第288話 交易祭、開幕

 文献によると、初期の交易祭では開会式を厳かに行っていたらしい。精霊と人間が手を取り合い、共に繁栄して行く事を願って、誓いの宣言を交互に行ったそうだ。


 勿論、現代の祭りにそんな窮屈な演出は必要ない。最初から最後までエンタメに徹するべきだ。ただしその為には、街の住民にいつもの交易祭とちょっと違うぞと思わせることが大切。『おやちょっと違う』『あれ違うぞ』その積み重ねがいずれ生きてくる。まずはファーストインパクト。大会関係者による開会式だ。


 その話をフレンデリアにしたところ、ノリノリで開会宣言をすると申し出て来た。何か秘策があるらしい。


 協賛という形で結構な額の金を出しているスポンサーだから、やると言われれば断る事は誰にも出来ないけど……大丈夫か?


「あー、あー……テステス」


 マイクがないこの世界では、こういう時はアシスタント係のソーサラーが音声拡聴魔法を使って声を届ける。屋外でも声の通りが良く、マイク以上に高性能だ。


 開会式に集まった市民は……正直、多くはない。疎らってほど閑散とはしていないけど、広場の面積を十分に埋めるには至らない人数だ。事前告知はしっかりやったつもりだけど、交易祭自体の求心力低下が著しい中、興味を持ってくれる人の数はどうしても限定される。これは仕方ない。


「ではこれより、シレクス家を代表して私フレンデリアが挨拶を述べさせて頂きます」


 フレンデリアに緊張している様子は全くない。相当な自信があるんだろう。一体どんな秘策を用意して――――



「愚民の方々におかれましては、ますます凋落の事とお慶び申し上げます」



 ……は?


「私の願いはただ一つ。愚民共が腐らせた交易祭を取り返し、以前にも増して活気ある祭りにする事です。伝統行事に対するリスペクトの欠片もおありにない、日和見主義者と享楽主義者の干涸らび脳どもに暫く好きに運営させていたばっかりに、交易祭を随分とつまらないものにしてくれましたね。でも感謝なさい。今年は違います。私達シレクス家が、かつてない盛り上がりのお祭りにすると約束しましょう。自力では何一つ出来ないくせに口ばかり一人前の虫ケラどもとの格の違い、とくと御覧あそばせ。おーっほっほっほ!!」


 最後は謎のお嬢様笑いで締め括り、フレンデリアはその場から立ち去った。


 えぇぇ……何だったんだ? 完全に悪役令嬢の言動だったけど……


「相変わらずだな、シレクス家のお嬢様は」

「最近は落ち着いてきたって話だったのに、やっぱり人はそう変わらないものなのね」

「もう慣れてたつもりだったけど、久々にあの嫌味聞いたらムカついたわ。何すんのか知らねーけど、ちょっとでもクソな祭りだったら容赦なく叩こうぜ」


 唖然としていた俺を尻目に、広場に集まっていた連中はさっきのフレンデリアの様子に呆れつつも、その話題で持ちきりになっている。


 ……驚いたな。転生前のフレンデリアを"演じる"事で興味を引くとは。なんちゅう綺麗な炎上商法だ。


 これでハードルは凄まじい高さまで上がった。っていうか、例え大成功に終わってもシレクス家には苦情が殺到しかねない。幾らなんでも煽り過ぎだ。


 でも、フレンデリアはそれも折り込み済みで、まずは関心を集めようって作戦に打って出た訳だ。人の悪口の伝播速度は異常だからな。その広まりの速度を意識しての暴言だったのは間違いない。


 秘策と呼ぶには乱暴過ぎるけど……今打てる手としては最善かもしれない。シレクス家およびフレンデリアが悪役を買って出てくれた事で、こっちは仕掛けやすくなった。


 シレクス家に反発するだけで良い。そうすれば、自ずと支持層が集まり、祭りも盛り上がって行く。そして最後に閉会式でフレンデリアが敗北宣言すれば、事は収まる。


 そうか……そういう事か。


 フレンデリアの奴、その時に『改心しました』と宣言するつもりなんだな。そうすれば、今もまだ以前のフレンデリアのイメージを引きずっていた人々に『彼女は変わった』と印象付けられる。


