第357.6話 4話でわかる!これまでのあらすじ(第三部編)
街灯の下で銀髪を輝かせるティシエラは、まるで妖精のようだった。
……まあ、妖精なんて見た事もないから知らんけど。とにかく人間離れした、何処かファンタジーじみた美しさだと思う。
「何?」
「いや何でも」
勿論、本人にそんな事は言えない。仮に俺が女性を口説くのに慣れた手練の遊び人だったとしても、あんな恥ずかしい事を言える訳ない。ドン引きされるのは目に見えてる。
……ってか、そもそも他人を褒めるのが苦手なんだ俺は。特に異性は。他人の良い面を見つける事は出来ても、それを称えるのに適した言葉を知らない。そういうのを一切養って来なかったからな。
警備員って仕事は、一人もしくは最少人数での職場待機が常だ。だから上司の御機嫌を取る必要も殆どなかった。無理して他人を褒める環境下にいなかったから、全くと言っていいほど人を褒めた記憶がない。
それに、『褒める』って言葉がそもそもあんまり好きじゃない。なんか上から目線っぽいし。相手の素晴らしい一面に対して評価するってだけで、それを評価するだけの立場にいるって勘違いしてる奴……みたいなイタさを抱いてしまう。実際には、誰もそんなふうには思わないんだろうけど。
「それで、何を思い出していたの?」
「んー、まあそんな大それた事でもなくて、単にこの街に来てからの事なんだけど。ギルドを作った時の事とか、ヒーラー共と戦った時のキツさとか」
「そう」
……なんか一気に興味を失ったような顔になってません? もしかして俺の過去とか曝きたかった系? 実際、最初の頃は俺の素姓を知りたがってるフシがあったしな。
「あと、初めて城の中に入った時。あれは驚いたな」
あの時も、こんな夜中に外を出歩いてたっけ。そうしたら急に刺されたんだよな。あれはヤバかった。完全にまた死んじまったと思ったなあ。
そんな瀕死の俺を助けてくれたのが、王城の地下にある御遺体安置所を拠点にしている謎の存在――――始祖だった。
ヒーラーの始祖という意味不明な肩書きを持つ、なんかフワフワした女性。いや本当に女なのかどうかはわかんねーよな……この世界、割と簡単に性別が入れ替わったりするし。
何にしても、始祖とはその時から割と波長が合っていた気がする。ティシエラから貰った棺を寝床にしている俺にとって、なんか共鳴できる感覚があるのかもしれない。
「王城に誰もいなかった件ね。驚くのも無理ないわ」
「……ん?」
「え? 違うの?」
あ、そっか。始祖との遭遇は誰にも話してないから、周囲にとって俺の王城初体験はその時って事になってるんだった。
「いや違わない違わない。あれはホントたまげたなぁ」
「わざとらしさが尋常ではないんだけど」
「そんな事ないですよ」
な、なんか変なイントネーションになっちゃったな……でも驚愕したのは本当だ。
この国の王城には、王族も兵士も誰一人としていなかった。まさに幽霊城。しかも理由を聞けば、王族が夜逃げしたってんだから二度ビックリだ。
魔王城最寄りの街にいるのは怖い。いつ滅ぼされるかわかったもんじゃない。聖噴水だって絶対じゃないとわかった。こりゃもう逃げ出すしかない。
そんなフェードアウト作戦が実行に移された結果、王族は秘密裏にこの街からも姿を消していた。その事実が判明した事で、五大ギルドは総じて頭を抱える事になった。
そして、俺もまた頭を抱える事態に遭遇する。バングッフさんの税金横領疑惑だ。
王城から人がいなくなっている事を、商業ギルドだけは把握していた。なのにそれを報告しなかったのは、委託されていた税金の徴収をそのまま続行し、自分達の懐に収めていたかったから……というのがティシエラの当時の見解。この頃からバングッフさんには若干キナ臭い空気が漂い始めた。
「相変わらず恍けてるわね。ギルドと精霊を束ねる者として、もう少し悠然とした方が良いわよ?」
「わかってるよ。でも中々実践するのが難しくてさ……」
人の上に立つ――――なんて器じゃないのも誰より理解している。地位は人を作ると言うけど、俺の場合は全然だ。でも実際その立場になった以上は泣き言なんて言ってられない、ってのもわかってる。
