第097話 覚悟の準備をしておいて下さい

「くぁ……」


 ベリアルザ武器商会の暗黒武器マニア二人から洗礼を受けて、一睡もしないまま今日も仕事。そりゃ欠伸の一つも出ますよ。


 それでも、夜勤慣れしてるからか大した負担には感じない。特に理由もなく、夜勤明けでも眠れない日とか普通にあったからな。そういう時は慌てず騒がず、寝ないって選択をするのも一つの手。そう割り切れば、有意義に使える時間が一気に増える。無理に眠ろうとして、ただ目を瞑ってるだけの時間を何時間も過ごすよりずっと良い。


「おっきな欠伸。マスター、お疲れモード?」


「いや大丈夫。それじゃ始めようか」


 今日は、ギルドを開いてから初めてとなる会議の日。定例会議は設けず、必要に応じて前日までに日時を決めておく。スマホなどの連絡手段がないから、本来なら定期的に開催した方が良いのかもしれないけど、ぶっちゃけその形態の会議って無駄な時間が多いんだよね。大した議題もないのに大勢を長時間拘束するなんて愚の骨頂。必要な日に必要な時間だけ行うのが正しい会議の在り方だ……と俺は思う。


「まず街灯の設置状況について、現場主任のマキシムさんに報告をお願いしたいと思います」


「わかった」


 この褐色肌のマキシムさん、年齢は確か30だったと思うけど、顔は50代でも通じるくらい老けている。そして非常に有能。冒険者経験はなく土木作業一筋の人生だったらしいけど、身体能力が高い上にケンカ慣れしてるから、ギルドの誰よりも強い。しかも精神的にも大人だし、非常に頼りになる人だ。


「昨日までに設置を終えた街灯は17本。残り83本だ。今日は天候が崩れる心配はなさそうだし風もない。ギルドから遠い位置を優先して設置する予定でいる」


「了解。馬車は問題ないですか?」


「ああ。高速馬車と剛力馬車、どちらも故障なく使えている。どういう理屈かは知らんが重宝してるよ」


「なら、今日から設置ペースを倍にして下さい。出来ますか?」


 一瞬、会議に参加している全員が俺を凝視した。驚くのも無理はない。ただでさえ移動時間が昨日以上にかかるってのに、設置数がこれまでの倍となると、普通なら不可能だ。


 でも昨日の段階で担当者達はかなりコツを掴んでいた。今の彼らの勢いならいける――――


「無理だ」


 ……無理かー! やっぱりかー!


 いやわかってたんだよ、多分無理だろうなって。でもホラ、常人が無理って思ってる事をサラッと『出来ますよね?』って当然のように指示する上司って有能感あるじゃん? そういうのに憧れるお年頃なんですよ。これ30代あるあるだよ。


「現場を預かる身としては許可出来ん。もう少し作業の効率化が進めば可能かもしれんがな」


「……わかりました。それじゃマキシムさんの限界と思う本数でお願いします」


「良いのか?」


「はい。現場を一番知ってる人に頼むのが一番効率的ですから」


 うう、視線が痛い……『だったら最初からそう言え』って周囲の視線が痛い……


 だって人の上に立つの初めてなんだもん! 有能感出したくなったって良いだろ!? 委員長みたいな実質雑用と違ってギルマスはガチで責任伴うから地味にプレッシャー感じてるんだよ! 折角集まってくれたギルド員に無能って思われたくないじゃん!


 こうなったら方向転換だ。さっきの発言は『マキシムさんがどんな反応をするのか見たかったのさ。試してすまなかったね』みたいな展開に持っていこう。その為には余裕のある表情を浮かべて――――


「マスター、もしかして有能ぶろうとしてた?」


「なんで言っちゃうの!?」


「だってー、なんかドヤ顔してたもーん。多分みんな気付いてたよー」


 隣の席でずっとニヤニヤしていたイリスがそう暴露すると同時に、会議の出席者から笑いが起こった。あと廊下からも笑い声が漏れてくる。なんて恥さらしだ畜生。


 ちなみに、開かれたギルドを演出する為に部屋の扉は開けたまま。聞くのも自由、聞かないのも自由。仕事が始まるまでの時間は好きに使って貰う。今日はないけど、大勢には話せない案件がある場合は別所で話す予定だ。