 敢えて事前に俺達と打ち合わせしなかったのは、作為性を排除する為か。こっちがフレンデリアの暴言ありきで色々用意してたら、どうしてもヤラセっぽくなるもんな。


「トモ様、こちらへ。今後の打ち合わせを」


 まだ周囲がザワつく中、案の定セバチャスンが声を掛けてきた。


「今のお嬢様の発言に、俺達が噛みつけば良いんですよね」


「左様で御座います。お気付きになられましたか」


「元々予定してたストーリーとはズレちゃいますか?」


「いえ。基本的には皆様が準備なさっていた脚本通りに進めて頂けます。あくまでも今年の交易祭のテーマは『恋愛解放宣言』のままです」


 それを聞いて安心した。幾らなんでも、本番当日に本筋を全部変えられたら対応できる訳ない。そこんとこはお嬢様もちゃんと加味してくれた訳だ。


「シキさん。警備配置の確認をお願い。俺は少しの間、打ち合わせをしてくる」


「了解」


 傍に待機していたシキさんは、俺の指示を受けてスッといなくなった。シキさんに任せておけば安心だ。


「では馬車へ。既に皆様お集まりです」


「……皆様?」


 行けばわかる、という表情で促してくるセバチャスンにしかめっ面で頷いて、近くに留めてあった巨大な馬車に乗り込む。貴族が使う馬車って、なんでこんな無駄にデカいんだろうな……まあ家も大抵無駄にデカいから、そういう価値観の世界なんだろう。


「これで全員揃ったかしら」


 客車の中に入ると、フレンデリア以外にもコレットとティシエラの姿があった。


 五大ギルドのギルマス全員集合かと思ったけど、他の連中はいない。


 そして、もう一人――――


「あわわわわ……」


「ルウェリアさん?」


「ど、どうしましょう。こんなお偉い方々ばかりの中に私が……緊張で動けません」


 いや、この中で一番偉いのはお姫様の貴女なんですよ。言えんけど。


「どうなってんだ? 人選がイマイチ良くわからないんだけど」


「私も聞かされていないわ。イリスとの約束があるのに……」


 ティシエラは普段のゴシックロリータファッションじゃなく、見るからに暖かそうなフワモコなマフラーをはじめ、比較的動きやすそうな防寒着を着ている。明らかに、祭りを初日から骨の髄まで楽しもうって魂胆だ。


「あはは……」


 一方、コレットは苦笑を浮かべながら様子を窺っている。相変わらず、以前のような元気はない。それは少し気になった。


 そんなコレットの隣に、フレンデリアはドヤ顔で座っている。いや、これはドヤァァ顔くらいか。中々のドヤ度だ。


「今更かもしれないけど、一応最初に断っておかないとね。今回、交易祭のプロデュースを彼等アインシュレイル城下町ギルドに依頼したのは私。交易祭を少しでも盛り上げたくて」


 嘘つけ。自分の恋愛脳が『君が好きだと叫びたい』って訴えてきたからだろ。言わんけど。


「それは別に構いません。城下町ギルドも随分、この街に馴染んできていますから。問題はさっきの宣言の意図と、私達をここへ呼び出した理由です。説明して下さるんでしょう?」


「ええ、勿論」


 貴族令嬢のフレンデリアに対しては、ティシエラも一貫して敬語を使っている。俺も公の場ではそうするよう言われてるし、うっかりタメ口を使わないように注意しないと。


「さっき開会式で言った事は全部、嘘。シレクス家が悪役になる事で、交易祭に興味のない人達にも関心を持って貰う為のお芝居よ」


 おっしゃあ読み通ぉーり! 鉱山の一件でエグいくらい考察外しちゃって若干トラウマになってたから、これで少し自信を取り戻せた。


「なんでフレンデリア様がそんな事を?」


「私だから出来る事なのよ。昔のイメージがあるから、悪役が馴染むでしょ?」


「それは……」


 ティシエラとコレットが思わず顔を見合わせ、返事に困っている。転生前の彼女の人格がどうだったのか、俺は人伝でしか知らない。それは本人も同じだろう。それで何の違和感も与えず演じられるんだから、大した人物だ。


