第二部03:失踪と疾走の章

第095話 首イッちゃってるからぁ!

 五大ギルド会議への緊急参加をどうにか乗り切り、冒険者ギルド側のコレットへの不信感も払拭出来た。これで、ようやくギルド運営に本腰を入れられる。


 ……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。


「これはダメね。取れないわ」


 会議翌日、コレット(山羊)と共に訪れたソーサラーギルドでティシエラが呟いた一言は、絶望の言葉だった。


「取れない……?」


 それはおかしい。このバフォメットマスクは確かに呪われてはいたけど、調整スキルで製造直後の状態に戻してある。実際、喋れなかったコレットが喋れるようになった訳で、もう呪われてはいない筈なんだけど……


「コレット、もしかして貴女、闇属性の装備品と相性が悪いの?」


「へ? あ、いやー……どうかな……意識した事なかったけど」


 ……どういう事だ?


 バフォメットマスクがマギの乱れとは無関係に闇属性なのはわかる。そういう見た目だし。でも、属性の影響で装備品が外せなくなるなんてあり得るのか?


「イリス。余所のギルマスさんが理解出来ていないみたいだから、説明してあげて」


「え? 何で私? 自分ですれば良くない?」


「私は少し考え事がしたいの。その男にばかり構っている暇はないのよ」


 なんかティシエラが冷たい。元々塩対応というか氷対応気味な奴だけど、昨日は五大ギルド会議にムリヤリ付き合わされて結構頑張ったのに酷くない……? 何か俺の態度に不満でもあったのか?


「ま、いっか。マスターマスター。武器や防具の属性はね、モンスターとの相性に大きく関わるけど、装備者との相性にも関わってくる問題なんだよねー。例えば火属性の武器と相性が良い剣士がフレイムソードを装備したら、手に超馴染むし剣もヴォンヴォン燃え盛るんだよ。逆に相性悪い場合は、なーんかしっくりこないんだって」


「フィーリングってやつ?」


「そうそう。防具の属性と相性が悪い場合は、皮膚が赤く腫れたりするみたい。私は経験ないから、どんな感じかはわかんないけどねー」


 アレルギー反応か。まあ服の素材なんかでも合う合わないはあるし、そういうのがあるのはわかる。でも、脱げないから相性が悪いって解釈はどうなんだ……?


「属性の相性が極度に悪い場合、その装備品が装備者に悪意を持つと言われているわ」


 イリスに説明を丸投げしていたティシエラが急に割り込んで来た。どうやらここからが話の胆らしい。


「悪意って……装備品には意思なんてないだろ?」


「ええ。あくまで擬人的な表現よ。正しくは、相性の悪いものが密着する事で、拒絶反応が生じると言うべきでしょうね。熱に弱い物質に火を近付けると溶けるのと同じようなものよ」


 ああ、それならわからなくもない。


 って、まさか……


「マスクが溶けてコレットの顔と癒着しちゃったのか!?」


「えええええええ!? 私の顔、マスクとくっついちゃったの!?」


 おおっ、山羊の悪魔が頭を抱えて悶える姿はシュールだけどちょっと見応えあるな。何とも言えない迫力がある。ねぶた祭りみたい。


 いやいや、そんなアホみたいな感想抱いている場合じゃない! 折角呪い解いたのに、ベッタリ皮膚に引っ付いちゃって取れないとか最悪じゃん!


「実際に溶けているかどうかはともかく、相性が悪いのに何日も被ったままだったとしたら、マスクの拒絶反応が進行して変形を来たして、その結果脱げなくなっているとしても不思議じゃないわ」


「それって、魔法の力でどうにかなるものなの?」


「絶対に無理よ」


 あ、コレットが崩れ落ちた。相変わらず雪崩れ芸が上手い。ガクっと膝を落として四つん這いになるんじゃなく、全身が弛緩してグシャって潰れるスピーディーさがたまらん。伝統芸能にしたい。


「終わった……私終わったあ……もう一生山羊の悪魔として生きていくしかないんだあ……」


「落ち着けコレット! 望みを捨てるな! 今のはあくまで仮説だから!」


「そうね。それを確認する為に、マスクを引っ張ってみましょう。トモ、やってみて」


 ティシエラの指示に従い、コレットの顔を覆うバフォメットマスクを頭頂部から思いっきり引っ張ってみる。


「ぬぬぬぬ……ぐぬぬぬぬぬ……ぬおおおおおおおおああああああ!!」


「ひぎぃ……痛い痛い痛い痛い!! トモ力入れ過ぎ! もう首イッちゃってる! 首イッちゃってるからぁ!」


 タップされたんで仕方なく手を離す。どれだけ力を込めてもマスクは脱げない。かといって、ナイフか何かで切ろうにも、明らかに革製品なのに傷一つ付けられない。流石終盤の街にあるマスク、超常的な防御力だ。