「おいおいマスター! イリスちゃんの前だからって格好付けてんじゃねーよ!」

「それでイリスちゃんにツッコまれてたら世話ねーな。ガハハハハハ!」


 廊下から現場勢がイジってきやがる。おのれこの中年オヤジ共……


「……ワンマンのギルドマスターなのかと思ったが、そういう訳じゃなさそうだな」


 ただ一人、マキシムさんからは妙に評価された。俺もこんな感じのオーラ出したかったのに……仕方ない、せめて威厳だけでも示そう。


「会議を続ける前に言っておきますが! 皆さんを侮辱罪と名誉毀損罪で訴えます! 理由はもちろんおわかりですね? 皆さんが俺を数々の暴言で貶し、尊厳を破壊したからです! 覚悟の準備をしておいて下さい。ちかいうちに訴えます。裁判も起こします。裁判所にも問答無用できてもらいます。慰謝料の準備もしておいて下さい! 皆さんは犯罪者です! 刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいて下さい! いいですね!」


「マジかよ!?」

「幾らなんでもキレ過ぎだろ!」


 廊下からブーイングが起こったけど、無視して会議を進めた。


 



 その後、多少の罵り合いはありつつも会議は円滑に進み、無事終了。選挙警備用の地図を無事作り終えたダゴンダンドさんと握手を交わし、その渋い背中を見送る。流石は大ベテラン、良い仕事するな。


「マスター、さっきはゴメンね。言わなくていい事言っちゃったかも……」


「いや、いいよ。正直図星だったし」


 ギルド員の大半が仕事に向かった後、イリスは一人会議用の部屋に残って、困り笑顔で謝ってきた。


「私ってこういうトコがダメなんだよねー。あんまり親しくない人にはフツーに出来るけど、ちょっと親しくなると気安くなり過ぎるっていうか……」


「親しくなったって思ってくれてるのなら、こっちは嬉しいけどね」


「わ、マスターってそういう事言う人なんだ。ちょっと意外ー」


 俺も意外です。女性と長らく接点がなかった生前では絶対言えなかっただろうな。今はコレットやルウェリアさんと日頃から接していたおかげで、女性が相手でも多少心に余裕がある。


「でもそういう事サラって言う男の人、結構ビミョーかも」


「……イリスさん?」


「あはは。本気本気」


「そこは冗談冗談じゃないんかい!」


 ま、確かに以前より明らかに親しくなったなとは思う。こんな軽口言い合えるくらいだし。


 でもイリスは多分、どんな相手にでもこれくらいは打ち解けられる性格。俺だからこの距離感って訳じゃない。勘違いしないようにしないとな――――






 ギリッ……





 ん? 何の音だ?


 なんか前も聞いたような……


「あーれー? 随分楽しそうにしてるよねー。お仕事行かなくていいのかなー? ギルドマスターが率先してサボるのって控えめに言って最低じゃないかなー」


 うおっ、山羊の悪魔! 随分慣れてはきたけど、その格好で突然現れるとまだ怖いな。というか異物感半端ない。


「コレットさんよう。こっちはアンタのそのマスクを外す為に徹夜で聞き込み調査してきたんですけどねえ」


「え、そうなの? サボってるとか言ってゴメン……」


 シュンとした……かどうかは外見ではわからないけど、山羊コレットは若干俯き、直ぐにその顔をイリスの方に向けた。


「……」


「おはよ、コレット」


「あ……おはようございます」


 いや、自分から目を合わせにいったんだから先に挨拶しろよ。なんで挨拶待ちしてんだよ。そういうとこだぞコレット。俺も決して他人の事どうこう言えるコミュ力じゃないけども。


「でもま、良いタイミングで会えたよ。コレット、ネシスクェヴィリーテの情報、ここで話してもいいな?」


「う、うん」


 コレットの声に緊張が灯る。無理もない。コレットにとっては死活問題だからな。


「マスター、私もそれ聞いて大丈夫?」


「ああ。出来ればティシエラにも伝えておいて」


「りょーかーい」


 その返事と同時に、コレットが俺の左隣に座ったところで会議の延長戦が始まった。


 ネシスクェヴィリーテは現在、王城の宝物庫に保管されているらしい。封印とかされてる訳じゃなく、普通の武器と同様に安置されているとの事。別に呪われてる訳でもないから当然なんだけど。


 武器の種類は剣。ただし通常の剣とは形が大きく異なり、曲刀タイプらしい。しかもかなりカーブがキツめで、ちょっと湾曲したレベルじゃなく、地球儀のフレーム並に曲がっているという。


 カトラスやシャムシールのレベルじゃなく、ショーテルくらい曲がってるんだろう多分。ファンタジー系のRPGに詳しくて良かった。すぐピンと来る。


 剣身の色は、やや黒ずんだ銀色に赤が斑気味に混じってる感じらしい。見た目想像したらもう呪われてるとしか思えないんだけど……


 そして重要なのはここからだ。


 ネシスクェヴィリーテの最大の特徴は、既にティシエラから聞いているように、マギを刈り取るという性質にある。武器としての攻撃力は大した事なくて、この付加効果こそが禁忌の武器『十三穢』の一つとなった理由だ。


 普通に考えたら、剣で切った部位もしくはその全体からマギを奪うと思いがちだけど、実際には違う。


 この剣は――――


「傷口からマギを吸い取る……?」


「……ああ」


 想像以上にグロい武器だった。


 いやもうこれで呪われてないとか意味わかんねーよ! 吸血鬼みたいな存在じゃねーか!


