第289話 一生、忘れない

 空前の暗黒ブームとあって、100種類の暗黒武器を景品とした宝探しは一気に広まり、開会式に参加していなかった人達にもあっという間に知れ渡った。


 このアインシュレイル城下町に住む人達の大半は、長い冒険の最中に巨万の富を築いた連中。困窮している者は皆無と言っていいくらい経済的には潤っていて、お気に入りの暗黒武器を購入するくらい何て事なく決断できるだろう。彼らにとって『タダで武器が手に入る』ってメリットは大して魅力的とは言えない。


 だがしかし。


「なあ、本当に非売品の激レア暗黒武器が落ちてんのか? 信じられねー話なんだが」


「俺も広場にいた訳じゃねぇから断言は出来んけど、少なくとも100種類ってなぁーあのフレンデリア御嬢様が断言したらしいぜ」


「マジか。100種類もあればレアものの一つや二つ絶対あるよな。マジ欲しい~」


 通りすがりの冒険者達が話していたように『レア物があるかもしれない』って心理が働く事で、探すモチベーションは十二分に生まれているみたいだ。


 ブーム時におけるコレクター魂の加熱具合は、世界が変わってもまるで変わらないな。元いた世界でも、某たまご型ゲームや某虫の王様とか色々流行ってたっけ。ブームが過ぎて『なんでこんなのをムキになって買い込んでたんだ』とは思いつつも、別に後悔はしないから不思議だ。ああいうのも一種の祭りだからかもしれない。参加する事に意義がある、みたいな。


 そんな訳で、取り敢えず最初の目論見は成功。暗黒武器を探し求める冒険者共がにわかトレジャーハンターとなり街中に相当数出歩いていて、祭りらしい賑わいを見せている。冒険者っていうくらいだから宝探しが好きな奴も多いだろうって考えての立案だったけど、上手くハマってくれた。


 とはいえ、今はまだ仕込みの段階。暫く街を暗黒一色にして、『このままだと街がダークファンタジーの世界になっちまう』って危機感を持って貰う必要がある。 



 よって、俺達が求めるのは――――トラブルの勃発だ。


 

 100種類もあるとはいえ、城下町の中だけで大勢が探し回っていたら、何処かで必ず『俺が先に見つけたんだ』『いや俺だ』みたいなバッティングが起こる。それが何件か発生すれば、一気に街のムードも暗黒化待ったなし。その殺伐とした雰囲気を恋愛のポヤポヤな空気で一変させるってのが、俺の描いた交易祭用ストーリーだ。


 俺が生まれた頃に流行っていた歌に『最後に愛は勝つ』ってフレーズがあって、発表当時から俺が死んだ年まで数十年もの間、ずっと陳腐だと言われ続けていた。でも結局そのフレーズは廃れる事なく生き残っていた。


 って事は、それが真理なんだろう。俺には愛が何なのかサッパリわからないけど。


「今のところ、目立った騒ぎは起こってないみたい」


「まあ、騒動って連鎖するものだから。一回起これば次々に発生すると思う」


 ルウェリアさんは店が忙しく、ティシエラはイリスとの約束があった為、二人とはフレンデリアの話が終わった直後に別れた。斯く言う俺も当然、街の警備に戻らなくちゃいけない。


 残るコレットは――――暇だからとついて来た。


「お前さ……」


「違うからね!? お仕事サボってるとか友達いなさ過ぎて孤立してるとか、そういうんじゃないから! 交易祭は伝統あるキチンとしたお祭りだから、冒険者ギルドのトップが率先して参加する事で格式を誇示するようにってフレンちゃん様が言うから!」


