第096話 ネシスクェヴィリーテ
シレクス家を訪れてから――――
「レット? コレット!?」
「何でわかるの…?」
「コレット!! コレットォオオ!!」
フレンデリア嬢と山羊コレットを会わせるまで、シレクス家常駐警備の皆さんとの押し問答で一時間以上かかったけど、どうにかこうにか再会に漕ぎ着ける事が出来た。
まあ、こんな怪しい奴を令嬢とすんなり会わせる訳にはいかないもんな。言い合っている間は憎しみも芽生えたけど、今は二人を見守りながら全員で頷き合う仲になっていた。
「何でわかるの?」
「わかるよォ!! 親友だもん!! コレットの親友だもん!! おかえり!! よく帰って来たね!!」
……流石にちょっと大袈裟過ぎやしないかい? 生き別れの親子かよ。
そんな感動の再会を一頻り果たしたのち――――コレットには宿題が課せられた。
「例え悪魔になっても、選挙運動は出来るんだから! ビラやポスターを作ったり、選挙公報の文面を考えたりは私達がやるけど、公約の考案とか、街頭演説が出来るようになった時に何を言うかは今の内に貴女が考えておいて!」
「えっと……悪魔にはなってませんからね?」
どうやら選挙運動は何もかもシレクス家で管理する訳じゃなく、フレンデリア嬢はあくまで支援に徹し、コレットがどんなギルマスになりたいかを彼女の言葉で伝えさせようとしているみたいだ。予想以上に健全で驚いた。
彼女、本当に転生者なんだろうか? なんかちょっと自信なくなってきた。ティシエラが調査してる他の連中もそうだけど、今のところ転生した事を匂わせる言動は殆どない。俺同様、全員が尻尾を出さないようにしてるんだろうか。この件はもう少し様子を見る必要がある。決め付けないでいこう。
――――その後ギルドへ向かい、今日のお仕事と向き合う。
幸い本日は快晴で風も殆どなく、街灯の設置はスムーズに行う事が出来た為、目標の一日三本設置を昼下がりの間に達成した。
「よっしゃ! あと一本、いや二本行けるぜ!」
「大分慣れてきたからな。イリスさん、俺らまだまだやれるぜ!」
「うん、みんな凄いねー。輝いてるよ!」
イリスの屈託のない笑顔にギルド員の野郎どもはメロメロ。猛烈な勢いで昨日までの遅れを取り戻していった。
選挙当日の警備に関しても、シレクス家と話し合いが出来た為に大分進展が見られた。当日の人の流れや混雑しそうな場所を記載した地図を届けて欲しいと言われたんで、以前選挙が行われた時の事を各ギルドに聞いて回り――――
「確かにこの仕事、拙者が最も相応しかろう。中々の采配ではないか」
この街を見守り続けて55年。つい先日退院した御年69のマッチョ、ダゴンダンドさんに地図の作成を頼む事にした。聞き込みによる情報に加え、彼自身の経験から、重点的に警備すべきポイントを絞って貰う。恐らくしっかりやってくれるだろう。
そして最も力を入れなければならなくなった怪盗メアロの捜索なんだけど……丸一日ギルドを留守にしていたから、まだ現状を把握出来ていない。
まあ、標的の怪盗メアロは昨日職人ギルドにいた訳で、恐らく進展は何もないだろうけど……
「――――グラコロは昨日、迷子になっていた幼女に声を掛けていたところを通りすがりの冒険者に撃退され入院しました。メンヘルはタキタに弟子入りして、純粋培養される幼女の気持ちを知る為に自ら監禁されている最中で連絡が付きません。シデッスは街中で首を斬らせろと連呼していたところ、通りすがりのヒーラーギルドのスカウトに声を掛けられ転職しました」
えぇぇ……進展どころか全員いなくなってるじゃん! っていうか、なんで自称イリス姉が秘書みたいな真似を……?