「で、ここからが本番よ。トモ、今後のストーリーを説明してあげて」


「御意」


「……もう少し自然に出来ない?」


 そう言われても、貴族への接し方なんて前世じゃ一切習ってないし。市長や議員にヘコヘコするくらいの感じで良いんだろうか。


「ま、時間もないんで、ちゃっちゃと始めよう。今回の祭りのテーマは『恋愛解放宣言』。これから三日間、そのテーマに沿ったイベントを打って出る」


「……は?」


 ティシエラの『何言ってんだコイツ』って感じのジト目が心地良い。ベネ。実にベネ。もっとその目で俺を見ろ。


「素敵なテーマです! なんか景色がキラキラして来ました!」


 ルウェリアさんは対照的に、恋愛ってワードに興味津々。これだよ、これが俺の求めていたリアクションだよ。


「それはトモが出した案?」


 一方、コレットはティシエラほど呆れている様子はなく、小首を傾げて聞いてくる。俺が恋愛って言葉を出した時点で違和感を覚えずにいられない、そんなツラだ。


 さて、どう答えようか。流石に『フレンデリアがお前に愛を囁くのを正当化する為にゴリ押しして来た案だ』とは言えんよな。


「……」


 案の定、無言の圧力を掛けてくる貴族令嬢様よ。『どうにかしなさい』ってカンペが見える。幻覚とわかっていても怖い。


「そうだな。俺の案だ」


 仕方ない。これといった言い訳も思い付かないし、俺が泥を被ろう。


「トモってば……恋心を解放したかったの?」


「違ぇよ!」


 なんでコイツはこう額面通りに物事を受け止めるんだよ。もう大人なんだから発言の裏を読んでくれよ。明らかに言わされてるだろ、今の俺。


「貴方……まさか告白する勇気がなくて今回のお祭りに乗じようと画策したの? 我欲の為に歴史ある交易祭を私物化するなんて、信じ難い冒涜ね……恥ずかしくないの?」


 あらティシエラさんまで! 五大ギルド会議の時は発言の裏の裏まで読むのに何でそんな素直なんだよ!


「……」


 尚、ティシエラの毒舌でダメージを食らったのは俺じゃなく恋愛メインで行けと命じたフレンデリアだった。咄嗟に後ろを向いたけど、顔を真っ赤にして涙目になっているのは間違いない。可哀想に。


「……」


「……」


 でも、コレットとティシエラはそんなフレンデリアに目もくれず、俺をじっと睨み付けている。何だコイツ等……まさか本気で俺が誰かに告白したがってるって思ってるのか? そして、それが誰か言えってプレッシャー掛けてんのか? いや小学生じゃないんだからさ……普通言わないよね、仮にそういう相手がいても。


「答えなさいよ。どうなの? 本当に告白する気なの?」


 痺れを切らしたように、ティシエラが詰めてくる。コレットは無言のままなんか黒いオーラ出してるし……どんだけ言わせたいんだよ。


 にしても意外だな。他人の恋愛に興味あるタイプだったとは。二人ともあんまりそういう感じじゃないのに。


 ……なんて思うほど鈍感じゃない。間違いなく二人とも『もしかしてこの男、私に告白しようとしてる?』って思ってるだろこれ。当事者意識でもなきゃ、こんな真剣になる筈ないもんな。


 実際、この二人とは色々あったし、俺が好意を持っていると向こうが解釈していても不思議じゃない。それなりに距離が近いとは俺も思ってるし。


「?」


 ルウェリアさんだけは良くわかっていない模様。この中で唯一の癒やし枠だ。マスコットキャラってやっぱ必要だわ。


 さて、どう答えようか……って、そんなの決まってる。


「そんな予定はねーよ」


 嘘をついても仕方ない。少なくとも現時点で恋をしているって自覚はないからな。したいとは思ってるけど。


「この企画は、若年層からの支持が全くない交易祭の現状を変える為のものだ。特に若い女性から関心を持って貰うには、恋愛要素が大きな求心力になる」


「……そう」


「へー……」


 ティシエラもコレットも、イマイチ納得してないような微妙な空気でジト目になっていた。ディ・モールト、ディ・モールト、良いぞッ! 特にコレットのジト目は割とレアだから得した気分だ。


