第091話 五大ギルド会議

 五大ギルド会議。

 それは、このアインシュレイル城下町を事実上統治している五つのギルド――――冒険者ギルド、ソーサラーギルド、商業ギルド、職人ギルド、そしてヒーラーギルドのギルマスが一堂に会して話し合いを行う、言わばサミットのようなものだ。


 会議は定期的に行われていて、原則的には年に三回、春期と朔期と冬期の各季節毎に開催される。会議を行う場所は、その時に議長を担当しているギルド――――チェアギルドと言うそうだけど、その建物内。チェアギルドは各ギルドが交代制で一年務めるらしい。


 尚、今年のチェアギルド担当は職人ギルド。職人ギルドは城下町に一つしかなく、しかも街中じゃなく森の奥に建っていた。前にユーフゥルっていうルウェリア親衛隊のヤベー奴と遭遇した郊外の森だ。険しい自然ってほどじゃないけど、奥の方は道らしい道がないもんだから、ここに来るまでマジ面倒だったな……


 で、チェアギルドは定期会議の他に、臨時の会議を呼びかける権限が与えられている。何か緊急を要する出来事があった場合には臨時会議を開き、街全体での対応策をギルマス同士で取り決める。そしてその結果を各自持ち帰り、ギルド員に報せ、各ギルドで具体策を練る。何しろ警察的な組織がない街だから、対応はどうしても遅れがちだ。


 にしたって、この臨時会議は開催が遅過ぎた。


 本来、緊急を要する出来事は50日ほど前にあった筈。例のモンスター襲来事件だ。


 街中にモンスターが入り込むという、あってはならない事件。にも拘わらず職人ギルドの腰は重く、今日まで五大ギルドの長達に招集はかかっていなかった。だから、ティシエラやバングッフさんも半ば諦めていたらしいんだけど……昨日になって突然使者がやって来たらしい。


 まあ、その辺の事情は会議内で誰かしら聞くなり問い詰めるなりするだろう。俺が今すべきは、会議を始められるようさっさと自己紹介を済ませる事だ。


「……えー、ご紹介に預かりました、アインシュレイル城下町ギルドのギルマスを務めているトモと言います。今後とも宜しくお願い致します」


 当然ながら、今回の会議は俺が主役って訳じゃない。だから自己主張なんて一切なし。最低限の挨拶だけに留めておく。



 ……はい、自制も兼ねた殊勝な態度はここまで。

『僕が信用する人はどんな時でも、本音のあり場所を示す人だ』と武者先生も仰ってる事だし、信用を得る為にも本音でいかせて頂きます。



 そもそもね、ウチの新米ギルドは五大ギルドでも何でもないんだから、俺は部外者なんですよ!

 こっちは初めての仕事を抱えて大忙しだってのに、こんな所に連れて来られて迷惑極まりない。帰らせて。早くお家に帰らせて!


「……」


 そんな訴えと恨めしい気持ちを込めて、元凶たる人物――――ティシエラを睨んでみた。


 あ、全然こっち見てない! しれっとしやがってこの迷惑系美少女……


 まあ、俺の名前もギルド名も知ってるティシエラにとっては何の意味もない自己紹介だったんだろうけどさ……それでも聞く姿勢くらいは見せていて欲しいよね。俺をここへ連れてきた責任者でしょうが貴女は。


 事の発端は昨日の夕方。


 てっきりイリスを迎えに来たとばかり思っていたティシエラの来訪は、俺に『明日、五大ギルドに出席して貰うわ』と告げる為のものだった。今思い出しても目が点になる唐突さ。しかも、その時のティシエラは有無を言わせない問答無用の迫力があった。彼女自身、職人ギルドからの突然の会議開催の報にご立腹だったみたいだ。実際、臨時会議とはいえ昨日の今日じゃ急過ぎる。


 そもそも、なんでこのタイミングで……という疑問は大いにある。モンスター襲来事件がメインの議題なら、もっと早くに招集をかけて然るべきだし、それより緊急性を要するトピックなんてないだろう。なんで今日、それも翌日招集という慌ただしさだったんだ?