「個人的な意見を申しますと、三人とも妹のイリスに負担をかける存在だと判断していましたので、彼らの離脱は寧ろ好都合かと」
「お気持ち表明に見せかけた自白やめろ」
そう都合良く冒険者やヒーラーが通りがかるとは思えないし、彼女の仕業だろうな……人が留守中に好き勝手やりやがって。
とはいえ弱小ギルドに貴重なギルド員をクビに出来る余裕などなく、『怪盗メアロがイリスの装飾品を狙ってる』と適当に嘘をついて自称イリス姉にモチベーションを与えたところ、自分がどれくらい強いか知りたい猫みたいな勢いで怪盗メアロを探しに街へ飛び出していった。
……まあ、全てが順調とまでは言えないけど、現状のギルド活動は滞りなく進んでいる。後はキッチリ成果を出したいところだ。
先日の五大ギルド会議で話に出てたけど、モンスター襲来事件を契機に聖噴水を絶対視するのは危険という風潮が高まっていて、警備需要も生まれつつある。今の仕事が片付いた後も、次の仕事を得られる可能性が出て来た訳だ。
懸念材料はバングッフさんの安否だよな。街灯の仕事はあの人からの依頼だし。発注先は商業ギルドだから、ギルマスが不在だろうと支払い自体は行われるだろうけど、次にまた発注してくれる保証はない。彼がいてくれた方がこっちとしては助かる。
その為にも、怪盗メアロを見つけたいんだけど……あいつ一体何なんだろうな。俺に情報を流したり、去り際に一言くれたり……妙に構われている気がする。顔を見られた事を根に持つどころか、寧ろ好敵手として認めてるっぽい感じだ。こっちが一方的に敵視して向こうは余裕って、何か癪だな。片想いみたいで。
なんだろう、この気持ち。自分的ランキングでそこまで上位でもない小ぶりのクッキーシューを無性に食べたくなった時の感じに似てる気がする。独特の恋しさだよな。共感する人も多かろう。
前みたく鉢合わせにならないかと、午後にギルドの回りを散歩してみたものの、残念ながらあのメスガキが姿を見せる事はなかった。
その日の夜――――
「おっ、懐かしい顔じゃねーか!」
「ご無沙汰してます」
実際にはそこまで久々って訳じゃないけど、店じまいを始めていた武器屋の御主人は破顔一笑で迎えてくれた。
勤めた日数は約一ヶ月。それでこのベリアルザ武器商会を俺のホームだと言うのは余りに厚かましい。でも、生前に10年勤めた警備会社よりもずっと、この店に愛着を感じる。
「トモか。話は聞いてるよ。ギルドを創ったんだって?」
「あー、一応ね。ようやく初仕事が受注できたところ」
後釜を任せたディノーもしっかり終日働いているらしい。もう選挙運動は殆どしてないみたいだな。
にしても……今更ながら、レベル60台の冒険者がよく受けてくれたよな。なんとなく、高レベル冒険者って立場に疲れてる感じがあったから、全く方向性の違うこの仕事でリフレッシュしてみたら、みたいな口説き方をした記憶はあるけど、本気でリフレッシュ目的とは思えないし……実は隠れ暗黒武器マニアだったりして。
「ルウェリアさんは?」
一番会いたかった人がいない。彼女が最後の掃除をサボる筈がないから、恐らく――――
「今日は寝てるよ。知っての通り、いつもの事だから心配は要らねぇ」
やっぱりか。当たり前だけど、この短期間で虚弱体質が治る訳ないよな。会えないのは残念だけど仕方ない。また後日顔を出そう。
「この時間の来店は客としてじゃねぇよな。何か土産話でも持ってきたのか?」
「普通のお土産も持ってきてますよ」
経済的な余裕はないけど、何も持たずに古巣を訪れるほど無神経じゃない。御主人が好きな酒、ルウェリアさんが好きなパン、ディノーは……好みとか全然知らないからこの世界でクッキーシューに一番近い『洞窟パン』ってのを買ってきた。洞窟みたいに中が空洞になってるモチモチのパンで、クリームじゃなく柑橘系のジャムが入ってる。喜んで貰えるだろう。
「で、土産ついでにちょっと聞きたい事がありまして」
説明しながら、心の中では正直なところ、期待は程ほどにしかしてなかった。
幾ら暗黒武器の専門店とは言っても、使用を禁じられてる武器なんて一般人が知る術はないからな。その話題にかこつけて、偶には顔を出そうと思っただけに過ぎない。
けれど御主人は――――
「ネシスクェヴィリーテか。懐かしいじゃねぇか。ありゃ美しい武器だった」
俺の予想の遥か上を行っていた!
過去に目撃した事がある感じで語るじゃーん! ビンゴだよビンゴ! 尚本当のビンゴゲームではただの一回も揃った事がない模様。あれ本当に揃うの? 都市伝説だよね?