 その言い訳以上にフレンちゃん様って呼び方が定着してる事に驚いた。良いのかそれで。ギマ呼ばわりされてる俺が言うのもなんだけど。


「久し振りにお祭りの雰囲気味わったけど、やっぱり騒がしいの苦手。辛気臭い顔して水差さないようにしないと」


「気持ちはわかるなあ……つーか久し振りって、一年振りじゃないのか?」


「交易祭の期間は宝石探しの旅に出てたから、参加してないんだ。だってマルガリータはギルドにいないといけないし、他に一緒に回る子は……いなかったし……」


 声も顔もエピソードも何もかも辛気臭いんだが……親近感しかねぇな。


「だったら今年こそマルガリータさんと回れば良くないか? もう受付嬢は引退したんだろ?」


「……」


 え、この反応……まさかしてないの? いやいやいや。祭りが終わったら合同チームに参加して遠征に出るって話だったろ? 受付嬢のままっておかしくない?


「ここだけの話なんだけど」


 隣を歩いていたコレットが、耳元に顔を近付けてくる。吐息が微かに耳を撫でてくすぐったい。


「少し前に面接をして、後任を選んでたの」


 なんだ、やっぱり引退する予定だったんじゃん。って事は、その後任に問題があったのか?


「才色兼備でギルドの顔に相応しいって、内々では評判だったんだけど……経歴詐称が発覚しちゃって」


 あれま。でも、それくらいなら別に……


「元冒険者って話だったんだけど、実は元ソーサラーだったみたいでさ……マルガリータ、すっごい怒っちゃって」


 あー……それだとスパイと疑われて当然だよな。雇える筈がない。


「ソーサラーギルドに抗議しようって話になってたんだけど、そんな時にあの事件が起きて、色々強く言える立場じゃなくなったから、結局そのまま放置する事になっちゃって。後任選びも難航して、結局マルガリータが続投って事になっちゃったんだ」


 そりゃまた難儀な。つーかマジでこの二つのギルド、色んな火種を抱えてるよな。いつ衝突しても不思議じゃない。コレットとティシエラの仲が良好なのが救いだ。


 ソーサラーギルドの方も、冒険者ギルドに対して魔王を匿ってるんじゃないかって疑惑を持っている。どっちも疑心暗鬼って感じでスッキリしないって言うか、ドロドロって言うか……そんな所にまで暗黒ブーム到来しなくて良いのに。


「そういや、ウチも面接の時に経歴詐称してる人がいたな」


「そうなの? 誰? 私の知ってる人?」


「うん。シキさん」


 その名前を出した途端、コレットが歩みをピタッと止めた。


「ん? どした」


「シキさんって……あの暗殺者の、だよね」


「そそ。でも全然アサシン要素なくて、人殺しの経験もゼロなんだって。まあ諸々あってそういう事になったんだけど。今は秘書もやって貰っててさ、これがまた有能で――――」


 説明をしている間も、コレットは足を動かそうとしない。俯いたままじっとしている。何だ……?


「私が山羊だった頃、あんな見た目なのにトモのギルドの人達には結構優しくして貰ってたんだけど……そのシキさん、全然話しかけてくれなかった」


「ん? それが普通だろ? 山羊の悪魔に優しくするのが当たり前だと思うなよ」


「そうなんだけど! 私が勇気出して話しかけても素っ気なくされてさ……あの時、ちょっと泣きそうになったんだよね……」


 どっちかって言うと、山羊に話しかけられたシキさんの方が泣くべきだと思うんだが。まあ言うまい。


「仕方ないだろ。素っ気ないのは元々の性格だし、もしかしたら体調悪かったのかもしれないし。自分の理想通りの反応が貰えなかったからって相手を悪く思うんじゃありません」


「なんかシキさんの肩凄く持つじゃん! もっと私に優しくしてよ!」


 あー、久々だなこの感じ。最近ギルマスモードのコレットとばっかり接してたから、素のコレットと久々に会話した気分だ。


「っていうか、身の上話するタイプとはとても思えないんだけど……なんでトモには素性を明かしたの?」


「いや、普通に話の流れで」


「普通? フツーって何? 話の流れにフツーとかフツーじゃないとかある? 大体、フツーの話してて過去とか語らなくない? 自分の過去を晒すって結構恥ずかしいよね? そういうのって仲良しじゃないとしなくない? 心に深く入り込まないと成り立たない会話じゃない?」


