第094話 新しい風
ダンディンドンさんはドMの変態ではあるけど、冒険者ギルドのギルマスとしては決してフザけた事はしていないし、偏見を持つ事もない。冒険者を即日退職した俺に対しても普通に接してくれているし、他の冒険者と馴染めていなかったコレットにも優しくアドバイスしていた。
何より、マルガリータさんの進言ありきとはいえ、彼がコレットを後継者に任命したんだ。コレットに対して悪感情なんてある訳がない。
そんな彼がコレットを『そんな奴』呼ばわりした事実は重く受け止めなくちゃいけない。信頼を失っている、若しくはガタ落ちしていると解釈すべきだろう。まあ、何日も選挙運動を放棄した挙げ句行方を眩まして、久々に現れたと思えば山羊の悪魔になってる奴なんて信用出来る訳ないわな……
この場で俺が『選挙のプレッシャーを軽減する為の、ちょっとした気分転換だったんだ』とでも言ってコレットをフォローしたところで、ダンディンドンさんの不信感を拭えるとは思えない。もっと根本的な部分に訴えかけないと。
ダンディンドンさんだって、本当はコレットを信じたい筈。きっと彼はコレットに"親近感"を抱いている。大丈夫、勝算はある。
「コレットが被っているマスクについて――――」
俺が話を始めると、必ず全員が俺の方を一斉に見る。部外者への注目……というより警戒だろう。流石にもう慣れてきた。
「心当たりがあります。そしてそれは、皆さんの耳にも入れておいて欲しい事柄です」
「おいおい、随分と大げさじゃあないか。話を聞く限りじゃあ、あのレベル78がトチ狂ってフザけてるとしか思えないぜ?」
「ヘッ、元々何考えてるのかわからねェ辛気臭い女って評判だからなァ。いつも一人で魔物どもを狩って宝石集めてやがるんだろ? そのクセ一切怪我しやがらねェ。美味しくねェ女だ」
冒険者史上最高のレベル78を誇るコレットは、当然ながら有名人。あいつのソロプレイ人生は他のギルドにまで知れ渡っているらしい。
にしても……
「大方、ギルドマスターになるのが嫌で、敢えてそうしてるんじゃあないか? 断るのはカドが立つからな。道化を演じれば人気は下がるし信頼もなくす。選挙だって落ちる。フン、レベルの割に情けない奴だ」
随分な言われようだな。確かにコレットは逃げ癖あるしメンタル弱いけど、他人から陰口叩かれる謂れはない。こんな人格破綻者どもに言われ放題なんて、無性に腹が立ってくる。調整スキルで抵抗力全振りにして、運や他のパラメータを最低値にして破滅に追いやってやろうか……?
……いや、冷静になれ。ここでそんな事をしたってコレットの心象を改善する事は出来ないんだ。今は俺の感情なんてどうでも良い。それより、この連中を利用してコレットの悪評を封じる。それがベストだ。
その為には、まず――――
「大げさじゃないですし、その推測は誤りです。コレットは本気でギルマスになりたいと思っていますし、だからこそシレクス家の支援を受けているんです」
嘘は言っていない。ただプレッシャーに弱く心を乱しやすいってだけだからな。
「それはそうだが……なら、あの格好はどういう理由があっての事だ? 俺には若者の気持ちがサッパリわからんよ。どんな心情になったら山羊の悪魔のマスクなんて被るんだ……?」
俺も全くの同意見ですダンディンドンさん。若い奴の気持ちなんて30代には理解出来ません。10年前の自分すら、もうどんな心持ちで生きてたかなんて忘れたよ。
でもここで彼に同意する訳にはいかない。かといって、本当の事をこの場で言う訳にもいかない。冒険者最強のコレットのメンタルが激弱なのを他のギルドに知られたら、冒険者が嘗められてしまうし、魔王討伐の士気にも関わる。最悪、悪評が立ってコレットの親にまでそれが伝わるかもしれない。コレットにとってそれは最悪の事態だ。
それを避ける為には――――これしかない。
「あのマスク、コレットが親しくしてるベリアルザ武器商会の商品なんです」
実際には、商品じゃないだろう。マスクは武器じゃないからな。でもあの武器屋にバフォメットマスクがあったのは事実だし、あの武器屋がアレと似たようなタイプの如何にも呪われてそうな商品ばかり売っているのも事実だ。
「俺も少し前まで、あの武器屋で働いていたから知ってるんですが……ベリアルザ武器商会の経営は決して上手くいっていません。それどころか崖っぷちに立たされています」
「その件については私も保証するわ。常連客の私が言うのもなんだけど、あの店は相当厳しい状況よ」
俺の話に、何かを察したんだろう。ティシエラがフォローに回ってくれた。
「だからコレットは、店の為に一肌脱いだんです」
「商品を身に付ける事で、宣伝になると思ったって事かい? 幾らなんでも無理があると思うぜ」
ロハネル氏の意見はごもっとも。
ただし"あの情報"がここで活かせる!
