第五部01:閑話と緩和の章
第358話 終盤
輪廻転生を信じていたと問われると、それはとても面倒な問題で、信じていなかったとも言えるし信じていたとも言える。社会常識や俯瞰的思考の観点で言えば信じていなかったと断言できるし、一切あり得ないと思っていたかというと希望的観測の視点ではそうであって欲しいと願ってはいた気がする。
つまり人は死ねばそこで無に帰すと頭では理解しているし100%間違いないと断言できる価値観と、死んでも別の生き物に生まれ変わって何度でもこの世を謳歌できるという期待を両方同時に持っていた。当然、それは矛盾以外の何物でもなかったけど、そういう奴は俺以外にも大勢いて、それが人間ってやつだとも思う訳だ。
アンビバレンスってのは病的なニュアンスを含んでいるらしいけど、それ自体が病的とまでは思えない。あくまでもそれを制御できるか否かが問題だ。矛盾した思考や態度は人間の誰しもが大なり小なり内在しているもので、それを心の中で留めている間はごく普通の人間として生活できるし、何の支障もない。
一体何度――――そんな事を自分に言い聞かせて来たんだろう。
もう無理だ。
いや大丈夫だ。
この街は死んだ。それは覆らない。
いや必ず覆る。まだ死んじゃいない。
もう限界だ。
まだ限界じゃない。
運命で滅びる事が定められているんだから、手の施しようがない。
運命なんてものがあろうとなかろうと、必ず存続できる方法はある。
どっちも偽らざる本音。一方を極度に否定される出来事があれば自然とバイアスの度合いも強まってしまうけど、時間の経過と共に再び両極が隣り合う。そして磁力のように強まっていく。
まだ終わっちゃいない、って気持ちが嘘みたいに湧いてくる。
だったら終われない。望みがあるかないかの問題じゃない。終われないんだ。
きっと俺がこれからしようとしている事は子供の癇癪と同じなんだろう。受け入れられないから、自分にとって不都合だからやり直す。なかった事にする。先回りして回避する。
出来るか出来ないか、それをする事でどんな影響が生まれるのか、そういった背景には一切配慮していない。ただの欺瞞で、タチの悪い自己満足。他に表現しようもない。それはとても恥ずかしい事だ。
いいよ、黒歴史でも。黒く塗り潰す事で、こんな惨状がなかった事になるのなら、それは最高の黒歴史だ。
人間が転生できるんだ。
だったら街だって同じ事が出来る筈じゃないか。
必ずある。
――――アインシュレイル城下町を滅亡させない方法が。
「あ~ぁ……やっぱあいつらカスだわ。もう滅ぼすしかなくね?」
何度目になるのか、数えるのもとっくに止めてしまったらしい。瓦礫は全て撤去され、黒煙も上らなくなりただの平地となったその光景を眺めながら、隣で佇んでいる魔王は呆れていると言うよりしんどそうに呟く。肉体的に疲弊する事はない魔王でも、精神的には結構参るのが中々面白い。
「いや簡単に言うけどさ……ヒーラーだって生きてるんだよ。あんなでも」
「人間とて見た目グロい害虫は何の抵抗もなく駆逐するだろうが。我視点ではそれと何も変わらん」
「でもあいつら遅効性の蘇生魔法とか使ってくるからな? 一瞬で全滅させて高笑いしてる最中に全員ワラワラ復活して哄笑しながら迫り来るヒーラー軍団のホラー寸劇を味わってみるか?」
「うげぇ……想像するだけで気色悪」
世界を滅ぼす力を持つ魔王でも、ヒーラーのおぞましさには本気で辟易している。あいつらやっぱ化物だわ。
「お前ら人間の生命力は知れてるんだが……あの連中だけは例外だな。街から追い出しても外で国を創って城下町を脅かす存在になるし、街に留まらせてたら内部から食い尽くしやがる。聖噴水も効かない」
「お手上げって訳か」
「お前の虚無結界でどーにかならんのか? 我の攻撃すらも無力化する無敵の結界だろ? 運命レベルの厄災も防げるんじゃないのか?」