「他人に対して『傷付けたくない』とか『嫌われたくない』って気持ちを持ち過ぎてない? 特に精霊に対しては、それが過剰に出ているように見えるけど」
「う……痛いところを」
「自覚があるのなら改めた方が良いわよ。見ていて気持ちの良いものではないし」
俺の欠点をズバッと指摘してくる。生前の俺だったら、多分それだけで耐えられなくなって心を閉ざしちゃっただろう。
でも、今の俺は違う。無駄にプライドが高いのは今も変わらないけど、説教されても恥ずかしいとか情けないとか思わなくなった。多分、昔の方が自分に期待してたんだろうな。
「けど精霊に対してはそこまでダメな態度取ってないと思うんだけど。厳しく言う時は言うし」
「そうかしら。相当甘いと思うけど」
まあ、フワワに対してだけはそうかもしれない。でもそれは、彼女に対して必要な事だからそうしているだけだ。自己肯定感を少しでも強くして貰う為にも。
そう言えば、伝説の精霊使いを紹介してくれたのってティシエラだったな。そのお陰で俺はペトロ、カーバンクル、モーショボー、フワワと対面して精霊折衝が可能になったんだ。ティシエラにとっても他人事じゃないんだろう。
「あとコレットにも甘いわね。ルウェリアにも。甘い相手が多過ぎない? しかも全員女性。下心? 不特定多数の女性に好かれたくての所業なのかしら?」
「え、普通に全然違うけど」
「……」
ありがとうございます。その表情が見たかった。
「そもそもティシエラだってコレットやルウェリアさんには劇甘じゃん。人の事言える立場か」
「冗談でしょう? そんな態度を取ったつもりはないわ」
えぇぇ……あれで自覚ナシとかマジですか? 俺以上に露骨でしょ? あの二人と接する時はメッチャ温和じゃん。なんか姉っぽい雰囲気になるし。
でもまあ、コレットはともかくルウェリアさんに甘くなるのは仕方ない。あの人に対しては誰だってそうなる。第一王女という隠された出自を知ってようがいまいが。
「私が唯一甘いと自覚している相手は、イリスだけよ」
「ありゃ」
それはちょっと意外だった。逆にこっちはそんなイメージなかったけどな。普通に仲の良い幼なじみって感じだったし。
そう言えば、イリスが一時期失踪した事があったけど、その時には結構ピリピリしてたもんな。甘いっていうか、単純に心の拠り所なんじゃないの?
「特にコレットには厳しくしているつもりよ。あの子も今は冒険者ギルドのトップなんだから、いつまでもへなちょこじゃ困るの。成長して貰わないと」
どう考えても過保護なんだよなあ……
そういえば、コレットも失踪してたっけ。確かアンノウンがフィールド上に現れたって話になって、冒険者数名とコレットで現場に向かったところ、特殊な力でコレットが遥か遠くに飛ばされたんだったな。
あの時もティシエラと俺で捜しに行ったんだけど……率直に怖かったな、群がるモンスターを魔法で蹴散らすティシエラは。
「そんな簡単にギルマスに相応しい人間にはなれないって。誰も彼もティシエラみたいに出来ると思うなよ?」
「馬鹿言わないで。私だって別に、自分がそこまでの人間とは思っていないわ。貴方には何度も醜態を見せているし」
醜態……?
ああ、あの時のか。
「まだ引きずってたのかよ。マッチョトレインの件」
「別にそれだけって訳ではないけど」
そう言いつつも、ティシエラは露骨にしんどそうな顔になった。思い出すのもキツいくらいの屈辱だったんだろう。あの件は。斯く言う俺も、正直あんまり思い出したくない。
無人の王城をヒーラーが占拠。
新国王の名はアイザック。
……ダメだ。もう解決した事案なのにこの二行を頭に思い浮かべるだけで目眩がしてくる。訳わかんねぇにも程があるだろ。
まあ、結局アイザックは担がれていただけだったんだけど。最後まで憐れというか……実力に見合う事のない人生を全力疾走するような奴だった。
「一つ聞いて良い?」
珍しく、ティシエラがそんな前置きをしてくる。当然、頷く以外の選択肢はない。
「貴方は強さを持っている人間が好き?」
……また厄介な質問を。
これどう解釈すりゃいいんだ? 純粋にレベルとか数値化できる強さ? それとも戦績? 若しくは精神的にって事?
まあでも、単に戦闘力が高いってだけなら『強い人が好き?』って聞くだろうし、メンタル面を聞きたいんだったら『心が強い人が好き?』って聞き方をするだろう。
ティシエラは相手の事を考えて発言できるタイプだ。そんな彼女が敢えて曖昧な表現に留めた意図を考えろ。多分……どんな強さでも良いんだ。肉体面、精神面、戦闘面、権力面、政治経済その他諸々、何かしらの強さを持っている人が好きかと聞いているんだろう。
だったら答えは簡単だ。
「それを好き嫌いの基準にはしてない」
「……」
なんか意外そうな顔をされたんだけど……でも、わからなくもないか。強さに対する憧れとコンプレックスは隠しきれてないだろうし。
けど本当だ。憧れる事は相手への好意じゃないし、劣等感は自分への嫌悪じゃない。近いと言えば近いけど、明らかに違う種類のものだ。
「そんなに変な事言ったかな」
「いえ……普通の事だと思うわ。だけど、この街は普通じゃないから」
ああ、確かに。魔王城の一番近くにある街に辿り着くような連中は総じて強さが価値基準にもなるわな。強さを追い求めて生きて来た面々の上澄みだろうし。
そういう意味じゃ、強さとは無関係な人生を歩んできた俺の方が特殊なんだろう。
「だったら、貴方の基準は何?」
やけにこだわるな。俺の好みを聞きたいのか?
……な訳ないか。そういう類の話なら、もう少し照れたりするだろうし。でも今のティシエラは真面目モードだ。
「好き嫌いの基準……ねぇ。別に大袈裟なものは何もないけどな。優しさとか思いやりがある人、とか?」
「それがあると判断する基準は?」
ヤダこの人マジでしつこい! 執念を感じるんだけど!
優しさや思いやりの判断……そんなのいちいち考えた事もない。会話の中で『あ、良い人だ。好きだな』って思うくらいの感じじゃないの?
「例えば、私にそれがあると思う?」
不意に――――ティシエラは強い目を向けて来た。何が強いのか、それはわからない。これもやっぱり感覚的なものだ。
「あるよ」
「そう判断する根拠は?」
「具体例を挙げろってんなら幾らでもある。わかりやすい所で言うと、ヤメがウチのギルドに入るのを許可した事」
ヤメはソーサラーギルドで浮いた存在だった。もしそのまま居続けていれば、あいつの良さはずっと出ないままだったかもしれない。
でも、恐らくソーサラーギルドは円滑に回っていた。ヤメという『どれだけ悪く言っても良い存在』は他のソーサラーの結束に繋がるから。そういう対象がいる組織は纏めるのが楽だ。
「ギルドの利益、自分の都合よりもヤメ個人の人生を優先したからこそ、なんだろ? 俺はそういうのが優しさだと思うし、気高さだとも思う」
誰かを犠牲にして運用を簡易化・単純化するよりも、極度に傷付く人間がいない組織作りを目指す。それはとても難しい事だ。誰にでも出来る事じゃない。
「そんなの、当たり前の事じゃない。それで好きだと言われてもね」
「いや別に好きだと言った訳じゃ……」
「……っ」
あ、恥ずかしがってる! ヤバいな、今のティシエラ激レアじゃん! その上メチャクチャ可愛かった! 何この突然の眼福。明日その代償でとんでもないものもらい出来そう。
「今の全部忘れて頂戴」
「えー」
「星空の下で星になりたいの?」
そんな詩的な死体にはなりたくないです……
「私が言いたいのはね、貴方は他人に感情移入し過ぎるって事。敵に対しても、良い面を見つけて同情したりするし」
「甘いって言いたいのか?」
「ええ。貴方が私に思う甘さとは、根本が異なるわ」
手痛い指摘だ。確かに、身内にだけ甘いティシエラと俺の甘さは根本が異なるのかもしれない。
アイザックに対しても、そして……髭剃王グリフォナルに対してもそうだ。関わりがあった相手に対して非情になれない。それは自覚している。
ヒーラー及びアイザックが占拠した王城に乗り込むまでには、色々と大変な下準備があった。反魂フラガラッハを見つける為に怪盗メアロと一時共闘したり、シキさんの身体に憑依したり。とにかく苦労させられた。
もっと憎める筈だった。そういう材料は幾らでもあった。だけど……結局俺は、アイザックを完全には憎みきれなかった。非情に徹する事が出来れば、奴もヒーラー達同様マッチョトレインの餌食に出来た筈なんだ。