 攻撃力の極めて高い刃物で切ればどうにかなるかもしれないけど、密着状態のコレットの顔を傷付けずにそれを実行するのは不可能に近い、というか普通に無理。最悪、ヒーラーに回復して貰うの前提でやるしかない。コレットなら十分支払いは出来るし、やる価値はあるけど……女の顔を傷付けるの前提で刃物使うの、俺にはちょっと無理だなあ……


「コレット。今、引っ張られた時、顔の皮膚は、どんな感触だった?」

  

 いよいよ打つ手がないかもと諦観に似た心持ちでいると、ティシエラが倒れているコレットに対し、老人に問診する医者のような口調で問いかけていた。


「皮膚は……特にどうもなかったと思うけど……」


「突っ張るような感じはなかったのね? 被った直後と比べて締め付けられる感じが増したりはしていない?」


「ん、んー、どっちもないかな……」


 そうか、ティシエラはそれを確認する為にマスクを引っ張らせたのか。


 マスクをあれだけ強い力で引っ張っても、コレットの顔の皮膚は引っ張られていない。つまり、マスクと皮膚は癒着していないと考えて良さそうだ。


 それに、冷静に考えたら俺の調整スキルでマスクは製造直後に戻ってる訳で、仮に変形していたとしても元に戻ってなきゃおかしい。


 にも拘らず、マスクが脱げないのは――――


「これは恐らくマギの癒着ね」


 ティシエラは迷わず、そう結論付けた。


「そんな事あり得るん?」


「少なくとも私は前例を知らないわ。でもマギの乱れもなく、皮膚への癒着も変形した様子もないのに外せないのなら、他に理由が思い付かないもの」


 確かに思い付かない。状況だけを見れば、中の空気が冷えて圧力が下がった事で重なったコップが取れなくなるアレと似てるけど、その現象は体温が極端に下がる事のない人間には起こり得ない。


 なら、物質同士じゃなくマギ――――魂的な力同士が余りの相性の悪さから溶け合ってくっつき、離れなくなっても不思議じゃないって訳か。


 ……いやおかしくない? 溶けるってのはあくまで熱を例にした場合であって、闇属性とは無関係だよな。ましてマギが溶けるってどんな状態だよ。寧ろ相性良過ぎてマスクに吸い付かれたって方がまだしっくりくるんだけど。


「属性の相性が良い防具は脱ぎやすいって話は、私も聞いた事あるよ。邪魔しないって感じ? その逆って事なのかも」


「だからこそ『悪意』と表現したのよ。癒着というより、マスク側のマギがコレットのマギに絡みついてるという方がイメージし易いかもしれないわね」


 つまり、装備者の意向に反する作用が起こってるって事か。で、脱ぎたくても脱げないって事態になってると。

 

 とはいえ、この仮説が正鵠を射ていたとしても、肝心の解決法が思い付かない。俺の調整スキルでも、マギ同士の結合はどうにもならないだろうし……


「ねえティシエラ。その話が本当だったら……」


「ええ。あれしかないわ」


 ん? イリスとティシエラは何か心当たりがあるっぽいな。


 コレットも藁にも縋る思いで二人のやり取りを眺めている……ように見える。なんとなく。


「トモ。コレット。これから私が話す内容は他言無用でお願い。約束出来る?」


 ティシエラの声がいつになく真剣だ。イリスも普段の朗らかさを消して、真剣な眼差し。結構ヤバめの話みたいだ。


「勿論」


「何か方法があるの!? あるんならどんな外道な話でも墓場まで持っていくから助けて!」


 当たり前だけど、コレットは必死だ。しかし悲しい哉、顔からそれが伝わらない。このマスクしてアタフタしてるだけでフザけているように見えて仕方ない。


十三穢 じゅうさんえの一つ【ネシスクェヴィリーテ】なら、マギの癒着を綺麗に切断出来るかもしれないわ」


 ネシス……なんだって?


