第092話 どんな判断だ
俺を含む全員から視線を浴びているティシエラは、表情こそ普段通り不機嫌そうだけど、何処か心が躍っているようにも見えた。俺の主観だから、単なる思い込みかもしれないけど。
「何か心当たりでもあるのかい? 知ってる事があれば積極的に情報提供するのが五大ギルド会議を開く意義だ。宜しく頼むよ」
「言われるまでもないわ」
職人ギルドのギルマス、ロハネル氏に促され、ティシエラは席を立つ。
そして――――指をパチンと鳴らした。
「……」
特に何も起こらない。でもソーサラーの彼女がこんな行動に出たんだから、きっと何かしらの魔法が発動しているんだろう。
個人的に見てみたいのは、空中に立体映像が浮かんで、そのビジョンを元に解説する……みたいな展開。そういう魔法があってくれた方がロマンあるよね。剣と魔法のファンタジーも好きだけど、近代テクノロジーと魔法が両立する世界観も捨て難い。
頼むよティシエラ、そういうの頂戴。
「…………」
オヤ…?
沈黙が長ェな。
――――職場放棄かな?
やったアアアア!! 帰れるぞォッ!!!
……とは勿論ならないけど、それにしたって沈黙が長過ぎる。
え、何? なんか怖いんですけど……
もしかして隕石? 隕石とか落とした? ここでは何が起こってるのかはわからないけど、実は宇宙の方でゴゴゴってるとか、そんな感じ?
いや隕石落とす必然性なんて一切ないんだけど、それくらいの事してないと指パチンの後のこの沈黙の長さは割に合わないよ。ダンディンドンさんもバングッフさんも眉を顰めてるじゃん。
「……おい、何なんだよ。指鳴らしたって事は、外で待機してた奴に何か持って来させる為の合図とか、そういう事だろう? 資料とかをさ。違うのか? 何かよからぬ事をやろうとしてるんじゃあないだろうな?」
ロハネル氏が不審に思うのも当然だ。特に彼の場合、あからさまに険悪な仲だから余計ティシエラの行動が無気味に映るだろう。
俺は彼女に連れて来られた身だからわかるけど……資料なんて用意していない。外に誰かを待機させてもいない。
一体どういうつもりだ……?
「さっきの指を鳴らした音」
ようやく沈黙を破り、ティシエラが重い口を開いた。
「特に意味はないわ」
……ないのかよ!
えっ、マジで? RPGでボスが偶にやる無駄行動みたいな奴? 『ぼーっとしている』とか『無気味に微笑んでいる』みたいな?
なんでそんな事を……
いや。恐らく――――
「貴様……五大ギルド会議をおちょくってるのか?」
「悲しいほど低次元な見解ね。覚えておきなさい。他人が自分の予想出来ない行動を取った時、それを自分の理解の範疇に押し込めようとするのは、雑魚の思考よ」
意味はある。ティシエラは無駄な行動はしない。付き合いは長くも深くもないけど、きっと彼女はそんな事はしない。奇妙な確信がある。
俺は自分で思っている以上に、彼女を評価しているのかもしれない。理由は……なんとなく、としか言い様がないけど。
「僕を侮辱するのかッ!」
「そのつもりはないし、貴方には興味がないわ。今、私が関心を抱いているのは――――彼よ」
ティシエラの指が、一人の男を指す。
その人物は……
「おいおい、オレに興味があるってマジか? そいつは光栄だな」
……バングッフさん?
彼の何にティシエラは着目したんだ?
「そこの短気職人がした聖噴水の話を私が肯定した時の反応……いえ、それ以前の発言自体、微かな違和感を感じてはいたわ。だから、試させて貰った」
試す? 一体何を……まさか……
「意味深な行動で焦らして、反応を探ったのか……?」
「ええ。それだけの事よ。五大ギルドのトップが集まるこの場で、それ以上の大層な事はしないわ。魔法も使わない。当然の事よ」
こんな重要会議の場で突然出席者を試すような行動に出る時点で大層な事だろ!
でもそんな事より、何故試す必要があったんだ? バングッフさんに不審な点は何も……
『ったく、仕方ねーな……。トモ、あっちのは職人ギルドの――――』
……いや。
あの人が俺を名前で呼ぶのは、ちょっと不自然かもしれない。以前までは『警備員のあんちゃん』って呼んでたからな。
勿論、俺が警備員を辞めたのは知ってるから、呼び方を変えた事自体は自然だ。でも突然の名前呼びは距離を縮め過ぎな気がする。まあ、何回か会って話をしてるから、多少親しくなったとは思ってくれているのかもしれないけど――――
「案の定、尻尾を出したわね。貴方、何者?」
……へ?
「おいおい、何言い出すんだよ。俺は俺だろ? 何処からどう見ても――――」
「ええ、外見は間違いなくバングッフよ。でも残念だったわね。あの男は貴方が思っている以上に小心者のビビリなのよ。未知の出来事には必ず目が泳ぐの。だから、困惑じゃなく怯えた顔をするべきだったわね。貴方は一瞬たりとも警戒はしなかった」
「……」
嘘だろ? マジで別人?