「幾らなんでも街全体を結界で覆えるほどの規模は無理。そもそも、別世界で溜め込んだ虚無を原動力にしてて、その虚無を抱え込めるのは人間だけなんだから、術者の守護が前提なんだよあれは」
「術者を誇大解釈して街の一部には出来んのか?」
「わからん……っていうか、それだと仮に成功しても俺が概念上の存在とかになんない?」
「知らん。他人の作った結界にそこまで精通しとらんし」
相変わらず適当に喋る魔王だな……でもまあ、そういう奴じゃないとこうして肩を並べる事は到底できないんだけど。
それに、こいつがいない事には城下町は守れない。"こうなってしまった"城下町を無傷で……最悪でも滅ぼされない形で元の時流に戻す為には、俺一人の力じゃどうにもならない。
「で、どうするんだ? 殺せない、放置も出来ないじゃ八方塞がりもいいトコだぞ」
「無力化……なんてそう簡単に上手くいくとも思えないけど、取り敢えずその方向でやるしかない。ヒーラーに特効の何かがあれば、それを使って……」
「無理無理。ヒーラーっつっても我ら魔族の同族括りと一緒じゃないんだろ? 全員が一個の人間なのに、共通の習性なんぞあるのか?」
「……」
俺より魔王の方が人間っぽい事言ってるのは少しショックだけど、今はそんな事に引っかかってる場合じゃない。
とにかく、ヒーラーをどうにかしない事には先に進めない。幾らエルリアフの凶行やサタナキアの暴走を食い止めたところで、奴等がいたんじゃどうにもならない。それが現実だ。
ヒーラーが暴走する前にラヴィヴィオが燃えても無駄。四天王を全員仕留めても無駄。酒場で豹変するヒーラーと関わらなくても、結局はこの結果に収束する。俺自身には失敗の実感がなくても、この歩んで来た道のりが正解じゃないとわかった以上、違う道を探さなきゃいけない。
もしかしたら、そんな道はないのかもしれない。だとしたら俺のやっている自己満足は満足にすら辿り着けない、ただの徒労。凄まじいスケールの空回り。余りにも無様な人生だ。
……ま、良いけどさ。誰に頼まれた訳でもないし、誰に良い格好をしたい訳でもない。
俺が嫌だから、ただそれだけでやってる悪足掻きだ。干渉の余地がある以上、こんな結末には絶対にさせない。
誰も死なせない。
俺のギルドを滅ぼさせはしない。
この街を……"かつてあった場所"なんて呼ばせない。
「……」
「なんぞ思い付いた顔だな。お前本当わかりやすいぞ? そんなんだから簡単に思考を読まれるんだ」
「うるさいな。今はそれどころじゃないんだから黙ってて」
「へいへい」
――――かつて、あった。
そうだ。今でこそ希望する人間が回復魔法や蘇生魔法を習得する事でヒーラーになっているけど、かつてはそうじゃなかった。
何故なら、ヒーラーには始祖が存在しているからだ。
その始祖は伝説の四光の一つ、反魂フラガラッハの力を模して回復魔法を生み出した。それを授けたのがヒーラーの第一世代って事になる。
だったら、そこにヒントがあるかもしれない。最初に回復魔法を使えるようにして貰った連中に、どんな変化が生じたのか。そこから回復魔法はどのように進化し、どのような性質を受け継いだのか。
それがわかれば、必ず何かが掴める。ヒーラーに共通する何かが。
「なあ。ヒーラーの始祖ってこの世に呼び戻せないか?」
「また随分と面妖な事を思いつきよったな。そんないつの時代に生きていたか我さえ覚えていないような、遥か太古の住民を生き返らせるつもりか」
「蘇生の必要はないだろ? 残留思念とか……そいつのマギが何処かに残っていて、それを具現化するとか。無理かな」
自分でも、結構異常な事を言っているのはわかってる。でも、俺がしようとしているのは、こういう途方もない事象を一つ一つ積み重ねなければ成し得ない事なんだ。
「……まあ、あれのマギは常軌を逸したレベルだったのは確かだし、数千年程度で無に帰すとは考え難い。何処かに塵くらいは残っているかもしれん。そこから記憶と人格の一部を再生する事なら多分出来る」
「マジかよ魔王最高だな」
「ドン引きしながら褒めるな! お前がやれるかって聞いたから答えたんだろーが!」
