第093話 爆破オチの後で
「それじゃあティシエラ、とっとと続きを話してくれ」
「襲撃事件の当日、聖噴水の簡単な調査をしたんだけど、私とトモが目視した限りでは異変らしきものは何も見えなかったわ。これは無視出来ないポイントよ」
……本当に、何事もなかったかのように再開しやがった。バングッフさんが不在なのもお構いなしかよ。なんか爆破オチの後でも延々とやり取りを続ける新感覚コントみたいで微妙な気持ちになる。
しかも、あれだけの事があったのに会話の流れまで余裕で覚えてやがるのか。ハプニング慣れし過ぎだろこの人達……
「わからないな。何がポイントなんだ? 目に見える変化がないのなら、経年劣化の方が可能性高そうだが」
ダンディンドンさんの言うように、普通ならそう考える。でも、実は俺もティシエラと同意見だ。
「もし経年劣化だとしたら、モンスター襲撃のプロセスが不自然過ぎるわ。長年にわたって侵入出来なかった場所に入れるようになっていたら、普通は罠と考え慎重になるし、そこまで判断する知能がないのなら、仲間に知らせようとせず最初に気付いた一体のみで突っ込んでくる筈よ」
「……フン。一理あるな」
ロハネル氏も納得したって事は、当時のモンスターの状況を正確に把握していた証。多分不機嫌そうに押し黙っている頭のイカれたヒーラーも同じだろう。必要な情報をしっかり仕入れてるあたり、人格破綻者でもギルマスはギルマスって訳か。
あの日、襲撃して来たモンスターは一種類のみ、有翼種のプテラノドン擬きだけだった。しかも一度に何十体と襲って来た。統率がとれていた訳じゃないけど、ある程度の計画性を匂わせる動きだった。
なら、こう考えるのが自然だ。
「聖噴水の無力化と、モンスターの襲撃には関連性があったと見なすべきだ」
俺の言葉に、ティシエラは普段通りの真顔で頷いた。
要するに、あのプテラノドン擬きは聖噴水が無力化されたのを知っていたんだ。そうじゃなきゃ、あんな形の襲撃にはならない。毎日何十体も城下町の上空を飛び回っているのなら話は別だけど、俺がこの街に来てからそんな様子は全くなかったからな。あらかじめ入れるとわかっていたから群がったんだ。
となると、必然的にモンスターに聖噴水の情報を漏洩した奴がこの街の中にいる。
『我がお前に言いたかったのは、今この街に"裏切り者"が潜んでるって警告だ』
……これは前々から懸念していた事だから、然したる衝撃はない。
問題は、その聖噴水の情報を流した奴が自らの手で聖噴水を無力化したのか。それとも、別の理由で無力化されたのを知って、情報だけモンスター側に漏らしたのか。
どっちにしても裏切り者なのは間違いないけど、前者なら大問題だ。聖噴水を無力化する力を持った奴が今も街中に潜んでいる訳だからな。
「状況的に、モンスター側と組んでいる人間がこの街にいるのは間違いないわ。重要なのは、その裏切り者がどうやって聖噴水の変化に気付いたか。外見で気付ける材料がないのなら、偶然知ったとは考えられないわね」
なら――――その裏切り者が意図的に聖噴水を無効化した可能性は十分にある。
ここでようやく、ティシエラがロハネル氏の発言を肯定した真意に辿り着いた。
確かに、見た目の変化でわからないのなら気付きようがない。毎日聖噴水の状態を目視以外の方法でチェックしている訳じゃないだろうし、仮にしていたとしても、まず間違いなく周囲に怪しまれる。それを毎日やって今まで不審者扱いされなかったなんて、到底あり得ない。
『魔王に届け』の最終日を狙って何者かが聖噴水を無力化し、それをモンスター側に伝達。その結果、集団で襲って来た。そう考えるのが一番自然だ。
「ただ、そうなってくると解せぬ事が一つある」
神妙な面持ちで呟くダンディンドンさんに視線が集まる。
……嫌な予感しかしない。
「何故、聖噴水は突然元に戻った?」
うーん、やっぱりそこを疑問に思われちゃったか。そうだよなあ、どう考えても不自然だよな。
裏切り者の目的は現時点では不明だけど、少なくとも城下町を危険に晒したかったのは確実だ。なら、聖噴水を元に戻すという行為は明らかな矛盾。そりゃそうだ。戻したのはそいつじゃなく俺なんだから。
「そうだな。考えられるのは……元々一時的に無効化させる事しか出来なかった。それくらいじゃあないか?」
「賛同するわ。どんな方法で聖噴水を無力化させるのかなんて想像も出来ないけど、かなり大きな力が働いていると想定されるから、永続的には無理だったと考えるのは妥当よ」
なんか初めて一体感を見せて話が纏まりかけてるけど……違うんだよなあ。俺俺。やったの俺。なんか申し訳ない気持ちになる。
でもそれを告白したら、まだ信用を得てない俺は確実にその裏切り者の候補になってしまう。ティシエラは庇ってくれるかもしれないけど、他の面目はそういう訳にもいかないだろうし……今ここでバラすのは無理だ。華麗にスルーしよう。うわ懐かしい、このフレーズ超久々に使った。流行ったの何年前だろ。
