも結局、女帝を犯人と決め付けて自爆するところもコレットらしい。今にして思えば、結構酷い事したのに女帝全然怒ってなかったな。あの人の心ってもしかして海より広いのか? 息子のファッキウとは正反対じゃねーか。ってかマジ似てねぇなあの親子。
「……」
「どしたの?」
「いや、ちょっと考え事」
まあ、別に似てない親子なんて星の数ほどいるだろうし、気にしてたらキリがないか。
何はともあれ、その後娼館で保護されていたルウェリアさんと無事再会する事が出来た。この時は気付いてなかったけど、ルウェリアさんの失踪は彼女自身の中に原因があったんだ。
――――俺と同じような結界を、彼女も持っていた。
ただ、俺とは違って意識的に出している訳じゃない。それに結界を発動させると本人の意識がほぼなくなって夢遊病のような状態になる。
どうしてそうなるのか、そもそも何でルウェリアさんが結界を持っているのかは、まだ明らかになっていない。もしかしたら彼女の出自に関係しているのかもしれないけど……
「あ。わかった。あの時の事思い出してたんだ」
「え?」
「ホラ、フレンちゃんの妹……弟だっけ? 兄だったっけ? とにかく、フレンちゃんの身内が性転換してた時の事」
「え」
「え」
いや全然違う……確かに近い時期ではあったけどさ。ディノーの後輩でのちにフレンデリアの兄だと判明するメカクレが、急にキャラ変した件な。しかも冒険者ギルドの選挙に出るっつーんだからな。あれはまあ、正直驚いた。
元々は余計な一言で周囲をピリ付かせる、いけ好かない奴だったんだけどな……女性化して急に個性が死んだ。つまりお兄ちゃんはおしまい。可哀想に。
「でもま、コレットとの思い出って言うと選挙が一番かもな」
「……」
せっかく話を膨らませたのに、コレットは乗っかる事なく黙り込んで夜空に目を向けていた。
……後悔してるんだろうか。ギルマスになった事を。実際辛い事が沢山あっただろうしな。
もしそうなら、俺は――――
「私、つくづく思うんだよね。トモがいなかったらきっと、今頃……選挙に落ちて冒険者ギルドにも居辛くなって、でも家の事があるからここから離れも出来ないで、ただギルドの窓際で静かに時間潰してたんだろなって」
……どうやら、今の進路を後悔はしていないらしい。でも極論過ぎる。そんなifルートはないだろ幾らなんでも。
ま、でも選挙が大変だったのは事実だ。普通の選挙だったら、もっと色んな裏工作に手を汚したり駆け引きや交渉で脳髄までドス黒く染め上げたりしたんだろうけど、それとは違う意味でしんどい選挙だった。
メカクレ、というかファッキウ陣営が冒険者ギルドの選挙に出馬した理由は……奴等が完全に女性になる方法を得る為だった。
この時点で何かもう自律神経が相当やられてたんだけど、その後のしんどさに比べたら些事としか言いようがない。
何しろ――――モンスターが人間に化けて密かに街中で生活してたってんだから。
けど、それすらも霞むような厄介事が起こった。
ヒーラーの暴走。
ヒーラーギルド最大手のラヴィヴィオが火事になった事で、暇を持てあましたヒーラー共が街に繰り出し、回復魔法の押し売りを始めやがった。
それから俺達は、長期にわたってヒーラー共と敵対する事になる。その中でも特に脅威となったのはラヴィヴィオ四天王と呼ばれている連中だ。
最も凶悪で回復魔法をゴリ押ししてくるパワータイプのエアホルグ。
理屈屋で小賢しく常に鬱陶しい言動で苛つかせてくるガイツハルス。
そして遠距離からの攻撃を得意とする、スナイパーのシャルフ。
娼館を占拠したこいつらとの死闘は熾烈を極めた。
あの時は本当にヤバかったな……死ぬかと思った。
「って言うか、トモがいなかったら私ずっと山羊のままだったかも。マイザー、だったっけ。あの人を見つけられなかったかもだし」
「マイザー?」
「……記憶から消したいのはわかるけど、自分に嘘ついても仕方なくない?」
くっそ……思い出したくなかったのに。
まあ、奴との再戦の約束は今後も適当に恍けていこう。あんなキス魔とは二度と戦いたくない。
ともあれ、そのヒーラー連中とも繋がりがあったファッキウ陣営には散々振り回されたけど、選挙では無事に勝利。晴れてコレットは冒険者ギルドのギルマスとなった。
「……なあ、コレット」
「なにー?」
「この街は好きか?」
特に意味はない。でも、なんとなく聞きたくなった。
「うん。好き」
即答か。まあ、コレットならそう答えるだろうとは思った。
何しろ――――
「近場に宝石が採れるダンジョンがあるから」
そういう事だ。
無類の宝石好き。その割に宝石で自分を飾る事はなく、あくまで部屋で愛でる為に集めている。
そこには、コレットの本質が詰まってる気がした。
「それじゃ、私はそろそろ帰るね。トモも身体が冷える前に帰った方が良いよ」
「ああ。またな」
「またね」
コレットが街灯のない道へと消えていく。まるで闇の中に呑まれていくようだ。
にしても……こんな時間帯に女性と遭遇して、ここまで色っぽい要素ゼロってのも何か凄いよな。普通はもっとこう……なんかあるだろ。
男女間の友情は成立しない、なんてのは常套句だけど、もし成立するとすれば、そこには『恩義』があるような気がする。
恩義を感じている相手には、性欲なんか入り込む余地がないくらいの敬意が生じる。敬意と友情は勿論違うけど、敬意によって相手に気まずい思いをさせられないって義務感が生じ、欲望は消え失せる。そこに残るのは友情のみ。
俺にとってコレットは、そういう相手だ。
……なんか無理して自分に言い聞かせてる気もするけど。いやね、ルウェリアさんもそうだけど、彼女やコレットに性欲を向けるのって違うと思うんだよ。マジで。人間として。いやマジで。そこんとこホント、マジで。
俺は誰に何を言い訳してるんだろう……
「何フラフラ歩いているの?」
……へ?
あ。いつの間にかソーサラーギルドの近くまで来ていたのか。考え事しながら歩くと周りの景色が全く見えなくなる。悪い癖だ。
「って、ティシエラ!? こんな時間に何してんだよ!」
「それはこっちの台詞よ……私は仕事が終わって今から帰るところ」
こんな深夜まで仕事かよ。どんだけ責任感強いんだ。
「俺は眠れないから散歩中。ちょっと色々思い出しながら」
「……そう」
素っ気なくそう答えながらも、ティシエラはこの場を去ろうとしない。どうやら、もう少し話をしようという意志があるらしい。
まだまだ、夜は更けそうにない。
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