 知らんがな。自分語りしたって別に良いだろ。まあ深い話したって言うより、一方的にシキさんの話を聞いただけなんだけど。俺の過去って語れないからな……


「つーか、身の上話ならコレットも俺にしたじゃん。親と疎遠とか、ちょっと前まで幸運全振りで戦闘経験があんまなかったとか。他の誰にも話してなかったんだろ?」


「……だから、そういう意味で言ってるのに」


 どういう意味? わかんねー……わざと言葉足らずにしてないか?


「はぁ……」


「疲れてるな。溜息が何時にも増して重そうだ」


「わかる? 出来るだけ弱音吐かないようにしてるんだけど……やっぱりキツいよね。責任のある立場って」


 コレット的には、同じギルマスの俺とその辛さを分かち合えるつもりなんだろうけど、生憎それは難しい。人類の平和そのものを左右する戦いを長年繰り広げてきた冒険者ギルドと、生まれたてのウチとでは伝統が違う。格式が違う。背負ってるものが違う。コレットの方が遥かにキツいのは言うまでもない。


「弱音くらい吐きゃ良いだろ? ダンディンドンさんとかマルガリータさんに」


「……あの二人も、私を推した所為で陰で色々言われてるの、知ってるから」


「あー……」


 コレットがギルマスに就任して以降、冒険者ギルドの状況は芳しくない。それはずっと懸念してきた事だけど、やっぱり内部でも相当荒れてるんだろうな。


 コレット自身の落ち度は、自らアンノウンを捕らえに出向いた事くらいだ。あれだって、危険を伴う仕事を自ら買って出ただけで他意はなかった。以降のトラブルは問題児の冒険者が暴走しただけに過ぎない。


 でも、世間はそう思ってはくれない。コレットが代表になった途端に問題続きなのは事実で、こいつの統率力に原因があると見なされてしまう。レベル79という人類最強の冒険者が引退してまでギルマスになった事への反発や、下世話な勘繰りだってあるだろう。


 そんな状況でサポートが不十分となれば、精神が削られるのも無理ない話。ヘタしたら潰れかねない。


「前みたいに、幸運極振りだった頃に戻すか?」


 思わずそんな提案をしてみた。


 元々、コレットのステータスは幸運特化だった。だからレベルの数字ほどの戦闘力はなかったけど、それを圧倒的な運の良さでカバーし、殆どぼっちとはいえこの街に順応できていた。


 俺が調整スキルでパラメータを弄ったばっかりに、コレットの運命を変えてしまった。本当は、こんな苦労を背負い込む必要はなかったのに。


「もう冒険者を引退したんだから、強くなくても構わない訳だし。極振りまではいかなくても、幸運値を大きく増やせば状況や環境が改善するかも」


 実際には、そんな単純な話でもないと思う。でも、例え気休めでも何かを変えた方が良い。今のコレットはなんつーか、運気が極端に悪い気がする。


「ううん、いい」


 意外にも即答だった。


「引退はしたけど、現場に出ないって決めてる訳じゃないし、今はほら、フィールドより街の中でトラブル続きだし。私が弱いと、街の人達をガッカリさせちゃうでしょ?」


 それは……事実だ。コレットがギルマスになれたのは、そのレベルの高さ故。まだ市民にも身内にも信頼を勝ち得ていない段階での弱体化は、命取りになりかねない。


 でも、それは戦闘機会を作らなきゃ良いだけだ。ギルマスなんだから、ギルドでふんぞり返っていれば良い。俺も人の事は言えないけど、出しゃばる必要はないんだ。寧ろそれをすればするほど、ドツボにハマっているように思えてならない。