いやでも、どう見ても本人……
「ちぇー。もうバレちったかー」
「!」
今の緊張感のない声はまさか――――怪盗メアロ!?
間違いない、あのメスガキの声だ。バングッフさんの姿で奴の甘ったるい声を出された所為で高低差あり過ぎて耳がキーンってなってるけど、間違いない。
「おい! 一体どうなってる!? バングッフが操られてるのか!? それとも乗っ取られてるのか!?」
「カーッカカカカカカカカ!! 面白ェじゃねーか! 幽霊に取り憑かれたんなら死にかけるまでぶん殴って除霊してやるぜ!」
ヒーラーギルドのギルマスさん、除霊も出来るのか……っていうか方法が物理過ぎて引くわ! この世界のヒーラーには脳筋しかいないのか?
それより今は怪盗メアロだ。奴が別の人間に乗り移るって事は考えられないし、まして幽霊の筈もない。
考えられるのは……
「変装スキルか」
そう言い放った俺に、全員の視線が集まる。こういうの超苦手だけど、状況が状況だ。恥ずかしがってる場合じゃない。
「スキルを使ってバングッフさんに化けたんだな?」
「よくわかったな! これは【複写3】ってスキルだ! 条件満たせば実在する人間の外見に化けられる超便利なスキルなんだぞ!」
……なんで簡単に自分の能力バラすん? アホなの? 承認欲求の権化なの? こっちは情報収集捗って助かるけど。
何にしても、飛んで火に入る夏の虫。こっちはお前を捕まえる為に賞金出してくれる人を血眼になって探したくらい恋い焦がれてたんだ。この場で俺が捕らえれば、その苦労も報われる。
「出来ればもっと色々知ってからにしたかったけど、バレちゃったら仕方ねーな」
「おいおい。このまま見逃がすと思ってるのかい? こっちには伝説のソーサラーがいるんだぜ? 逃げられる訳ないじゃあないか」
あれ? 職人ギルドのギルマスさん? さっきまでその伝説のソーサラーをボロクソに貶してましたよね?
なんて調子良い奴……職人のイメージとは完全に正反対だ。口下手で糞真面目で融通が利かないからこそ職人ってもんだろ? 誰だよこいつギルマスにしたの。
「勿論、五大ギルド会議に潜入するような厄介者を逃がすつもりなんてないわ。何者かは知らないけど、覚悟しなさい」
器大きいなティシエラ。まるで意にも介さない。同じ五大ギルドのギルマスでも、随分と差があるんだな。
にしても、俺以外はバングッフさんに化けてるそいつが怪盗メアロとは気付いていないのか。まあ、素顔どころか声を聞いた事がある奴も殆どいないって話だしな。
「ティシエラ、そいつは――――」
「笑わすな人間風情が」
――――それは余りに唐突だった。
「伏せろおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」
ダンディンドンさんの絶叫が聞こえたと思った瞬間、何かが弾けた――――いや、爆発した。
何が起きたのか、どうなったのかは全くわからない。一瞬で視界が塞がれたからだ。しかも全身に感覚がない。
もしかしてこれ……死んだ? また死んだ?
死んでないにしても、五感全部が麻痺して瀕死とか――――
「我の事は話すな。我を捕まえられなくなるぞ」
……どうやら、そのどっちでもなかったらしい。爆発音の少し後、怪盗メアロの声が確かに聞こえた。
でも、それも夢の中のワンシーンだったのかもしれない。何しろ意識があるのかどうかさえわからないくらい、何がなんだかわからない事態になっている。
目は開けているつもりだけど、何も見えない。真っ暗って訳じゃなく、砂埃の中にいるような視界だ。あの世と言われても納得してしまう。
爆発が起こったのは間違いない。でもそれに巻き込まれたのかどうかはわからない。俺は無事なのか? 身体は動くのか? 力は入るのか? 爆発の余波で全身が痺れてるらしく、何も把握出来ない。
「――――! ――――!」
今度は、何か叫ぶ声が遠くから聞こえてくる。凄く必死な声だ。悲痛な感情が伝わってくる。
なんとなく申し訳ない心持ちになったその時――――砂埃の中に人影が見えた。
影は揺らめきながら大きくなり、やがて人の輪郭を確かなものにする。
「……」
ティシエラだった。
髪はボサボサ、派手な服も所々痛んでいるように見える。でも怪我はしていない。良かった。
俺が爆発だと認識していた出来事は、やっぱり本当に爆発だったらしい。ティシエラの姿がそれを物語っている。だとすれば、この砂埃も爆発によって生じたものだろう。
「無事……だったのね」
いつの間にか、すぐ傍まで近付いていたティシエラが、俺の頬に手を添える。
そうか、俺は無事だったのか。
……って。
え? 何? 急にどしたの? なんで手なんて添えるんだ?
「……」
どうしてそんな……切羽詰まったような顔をするんだ?
俺が無事だったから? もし俺が怪我でもしてたら、部外者なのに連れてきた責任を痛感するから?