「ハウク。お前等も当日街中を駆け回ってただろ? 何か情報は入ってないのか?」
「生憎、怪しい奴がいたかどうかなんてわからねェな。こちとら負傷者探すのに夢中になってたからよォ~~~~」
探していたのは金ヅルだろ。実際、俺は見事にカモにされちまったよ。
……裏切り者ってヒーラーの中にいるんじゃないか? モンスターを街に入れる事が出来れば、自然と負傷者は増えてカモれるからな。動機は十分にある。
「なんだ小僧? その顔はよォ~~~~。まさかテメェ、オレを怪しんでるんじゃないだろうな?」
「生憎まだ手がかり何もないんで」
「怪しむ気満々じゃねェか! テメェおちょくってんのかコラァ!」
嫌ってるんだよ単純に。ヒーラーマジ無理。生理的に受け付けない。
まあでも、幾ら怪しい連中だろうと手がかりがない以上本格的に疑うつもりはない。出来れば一切関わりたくないから、敵対もしたくないんだよ。
「何にせよ、現時点ではここまでだな。裏切り者が街の中にいる。その事は各自頭に入れておくとして、次は……」
「私に時間を頂戴。共有したい情報があるから」
椅子がないから、ティシエラが立ったまま挙手する。その所作が実にサマになってる。
「ここ最近、ある日を境に突然人格が変貌した住民が複数確認されているわ。無視出来ない人数に上っているから、原因を突き止めておきたいと思っているんだけど」
「……それって、娼館のオーナーか?」
どうやら職人ギルドにまで女帝に関する噂は流れていたらしい。っていうか、真っ先に彼女を連想するって事は、もしかして常連だったりするんだろうか。職人なのに薄い顔でお喋りで粘着質で娼館常連って、これもうわかんねぇな。
「彼女にもそういう噂があるわね。他にもシレクス家の御令嬢フレンデリア様とか、合計七名が確認されているわ」
前にソーサラーギルドで話を聞いた時は五名だったけど、順調に増えてやがる。それだけ調査が進んでいるって事だろう。
ただ、その七名全員が本当にキャラ変しているかは怪しいところだ。特に娼館の女帝、サキュッチについては俺が見る限りでは噂通りじゃないように思えた。
その事についてはティシエラに報告済みだから、後は彼女がどう判断するか……
「冒険者ギルドの傍の酒場でマスターをしていたコンプライアンスという男性も、急に好戦的になったように見えたわ。ダンディンドン、貴方はどう感じているの?」
「えほぉッ」
え、何……?
呼び捨て? 明らかに年下の女性から呼び捨てにされたから感じたの? 感度良好過ぎて気持ち悪……
「ンッ、ンンッ……そうだな。確かに、随分と興奮気味になっている印象は受ける」
それは貴方では……?
「まさか冒険者になると言ってくるとは思わなかったのでな……実際、体型に目立った変化はないのに常軌を逸したパワーを身に付けていて、不可解ではあった」
「人格の変化だけじゃなく、強さという観点でも劇的に変化しているのかもしれないわね。だとしたら余計に厄介な問題よ」
「おいおい、ちょっと飛躍し過ぎじゃあないか? そういう事例があるのは認めるが、七名じゃまだ何とも言えないぜ。そもそも七名全員が本当に様変わりしたって言うのかい?」
ロハネル氏の疑念は尤もだ。そしてようやく俺に出番が回ってきた。この時の為に、わざわざ部外者なのに招集された訳だからな。務めは果たそう。
「その件については、トモが調べてくれているから、彼の意見も聞いて頂戴」
ティシエラは発言しながら、俺の方に視線を向けていた。一つ頷き、咳払い。全員の視線がこっちに向けられる。流石にもう緊張とかはないな。爆破の後じゃね……
「まず初めに断っておきますけど、俺は人格が変わる前の対象者とは会ってないんで、前後の比較は出来ません」
「なら無意味じゃあないのか?」
「いえ。比較しないからこそわかる事もあります。先入観のない状態で、対象となる人物の自然さ、不自然さを判断出来ますから」
ティシエラが俺に調査を依頼したのも、そういう意図が少なからずあったと思われる。
例えばフレンデリア嬢に関しては、ティシエラ自身やコレットが以前の彼女を知っている。だから、人格が変わったとされる今の彼女と以前の彼女の比較は容易に行えるだろう。
でも、以前のフレンデリア嬢を知らない人間はこの街には少ない。有名人だからな。そこに俺が調査する意義が生まれる。以前の彼女を知らないからこそ、今の彼女を曇りなき眼で判定出来る。
その結果――――
「俺が見る限り、フレンデリア様は思いつきと行動力こそ突き抜けていますけど、温厚で気遣いが出来る淑女です。不審な挙動は全くありませんし、性格も破綻していません」
「……淑女? あの自分を中心に世界が回っていると信じて疑わない女が? とても信じられないな」