「十三穢ってのはね、元々はエクスカリバーとかグラムみたいに魔王討伐の為に作られたんだけど、色んな理由で使用を禁じられている超強力な武器の事。全部で13あるから十三穢」


 イリスの補足である程度イメージは掴めた。要するにいわく付きの武器か。そんな中二魂を擽ってくる武器があるんだな。


「ネシスクェヴィリーテはマギを刈り取る武器って言われてるわ。それでマスクの方のマギを全部消去してしまえば、或いは……」


「だ、大丈夫かな……私のマギまで刈り取られたりしちゃわないかな……」


「……」


 ティシエラの反応から察するに、その可能性もなくはない、なんなら結構あるかも、って感じだ。コレットもそれを察したらしく、気まずい空気が流れる。直接ティシエラに聞かずに呟きで察して貰おうとする辺り、人見知りあるあるだよな。


「何にしても、他に方法がないのならその武器を調達するしかないよな。取扱説明書とか付いてればいいけど」


「そういうのはないと思うけど……保管場所なら知ってるわ。王城の中よ」


 なんだ、てっきりどっかのダンジョンに封印されてるかと思ってた。だったら話は早い。


「なら、お城にコネがあるバングッフさんに頼んで……」


 ……あ、そういえばあの人昨日から行方不明だった。


「ティシエラはお城に自由に出入り出来たりする?」


「寧ろ目の敵にされているわよ。バングッフが例外なだけで、城と五大ギルドは基本冷戦状態だから」


「あはは……仲は良くないよね」


 まあ、経緯は聞いてるから納得だけど、イリスですら引きつった笑いを浮かべるくらい険悪なのか。


 参ったな。俺が直接行っても門前払いなのは確実だし。一般市民がアポなしで皇居に突撃するようなものだもんな……


「昨日はああ言ったけど、一応バングッフの捜索隊は結成してるわ。彼らが見つけるまで待てる?」


「……はい」


 コレットには妙に甘いティシエラが優しく問いかけるもんだから、コレットも気を使って首肯はしたけど、当然そんなに長くは待てないだろう。選挙の事もあるけど、この格好で生活するのはストレスヤバそうだしな。寝る時とかどうしてるんだろ。


「ごめんなさい。みんなお仕事あるのに、私の所為で時間取らせて……」


 それでもコレットは頭を下げて謝っていた。マスクの重みでカクンってなるのがちょっと面白い。


「そんなの気にしなくていいって! 困った時はお互い様。ソーサラーギルドはティシエラと私がいなくても、しっかり者が多いから大丈夫だし!」


「何も問題はないわ。貴女が次のギルドマスターになるのなら、ここで恩を売っておくのは寧ろ私達の為にとって得策なのよ」


「あ、ありがと……二人ともありがと~」


 コレットは涙声で感動を露わにしていた。気持ちはよくわかる。俺らみたいな他人と関わりの薄い人生を送ってきた人間は基本、優しさに脆い。


「それじゃ、仕事が忙しいからそろそろ帰って頂戴。バングッフが見つかったら連絡するわ」

 

「えええ!?」


 冗談なのか、さっきのが社交辞令でこっちが本気なのか判断し辛い真顔のティシエラに追い出された。


 まあ後者だろな。昨日の五大ギルド会議で決まった事の伝達とか、色々忙しいだろうし。俺だってガチで仕事が忙しいから、一日中コレットに時間を割ける余裕はない。


 それに、今日からは怪盗メアロの捜索に力を入れる必要がある。奴ならバングッフさんの安否と居場所を知ってるだろうし。


 ……まさか殺されてないよね? そんなダークな展開嫌過ぎる。マジ勘弁。


「取り敢えず、俺とイリスはギルドの仕事に戻るとして……コレットはどうする? その状態で選挙運動は無理だろ?」


「うん……でも、フレンちゃん様にずっと黙ってるのも悪いかなって思ってて……」


 確かに。かなり心配してたからな。


「ならギルドに帰るついでに寄って、話を通しておこう。俺とイリスがいれば向こうも警戒しないだろうし」


「うう……迷惑ばっかりかけてごめんなさい」


「いいよ別に。イリスも言ってたけど、困った時はお互い様」


 コレットがいなかったら、俺は最初のモンスター遭遇の時に殺されてた可能性が高い。それに、彼女の存在がなかったらこの世界に馴染むのにもっと時間がかかってただろう。下手したら生前の二の舞になってたかもしれない。選挙への協力や今回の件は、その恩返しでもあるんだ。


 それに、友達だしな。


「はいはーい! マスター、ネシスクェヴィリーテについてちょっと提案がありまーす!」


 シレクス家に向かう最中、先頭を歩いていたイリスがクルッと回って挙手してきた。この人、美人さんなのに全然飾らないよな。


「分類上は暗黒武器だし、専門家に話を聞いたら正しい取扱い方法がわかるかも」


「専門家……?」


 一瞬ピンと来なかったけど、暗黒武器って言葉を反芻したところ、頭の中にあの古巣が思い浮かんだ。


「その案採用。今晩あたり顔を出してみるとして――――」


 取り敢えず、シレクス家に行きますか。


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