「自己紹介はわかったけどよ、なんでここに来ちゃったんだよ? 新米ギルマスが踏み込んで良い領域じゃないぞ?」


「いや、領域とか気持ち悪い事真顔で言われても……俺はただティシエラに強制労働強いられてるだけなんで」


 特に苛立ってる様子でもなく、純粋に疑問に思ってるっぽいバングッフさんにそう答えつつ、責任者に説明を促す。おーおー、面倒臭そうな顔しよってからに……


「彼には、私が調査している案件の手伝いをして貰っているのよ。今回、その話を議題に挙げるつもりだから、説明要員として来て貰ったわ。構わないでしょう?」


「そういう事情なら、オレも顔見知りだし別に問題ねーよ。ダンディンドンの旦那はどうだい?」


「フッ……その方が円滑に会議が進むのなら一向に構わんよ」


 バングッフさんの発言から、冒険者ギルドのギルマスの名前がついに判明した。ダンディンドンっていうのか。ドMっぽい名前……って訳でもないな。


 彼らは顔見知りだから、好意的に見てくれるのは想定内。問題なのは残りの二人――――職人ギルドとヒーラーギルドのギルマス達だ。


「そっちの二人は初対面なんだろ? 挨拶くらいしたらどうだ?」


「必要ない」


 案の定、バッサリと切り捨ててきたのは……職人ギルドのギルマス。如何にも職人気質、って感じの神経質そうな表情が印象的だ。


 これがドワーフみたいな見た目なら似合っていただろうし、納得も出来た。塩対応されても特に気にもならず、スムーズに会議に入れただろう。


 でも……


「僕の事を知らない奴なんて、この街にいるとは思えないからね。だから自己紹介なんてこれっぽっちも必要ない。鎖鎌くらい要らないよ。あの武器需要ないんだよね。作っても全然売れないし、その割に手間だけかかるし。そろそろ生産中止にすべきじゃあないか? 君達はどう思う? そうだ、今日はこれを議題にしようじゃあないか」


 そう捲し立てる彼の容姿は、何というか……凄く薄味だった。


 眉、眉間、目、鼻、口、頬、顔のライン、頭髪、額、耳……何処を取っても個性が見当たらない。普通だ。どの角度から見ても普通の人だ。


 喋る内容も、クドクドと長ったらしい割に中身がない。鎖鎌が人気ないとかどうでもいいよ。職人ってもっとこう、背中で語るタイプがデフォだと思ってたんだけどな。


「カーッカカカカカカカカカカ!」


 そしてもう一人、今日この場に来ると決まった時に一番懸念していた人物。あの変態の巣窟、ヒーラーギルドのギルマスだ。案の定、笑い方が既に人っぽくない。


 それ以上に恐ろしいのが外見。眉は直角三角形、目は猛禽類を思わせる四白眼、鼻は極端な鷲鼻、そして口は裂けてんじゃないかってくらいデカい。あと耳もエルフみたいに尖ってる。髪は鮮やかな金髪で、くせ毛っぽいウルフカット。イケメンじゃないけど、野性味溢れる整った顔だ。


 身体は筋肉質だけどメデオほど盛り上がってはいない。服装だけはヒーラーらしい司祭服なんだけど、色が紫。全身紫。金髪に紫は目に優しくないなあ……あらゆる面で個性的だ。


「珍しく気が合うじゃねェか。自己紹介なんざ要らねェよな。どうせ直ぐ潰れて跡形もなく消えるギルドだろ? いちいち覚えてたらキリがねェ。カーッカカカカカカ!」


 バカにされてる筈なのに、笑い声が悪魔っぽ過ぎて全然発言内容が頭に入ってこない。腕が六本くらい生えてそうな笑い方しやがって。


 にしても、いちいち職業のイメージを裏切らなきゃいけない決まりでもあるのか、このギルマス連中は。ヒーラーなのに悪魔笑いとか、職人なのに顔が薄いとか、悉くイメージの裏をいきやがる。ギャップ萌えブームなの?


