第290話 おすけべですわ!
コレットと歩く街並みは、普段俺達が暮らしている城下町とは似て非なる空気に包まれている。決して好みの雰囲気じゃないんだけど、この日を迎えるまで色んな苦労があったから、それなりには感慨深い。
交易祭の改革を実施する上で、最も必要だったのは『惰性からの脱却』。幾らアゲアゲな雰囲気を演出しても、毎年同じ事が繰り返されていたら白けたムードになるのは当然だ。
かといって、今までやって来た全てをひっくり返す訳にはいかない。それは伝統への冒涜であり、蹂躙ですらある。城下町に長らく居着いている高齢層が黙っちゃいない。何か一つでも変えると『余計な事はするな』と怒り出す人も多い。
一方で変化を求める意見についても、例えば屋台に関してだけでも『屋台を減らせ』『いや増やせ』『いっそなくせ』『馬車でやって移動式にしろ』など決して一枚岩じゃなく、全員の意見を聞いていたらキリがない。
改革自体は確定している。後は、変化を最小限にしてクレームを抑える事に尽力するか、それとも大胆に変革して若者からの支持を集め声のデカさで正当化するか。恋愛がテーマって時点で若い世代向けの企画だから、当初は後者に振り切るくらいのつもりでいた。
でも、生前の記憶を頼りにアレコレ考えている内に、その前提に対し疑念が湧いて来た。
「俺の故郷ではさ、余所の国のベタな恋愛ドラマに高齢層も相当食いついてたんだよ。って事は、お約束満載の超王道恋愛物語なら、多分全世代を狙い撃ち出来ると思うんだ」
それが、俺の出した最終結論。そこから一気に脚本を作り、演出プランを纏め、今年の交易祭の骨子となる部分が完成した。
「物語って……舞台でそういうお話をして貰うって事?」
「いや、ノンフィクションの恋愛ドキュメンタリーを見て貰う。俺が契約している精霊の」
「……え゛」
何処から出したんだって声でコレットは驚いていたけど、俺としては割とすんなりこの件を祭りに組み込もうと決めていた。
具体的には――――
「モーショボーに公開告白して貰う」
「おすけべですわ!」
……は? どういう事?
「だ、だってそんな人前で自分の精霊に無理やり告白させるなんて……精霊ハラスメントじゃない? それ」
略して精ハラ。何だこのクソいかがわしい字面は! お前の言動がハラスメントだよ! いや略した俺の責任か?
「無理やりな訳ねーだろ……ちゃんと経緯を説明した上で打診して、嫌だったら断って良いってちゃんと言ってる」
「でも精霊側にとっては半強制じゃないの? もし断ったら契約解除されるかもって思うだろうし」
モーショボーがそこまで俺との契約を重要視してるとは思えないんだが……
「いや、前々からモーショボーの恋愛には色々と協力してきてるんだよ。その流れがあるからこそお願いしてんの。つーか、祭りに乗じて勢いで告白してみればって助言したらメッチャ食いついてきたけどな」
「あ、そうなんだ……早とちりしてゴメンね」
実際、モーショボーの返事は早かった。あいつ自身、思い人のカーバンクルと使い魔のポイポイとの間で随分と揺れ動いていたようだけど、いい加減自分の気持ちに決着を付けたいって思っていたんだろう。
同じ精霊とはいえ身体の大きさも姿形も(恐らく年齢も)全く違う、憧れの存在のカーバンクル。付き合いは長いとはいえ使い魔で、成立すれば身分違いの恋となるポイポイ。これって人間のドラマに変換すると、年上で外国人の血が入ってる上司(もしくは先輩)と、幼なじみで年下の部下(後輩)の間に生じた三角関係……と言えなくもない。如何にも少女漫画原作ドラマって感じの設定で、もう完全にベッタベタなド王道ラブストーリーだ。きっとどっちかは御曹司に違いない。
作戦はこうだ。
まず、精霊のモーショボーが祭りの間に告白する事を大々的に告知する。次に吟遊詩人や語り部を雇って、街の至る所でモーショボーの恋愛事情を謳って貰う。同時進行で、モーショボー達をモチーフとした舞台を城下町の劇団にやって貰う。更に、劇団とシャンドレーゼ交響楽団によるコラボレーションで、その舞台の主題歌を楽団に作って貰い、舞台中に演奏して貰う。謂わばタイアップだ。
交渉は難航した。まず俺自身がシャンドレーゼ交響楽団に不信感を持たれていたからな。マイナスからのスタートって事で、簡単に首を縦に振って貰う事は出来なかった。
よって搦め手を発動。この異世界に来て半年の間に培ってきた人脈と営業力を駆使し、商業ギルドと職人ギルドに『劇団と楽団のコラボによるシナジー効果』のプレゼンを行った。