「これはシレクス家の御令嬢、フレンデリア様から寄せられた目撃談なんですが……コレットは自分の部屋でも怪しげな悪魔の装備を身に付けていたそうです。道化を演じているのなら、誰も見ていない所でそんな事する必要ないでしょう?」
実際には、どの装備が一番俺を驚かせるか吟味してたんだろうけど、本人から答えを聞いた訳じゃないから未確定。重要なのはそこじゃない。コレットがバフォメットマスク以外にも悪魔の装備を身に付けていたという事実。それこそが肝要だ。
「……その情報は確かなのか?」
「ええ。裏を取って貰っても大丈夫ですよ」
ダンディンドンさんにそう答えつつ、次の話の展開を頭の中で練りまくる。こんなに練るのは小学生の頃に買って貰ったねるねるねるね以来だ。
「恐らくコレットは、ベリアルザ武器商会の装備品を幾つか買い取って、その中から一番目立つ物を選ぼうとしていたんだと思います。闇属性の武器よりもバフォメットマスクの方が目立ちますから、それで被ったんじゃないでしょうかね。目立てば目立つだけ宣伝になりますし」
「まァ言ってる事はわからねェでもねェな。金を稼ぐのに目立つのは大事だからなァ。どれだけ悪趣味な装備でも、レベル78が愛用してるとなればフォロワーも出て来るだろうよ。カカカカ」
意外にも、頭のイカれたヒーラーから援護射撃を受けてしまった。感謝はしないけど助かる。
「友情、或いは親愛の為に晒し者になったって訳か。理屈はわからなくもないが……何も選挙の期間にそんな事しなくてもいいんじゃあないか?」
「選挙期間だからこそですよ。この期間だからこそ、立候補者のコレットは嫌でも目立つし、一般市民と触れ合う機会も多い」
そろそろ自分でも何言ってるのかわからなくなってきた。でももう、後には引けない。
「マスクを被って選挙運動をすれば、確実に市民の印象に残りますよね。それでベリアルザ武器商会の宣伝効率が上がるのなら、自分が白い目で見られても構わない。コレットはそういう奴です」
嘘も方便。ただしこの嘘は、ロハネル氏やイカレヒーラーに向けてのものじゃない。
コレットの人となりを知る二人――――ティシエラとダンディンドンさんに向けての嘘だ。
「……あり得なくはないわね。あの子なら」
「生真面目で不器用な奴だからな。確かに、なくはない話だ」
この二人なら、きっと納得してくれると思った。
最も重要なのは、ダンディンドンさんの不信感を払拭する事。人情に訴えかけるような理由があれば、きっと考えを改めてくれる。
何より――――
「それにしても、自らを好奇の視線に晒すとはな……前々から素質があると思っていたが、予想以上だ。やはり彼女こそ俺の後継者に相応しい」
……絶対そこに食いつくと思ったよ、このドMギルマスなら。こんな人にシンパシーを感じられるコレットが不憫だけど、これで恐らく大丈夫だろう。何か新たな不安の種を蒔いたというか、ヤバめのフラグを立ててしまった気もするけど。
「それじゃあ、別の話題に移るとしよう。次は……」
――――その後。
五大ギルド会議は滞りなく進み、聖噴水の定期的な確認、魔王討伐の進捗、モンスター襲来事件のような緊急時の街の自治について等、様々な意見交換が行われた。
最も白熱した議題はやっぱり、さっきの事件。バングッフさんに化け、この会議に潜入していた人物の正体は何者なのか。今後同じ手口での侵入を許さない為にはどんな防衛策があるか……等。唯一犯人の正体を知る俺にとっては、居心地の悪い時間だった。
結局、犯人については憶測の域を出ない為保留とし、五大ギルド会議の秘匿性を高めるべく今後は各ギルド以外の場所で開催する事が満場一致で決まるのみとなった。
そして最後、バングッフさんの安否確認については――――
「あの男なら心配ないわ。殺しても死ぬような人間ではないから。仮に死んでいても特に構いはしないけど」
そんなティシエラのにべもない発言に全員が同調し、閉幕となった。嫌われてるのか、信頼されているのか……
何にしても、終わってみれば貴重な体験だった。色々あったけど、コレットへの誤解も解けた事だし、一先ず良しとしよう。
「新米ギルドマスターの割に、堂々としたデビューだったじゃあないか」
ロハネル氏か……自分とこのギルドが破壊されたってのに、会議が終わってからも平然としてやがる。この人もまともじゃないな。
「アインシュレイル城下町の名前をそのままギルド名にした不届き者がいるって噂は聞いていたが、成程、胆は座っているようだな。信用出来るかどうかは依然としてわからないがね」
「今まさに、その信用を得る為に仕事を請け負っている最中ですよ」
