第287話 なんか台風がゴーゴー言うとりますわ

 始祖に『祭りとはなんぞや』って事を散々語っておいてなんだけど……正直なところ、お祭りの雰囲気はあんまり好きじゃなった。そもそも俺、滅多に酒も飲まなかったし、カラオケとかも行ったりしなかったし、テンション上がったり浮かれ気分になったりする機会がね……あんまりそういうのと親和性がないんだ。


 今回、祭りに深く関わる立場になっても、根本的な嗜好ってのは簡単に変えられるものじゃない。率先して祭りを楽しもうって気にはサラサラなれないのが本音だ。


 でも交易祭の事を色々調べて、考えて、悩んだり嘆いたりしている間に、愛着みたいなのは自然と湧いて来た。この祭りの為に死力を尽くそうって気持ちに嘘はない。


「いいかお前ら! 今日からが正念場だ! 交易祭が開催されている間、どんな些細な問題も見逃すな! 俺達アインシュレイル城下町ギルドはこの街の治安をちゃんと守れるんだって、みんなで証明してみせるんだ!」


「おーっ!」


「トラブル上等! 悪霊退散! 槍が降ろうが台風来ようが全部返り討ちだバカ野郎! 寧ろ俺達が台風だこの野郎! 悪者みんな吹き飛ばす台風になったれ!」


「おーっ!」


「なんか台風がゴーゴー言うとりますわ! あーっはっはっは!!」 


「あーっはっはっは!!」


 ヤメを筆頭に、ギルド員達も一斉に声を上げ、笑顔で腕を突き上げている。普段からこんなノリで朝礼をしている訳じゃないけど、やっぱり祭り警備の初日だから総じて気合いは入ってる。


 ウチのギルドにとっては、選挙の警備以来となる大仕事。更に、夜には娼館の特別護衛も控えている。ほぼ一日中、重要な任務を就く訳だ。


 今年の交易祭の期間は冬期近月28日~30日の3日間。いつもはもっと長いらしいけど、フレンデリアが開始日の延期を提案した際に期間の短縮も合わせて主張し、受理されたらしい。


 表向きの理由は『今後の行事に影響が出るから』。でも本当は俺達の為だ。ウチみたいな小規模ギルドが街全体の警備を行えるのは、どれだけ頑張っても3日が限界でございますので。


 何気に祭りの私物化が著しい気もするけど、惰性の色合いが濃く盛り上がりに欠ける古臭い行事ってイメージをここで打破しない事には、ますます伝統が廃れていくだけなんで、多少の権力行使はやむを得ないよね。


「よぉーし! 新しい夢を目指すぞお前ら!」


「皆で存在の証明を振りかざすぞ!」


「二人しかない可能性を、見つけなきゃあな……もう彼は旅立っちまうんだから」


 パブロ、ベンザブ、ポラギの汚い声が、ギルドの外から聞こえてくる。奴等は出禁につき、朝礼の時もギルド内には入れない。


「今更だけどさー、出禁ってこういう事じゃなくね?」


「あいつらをクビにする余裕はウチにはないからな……でもケジメはつけんと」


「プライドねーなーどっちも」


 俺の返答を聞いているのかいないのか、ヤメは腐った柿でも見るような目で玄関前の三人を眺めている。仕方ないだろ。あんな奴等でも仕事は出来るんだから。


 取り敢えず、今回の交易祭でフル稼働して働けば出禁解除って条件にしておいた。それプラス、二度目の飲酒裏切りはリアルガチの出禁。記憶を失うまで飲んで自制が利かずに行う犯罪や背信は、故意と同等の扱いにする。当然だ。


「それじゃシキさん、今日一日のスケジュールをお願い」


「まずは開会式の護衛を全員で。それが終わったら、人の集まる催しを重点的に警備。必ず二人一組で行動する事。問題が起こってなかったら適宜、食事休憩を挟む。夜間は娼館および娼婦の護衛をローテーションで行う。睡眠はしっかりとる事。以上」


 流石シキさん。メモを読み上げるかと思いきや、何も見ずにスラスラと。自称殺し屋なのにシーフと秘書のスキルばっかり磨いてんな。


「それじゃ一旦ここで解散して、開会式を行う広場まで各自移動って事で。皆さん、宜しくお願いします!」


 パン、と手を叩いて破裂音を出し、朝礼は終了。心なしかギルド員の表情が引き締まったように見えた。良い雰囲気だ。


 とはいえ、まだ祭りが始まってもいない段階でピリピリし過ぎるのも良くない。一旦解散にしたのは、せめてこの朝の時間だけでも、それぞれ自由に移動して祭りの空気感を堪能して欲しかったからだ。


 まだ人通りは疎らだけど出店は既に構えてあるし、街中には飾り付けや案内板の設置が至る所に行われていて、祭り独特のは出ている。リラックスしてそれを味わえるのは、この時間だけだ。


「おうギマ」


 ギルドを出た直後、不穏な空気のヤメが近寄ってきた。つーかギマって……何だその呼び方。ギールマターよりやっつけだなオイ。なんかゲマっぽくてヤダ。


「鉱山でシキちゃんをねっとり口説いたってホントかコラ」


「滅相もない。頼まれてた物を渡しただけだって。ホラ、明日シキさんの誕生日だろ? あんまその日が近くなると、それこそ口説いてるっぽくなるから早めに渡した方が良いなって思った俺のナイスジャッジにケチ付ける気か?」