「俺は名前だけなら聞いた事があるけど、十三穢を見た事は一度もないな……やはり只者ではないですね、主人」
「昔の話だがな。何せ暗黒武器の頂点だ。手に入れられないまでも、この目に焼き付けたいと随分無茶したもんさ。あの頃は若かったなあ……」
遠い目をする御主人の隣で、ディノーが何か言いたそうな顔でこっちを見ている。コレットの名前を伏せて『ギルド員にバフォメットマスクを被って脱げなくなったアホがいる』って説明したのがリアリティないと思われたんだろうか……
「トモ。君がギルドを創ったと聞いた時から考えていたんだが……僕が君のギルドに所属する事は可能だろうか?」
……へ?
「いや、そりゃウチみたいな弱小に来て貰えるならありがたいけど……冒険者ギルド辞めるの?」
「選挙が終わったら去るつもりでいるんだ。白旗を上げたに等しいからな。そんな人間に居場所はないだろう」
潔いというか、しっかりしてるというか……次の目標を見つけるとは言ってたけど、まさかそこまで思い切るとは。
「勿論、大歓迎だよ。ここでの仕事を続けるのも問題ない。ギルドを通してじゃなく俺個人が紹介した仕事だから、仲介料も要らない」
「ありがとう。助かるよ」
勿論、金に困ってるとは思えない彼が多少給料減ったところで痛くも痒くもないだろう。それでも『助かる』と言って俺を立ててくれるところに誠実さを感じる。
「何か良い話してる最中に済まねぇが、ネシスクェヴィリーテについて語っても良いか? ありゃ本当に良い武器でな。まさかこんなとある日に紹介出来る日なんて夢にも思わなかったから、興奮が収まらねぇ。収まらねぇよお」
御主人の目がバッキバキに! これは長くなりそうだな……
それでも、今の俺には必要な情報。聞き逃す訳にはいかない。
「主人、俺も聞いていって良いですか? 十三穢について知っている人間は少ないし、昔から興味があったもので」
「オーディエンスは多けりゃ多いほど良い。ついでに暗黒武器の魅力を感じてくれたら尚良い」
最高の笑顔を浮かべ、御主人は俺とディノーに向けてネシスクェヴィリーテについて話し始めた。
「――――ま、俺が知ってるのはこんなとこだな。長々と話しちまったが、無駄な事は一つもねぇ。我が心と言動に一点の曇りなし……………………! 全てが『不可欠』だ」
空が白みがかっている。
……徹夜は想像出来なかった! マジかよこの人! どんだけ暗黒武器語るのに飢えてるんだよ!
つーか肝心のネシスクェヴィリーテに関する話は冒頭の三時間くらいで終わってたぞ。残りは十三穢や暗黒武器全般、それに関わった偉人達の話ばっかだ。映画の名作を語り出したら過去作やスタッフの事まで話さずにはいられないマニアそのもの。駄目だ、ネシスクェヴィリーテについての話は殆ど覚えてない。武器の名称だけは連呼され過ぎて覚えたけど、そっちもゲシュタルト崩壊起こしそうだ。
「……」
真面目なディノーは全ての話を正面から受け止めた結果、燃え尽きてしまった。さっきから全然動かない。椅子に座りながら寝てるのかもしれない。
「ふわぁ……おはようございます、おかげですっかり元気に……あれ、トモさん? こんな朝早くにどうされました?」
「おうルウェリア! 実はトモがネシスクェヴィリーテについて聞きたいって訪ねて来てな! ベリアルザ武器商会の名にかけて、ネシスクェヴィリーテに関して俺が知ってる事全部知って貰おうと思って説明してたところなんだ」
「ネシスクェヴィリーテですか!? ネシスクェヴィリーテはとても素晴らしい武器です! 十三穢はどれも暗黒武器の頂点ですけど、ネシスクェヴィリーテはその中でも特に禍々しいフォルムっでカッコ良いですよね! あのネシスクェヴィリーテの剣身の色合いは、さる巨匠ヴァンアレン様が最後の仕上げに御自身の血を混ぜたという逸話があって、それがネシスクェヴィリーテの価値をより……」
やめて……もうネシスクェヴィリーテって聞きたくない……ネシスクェヴィリーテって何……?
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