「しかも厄介なのは、その武器で付けた傷に限らず、剣の周囲に傷付いた人がいれば見境なくマギを奪うらしい。当然、使い手も例外じゃない」


「……それって、カスリ傷でもアウト?」


「うん、アウト」


 ほんの少しでも出血してたらダメらしい。かさぶたや傷痕ならセーフ。要するに出血がある傷が対象になる。


 これの何が厄介かというと、口や鼻穴の中とか、服で隠れた膝のごく浅い傷とか、痛みがなく本人でも気付けないようなごく小さい傷でもマギを吸い取られてしまう事。しかも装備中に敵からちょっとでも傷付けられたらマギが減少してしまう。


 減少したマギは時間の経過で回復するらしいけど、戦いの最中で回復させるには特殊なアイテムが必要。希少価値が高い消費アイテムだから、冒険者の多くが可能な限り使わないようにしているらしい。


 マギが減るとステータスが低下してしまうし、魔法も使えなくなる。大幅な減少は戦闘において致命的だ。


 よって、ネシスクェヴィリーテの使い道は自然と暗殺に限定されるようになった。マギを刈り取るという性質上、モンスターだけじゃなく人間に対しても有効だし、一方的に攻撃出来る環境以外は使い辛い。確かに暗殺向きだ。


 この終盤の街において、暗殺の標的となり得る人間は多い。権力者は勿論、正攻法では勝てない高レベルの戦士やソーサラーに怨みを持っている場合も凶器になり得る。


 アインシュレイル城下町にとって、その武器の存在はマイナスにしかならない――――そう判断された結果、王城預かりとなったそうだ。


「それだと、武器や防具のマギを消すのは無理なんじゃない?」


「いや。物質の場合は表面をある程度削れば良いらしい。出血っていう基準がない分、どこまで深く傷を付ければいいのかは未知だけど」


 別に血を媒体としている訳じゃないから、その点は問題ない。ただ、この無駄に防御力の高いマスクを傷付ける為には、ネシスクェヴィリーテだけでは恐らく無理だ。


「イリス。このマスクを魔法で傷付ける事は出来る?」


「どうかなー。私じゃ無理かも。ティシエラなら可能性はあるんじゃないかな」


 なら問題はなさそうだな。実際、ティシエラならなんとかしてくれそうな期待感はある。コレットには甘いから断らないだろうし。


「何にしても、ネシスクェヴィリーテが使えなかったら意味ないんだよね。お城にお願いに行こうにも、私のこの頭じゃ門前払いだろうし……」


 コレットはレベル78の冒険者であり、魔王討伐には不可欠な存在――――と王様が思っていてくれれば、きっと快く貸してくれるだろう。


 でも逆に、そこまで高く評価してくれていたとしたら……この中身がコレットと言っても信じて貰えないかもしれない。『レベル78の最強冒険者がそんなフザけたマスク被ってたまるか!』って言われたらぐうの音も出ないよね。

 

「仕方ない。やっぱりバングッフさんを探すしか……」


「おーい大将! 客が来てっぞ!」


 ん、呼ばれてるな。ロビーの方からか。


 ……このタイミングでバングッフさんが訪ねて来たりはしないかな。


 普通ならンなご都合主義ありえねーってなるところだけど、そこはホラ、この世界には神サマがいるって判明してる訳じゃん? なんかエンタメ精神に富んでそうだったし、軽いノリでそういう演出してくれても不思議じゃないよね。


 まあ、こんな事を考えてる時点でどうせ実現はしないだろうけど――――


「ここが君のギルドか。全く呆れるくらいに小さい。なんだこの建物は。まるで馬小屋じゃないか。おかげで見つけるのに苦労したよ」


 よりにもよって娼館の跡取りかよ! ガッデム!!


「……何しに来た?」


「君にこれを渡したくてね。欲しかったんだろ?」


 そう不敵に言い放ちながら、ファッキウがかざしたそれは――――ネシスクェヴィリーテの外見と一致する剣だった。


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