第357.8話 4話でわかる!これまでのあらすじ(第四部編)
既に大半の住民が寝静まっている深夜の時間帯。星明かりと街灯があるから夜間でも移動自体は難しくないけど……
「シキさん? どしたのこんな時間に」
色々と想像しつつ声を掛けてみると――――シキさんは緩慢な動作で振り向いた。かなりお疲れな様子で、いつもより瞼が落ちている。
「……ヤメから飲みに誘われて、暫く付き合ってたけど酔ってウザ絡みしてきたから逃げて来た」
「あー……」
ヤメって酔っ払うとそうなるのか。ギルドの飲み会に参加した事は何回かあるけど、あいつが完全に酔ってる所見た事ないんだよな。なんだかんだ、そういう弱味? みたいな部分は見せないタイプだから。
そのヤメがベロンベロンになっていたって事は……酔った勢いで勝負かけようとしたのかもしれない。でも結局逃げられてやんの。
「いやでも、逃げるんだったら自分の泊まってる部屋に逃げ込めば良いのでは」
「多分、あっちにはヤメが向かってるから回避」
……逃げ方が尾行を撒く時のそれなんですけど。ヤメさん大丈夫っすか? ストーカー扱いされてません?
「ヤメの事は嫌いじゃないし、多少ハメ外すくらいは別に良いけど……なんかベタベタ触ってきたから」
「……なんかゴメン」
「なんで隊長が謝るの」
いやね、半分くらいは俺の所為だと思うんだよね、正直。俺がシキさんと最近仲良いから焦ってるんじゃないかな。多分だけど。
「そういう訳だから、今日はギルドに泊まらせて。時間が時間だから、他の宿に泊まる訳にもいかないし」
「了解。どうぞ中に入って」
本来、同僚の女性と同じ屋根の下で寝泊まり……なんて問題にも程があるんだけど、この状況なら仕方ない。俺が別の所で寝るって手もあるけど、夏ならまだしも冬のこの時期に野宿は無理だ。
それに、シキさんとギルドで二人きりってシチュエーションは初めてじゃない。それもあってか、シキさんは普段と変わらない様子でギルドに入って行った。
何より、基本的な戦闘力でシキさんは俺を圧倒してる訳だから、貞操の危機なんて感じる必要もないんだろうな。いざとなったら殺せば良いって本気で思ってそう。信用とは別の意味で俺と同じ空間で寝る事への抵抗もないんだろう。
……自分で言ってて虚しくなってきた。
「前は棺桶で寝てたよね。今日は何処で寝たい?」
「その辺で適当に横になるから、私の事は気にしなくて良いよ。隊長はいつもみたく棺桶の中で死んだように眠れば」
……俺、シキさんからドラキュラか何かと同じに思われてる?
それはともかく、普通なら寝床を譲るべき状況なんだけど、その寝床が棺桶だから余りオススメは出来ない。ぶっちゃけ寝心地が良い訳じゃないからな。じゃあ何故毎日寝てるのかと問われれば、そこに棺桶があるからとしか答えようがない。
「一応、毛布は何枚かあるから好きに使って。床に敷いてくれて構わないから」
「汚れるよ?」
「毎日ちゃんと掃除してるから大丈夫。今後は簡易ベッドや寝袋の購入も考えとこう」
これまでは借金返済の為に備品は後回しにしていたけど、今後は積極的にギルドを充実させていこう。今まで頑張って貰った分、少しでも居心地の良い職場にしないとな。
「素朴な疑問なんだけど」
「ん? 何?」
「私以外にここで寝たいって奴いると思う? 仮眠も含めて」
「……いないね」
冷静に考えたら、泊まる所がないからって職場に来る奴なんて普通いないよな。ましてここには俺が寝泊まりしてる訳だし。少なくとも女性陣が来る事は絶対ない。それなら近場の宿を利用するだろう。
シキさんは例外中の例外。風邪引いた俺の看病をする為に一晩付き添ってくれた事があったから、結果的に寝泊まりする事への抵抗がなくなったってだけだ。
それをちゃんと意識してないと、勘違いしそうになるからな……最近のシキさんの言動は。
加入当時は、そんなに親しい間柄じゃなかった。他のギルド員と同じくらいの距離感だったと思う。俺としては常に頼もしい戦力という意識だったし、シキさんからすれば俺は同世代の仕事仲間くらいのものだっただろう。