「ったく、仕方ねーな……。トモ、あっちのは職人ギルドのギルドマスターで、名前はロハネル。で、そっちのはヒーラーギルドのギルマスで、ハウクだ。どっちも捻くれた野郎だから、余り言われた事を気にしなくてもいいぞ」


「はあ……」


 バングッフさんのフォローにどう答えて良いかわからなかったから、取り敢えず生返事しておいた。にしても、この人面倒見良いよな。外見は強面なのに。


「彼は私の助手みたいなものだから、彼を煙たがるのは私を煙たがるのも同然よ。態度には気をつけなさい」


 そしてティシエラも、可憐な見た目とは裏腹に毒性が強い。穏便に済ませる日和見主義とは程遠く、刺すような目で二人を睨んでいる。


「相変わらず口の減らない女だな、君は。大体、五大ギルド会議に他のギルドのギルマスを入れるんだったら、本末転倒も良いとこじゃあないか。僕には理解出来ないね」


 売り言葉に買い言葉。職人ギルドのギルマス――――ロハネル氏は挑発的な笑みを浮かべながら反論を唱えた。


 確かソーサラーギルドとヒーラーギルドは折り合いが悪いって話だったけど、職人ギルドとの関係も良くはなさそうだな。


「五大ギルド会議なんてっても所詮、ただの名称に過ぎないでしょう? それ以外のギルドの人間を参加させてはいけないなんて決まりはなかった筈よ。そもそも、適切なタイミングでの開催だったら私一人で全て説明する準備が出来たのよ。チェアギルドとしての資質を疑うわ」


「相変わらず思慮が足りない奴だな。騒動の直後に会議を開いたら、露骨に城と国家への挑発行為になるだろ? 期間を空ける事で回避出来る程度の事を、敢えて強行する理由があるとでも?」


「なら事前にそう通達すれば良いだけの話じゃない。バカなの? コミュニケーション能力がなさ過ぎて伝達すらまともに出来ないの?」


「伝えるまでもなく理解してると判断したからさ。まさかここまで間抜けだとは思わないだろ? いつ招集がかかってもいいよう、準備していると思っていたに決まってるじゃあないか」


 ……早々に主導権争いがスタートしている。以前、ダンディンドンさんから説明を受けたように、発言権を巡る熾烈な争いが繰り広げられていると良くわかるやり取りだ。


 ま、俺には関係ない話だけど。


「見ての通り、血気盛んな若い連中が多くてな。オッサンのオレじゃ会話のテンポに中々ついていけないんだ」


 お疲れ気味にそう漏らすダンディンドンさんは、確かにこの場じゃ浮いているかもしれない。新しいギルマス候補に若いコレットを指名したのも、この五大ギルド会議を見越しての事か。どう考えても適応出来なくてテンパりそうだけど……


「それ以前に、無駄口が多過ぎますよ。早く終わらせてギルドに帰りたいんですけどね、こっちは。まだ立ち上げたばっかだから、自分の仕事に専念したいってのに……」


「この会議に参加して、そこまで緊張感のない部外者も珍しいな」


 呆れられてしまった。


 でも実際、緊張は全くしていない。ここに集まってる人達は、この街の中核を担う偉い人物ばかりなんだろうけど、知り合いが多い事もあって完全アウェイって感じじゃないしな。


 それに、出世欲とは無縁だった事もあって、お偉いさんと話す事に抵抗感が全くないのも少なからず影響しているだろう。学生時代も同級生より教師と良く話してたしな。大学時代は特にそれが顕著だった。


「フン、良いじゃあないか君。確かに会議は早く終わるに越した事はないな。無駄口はなしで行こうか」


 つい今の今までティシエラと無駄な舌戦を繰り広げていた人間とは思えない発言。このロハネル氏、中々の人格破綻者かもしれない。


「今回、僕が臨時の会議を開いた理由はもうわかってると思うが……今から50日ほど前、城下町がモンスターの侵入を許してしまった。原因は依然として不明。普通に考えれば、聖噴水のトラブルだ。でも今は正常に作用しているから、一時的に効果が薄れた、またはなくなったと考えるべきだが……問題はそこじゃあない。偶々の出来事だったのか、経年劣化か、それとも――――街の中の誰かが、意図的に聖噴水を無効化したか」


「その可能性は大いにあるわね」


 片目を瞑りながらロハネル氏の発言を肯定したティシエラに、視線が集まる。



 朔期近月36日。

 臨時開催となった五大ギルド会議が、静かに幕を開けた。


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