「……本当に、それで大丈夫か?」


「大丈夫」


 コレットの目を凝視してみる。かなり疲弊した目だ。


 でも、死んでない。力強い、生きた目をしている。だったら……これ以上とやかく言うのは筋違いだ。


「わかった。でも無理はするな。無理しても良い事なんて一つもない。精神的にキツい時はウチに顔出しゃ良い。愚痴くらい幾らでも聞くから」


「……いいの?」


「いいから言ってんの。それと、どうしても心がもたないって思った時は、冒険者ギルド辞めてウチに入れ」


「え?」


「古巣に戻るってだけだ。一時期とはいえ、お前はウチに所属してたんだからな。冒険者ギルドから移籍して来たディノーもいるし、何なら引き抜きって形でも良い」


 俺の提案は相当メチャクチャだ。幾らレベル60台とはいえ一冒険者に過ぎないディノーと、現役のギルマスとでは移籍のハードルが違い過ぎる。つーか普通にあり得ない。きっと前例もないだろう。


 だったら最初の一例になれば良い。『最悪、ここに逃げ込める』って場所がコレットには必要だ。


 辛かったら逃げても良い――――なんてのは無責任な美辞麗句で、実際に逃げたらその後の人生どうなるかわかったもんじゃない。最悪を回避した結果、それ以上の最悪が待っているかもしれない。死ぬのと生き地獄とどっちがマシかなんて、誰にも断言できっこない。逃げた事で生じるデメリットを背負うのは結局、逃げた本人なんだ。


 だから、逃げろと言う以上は責任を負う。本当にコレットがウチに移籍する事になったら――――


「その時は、八方手を尽くしてでも匿ってやるから」


 俺一人でコレットを守るなんて大それた事は言えないが、協力してくれそうな心当たりはあるし、仮にその面々の助力が難しくても、ウチのギルドだけで対抗してみせる。何しろ、守りに特化したギルドだからな。却って箔が付くってモンだ。


「……なんで、そこまでしてくれるの?」


 コレットは立ち止まり、真剣な顔で妙な事を聞いて来た。少なくとも、俺にとっては妙な質問だ。答えはわかりきってるのに。


「俺が冒険者だった頃……」


「一日だけじゃん」


「黙って聞けや。その日にお前とフィールド上で巡り逢ってなかったら、俺は多分死んでた。お前の幸運に俺も乗っかったと思ってる」


「それは……私が何かしたって訳じゃないし」


「しただろ? 見捨てて別方向に逃げる事も出来たのに、律儀に一緒に来てくれたじゃん。あのベヒーモスと遭遇した時も、最後まで俺を庇おうとしてくれたろ」


「……」


「俺はあの時の事を一生、忘れない」


 コレットだけじゃない。ルウェリアさんと御主人も、ティシエラも、そして勿論ギルド員達も、俺の危機を救ってくれた。


 前世の頃だったら、恩義を感じてはいても何も出来なかっただろう。でも今は違う。


 助けてくれた人に恩返しが出来る。助け合える。


 こんな幸せな事はない。


「だから、俺に遠慮はするな。場合によっちゃ突っぱねるかもしれないけど、大抵は力になろうと努力するから」


「何それ。頼りになるのかならないのか、ハッキリしてよー」


「ンなもん、その時々の状況次第に決まってるだろ。逆にそっちが余裕あってこっちがピンチの時は遠慮なく助けを乞うからな」


 コレットとはずっとお互い気を遣わず、助け合える関係でいたい。それはもしかしたら、贅沢な話かもしれないけど。


「……でも、私の方が頼りっぱなしだよね。今のところ」


「そうか?」


「そうだよ。だから私も、トモが頼りたいって思うくらいにならなきゃね」


 その結論は危険だ。却ってまた無理をさせてしまうかもしれない。


 でも、コレットの笑顔から影がすっかり消えていたから、俺は微笑み返すしかなかった。


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る