「バングッフから聞いているよ。この街を警備する為のギルドなんだろ? 国家の方針を真正面から否定するその姿勢、嫌いじゃあない。見届けさせて貰おう」
会議中は好戦的な姿勢だったのに、会議が終わると寧ろ紳士的。そうか、こっちが本来の性格なのか。
それを曲げてまで戦闘態勢にならなきゃいけないのが五大ギルド会議。ティシエラも心なしか、普段よりギラギラしてたしな。俺を問答無用で連れて来るくらい。
だとしたら、あのイカれヒーラーも……
「ったくよォ~~~~!! 折角こんだけ建物がボロボロにされてるってのに、怪我人がいないなんてフザけてやがるよなァ~~~~!! あの変装野郎、なっちゃいねェなァ~~~~!!」
……素か。やっぱヒーラーってクソだわ。
「小僧。ウチへの支払いを踏み倒した奴は例外なく地獄に落ちるからな。逃げるなよォ?」
「今まさに、その借金を返す為に仕事を請け負っている最中ですよ」
「テメェ!! さっきロハネルに言ってたセリフまんまじゃねェか! 露骨に手ェ抜きやがって! 半殺しにして回復されてェか!?」
どんな脅し文句だ……回復って言葉にこんな攻撃性を感じるの初めてだよ。アンデッドにでもなった気分だ。
「チッ……嘗めた野郎だ。だが忘れるなよ。テメェらもだ」
ヒーラーギルドのギルマス――――名前は確かハウクだったっけ。奴の視線が俺から他の面々全員へと移る。
「魔王討伐にしろ、モンスターの襲撃にしろ、テメェらはヒーラーなしじゃ何も出来ねェ。ヒーラーがいるから無茶できるんだ。ヒーラーを侮るんじゃねェぜ~~~~」
そう言い残し、誰より早く職人ギルドを後にした。
実際、ヒーラーの重要性は疑う余地もない。後遺症や死を免れる唯一の治療法だし、それでなくても完治まで数ヶ月かかる負傷をものの数分で治すんだから、余りにも便利過ぎる。居丈高になるのも無理はない。
まあ、実際あんな態度取られたら普通にムカ付くけどな。
「今日は随分機嫌が良かったわね、彼」
「例のモンスター襲撃の時に随分稼いだらしい。潤っているのだろう」
……嘘だろ? 機嫌の悪い時はどんな態度になるんだよ。想像もしたくない。早く支払い済ませて完全に縁を切ろう。
「トモ、今日は悪かったわね。手伝って貰って助かったわ」
「イリスに大分助けられてるから、これくらいは別に」
「……そう」
なんか返事が素っ気ないな。しかも一人でさっさと帰りやがった。いや、連れてきたんだから帰りも馬車に乗せて連れて行ってくれよ……
「今日はティシエラの一人勝ちだったな。聖噴水の異常に関して有用な情報を提示出来たのは彼女だけだし、バングッフに化けた不届き者にもいち早く気付いた。流石だな」
「フン、僕の一人負けだろ。この有様だぜ? やれやれだ」
「職人ギルドはそれぞれ工房を持っているから、ギルドの建物が半壊していても大して問題ではないだろう。お前の工房はこのギルドの数倍の広さじゃないか」
マ? 職人ってそんな儲かるの?
まあ終盤の街の武具ってクソ高いし、一品物となれば尚更だもんな。
「これからは五大ギルド会議も警備員を雇った方が良いな。おい、新米。さっさと出世するんだな。そうしたら、君のギルドにもチャンスがあるかもしれないぜ?」
「今後は街の治安情勢の悪化も懸念される。アインシュレイル城下町ギルドには冒険者一同、期待しているよ」
「あ……りがとうございます」
いきなりこんな褒め殺しされても反応に困る。いや厳密には褒められてはいないけど。期待されるのはまだまだ慣れてない。
「さて、我々もそろそろ帰ろうか、トモ。オレの馬車に乗って行くと良い」
「良いですか? 助かります」
「何、こっちもコレットの件が誤解とわかって助かった」
実際には半分くらいは誤解じゃないかもしれないけど……ま、良いか。本人が納得してるんだし。
「それじゃあ、旦那。達者でな」
帰ろうと歩を進めたその後ろで、ロハネル氏がダンディンドンさんに握手を求めていた。
そうか。選挙が予定通り進めば、次の会議からはもう新しいギルマスが冒険者ギルド代表になる訳で、ダンディンドンさんにとってはこれが最後の会議になるんだ。全然そんな雰囲気じゃなかったから気付かなかった。
「今生の別れじゃあるまいし、大げさだな」
「旦那がどっしり構えていてくれたお陰で、少しは落ち着いた会議が出来ていた。感謝してるよ。次の新人じゃそうはいかないだろうね」
「その分、新しい風が吹く筈だ。期待してやってくれ」
力強く手を握り合う二人を、俺は暫く眺めていた。
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