まずは主題歌の効果を説明。音楽単品で届けるより、物語に寄り添った楽曲を盛り上がるシーンで演奏する事で一層ドラマティックに聴かせられるし、劇伴の演出効果も絶大だと訴えた。そもそも主題歌って概念自体がこの世界にはなかったそうで、説明には一苦労したけど、最終的にはなんとか理解して貰えた。
このコラボによって劇団のファンが楽団にも興味を持ってくれるし、その逆も然り。そうなれば何が起こるかというと――――各会場のリノベーション需要の増大だ。
客が増えれば、そのキャパに見合った会場を作る必要が生じる。そこまでいかなくとも、老朽化した部分をリフォームする必要は出てくる。となれば、修理や改築を請け負う職人ギルドに仕事が回るのは言うまでもない。
また、子供達が音楽や演劇に興味を持てば、楽器や衣装、大道具小道具なども自然と売れ行きが伸びるし、市場が安定する。楽器に人気が集まれば、プッフォルンのような楽器系アイテムも売れるようになるかもしれない。これらも職人ギルドの範疇だし、商業ギルドにとっても経済が回るのは好ましい。
バングッフさんとロハネルにそう訴えたところ、彼等が率先して劇団と楽団を説得してくれた。元々この両者は良好な関係にあったようで、コラボにも抵抗はなかったそうだ。
やると決まれば、後はそれを煮詰めるだけ。俺が考案したストーリー原案を劇団の脚本家がしっかり劇用の脚本にしてくれて、そのストーリーを軸に主題歌および劇伴も作成された。
「……そんな壮大な企画になってたんだ。凄いね」
「何だかんだ、祭りをきっかけに自分達も普段と違う事をやりたいって気持ちは彼等の中にあったんだろうと思う。これが普通に仕事としての発注だったら、幾らシレクス家が金出してくれても了承はされなかっただろうな」
劇団や楽団って言うと運営に苦労しているイメージがあるけど、この街は金持ちばっかりだから、彼等も金には大して困っていないだろう。重要なのはあくまで芸術家・表現者としての活動意欲、自分達の表現に触れて欲しい気持ちだ。
祭りの時には、舞台やコンサートに普段あまり触れていない人達も来てくれるという。フェスとか出張公演に特別感を覚えて足を運ぶのと似ている気がする。祭り特有の開放感も手伝って、客層が変わるのは必然だろう。
「ま、そんな訳でどうにか本番までこぎ着けたけど、ここで上手く行かなきゃ無意味だからな。勝負はこれからだ」
「上手く行くと良いね」
「ああ」
やれる事はやってきた。後は結果を待って、モーショボーが告白するタイミングを見計らうだけだ。
「あ、パンの屋台だ」
「えっ何処!? 何処だよ!? 何処何処何処!? 何処って!?」
「必死過ぎ……ホラ、あっち。っていうか、事前にパンの屋台の場所確認してなかったの? トモともあろう者が」
茶化すような物言いに若干イラっとしたものの、重要な情報を提供してくれたからお咎めナシ。今回は事前準備が忙し過ぎて、屋台のチェックが全く出来なかったんだよな。
本来なら、一刻も早く警備に戻らなきゃいけないんだけど、予定より早く打ち合わせが終わったし……ちょっとくらい良いか。
「奢る。好きなの選んで」
「……」
コレットはその場でフリーズして動かなくなった。
いやわかるけど。わかるけど失礼だろ。
「幾ら借金持ちでもパン何個か布教するくらい普通に出来るわ!」
「布教って言葉がしれっと出て来て普通に怖いんだけど……」
「パンという伝統の食品をちょっとでも良く思って貰いたい。これも祭りの一環なのだよコレット君」
「口調も怖いんだけど……ま、いっか。ホントに奢ってくれるの?」
「ホントホント。ほら行こ行こ」
半ば強引にコレットを先導し、お目当ての屋台へ向かう。
あの売り子は……そうか、あのパン屋の出店か。
店の名前は【パーネス】。昔ながらのメニューが豊富で、とても丁寧に生地を作っている印象のお店だ。好感度はかなり高い。
「あ、トモさん! いつもありがとうございます!」
「こちらこそ、いつも美味しいパンを食べさせて貰ってます。今日のオススメは何ですか?」
この街に、俺が常連客じゃないパン屋はないし、顔馴染みじゃない店主や店員はいない。親しさが溢れ出る会話は当然の事なのに、何故かコレットからは白い目で見られた。
「そうですね。お祭りの時には毎回出しているフランマパンとノクスパンは如何ですか?」
フランマパンは直火焼きのカリッとした食感が特徴的な香ばしいパン。ノクスパンはライ麦と似た性質のアーテル粉を練り込んで焼いたパンで、いわゆる黒パンと近い。木の実をふんだんに混ぜている、強い酸味が特徴のパンだ。
どっちも香りに定評があるから、祭りの出店には最適だろう。
「あ。私このノクスパンって食べてみたい。暗黒ブームだし」
「どんなブームの乗っかり方だよ……とも言えないか」