マイザー戦で共闘した時も、距離が縮まったって意識は特になかった。明らかに変わったのは、俺がシキさんの身体に憑依したあの時だ。シキさんにとっては迷惑どころの話じゃなかっただろうし、何だったら訴えられても仕方ないくらいだったんだけど……ありがたい事に、あれ以降軽口を叩き合える仲になった。偶然だったけど、憑依時にシキさんの過去を少し知ったからかもしれない。
そういう事があって、シキさんは俺に一つお願いをしてきた。
ラルラリラの鏡の入手。
邪気を払う効果があるとされるこの鏡を、亡くなったお祖父さんの墓前に供えたいという意向だった。
俺がそれを快諾した事で、シキさんの中でも俺に対する好感度がちょっとは上がってくれたのかも知れない。看病してくれたり、平気で触れてきたりするようになった。
……ちょっとどころじゃねぇな。冷静に、客観的に見て爆上げとしか思えない。
「だから何? 人の顔ジロジロ見て」
「シキさん、握手しよっか」
「は? 何急に。訳わからないんだけど」
「良いから。ホラ」
「……」
シキさんは露骨に警戒しながらも、ギュッと握ってきた。特に理由もなく差し出した俺の手を。
「……何なの、これ」
「お疲れ様と、感謝の握手」
だから、これは後付けだ。
「さっきまで、眠れなくて夜道を散歩しながらこれまでの事を振り返ってたんだ。それで、シキさんとも色々あったなーって。割と一緒に死線をくぐり抜けてきたでしょ?」
「……まあ、一応ね」
一方的に捲し立てる俺に、シキさんは戸惑っている様子。それでも、握った手を離さない。嫌悪感も示さない。ずっと触れ続けている。
シキさんは、俺の手がお祖父さんに似ていると言っていた。だから、俺が病気の時にも手を握ってくれたし、こういう時も特に抵抗を示さない。
……わかってはいるんだよ。そういう理由があってこその距離感なのは。けど、実際ラルラリラの鏡を入手できて、それをシキさんにあげて、一緒に墓参りして……そういう、なんつーか……絆? みたいなのを育んできたから、特別な感情があるんじゃないかと思ってしまうのは仕方ないよな。だってホラ、今だってマジで全然離さないもんシキさん。夜に二人きりのシチュエーションでだよ?
「だから、あらためて今後とも宜しくって事で」
「そういう事なら……まあ、こっちも」
いつまで経ってもシキさんの方から離しそうにないから、結局こっちで区切りを付けて握手はおしまい。自分で呼びかけといて何だけど……恥ずかしかった! 超照れた! 手汗出てないよな……?
生前は恋だの愛だのに一切縁がなかった俺だけど、今はこういう甘酸っぱい何かにまあまあ支配されている気がする。特にここ最近は。
その理由の一つが――――交易祭だ。
元々は精霊と人間の交流の機会として生まれたお祭り。だけど精霊側の参加がなくなり、最近は精霊界と人間界の交流自体が断絶してしまった事で、祭りは完全に形骸化。プレゼント交換という圧の強いイベントだけが残り、若い世代にとっては鬱陶しいだけの老害祭りとなっていた。
そこにメスを入れたのがフレンデリア。若者にも楽しめるお祭りにしたい、具体的には恋愛をテーマにした様々な催しを行い、この祭りを通して街中を恋愛ムード一色にしたい、ってのが彼女の意向だった。
ただし真の目的は『コレット大好き御嬢様のフレンデリアがコレットにガチ告白する為』という、なんとも個人的過ぎる内容だった。
ヒーラーに作ってしまった借金の返済期間が迫っていたから、彼女の提示した報酬に魅力を感じ、安請け合いしてしまった俺は、それからずっと交易祭のプロデュースに励む事になる。その過程で、劇団だの楽団だの占い師だの今まで全く縁が無かった面々と接点が出来た。
ただ、厄介事も同じくらい……いや、それ以上に発生した。
冒険者がドロドロの恋愛関係の清算とレベルアップのドーピングの為に起こした、鉱山殺人未遂事件。
この街そっくりの亜空間に飛ばされ、殺されそうになった件。
