第098話 吐き気を催すイケメン

 三日月のように湾曲した剣身。そのやや黒ずんだ銀色に、所々血痕のような赤い模様が混ざっている。模造品じゃなければ、話に聞いていたネシスクェヴィリーテで間違いなさそうだ。


「どうしてそれを貴方が? 王城に保管されてる筈じゃ……」


「その通り。十三穢の内、約半数は城預かりになっている。このネシスクェヴィリーテもだ。だが今はこの僕の手元にある。いいか、これが"力"だ。誰もが不可能だと思う事を平然とやってのける。それこそが他者に誇るべき力。中途半端な腕力や戦闘力なんて大した意味はない。今、僕の手の中にこの剣がある。それが僕の強さなのだよ」


 凄い。これだけ長々と喋っておいて、俺の聞いた事に一切答えていない。


 ……これワザとだよな? 話せないって意思表示だよな? 意図してないんなら闇が深過ぎるんだけど……


「君がこれからすべき事は二つ。まずこの剣を受け取り、目的を果たすと良い。そしてもう一つは、速やかにこの剣を僕に返し、その場で忠誠を誓い、以後僕に従う。それで全てが上手くいく」


 は?


 要するに、剣を貸す代わりに下僕になれと? ムチャクチャだなオイ……交換条件にしてもパワーバランスが悪過ぎて天秤崩壊の危機じゃねーか。


「光栄に思うんだな。僕が男にここまで時間を割く事など滅多にない。だが君には先日少々不義理をしてしまったし、これも何かの縁。全ては僕の厚意だ。遠慮なく受け取ると良い」


「いやその前に、なんで俺がそれを欲しがってるって知ってんだよ」


「……」


 いいから早く言う通りにしろってツラだ。相変わらず嫌なイケメンだな。


 大体の想像はついている。多分昨日、ルウェリアさんを遠くから見守る為にベリアルザ武器商会に来て、こっそり中の様子を窺っていたんだろう。そこで俺と御主人の会話を盗み聞きした。大方そんなところだろうな。


 問題はそれより入手経路だ。これを明確に出来ないのなら、偽物の可能性が高くなってくる。俺を従わせる為の罠かもしれない。というか普通に考えたらその線で間違いない。一晩で模造品を作るなんて無理だろうから、元々存在していた模造品を入手したか……若しくは本物を違法な手段で盗んだか。いずれにしても、二つ返事で受け取る訳にはいかない。


「はぁ……いいかい? 君に質問する権利などないんだ。この剣は僕が入手した物で、世界に二つとない一品。つまり、僕が少しでも機嫌を損ねたら、君がネシスクェヴィリーテを手に入れる可能性は一切なくなる。この理屈がわからないほど間抜けじゃないだろう?」


 あくまで主導権は自分にある、って言いたいみたいだけど、わざわざこの野郎が交渉しに朝早くからギルドを訪れてきた意図を考えれば、必ずしもそうとは限らない。


 目的は不明だけど、俺を一刻も早く従わせたい何らかの理由が必ずある筈。それは何だ?


 俺を下僕にしたとルウェリアさんに伝え、自分の力を誇示しつつ、彼女に俺を白眼視させる為……?


 いや違う。そんな理由なら別に朝一で来る必要はない。この変態イケメンは以前からずっとルウェリアさんに求愛してるんだ。今日に限って焦燥感に駆られるとも思えない。


 だとしたら、心当たりは一つしかない。昨日俺が娼館を訪れた件だ。


 あの三人娘に俺を差し出すよう脅されているのか? 若しくは、母親に命じられたか。恐らくその辺りだろう。


「万が一、断ると言うのなら仕方ない。君が昨日、勝手に従業員の部屋に入って床に大穴を開けた事で生じた損害を全額弁償して貰わないといけないな」


「……………………」



 ……さて、整理しようか……


 俺の選択肢は、3つある。


 1つ目は、『そう かんけいないね』と突っぱねる事。そうすれば俺は恥をかき、ギルドも汚名を着せられ、コレットは一生山羊のままで選挙も落ちる。これはハイリスクノーリターンだ。


 ――――2つ目は、『殺してでも うばいとる』と宣告し、その後ギルド員達に指示してこいつを袋叩きにする。これは住民からリンチ現場を目撃されるリスクのわりにはウマ味がない。ネシスクェヴィリーテを手に入れることだけを目的とするなら、この場では要求を呑んで、帰り際後ろからヘッドロックかけて落とした方がいい。コレットのマスクのマギを消すだけならそう時間もかからないだろうし、意識が戻るまでに返却すれば問題ない。ただ倫理的にはマズい。良心も痛む。


 そして3つ目――――『ゆずってくれ たのむ!!』と頭を下げ、俺がこの残念イケメンを立てて下僕となり、ネシスクェヴィリーテを手に入れる――――選択。この吐き気を催すイケメンが俺にほのめかした要求をそのまま受け入れる選択肢だ。


 これらの選択肢を俺は状況に応じて、自由に選択できる。


 最後の最後まで、決断は保留するつもりでいた。いずれにしろネシスクェヴィリーテが手に入るのだから、奴の目的を洗い出し、その上で最も適切な対応をする予定だった。


 ――――しかし、ファッキウ、――――あんたは、最後の詰めを、


 ――――誤った。


「さあ、どうする?」


 ここでこれ以上借金を背負うわけにはいかないんですよ。あんたは俺の顔を立てつつ、ドヤ顔などせず淡々と自分の目的を果たすべきだった……!!


「確かに――――床は崩れた。でも、俺如きの力で床を崩せると思うか? 欠陥建築だったんじゃないか?」


「……フザけた冗談を」


「冗談なんか言ってないよ。なんなら腕相撲でもしてみるかい? 俺の非力さを即座に理解して貰えるだろう」


 実際、俺のステータスは体力極振りで、攻撃力はたったの36しかない。これで床をぶち抜くなんて不可能だ。普通の武器では。


 俺が武器に備品のモップを使っていた事は、奴の母親である女帝が目撃している。つまり特別な武器を使った訳じゃないと証明できる。連中は俺の調整スキルなんて知りもしないだろうしな。


「勘違いするなよ。俺が被害者なんだ。娼館で突然、三人組の娼婦に襲われ、逃げ込んだ先の部屋にまで襲撃を受けた。その時に床が崩れたんだ。その一部始終を、あんたの母親が見ている」


「……チッ」


 穴の件を持ち出したのは失敗だったと認めるような舌打ちだった。


 確かに床を砕いたのは俺だ。でも、あの女帝が俺に弁償を求めるとは思えない。もしそのつもりなら、あの場でそう詰め寄ってきただろう。噂通りの守銭奴ならな。


 でも、女帝は俺に何も請求してこなかった。それも、ティシエラから伝えられていたイメージとは違うと判断した大きな理由の一つだ。


「どうやら、母親との意思の疎通が上手くいってないみたいだな。俺を付き従わせて何をさせるつもりだったんだ?」


「うるさい……余計な詮索はするな! 僕の言う事を聞け! 僕の発言だけを受け入れれば良いんだ! 考えるな! それ以上無駄口を叩くなら、この件はなかった事にする!」


「俺はそれでも構わないよ」


「ちょっ……! トモ!?」


 一応空気読んで俺とファッキウのやり取りを黙って聞いていたコレットが、ついに我慢できなくなったらしい。


 コレットの焦燥は当然だ。でもここは抑えて貰う。正念場だからな。


「どんな方法で入手したのかは知らないけど、どうせ正統な手段じゃない。なら、このまま奴に保持させておけば、いずれお城でそのひん曲がった剣がなくなっていると騒ぎになる。そうなったら、困るのはこいつだ」


「フフ……フハハハハハハハ! 困るだと!? 捕まるとでも言うのか!? この僕が!?」


 ……あれ? 違った?


 何…この反応…ま…またオレ何かやっちゃった……の?


「君は何も知らないんだな。奴等は何もしやしない。この城下町に干渉するような真似は何もな! モンスターに襲われても無視! 魔王討伐にもノータッチ! 奴等に自分達の方から動くなんて真似は出来ないのさ!」


 本人は見下しながら煽ってるつもりらしいけど、不当な手段を使ったって自白してるようなもんだろこれ。


 にしても……城下町で起こった出来事に不干渉なのは兎も角、城で保管してる物が盗まれても放置なんてあり得るのか?


 ここまで言い切るくらいだから、何らかの確証は持ってるよな……城内に協力者がいるのか? 言動が残念過ぎるから一瞬忘れそうになるけど、こいつの顔ってガチのイケメンだからな。城内のメイドさんを誑かすくらい余裕で出来そうだ。


「これが最後だ。いいか、僕の出した条件を丸呑みしろ。そうすれば君はラッキーハッピーになれる。僕も満足だ。こんな素敵な提案はないだろう? さあ早く! さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、ささささあさあさあ!!」


 歌舞伎の掛け合いみたいなノリと勢いで迫ってくるじゃん……


「なんでそこまで俺を隷従させようとすんの?」


「ルウェリアさんの為に決まっているだろうが! この僕が君と肛門性交するために話を持ちかけたと思っていたのかァ――――――――ッ!?」


 思ってねーよ! 1mmも思ってねーよ! あと生々しい言葉を使うな!


「おい……今の聞いたか?」

「何の騒ぎかと思ったら、痴情のもつれっぽいな」

「嘘だろ……ウチのボス、娼館の倅をあそこまで夢中にさせるのかよ……」


 こいつ高嶺の花を落としやがった、みたいな謎の高評価……! こんなんでギルド員から見直されてもちっとも嬉しくない!


「僕の行動は全てがルウェリアさんに捧げるものだ。ルウェリアさんはこの武器をとても高く評価していた。だから本来は即座に彼女へ納入したいところだが、クリスタルソードのように透明な心を持つ彼女は、贈り物として手渡しても遠慮して受け取らないだろう。だが!『客がツケを支払う代わりに店に置いていったこの武器を偶然君が欲していて、既に用途を果たし持て余していたところ、君から「ルウェリアさんがそれを欲しがっていた」と聞いたから、欲しがっている人が持っていた方が剣も喜ぶと思った。受け取ってくれるかな』と言えば受け取ってくれるに違いない! だが奥ゆかしいルウェリアさんは、君が配慮して僕にそう言わせたと解釈するかもしれない。それを封じる為の下僕化だ。ルウェリアさんがどう解釈しようと、君は僕を立てなければならない。僕の厚意のみでネシスクェヴィリーテを手渡したと彼女に納得して貰う為には、それがベスト。どうだ!」


 どうだ! じゃねーよ……長いし回りくどいにも程がある。なんだその理由。イカれ過ぎだろ。色々考えてた俺がバカみたいじゃん。


「その客が置いていったって話は本当か?」


「嘘に決まっているだろう。僕は見ての通り超絶美形だから、城に仕える給仕達にもファンが大勢いる。彼女達に頼めば保管している物をかすめ取るくらい造作もない」


 うっわ予想通り過ぎて逆に引くわ……こいつ最低だ。


 そんな盗品をベリアルザ武器商会に置かせられるか。かといって、ウチのギルドで預かるつもりもない。でもコレットの為を思えば、このまま交渉決裂って訳にもいかない。


 なら――――


「一日待て。あんたの下僕になるつもりはないけど、要はそれを俺に貸す見返りとしてあんたがルウェリアさんに感謝されればいいんだろ? ルウェリアさんが他に何か欲しい物がないか、仕事終わったらちょっと聞いてみるから」


「いいや待てないね! 今すぐだ! 今すぐこれを使って目的を果たせ! 僕はもう昨日からずっと我慢しているんだ! 少しでも気を抜いたらルウェリアさんの蕩けるような笑顔を想像して勃起してしまう! もう限界なんだこっちは! 仕事なんてギルド員に全部やらせれば良いだろう!?」


 知らないよ……つーか朝一で来た理由それかよ! 勃起したけりゃすればいいだろ!


「リビドー以外に正当な理由がないのなら、その要求は聞けない。俺はこのギルドの長だ。街の為なら兎も角、私情でサボる訳にいくか。こっちは一日一日が勝負なんだ」


「……」


 暫し睨み合う。睫毛長い。鼻高い。正直羨ましい。


 そして――――


「……わかった。君のプロ意識に免じて、一日待とう」


 折れたのは向こうだった。当たり前だけど。


「だが一日だけだ! それ以上は僕の固形物がもたないからな!」


「いいからもう帰れよ!」


 なんだよ固形物って……どんな言い回しだよ。


「はぁ……」


 疲れた。五大ギルド会議より疲れた。あの建物が半壊した会議より疲れるってどういう事だよ。


 ともあれ、予想もしない方向で状況は進展した。と同時に、頭痛の種も増えたけど。


「マスター、お疲れ様。頑張った偉い偉い」


 結局最後まで一言も発しないままだったイリスが真っ先に駆け寄ってくる。幾ら超絶イケメンでも、あの変態セクハラトークには関わりたくなかったんだろな。


「良かったねコレット。どうにかなるかも」


「う、うん……でも、ルウェリアさんに迷惑かけちゃうかも」


 山羊の悪魔とは思えない発言。こんな見た目になってもコレットはコレットのままなんだな……いや当たり前なんだけど。


「極力そうならないように知恵を絞ろう。取り敢えず仕事仕事! 今日も一日頑張るぞい!」


「おうよ!」

「張り切って行こうぜボス!」


 ……何故か求心力がアップしていた。





 そして、その日の夜。


「こんばんは……ん? 何かありました?」


 イリスとコレットを連れてベリアルザ武器商会を訪れてみると、ルウェリアさんと御主人が困惑した顔で何かカードのような物を凝視していた。


「おお、トモか。なんか訳わからねぇ事になっちまってな」


「これ、見て下さい」


 ルウェリアさんからそのカードを手渡され、表記された文字を読み――――愕然とした。


「どうしてこんな物が……ひゃああああああああああ! 悪魔がいます! 山羊の悪魔が我が家にやって来ました! 握手して貰って良いですか!?」


 山羊コレットを見て怖がるどころか濃厚接触を試みるルウェリアさんにも愕然とした。


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