いや、そうなんだけど……でも本当に出来るとは思わないって。神サマより万能なんじゃねーの? こいつ……
「何にしても、ヒーラーの始祖とやらの残留思念……ナノマギを探す事自体が相当無謀だからな? ましてお前は世界を移動すれば記憶を失う。別の世界から転生してきたばかりのお前をいちいち導く我の苦労も考えろ。こんなのどう信じさせろと言うのだ」
「そこは巧みな話術でなんとか」
「……魔王に話術を求める奴なんぞ有史以来初めて見たわ」
呆れられてしまった。でも実際、魔王への依存度が高過ぎるのは否めない。そこは正直恥ずかしい。
「ま、我にとっては単なる暇潰しだから別に良いけどな。毎回微妙に違う人格で現れるお前を観察するのも、まあまあ楽しいし」
「間違い探し感覚で人を見ないでくれる?」
何にしても、その部分に関しては俺自身にはどうにも出来ない。多分、別世界での人生が毎回微妙に違っているんだろう。魂は同じでも、環境や生育歴が違えば人格も変わる。
「とにかく、次からの方針はそれで良いのだな?」
「ああ。また面倒かけるけど……」
「気にするな。先程も言った通り、我にとってはただの暇潰しなのだからな」
よく言うよ。こんな途方もない年月をかけた暇潰しがあるか。
「お前はそういう意識かもしれないけどさ。俺はお前を同志だと思ってるんだよ」
「……」
「同じ目的と、同じ気持ちを持っているから協力してくれていると思ってる。それは多分、これからも変わらない。何度記憶がなくなっても」
「よせ。そのような感傷的な言葉、お前にも我にも似合わぬ」
「……そうだな」
変則的とはいえ、俺も年を取り過ぎた。例え記憶には残らなくても、途方もない時間を過ごした日々はきっと何処かに蓄積されていて、いつかは破綻を来たすんだろう。
それまでに決着を付けなくちゃいけない。
「なんの根拠もない、まあ勘みたいなもんなんだけどさ。多分ゴールは近いと思うんだ」
「本当に何の根拠もないな。歴史の改竄なんぞ、そう簡単に叶うものではないぞ?」
簡単って言うほど簡単なこれまでじゃなかったんですけどね……人間と魔族の体内時計格差は如何ともし難い。
「さて。そろそろ旅立つとしようかな」
「くれぐれも死に方を間違えるなよ。転生できる条件は覚えているな?」
「ああ。一応、"生前"の記憶はあるからな」
死因。肉体の著しい損傷による魂の分離。肉体的余命と死亡年齢との乖離。魂と適合する肉体の存在。
これだけ覚えていれば十分だ。後は神サマがなんとかしてくれるだろう。今までもそうだったみたいだし、今回も大丈夫だ。そこを疑っていたらそもそも成立しない。
こんな街の護り方は。
「それじゃ、またな」
この記憶を持つ俺は、もう二度と魔王と会う事はない。それでも俺と奴の因縁はこれからも続く。続いていって貰わないと困る。
「おー。達者で死ね」
「難しい事言うな」
最後まで、魔王は軽い口調で接してくれた。
時間の檻の中にいても尚、何も変わらず生きて行ける。人間とは比べ物にならない長さの寿命を持っているからこそ可能な事なんだろう。
それでも……感謝しかない。
「まー、その。なんだ」
「ん?」
「我等のミッションは終盤に差し掛かっている。我もそう思わなくはない。勘だがな」
……それは、俺にとって最高の餞だった。
「ありがとう。後は頼む」
「おう」
おう……か。
俺を――――夥しい数の『俺』の一人としてじゃなく、俺個人として別れてくれた。
ありがたい。
本当に……ありがとう。
魔王に、そして城下町だった場所に背を向ける。
何の保証もなかったけど、俺の勘よりは魔王の勘の方がずっと信憑性はあるだろう。
次にこの大地に降り立つ時には忘れている事。
それでも今は噛みしめたい。そして自覚したい。
局面は、いよいよ終盤に突入しようとしていると――――
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