実際、一番人気になりそうな気がする。売り切れる前に来られたのは僥倖だった。
「それじゃノクスパンを四つ、フランマパンを二つ下さい。あとトリニティパンを三つ」
「ありがとうございます!」
本当は他のパンも買いたかったけど、すぐ仕事に戻らないといけない。これくらいの量が丁度良いだろう。
「ほい」
「ありがと。うわー、良い香り」
その場でパクッとかぶりついたコレットは、すぐ幸せそうな顔でウットリし始めた。
「美味しー……」
「そうでしょう、そうでしょう。パンとは人類の最高傑作なのです」
「なんで布教モードだと口調が定まらないの」
せっかくジト目の誘発を試みたのに、コレットはまったりした顔でツッコんで来た。パンの満足度が高過ぎた所為だ。
「残りはお土産にするね。マルガリータも多分、この味好きだと思うし」
「……ああ」
言えない。
マルガリータに気を許すな、とは。
現状、俺の見解はそこには反映されていない。『ティシエラがそう言っているから』が唯一の判断材料だ。それを正直に言えば、コレットはティシエラに不信感を抱くだろうし、俺の意見として言ってしまうと理由を聞かれた時の返事に説得力がない。
ティシエラの推察が外れるのを願うしかないな。俺と同じく割と予想を外す奴だから、その迂闊さに期待して――――
「テメェ! ザケんな殺すぞ!」
「うわっごめんなさい! マジすんません! そんなつもりじゃなくて、つい出来心っつーか……」
「……何でトモが謝ってるの?」
確かに。反射的に許しを請うてしまったけど、どう考えても今のはティシエラの声じゃない。
「そいつは俺が先に見つけたんだコラぁ! 俺の心の闇にそいつが呼応したんだよ! この俺の心の奥深くに潜む闇によぉ!」
「いいや違う! これはオレが見つけたんだ! この毒々しいフォルム、漆黒に輝く艶やかな剣身、6万人の生き血を吸ったかのようにガバガバな刃……こいつはオレを誘っていたんだ!」
慌てて耳を澄ますと、すぐ近くからキモい怒鳴り声が聞こえて来た。この言い争い……どうやら待ち望んでいたトラブルが早くも起こったらしい。嬉しい誤算だ。キモいけど。
暗黒武器100選をこの街の色んな場所に隠したのはウチのギルド員。俺も何本か担当したんだけど、この辺に置いた記憶はない。でも、声の感じからして相当近い所にいる筈……
「あっち! 酒場の前!」
コレットが指差す方を見ると、酒場の玄関近くに置いてある酒樽の前で、鞘に入った剣を引っ張り合う醜い争いが勃発していた。
あー……なんか二人とも冒険者ギルドで見た記憶がある。装備品や服装が結構派手だったから覚えてたのかもしれない。確かプレートアーマーマンの時に話をした二人組だったような……仲間っぽい雰囲気だったのに、暗黒武器の所為で絆にヒビが入ったのか。割とガチで暗黒だな。
幸い、既に出店の店員や通行人の多くがケンカしてる様子を目撃している。殺伐とした雰囲気は十分伝わっただろう。もう止めに入っても良さそうだ。
でも、どうしよう。ガキみたいな言い争いだけど、この街にいる時点で高レベルの冒険者なのは間違いないし、俺じゃ対応しきれない強さだよな。ここはペトロを喚び出して仲裁して貰おうか。でも謎の負け運あるからな……
「これ持ってて」
逡巡する俺とは対照的に、コレットの判断は早かった。
俺にパンを預けたかと思うと、暗黒武器を取り合っている二人の所へ一瞬で移動。相変わらず尋常じゃないスピードだ。
「何してるの! 往来でケンカはダメ!」
……幼稚園の先生かよ。いや、あのしょーもないやり取り聞いたら、そういう対応になるのもわかるけど。
「邪魔すんじゃねぇ! 殺すぞ!」
「なんだよ。誰かと思えばギルドマスター様か」
あの冒険者達の反応を見れば、コレットがギルド内でどういう評価をされているのかは丸わかりだ。レベル79にあの態度……こりゃ相当ナメられてるな。
「お前さぁ、なんか勘違いしてねぇか? 対抗馬のフレンデルがクソ野郎だったから選挙で勝てただけで、誰もお前をトップなんて認めてねぇからな?」
「レベルだけ高くても、肝心のリーダーシップがクソじゃ何の役にも立たない。こんな所で良い子ぶってもポイントは稼げないんだよ。例の霧を晴らす為の調査隊も、冒険者は二枠しかなかったんだって? 余所のギルドにナメられ過ぎなんだよ」
おいおい、なんだアイツ等。吐き気がするほどムカ付いて来た。冒険者ギルドはチンピラの集まりなのか?
「……」
そんな如何にも小者って感じの冒険者共を相手に、コレットは特に睨むでもなく、無表情で対峙していた。
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