「そういう訳で、交易祭の期間中、色んな所で恋愛をゴリ押しする予定だ。甘酸っぱい味の恋パンを販売するとか、恋愛の曲を演奏して貰うとか、ラブストーリーの演劇をずっと上演して貰うとか」


「まるで洗脳ね……」


 ティシエラの解釈は間違ってはいない。いわゆるサブリミナル効果狙いだからな。日常の至る所で『恋愛』というワードを意識させる事が出来れば、次第にその気になって『燃えるような恋がしたい』と思う。その流れに期待しての姦計だ。


 ただし、何の理由もなくこんな事をしてたら、ただのバカ祭り。そうならない為の――――


「理由はちゃんとあるんだから。ね? トモ」


「その通りでございます。最近、この街は謎の暗黒ブームが到来してるだろ? それを利用して、『人々の心から恋する気持ちが失われている』って設定を用意したんだ」


 三日三晩、寝ずに考えた脚本だ。


 アインシュレイル城下町は、かつてない危機に瀕していた。モンスター襲来に端を発し、ヒーラーの暴徒化、アイザック達による王城占拠、そして冒険者による殺傷事件。これまでに経験したことのない事件の数々に人の心は荒み、いつしか暗い影を落とした。


 そんな世相によって生み出されたのが、空前の暗黒ブーム!


 まるで街の人々の不安や恐れが闇に共鳴したかのように、禍々しい形状の武器や漆黒の防具が人気を博し、それらを装備する者達で街中は溢れていた。


 暗黒とはすなわち、心の淀み。五大ギルドや聖噴水といった街の防衛機能を信用できない、人の心を信頼できない――――そんな淀みが、城下町を暗澹に染めようとしている。


 今、俺達に必要なのは、信じる心……じゃない。それは無理に持とうとしても持てるものじゃないから。


 だったら答えは簡単。街の人達が人を信じられるようになれば良い。 


 それをもたらすのは――――


「愛」


「「何故そこで愛ッ!?」」


 ユニゾンでツッコまれてもな。愛だけが心の闇を晴らし、荒みきった街の空気を浄化してくれるんだよ。なんか知らんけど。そういうモンなんじゃないの愛って。


「中々面白いアイディアでしょ?」


「うう……あんまり面白くありません。必要以上に暗黒が悪者にされています……」


 ルウェリアさんと御主人には事前に話してあったから、この場で糾弾されずに済んだ。正直、ちょっと申し訳ない気持ちはある。でも仕方ないんだ。これも祭りを盛り上げる為。暗黒には泣いて貰おう。


「でも、恋愛のカウンターになるのが暗黒ブームだけだとちょっと弱いの。だからそこに私という悪役が加わる訳。シレクス家は暗黒ブームに目を付けて、これで交易祭を盛り上げようと画策している……って事にすれば、対立構造が一層わかりやすく浮き彫りになるでしょ?」


 やっぱり、そういう意図があったのか。まあウチのギルドとシレクス家の関係性は知れ渡ってるし、デキレースと思われる可能性もあるけど、仮にそうなっても『祭りの為のリアルイベント』として用意した企画だったって閉会式でカミングアウトすれば、それほど問題にはならないだろう。祭りなんだし、住民の皆さんもそれくらいの仕込みは大目に見てくれる筈。


「大体の事情はわかりましたけど……暗黒ブームでどうやって交易祭を盛り上げるんですか?」


「良い質問ねコレット。先日、トモのギルドが防衛勲章を授与した時に副賞として暗黒武器100選を貰ったでしょ? それを利用するの」


 あの時、三人とも授賞式にいたから当然知っている。ルウェリアさんと御主人以外は同情の目を俺に向けてたなあ……


 実際、使い道はないし、置いておくのも嵩張るし、売る訳にもいかないし、正直処分に困っていた。


 まさか……こんな所で役に立つなんてな。


「100種類の暗黒武器を、城下町の色んな所に隠しておいたの。それを――――」


 



「――――見つけた者に恵んであげる! 題して『暗黒お宝探し』よ! 愚民共、せいぜい張り切って見つけなさい! おーっほっほっほ!」


 開会式の最後に再び悪役令嬢モードとなったフレンデリアがそう宣言すると、集まっていた聴衆からどよめきが巻き起こった。



 交易祭、開幕。





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