……案外そういう性格なのかもしれない。奔放な言動が目立つけど、決して悪い奴じゃないもんな。
「そっちこそ、無事でよかった。状況全然呑み込めてないけど」
俺が喋り出すと、途端に手を引っ込めやがった。じゃあ最初から添えるな! ドキドキするだろ全く!
……取り敢えず事態は大分飲み込めてきたし、次は自分の状態を確認してみよう。
手に力を込めてみる。うん、普通に握り拳作れるな。脚も上がる。相変わらず全身がピリピリしてるけど、少しずつ感覚が戻ってきた。どうやら一時的なものだったらしい。これなら大丈夫そうだ。
「一体何があった?」
「推測でしかないけど、恐らくあの偽物のバングッフが何かをしたんでしょうね。爆裂魔法か、それとも自爆か……」
「自爆はないだろ。アイザックじゃあるまいし」
「それもそうね。でも、魔法を使ったのなら私が気付かない筈ないのよね」
ソーサラーの感覚なんて知りようもないけど、そういうものなのか。だとしたら……何かのスキル、としか考えられないな。
多分だけど、怪盗メアロは――――逃げた。
正体がバレる前にスキルを使ってトンズラしたんだろう。しれっと俺に口止めしてきたし。
実際、ここで奴の正体をバラせば、五大ギルドが本格的な大捕物に乗り出すだろう。コケにされた訳だからな。もしそうなれば、奴の言うように俺が捕まえるのは難しくなる。ここは黙っていた方が得策だな。別に五大ギルドに尽くす理由もないし。
でも、怪盗メアロがこんな大雑把な、破壊的な逃げ方をするとはな……変装がバレて余裕がなかったんだろうか。
「まんまと逃げられたわね。それに被害も甚大。不愉快だわ」
珍しく、ティシエラが感情を露わにしていた。ただし、言葉ほど悔しがっている様子はない。寧ろ安堵して気が緩んでいるようにすら見える。それだけ、あの爆発はヤバかったんだろう。よく五体満足でいられたな俺……
「チッ……」
今更血の気が引いてゾッとしていたところに、露骨な舌打ちの音。その方向を見ると、ヒーラーギルドのギルマス――――ハウク氏が口を尖らせ不満そうな顔をしていた。
「どいつもこいつも無傷だとォ~? フザけてんじゃねェ……このクソったれがァ~~~~!!」
怪我人がいなくてキレるヒーラーって……なんて嫌な存在なんだこいつら。そりゃ街中から嫌われるわ。
「オイそこの小僧!」
……え、俺? 俺小僧って認識されてるの? そりゃ肉体年齢は20歳だけど、30代で小僧とか呼ばれてもピンと来なさ過ぎるんだけど。
「オレに治させろ! こっちは爆発の瞬間から治したくてウズウズしてんだよ! カスり傷くらいあるだろォ~~~!? ないなら何処か掻き毟って血ィ流しやがれ!」
「アホか! 何処の世界に自傷行為促すヒーラーがいるんだよ!」
「ここにいるだろォが! 治せると思ったからこっちはビンビンなんだよ! 治さねェと収まらねェだろうが!」
「知るか! 自分の頭でも治してろ!」
……初対面の相手に大声で怒鳴るとか、俺もいよいよこの世界に染まったなって感じだ。でもあんなの相手に大人の対応とか無理だろ。頭がおかしくなりそうだ。
「全員無事だったようだな」
いち早く怪盗メアロの不穏な動きに気付いて伏せるよう叫んでいたダンディンドンさんは、勿論無傷。そして――――
「……」
ロハネル氏も傷一つ負ってないみたいだけど、彼は別の意味で傷を負っていた。
職人ギルド、半壊。
砂埃が薄れてきたところでその事実が判明。さっき会議を始めたばかりの部屋は、天井にも壁にも床にも大穴が空いている。っていうかもうボロボロだ。いろんな破片が飛び散って無残極まりない。
恐らく放心状態だろう。最重要会議を行う上での情報漏洩対策の為、普段ここに務めている職員やギルド員は建物内にはいない筈だから、人的な被害はないだろうけど……この壊れ具合じゃギルドは建て直すしかない。大損害だ。
ついさっきまで小憎たらしい奴だったけど、こうなってしまうと同情を禁じ得ない――――
「やれやれだ……おい、ちーっとばかし風通しが良くなっちまったが、会議を再開するぞ」
……は?
「そうね。時間が押してるし、少し急ぎましょう」
「クソったれが、結局要治療者ナシかよ。死ねクソボケ」
「今の事件と本物のバングッフの安否も議題に追加せねばな。面倒な事になったが、会議を再開するのには全く問題はない」
いやいやいやいやいやいやいや問題だらけだろ!!
はぁぁ!?
こんな状況で会議再開!? 何言ってんのこの人達! どんな判断だ!
「トモ、何惚けてるの? 貴方も早く所定の位置について」
「……もう椅子とか全部吹っ飛んでるんだけど」
「さっき座っていた場所で起立していればいいだけでしょ? 早くして。時間が惜しいのよ」
「なら会議を中止すれば――――」
「「「「それは出来ない」」」」わ」
……この時俺は初めて、五大ギルドのイカれ具合を真の意味で理解した。
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