更には、冒険者ギルドに匿われた謎の精霊と新たな敵の出現。
これらが断続的に発生した事で、まあとにかく大変だった。
ただ、恩恵って訳じゃないけど……様々な情報を得る事も出来た。
怪盗メアロが、実は転生初日に遭遇したベヒーモスと同一の存在だった事。
ユーフゥルの正体が精霊のコレーだった事。
冒険者のグノークスが、実はサタナキアという闇堕ちした精霊だった事。
……他にも、何か重大な事実が判明したような気がする。
ちょっと思い出せないけど。
「あ。そう言えば隊長に聞きたい事があったんだった」
「ん? 何?」
「ラルラリラの鏡、どうやって手に入れたの? 私が幾ら探しても見つけられたかったのに、ビックリするくらいすぐ見つけて来たよね」
「あー、あれね。実は鉱山にいた知り合いが偶々持っててさ。ちょっとした交換条件で譲って貰ったんだ」
持ち主はミッチャだった。邪気を払うと言われるその鏡を使って、悪運続きのアイザックをお祓いしようとしていたらしい。
「条件って?」
「全然大した事じゃないよ。怪盗メアロもあの鏡狙ってたでしょ? その怪盗メアロにこれ以上付きまとわないように言って欲しいってだけ」
実際にはちょっとニュアンスは違うけど、概ねこれで合ってる。ほぼタダで手に入れたも同然だ。だから過度に感謝されても逆に恐縮しちゃうんだよな。
「だから、お礼の追加は受け付けてません。この件はこれでおしまい」
「そ……ふーん…」
照れ隠しで強引に話を切ったのがバレバレだったのか、シキさんのジト目が突き刺さってくる。いいぞ。もっとだ。もっとその視線を俺にくれ。
「じゃあ別件。その鉱山であった事件の続報だけど」
「え? 続報なんてあんの?」
「入院してた被害者が退院して一悶着あったの知ってる?」
「いや……初耳だけど」
鉱山殺人未遂事件の被害者は冒険者の……名前なんだっけ。えっと……そうそう、確かコーシュだ。ってか、あいつ重傷だったのにもう退院できたのかよ。回復アイテムの効果スゲーな。
「サプライズで退院を知らせようして恋人の家に行ったら、修羅場になってまた刺されて再入院したって話」
えぇぇ……それは流石に同情するわ。どうなってんだよ冒険者ギルドのモラルは。
あの事件に関わった人物は、被害者と加害者のメキト……それに被害者の恋人ヨナと同じく恋人のウーズヴェルトだ。
ヨナってのがどうにも魔性の女で、しかも同性愛者。高レベル帯の男冒険者を誑かす一方で、本命はコレットだった。
コーシュもバイセクシャルかつ浮気野郎で、男と女を二股にかけるというとんでもない野郎だ。そのコーシュに騙されていた男がウーズヴェルト。こいつはピュアな同性愛者だ。
そしてコーシュを刺したのが、ヨナに片想いしていたメキトって冒険者。奴はヨナに振り向いて欲しい一心で、レベルを一気に引き上げる事が出来るドーピング『進化の種』を使用していた。本来はモンスター専用アイテムだけど、ラルラリラの鏡で邪気を払えば人間にも使用可能という裏技があったらしい。
奴なりに必死だったんだろうけど、結局ヨナには相手にされず、ヨナがコレットを諦める為、コレットの評判を落とそうと暗躍していた。元々はそのコレットに濡れ衣を着せる為にコーシュを刺すつもりだったんだろう。でもその場には俺達もいて、状況的にそれは難しくなった。だから俺らに罪をなすりつける事で、俺と親しいコレットのギルド内での評判を落とす作戦にシフトしたんだ。その結果、俺達は巻き込まれてしまった訳だ。
「でも、なんでまたコーシュはそんな事になったんだ? ヨナの所に行ったんだよな?」
「んーん。違う女の所らしいよ」
……ダメだこりゃ。二股どころじゃなかったのか。
「英雄色を好むとか言うけど、強い奴の中にはその辺の倫理観がグチャグチャなのも多いのかな」
「さあ? そういうの興味ないから全然知らない」
まあ、シキさんはそうだろうな。ゴシップとか一切興味なさそうだし。
……でも、だったら何でこの話を俺にしたんだ?