元々、対アイザック及びヒーラーの王城奪回作戦はソーサラーだけで行う予定だった。五大ギルド会議でティシエラがそう訴え、一旦はそれが受理されてたからな。ティシエラにしてみれば会心のプレゼンだっただろう。
それを、御主人の一言が一瞬でひっくり返しちゃった。『マギヴィートで魔法を受け付けないようコーティングしたゴリゴリの筋肉集団が束になって突っ込む』。作戦としては最低最悪。だけど成功の確率を考えたら明らかにベスト。結局、この案が採用されソーサラーは裏方に回った。
なんだかんだ、あの案を受け入れるところはティシエラって感じだよな。あの憔悴しきった姿もなんか可愛かった。言ったら殺されそうだけど。
王城にいたヒーラー達はマッチョ軍団に軒並み轢かれ、アイザックは俺が調整スキルで細工して圧勝。王城は無事奪還……と思われた矢先、真の敵が現れた。
エルリアフだ。
エルリアフはフラガラッハの『人を回復してあげたい』って夢から生まれた存在。だけど魔王に穢された際の影響で闇に染まり、凶悪な性格になってしまった。
奴は――――ギルド員のタキタ君に化けて俺達を長らく監視していた。
結局倒す事は出来ないまま、奴はギルドからも姿を消した。今何処で何をしているのかはわからない。
そのエルリアフとの戦いの直後、シャルフが襲撃して来たんだっけ。
奴とは二度目の戦い。随分と苦労させられたけど――――
「……確かに、俺は甘い」
無事に合流できたコレットの助太刀もあって、なんとか倒す事が出来た。
そして、あの戦いの最中に合流した仲間がもう一人いる。
「イリスを怪しんでいながら、今も親しくしてるくらいだからな」
突然の失踪。そして突然の帰還。それだけならコレットと同じだけど、コレットは敵……ユーフゥルの仕業だったのに対し、イリスの場合は理由を一切明かしていない。
彼女が魔王軍と繋がっている恐れもある。本来なら糾弾して、真相を吐かせるくらいの事はすべきなんだろう。
それでも、俺はイリスを信じる事にした。甘いと言われても仕方ない。
「……ズルいわ。それを言われたら。これ以上何も言えないじゃない」
ティシエラはきっと、俺に警告してくれているんだろう。敵に対してもっと非情になれないと、いつか仲間を守れない時が来ると。
その忠告は真摯に受け止めたい。その上でこうも言いたい。
ティシエラも身内に甘過ぎる。万が一そこに裏切り者がいたらどうするんだ?
……ま、言わないけど。
言葉にしても伝わらない事があるように、言葉にしない事で伝わるものもある。今はそれで良い。
「トモ。私はずっと、貴方を見ているから」
「……急に何?」
「貴方の甘さが命取りになるようなら、アインシュレイル城下町ギルドにこの街を任せる事は出来ない。だから私は、貴方を見続ける必要があるの。わかる?」
ま、まあ理屈の上では。それを俺に宣言する理由は全然わからないけど。
「だから、その……貴方も私を見ていて」
「へ?」
「私の甘さが命取りにならないよう、見張っていてって言ってるの。本当にどうしようもないと思ったら、貴方が引導を渡して」
いや、それは……一歩間違えば悲惨な結末になるんじゃ……
でも――――
「わかった。本当にダメだと思ったら言うし、そっちも言ってくれ」
「ええ。ちゃんと言うわ」
俺に引導を渡せるのはティシエラだけだし、ティシエラに引導を渡せるのは……きっと俺だけなんだろう。
五大ギルド会議中、職人ギルドが半壊した際、ティシエラは身を挺して俺を救おうとしてくれた。
シャルフと一度目の戦いの時、俺はティシエラを庇って手を損壊した。
だから、俺達はもう信頼するしかないんだ。お互いを。
もしかしたら、それは呪縛なのかもしれないけど――――
「おやすみなさい」
納得したような声で、ティシエラは夜の闇に消えていった。
……ふぅ。
ちょっと身体が冷えてきたな。そろそろギルドに戻るか。
全然眠くはなっていない。寧ろ余計に目が冴えてきた。まさかあの二人とエンカウントするなんてな……
なんだろう。こうなってくると、もう普通には眠れない気がする。何かまだあと一山あるような、そんな予感がある。
夜道を淡々と歩き、やがて辿り着いたギルドの前には――――
「……やっぱり」
こっちに背を向けて合鍵をクルクルと回しているシキさんの姿があった。
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