「だが事実だ。マルガリータも同じ意見だった」
ダンディンドンさんのフォローを聞いても、ロハネル氏は納得出来ていない様子だった。どんだけ悪役令嬢だったんだよ……
「逆に、娼館のオーナーは噂が一人歩きしてる印象です。先日お会いしましたが、荒っぽい中にも従業員への気遣いを感じました。彼女は元々、守銭奴の一面もあったんじゃないですか? 以前は良い方の情報ばかりが流れて、今は逆に悪い噂ばかりが流されている気がします」
「つまり、最初から良い面と悪い面を両方持っている人物だったと?」
娼館に縁のなさそうなダンディンドンさんは、あの女帝の事を殆ど知らなかったらしい。俺が頷いた後でも、まだピンと来ていない様子だ。
「カーッカカカカカカカカカ!! 間違いねェよ! あの女は元々クソみてェな性格だからよ! 良いように言われ過ぎなんだよ、金の亡者の分際でよォ~~~~!!」
あの人もヒーラーにだけは言われたくないだろうな……
「おいティシエラ。そいつの言う事が本当なら、七名ってのは不確実な数なんじゃあないのか?」
「ええ。あくまで疑惑のある人が七人いるってだけよ。そして調査の結果、明らかに人格変化を起こしたケースもあれば、信憑性に欠けるケースもある。私がここで言いたかったのはそれ」
成程、警告か。
今後も、突然人が変わったようになる奴が現れる可能性が高い。そういうケースが頻発すると、何らかの陰謀論が囁かれるようになるのは目に見えてる。その前に、正しい情報を共有して混乱を防ごうって訳か。
「全ての噂が真実とは限らない。でも、別人になったように変貌した人が複数いるのも間違いないわ。そして、ここからが重要なんだけど……この一件は聖噴水の無効化と関係しているかもしれない」
「……!」
驚いた。そう結びつけるか。
これはティシエラも事前には話していなかったし、俺は全く頭になかった。五大ギルド会議の為に温めていたのかもしれない。
キャラ変した連中が全員転生者なら、この推論は的外れだ。でもその確証はないし、別の原因も十分考えられる。その場合、関連を疑うのは正しい判断だ。
「唐突な人格変貌、突然の聖噴水の変質……確かに共通はしている」
感心した様子のダンディンドンさんとは裏腹に、ロハネル氏の表情は優れない。
まさか、痛い所を突かれたとでも思ってるのか? だとしたら、彼が何らかの件に関与している可能性が浮上する訳だけど……
「チッ、悪くない見解だ。面白くないが認めてやる。掘り下げる必要がある案件だ」
どうやら、単にティシエラのお手柄が気に食わなかっただけらしい。
って事は、この会議でティシエラの発言力はアップしたんだろう。城下町にとって有用な意見を出した訳だからな。
五大ギルド会議の全容が、何となく見えてきた気がした。
「その件は、後で各ギルドで調査隊を結成するとしよう。次はどうする? 魔王討伐の話でもしとくか?」
「いや、そんな事より是非議題に挙げたい件があるのだが」
ちょっとそこの冒険者ギルドのギルマスさん? 貴方、魔王討伐を『そんな事より』って言いました? 冒険者ギルドの代表ですよね? 何だったら存在意義ですよね、魔王討伐。おかしくない?
「構わないよ。何だい?」
「ああ……今やっているウチの選挙の事なんだが」
冒険者ギルドのギルマス選挙。それに関する話題とわかった途端、俺の頭の中には緊急地震速報、いや国民保護サイレンが鳴り響いた。嫌な予感どころの騒ぎじゃない。
まさか――――
「最有力候補のコレットが最近、全く姿を見せなくなっていてな。昨日になってようやく顔を出したんだが……山羊の悪魔になっていたんだ」
ぎゃあああああああああああああああああ!
ヤダすっごい恥ずかしい! 何この感情!? 別に親族でもないのにウチのコレットがお騒がせして申し訳ありませんって気持ちしかない!
「バフォメットマスクを被ったら抜けなくなったらしくてな。最悪、山羊のまま選挙当日を迎える事になりそうなんだが……そんな奴ギルドマスターにして大丈夫だと思うか? 不安で不安で、昨日は一睡も出来なかった……」
ですよね! そりゃそうだ、後継者が突然ひん曲がり角の山羊だもの! 眠れなくもなるよ!
「いやダメだろ」
「ンなクソみてェな奴ボコボコにしてクビにしろ! そして俺に治療させろ!」
案の定、散々な評価。
仕方ない、ここは俺とティシエラで――――
「……」
ティシエラさん沈黙はダメ! なんか喋って! 頭を抱えないであげて!
マズい。圧勝の様相を呈していたのに、一転してギルマスの資質の有無を論じられる立場になってしまった。
『だ、だって! 選挙のプレッシャーで押し潰されそうだったし――――』
……ここは俺がなんとかするしかないか。
友達付き合いって、思ってた以上に大変なんだな……
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