「っていうか、他人事みたいに言ってるけど明日は我が身って自覚はないの? 隊長の周辺も似たような感じでしょ?」
「いやいやいや……ンな訳ないでしょ。俺の周辺の何処にドロドロした人間関係があんのさ」
「ドロドロはしてないけど、混迷は極めてるじゃん」
……確かに。男と思ってた精霊が女だったり、女と思っていた精霊が男だったりしたな。
大分前から俺の事を妙にマークしていたユーフゥルの正体は、女性の精霊コレーだった。彼女とは一悶着あったけど、最終的には和解して協力関係を築く事が出来た。
サタナキアは逆だ。見た目は完全に女性だったのに、実際には男だった。まあ、元々グノークスっていう男の冒険者に化けてた奴だから、厳密には『男だと思っていた奴が女だと思ったら結局男だった』っていう、なんとも生産性のない結論だった訳だけど。
コレーとはともかく、サタナキアは大変だった。闇堕ちした精霊ってだけじゃなく、魔王の側近だったらしいからな。その潜在的な力は圧倒的で、街全体を崩壊させるほどのパワーを秘めているらしいからな……よく暴走を防げたもんだ。
「前から思ってたけど、隊長の周りって変な奴ばっかり集まるよね」
大分リラックスして来たのか、シキさんはギルドのカウンター席で頬杖を付いて、薄く微笑みながら俺の方に視線を送ってきた。
「……それ、自分も含んでるけど良いの?」
「私は例外。変な要素なんて何処にもないし」
「ええー? ほんとにござるかぁ?」
「……何が言いたいの?」
ムスッとするシキさんはやけに可愛い。
……もう20歳なんだよな。
いやいや、深く考えるな。20歳だからなんだ。そりゃ20歳から恋愛対象っていう謎のボーダーを設定したのは自分自身だけど、別にそれを遵守する理由なんて何処にもないんだ。
「ちょっと。こっち」
トントン、とカウンターを指で小突いて、シキさんは隣に座るよう促してきた。
なんか怖い……けど、断るのも変だし、取り敢えず座るか。
「な、何?」
「だから、私の何が変なの? 言って。今すぐ言って」
……あれ?
なんか変だな。言動も若干変だけど、仄かに顔が赤い。それに、微かに香るこの匂い……
「もしかして酔ってる?」
「全然。仮に酔うくらい飲んでたとしても、とっくに冷めてるし」
そう言えば、ヤメと飲み会開いてたっつってたっけ。今の今まで気付かなかったけど、そこそこ酒が入ってたのか。
「も、もう休んだ方が良いんじゃないのかな。時間も深いし」
「関係ないね。それより早く言って。変って何処が? ねえ何処が?」
うーん……絡み上戸。さっきまではそんなに酔ってる感じなかったのに、急にキたな。今になって酒が回ったのか? そんな事ある?
「言えってば」
「痛い痛い痛い! 腕つねらないで!」
「言わないから悪い」
「あたたたた! 頬は痛いって!」
シキさんは――――俺に対するスキンシップに抵抗がなさ過ぎる。
「なんで言わないの? 変って思ってるんでしょ? だったら何処が変か言えるでしょ?」
「いや、だからね……」
「大体、隊長が変だから変な奴ばっかり集まるんじゃん。一見まともそうでも変わってる子ばっか。違う?」
……それは正直、違わないかもしれない。コレットもティシエラもイリスも、ヤメもディノーもオネットさんも、それ以外のギルド員も総じて当てはまる。例外はマキシムさんくらいじゃないか?
でも類友みたいに言われるのは心外だ。つーか俺、別に変じゃねーし。寧ろ大分まともっつーか、没個性っつーか……その所為で生前は長年いてもいなくてもどうでもいい存在だった訳だし。
「そういうのは変なんじゃなくて、個性的っつーの。俺が無個性だから、個性的な人を求めてるのかもしれない」
「ふっ」
鼻で笑われた!
「こんな変なギルド作ったクセに、何が無個性なんだか。このギルドが隊長の個性そのものなんじゃないの?」
「……」
不思議な気持ちだった。
シキさんのその言葉は、多分何の気なしに言った、若しくは酔っ払った勢いで適当に言っただけなんだろうと思う。
だけど、俺の心にはズシンと来るものがあった。
このギルドは――――アインシュレイル城下町ギルドは、俺の個性。
そうなんだろうか?
……うん、きっとそうだ。凄く腑に落ちた。
このギルドは俺が生前に熱望して、だけど最後まで手に入れられなかった……今はもう、思い出せもしない『願い』だ。
「ありがとう、シキさん。なんだか凄く嬉しかった」
「ん……」
あ。眠そう。いつの間にか目がショボショボしてる。
「そんな体勢で寝たら起きた時キツいよ。横になって寝なよ」
「ん……」
ダメだ。思考回路全然動いてなさげ。
……仕方ない。
「立てる? ほら、こっち」
「ん……」
今にも目を閉じそうなシキさんを誘導し、自分の部屋に連れ込む。
そして――――
「……すー」
棺桶に毛布を敷いて、そこに寝かせた。
蓋は開けておこう。起きた時暗闇だとビックリするだろうし。
俺は別室の床で寝るとするか。
朝起きたら、またこの場所から始められる。
そんな日々が、今はとにかく愛おしい。
明日も好きな人達に囲まれて、やりがいのある仕事に追われて。
――――さあ。
また頑張ろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます