第099話 忖度して

 予告状



 ネシスクェヴィリーテ。

 あれはいいものだ。

 例えるなら死神の鎌。

 マギを刈り取るその性能は、この世の死を司る者の所業に似ている。

 形状も良い。

 単に鎌を連想させるだけでなく、角度が良い。

 仮にあれが夜空に浮かび光を反射させたなら、きっとその美しい弧に多くの国民が酔い痴れるだろう。

 色合いも美しい。

 軽薄な銀色だったなら、ここまでの魅力を感じる事はなかっただろう。

 渋みを携えつつ、これから燃えさかろうとする炎のような解放前夜といった佇まいだ。

 我が思うに、この武器は生と死を決定付ける裁断刃ではないだろうか。

 生死の狭間で、その存在の在処に迷っている者がいるとして、そんな迷える子羊に引導を渡す、そんな潔さを感じる。

 こう、凛としているではないか。

 もしこの世に空中庭園なるものが存在し、そこに住む事が出来たなら、この武器を鐘代わりにして、朝と夜の変わり目を告げる音を、剣身を叩いて奏でたい。

 そう思わせる美しさと清廉さがこの剣にはある。

 十三穢とかいう不名誉なカテゴライズをされている事に遺憾の意を表したい。

 確かに見た目は少し暗黒入ってるし、呪われているような効力なのも認める。

 だがそんなのは、この武器が持つ特徴の表層に過ぎない。

 本来の魅力をまるでわかっていない。

 不当に扱われていると我は判断した。


 よって朔期近月39日にネシスクェヴィリーテを貰い受ける。

 

 怪盗メアロ





「……マジですか」


 正直、これは全く予想していなかった。まさかの怪盗メアロ参戦。しかも明日かよ。


「ああ、俺も驚いた」


「私もです」


 御主人とルウェリアさんは、顔を見合わせ同時に頷く。そりゃ驚くよな。二度目だもの。


 前回の予告状の時に、事前準備の為に過去被害を受けた店を回って色々聞いてみたけど、二度入られた店はなかった筈だ。怪盗メアロが同じ店に盗みに入るなんて多分前代未聞なんじゃないだろうか。


 なんて面倒な事に――――


「怪盗メアロってセンス抜群だったんだな……見直したぜ。良い目の付け所してやがる!」


「あの色合いの美しさに惚れ込むなんて、只者じゃありません。暗黒武器の魅力を良くわかっている人です」


 ……何これ、真面目になっちゃダメな流れ? いやでも二人とも顔は至って真面目なんだよなあ……


「不可解なのは、この店にはネシスクェヴィリーテなど置いていない事実」


 幸い、ちゃんとした話が出来る人がいてくれた。ディノーはまだ店に残っていたらしい。


「確かに昨日、主人がこの武器の話を長時間していたけど……それを盗み聞きしていて、この店にネシスクェヴィリーテがあると誤解したのか?」


 それはあり得ない話じゃない。ただ、昨日はファッキウも盗み聞きしてたんだよな。まあ、あのメスガキなら傍にファッキウがいても気付かれないように出来そうだけど。


「あと、盗みに入るのがこの店だと特定する文がないのも引っかかるよな」


 怪盗メアロの予告状は、標的となる施設だけじゃなく、街の至る所に貼り付けて自分の犯行をアピールしている。だから、盗みに入る場所をそれとなく示唆するのがお約束だった。


 でも今回はそれがない。手書きじゃなく印刷だから、わざわざ文面を変えてるとは思えないし……


「これって本当に、怪盗メアロ本人の書いた予告状なのかな?」


 そんな俺らの勘繰りを総括して、イリスが根本的な疑問を投げかけた。


「違うのか? 前回届いた文面と比較しても、特におかしな所は見当たらないが……」


「はい。ちょっと偉そうなところも同じです」


 御主人の言うように、確かに一見すると前回の予告状と似た文面に思える。でも俺の意見は違った。


「傾向が違う気がします」


 若干自信なさげに呟いた俺の言葉は、生憎聞き逃される事なく、コレットも含めた全員の視線を集める事になった。こうなると説明責任は果たさなくちゃならない。また間違って見当違いの事を言うハメにならなきゃいいけど……


「傾向……ですか?」


「はい。ルウェリアさん、前回の予告状ってまだ取ってます?」


「厳重に保管してあります。もし、いよいよお店が潰れちゃいそうってなった時に、オークションに出展して換金する手もあるってお父さんが」


「……御主人?」


 流石に白い目を向けると、御主人は鳴らない口笛をスースーと吹きながら遠くを見ていた。いや、店を存続させたいって気持ちはわかるけどさあ……


「取ってきました!」


「ありがとうございます。それじゃ確認」


 ルウェリアさんから受け取った一通目の予告状を、二通目の隣に置いてみる。





 予告状



 どうして我がこれを書いたのかをよく考えろ。

 お前たちの店は最悪も最悪、北の厄災くらい最悪だ。

 商品にセンスの欠片も感じられない。

 というか異常者の棲まう店だろどう考えても。

 よくその感性で武器屋を開こうと思ったな。

 理解に苦しむ。

 筆舌に尽くし難い苦しみだ。

 どれくらい苦しいかというと、魚の大きい方の骨が喉に突き刺さって常時鈍痛があるくらいの苦しみだ。

 それか、ちょっと堅めのパンを無理して食べていた時に、明らかにパンとは歯応えが違う固形物を噛んでしまった感触があって、これ絶対歯が欠けた奴だと自覚した時の精神的苦痛と同じくらいだ。

 度し難い。度し難いぞうぬれら。

 我はこのアインシュレイル城下町を心から愛している。

 この街は良い。

 無骨な王城とは対照的に、華やかで賑やかで色んな店がある。

 とても素晴らしい景観だと思う。

 多くの冒険者が集う街に相応しい充実した店構えが好きだ。

 大通りに面した店はどこも色とりどりで、人間の虚栄心と下心をこれでもかと主張してくるのが好きだ。

 壁の至る所に施された無意味な装飾がくすんで黒くなり果てた様相が好きだ。

 噴水の周りにこれみよがしに木々を並べ、さも自然と調和したかのように振る舞っている謎の満足感が好きだ。

 住宅街の民家が我こそは一番と競い合い、全体の景観を無視して無駄に大きな家を建てている事で生じた凸凹感が好きだ。

 清潔に保たれた表通りと全然違って沢山のゴミが捨てられたまま悪臭を漂わせている外れの小路が好きだ。

 歓楽街の下品さを隠そうともしない客引きたちの媚びた笑みが好きだ。

 スラムに住むプライドだけ高く現状から一向に抜け出そうとしない汚泥のような目をした生きる屍たちが好きだ。

 路地裏で放置されたまま二度と動かない時計の残骸と、中身が蒸発した酒樽の腐敗した匂いが好きだ。

 霧が立ちこめた時に薄っすらと滲む街灯の光が好きだ。

 人通りの少ない雨の日にはしゃぎ回る子供達の甲高い声が好きだ。

 裏切りと寒い日とお前たちの武器屋は嫌いだ。


 よって春期遠月16日に鬼魔人のこんぼうを貰い受ける。

 

 怪盗メアロ





「……この最初の予告状は自己主張がかなり激しめで、逆に盗もうとしている武器については殆ど触れてない」


 それに対し、今回の予告状は真逆。盗む武器に関してはかなりガッツリ語っているのに、自分の主張は殆どしていない。武器への想いのみだ。


 俺の知っている怪盗メアロは、兎に角自分の思った事をそのまま口走るメスガキだ。そしてそれを自己完結せず、相手に伝えようとする。予告状を多方面にバラ撒くのもそうだし、そもそも予告状を出す理由もそこに繋がってくる。

 

 怪盗メアロは、常に他者に対してメッセージを発している。俺には忠告さえしている。


 でも今日の予告状は、武器への想いこそ熱く語ってるけど、自己完結しているようにしか思えない。不本意という気持ちを書いていても、どれくらい憤っているのかが伝わってこない。


 その点は大きな違いだ。


「トモの言いたい事はわかったけど、ただ今日はそんな気分だったってだけかもしれないよ? それか、混乱させる為に敢えて変えたのかも」


「んー……」


 俺と一緒にあのメスガキと一戦交えたコレットは、俺ほどじゃないけど奴の雰囲気や性格の一端を垣間見ている。いい加減な奴で、同時にしたたかな盗賊だと思ってるだろう。


 俺の心証は少し違って、窃盗行為はしていても、それ自体や盗品そのものには大した関心はなく、街をかき回す事に重きを置いている印象だ。


 とはいえ、俺の心証もあくまで数度会話しただけのものであって、確実性には乏しい。


「御主人、今まで怪盗メアロの偽物が出没した事は?」


「俺が知る限りは一度もねーな。模倣犯なんて出ようもんなら、高レベル帯の冒険者がブチ切れて追い回すだろうしよ。何しろ、怪盗メアロには街中が嘗められっぱなしだからな」


 確かに……自警団がないとはいえ、怪盗メアロ自体を忌み嫌ってる猛者が沢山いる中での模倣犯はリスキーだよなあ。となると、やっぱり今回も本人の予告なんだろうか……?


「仮に偽物だとして、ネシスクェヴィリーテのない店にそれを盗んじゃうぞ、なんて予告する意味ってあるのかなー」


 イリスの誰にもともない問い掛けに、一同頭を捻る。


 勿論、怪盗メアロを装うメリットはある。奴の犯行に見せかければ、窃盗に成功した後に自分が疑われる心配はなくなるからな。怪盗メアロが毎回予告状を出す事を逆手に取った、大胆不敵な犯行だ。


 でもそれはあくまで、過去の事例から怪盗メアロっぽさをしっかり再現できていればの話。この予告状は寧ろ、今までと傾向が随分と違う。同じ場所に二度盗みに入るって時点で異例だし。


 何より、これだけの猛者が集う街で一度も捕まらず犯行を重ねるような怪盗が、御主人の話だけで本来城に安置されている武器がここにあると決め付けるとは思えない。その意味でも、怪盗メアロっぽくない予告だ。


 以上の事から導き出される結論は……


「謎はすべて解けた!」


 たった一つの真実見抜く、見た目は20歳、頭脳は32歳。その名は新米ギルドマスタートモ! この事件の真相を暴いてみせる。藤井友造と松田富三郎の名にかけて!


 ……寒いのはわかってるよ。でも俺らの世代って一度はやってみたいんだよ、探偵役って。童心は大事にしないと。幸いここは異世界だから元ネタとか知りようもないだろうし、普通の発言として受け取って貰える。異世界最高。マジ最高。


「真犯人はファッキウだ。奴が怪盗メアロの名を騙って予告状を出したに違いない」


「え? ちょ、ちょっと待ってトモ。おかしくない? あの人がネシスクェヴィリーテを持ってるのに、なんで盗むって嘘の予告する必要あるのか全然わかんないんだけど……」

 

「ああ、現時点でもあの野郎が持ってる。でも奴にとってそれは計算外の展開だった筈だ。元々の予定通りなら、奴は俺達に恩を売った後、ルウェリアさんにあの剣をプレゼントする筈だったんだから」


「あ……」


 コレットもようやく気が付いたらしい。


 そう。もし俺がゴネなかったら、今頃ネシスクェヴィリーテはこのベリアルザ武器商会にあった。そしてその流れを予め知っていたのはファッキウだけだ。


「奴の目論見はこうだ。俺がネシスクェヴィリーテを探しているのを知って、厚意でそれを俺に貸した。そこで俺から『ルウェリアさんがネシスクェヴィリーテを気に入っている』と聞き、ベリアルザ武器商会へ行ってルウェリアさんに進呈。そしてその日の内に、怪盗メアロを装いネシスクェヴィリーテを翌日盗むという予告状を出す。翌日、何も知らないフリをして様子を見に来たファッキウはルウェリアさんから事情を聞き、怪盗メアロに怯える彼女に『僕が守るから大丈夫』と誓いを立てる。無事守りきれれば、晴れて野郎はヒーローになるって寸法だ」


 恐らく予告状通り、明日には怪盗メアロに扮したファッキウの知り合いか、金で雇った少女が現れる計画だったんだろう。そして、ファッキウがその子を追い払う。要するに自作自演でルウェリアさんの好感度を上げる作戦だ。


「どうよ御主人、この名推理!」


「あー……まあ……そうかもなあ……」


 リアクション薄いな! 御主人以外の面々も揃って『そうかもなあ……』って顔だ。


 一世一代の見せ場だったのに! もっと盛り上げて! 驚愕した顔作って! 忖度して!


「でもマスター、だったらあと一日待つってマスターと約束した時点で予定変更なんだし、予告状も一日先延ばしになるんじゃない?」


 う……痛いところを。細かい矛盾点はスルーするのが推理モノのマナーなのに。


「そこはホラ。あれだ。連携が上手くいってなかったんだよ。予告状出す係と。ルウェリアさん、予告状っていつ頃発見しました?」


「今日のお昼頃です。お客様が来ないのでお店の前を掃除していたら、壁にペタって貼り付けられていました」


「それなら、実際にはもう少し早い時間帯に張られた可能性が高いですね。ほら、十分あり得るって」


「んー……確かにそんな感じがしてきたかも」


 納得して貰ったけど、なんかスッキリしない……推理モノの解決編って演出がないとこんなグダグダな感じになるんだな。演出って大事だね。


「何にしても、あのコマシ野郎がクソみてーな事企んでるのは間違いなさそうだな。ルウェリア、奴が何持ってきても絶対受け取るな。ディノー、確実に門前払いしろ。四肢の内三本までは許す。言う事聞かなかったら遠慮なく斬り落とせ」


「りょ、了解」


 御主人怖っわ……レベル60台の冒険者をビビらせてるじゃん。何者だよこの人。


 ま、取り敢えずこれでこの一件は解決かな。明日あの剣を借りて、コレットのマスクを取る事が出来たら、『嘘の予告状を出した事をルウェリアさんにバラされたくないだろ?』と脅して下僕化を回避しよう。実際にはルウェリアさんにはもうバレてるけど。


「この予告状は偽物って結論で良さそうだな。トモ、ありがとよ。正直判断に迷ってたんだが、これでスッキリしたな」


「ありがとうございます。でも、実物のネシスクェヴィリーテ見てみたかったです」


 少し残念そうに笑うルウェリアさんに見送られ、俺達はベリアルザ武器商会を後にした。





 そして翌日――――



 ファッキウは姿を見せず、ルウェリアさんが行方不明になった。


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