 暫し睨み合う。今回の俺の課題はリーダーとしての威厳。相手がヤメだろうとイリス姉だろうと、一歩も引くつもりはない。


「……ならいーけど。なーんかさ、最近シキちゃん変わったよなー。やさぐれ感あんまなくなったし」


「そうか?」


 と答えつつ、内心では『ばい知ってる』って言葉が踊っている。元々、祖父に何もしてあげられなかった虚無感が強かったから、ラルラリラの鏡が手に入った今のシキさんがやさぐれる理由はないんだよな。


「すっ惚けてんじゃねーぞー。シキちゃんを自分の色に染めようって画策してんのは知ってっからな」


「人聞き悪い事言うな! そんなんしてねーわ!」


「ま、今のシキちゃんも可愛くて好きだからいーけどさー」


 相変わらず言動が軽い。この辺はコレットやフレンデリアのヤンデレ芸とは違う。


 にしても、可愛いって表現をシキさんに使うあたり、ガチだよなあ……


 何となく想像はしてたけど、サクアの話によるとシキさんはソーサラーギルドの女性達に人気があるらしい。『カッコ良い』とか『クール』とか、そんな評価が主だとか。


 わかってねぇな、ミーハー共。そういうんじゃないんだよシキさんはそういうんじゃ。ガワだけ見るなって話よ。


「はー、祭りヤダヤダ。人混み嫌いっつーのに」


「そういやそうだったな。気分悪くなったら無理せず休めよ」


「仕事中にそんな醜態晒すくらいなら吐いてでも回ってやっよ。ヤメちゃんナメんなよ?」


 俺の顔の前に人差し指を伸ばしたヤメは、その先端に魔法陣のような物を出現させた。魔法には詳しくないから、それが何なのかはわからん。


「了解。ガッツリ働いてくれ」


「ギマの借金完済の為にな!」


「……すんません。よろしく頼んます」


「あははは!」


 ケタケタ笑いつつ、ヤメは指を引っ込める代わりに逆の手で俺の背中をバシバシ叩き、離れて行った。


「シキちゃん、行こ行こ。鉱山での話もっと聞かせろー」


「はいはい」


 かと思えば自然に俺からシキさんを遠ざけようとしている。割とマジで、俺がシキさん狙いだって思ってるのかもしれない。なーんか俺、ヤメから女好きって誤解されてるよな……これも女性とばっか話してる弊害か。


 よし。バランスを取る為にも男と話そう。


 ディノーは……もう先に行ってるな。オヤジ三人衆やダゴンダンドさんの姿も見えない。まあ、彼等とは世代が違うからあんま話題もないんだけど。


 あとは――――


「ギルドマスター。ちょっと良いか?」


 マキシムさん。彼は30歳だから、俺の実年齢とは同世代。ちょうど良い話し相手かもしれない。


「街灯設置は無事終わったが、正直多過ぎるように思えてならない。商業ギルドが許可を出した理由を教えて貰えるか」


 祭りの初日に別件の仕事の話とは……マジメだ。マジメ過ぎる。つーかウチの男性陣、いい加減な奴と堅物との落差がエグい。


「この街灯、防犯灯の役割もあるんですよ」


「防犯灯?」


 ちょうど傍に立っていた街灯に触れながら、大きく頷いてみせる。


「夜間に一定数の交通量が確認されている道路に、不審者の行動を牽制する為に設置する照明の事です。設置場所の間隔を狭める事で街灯の存在感を強めて、防犯効果を高めるのが目的ですね」


「成程。そういう観点があるのか。勉強になった」


 この街は住民の大半が猛者という特殊な環境だから、治安という概念自体が希薄。防犯灯なんて発想も出て来なくて当然だ。


 でもヒーラー騒動以降はそうも言ってられなくなった。そこでこのプレゼンをシュバってみたら、思いの他すんなり許可が下りたって訳だ。


 なんか俺、すっかり営業スキルばっか磨いてる気がする。あんまシキさんの事を言えないな……


「今回の交易祭を乗り切れば、借金は完済できるんだったか?」


「微妙ですね。報酬を満額受け取れても、届くかどうか……」


「そうか。微力ではあるが全力を尽くそう」


「お願いします」


 ……会話が堅い!


 いや別に良いんだけど。俺だってもういい大人なんだし、学生みたいなノリで話すのもそれはそれでキツいけどさ。にしたってカッチカチ過ぎじゃね?


 ここは一つ、フランクな話題を一摘みするべきか。でもどんな話題なら食いつくかな。ギャンブルなんて一切しそうにないし、女性関連の話題は俺の方が無理だし……


「実はここだけの話、交易祭でやりたい事があってな」


 おおっ、向こうから振ってきた。しかも祭りを謳歌しようって意思を感じる。これはかなり意外だ。


 まさかディノーみたく誰かに告白したいと思ってるのか? そういや前にソーサラーギルドと合同で打ち上げした時、ソーサラーのお姉さん方に囲まれてたよな。あの中の誰かに惚れたのかな。


 それとも、あれで女性と遊ぶ快楽に目覚めて、実は密かに娼館通いしてたとか? 真面目な奴ほどハマる時はガッツリハマるって言うしな。決してあり得なくは――――


「息子を連れて、家族で出店を回りたいと思っているんだ」


「……なんかすんません」


「何故謝る?」


 下世話な空想をしていた数秒前の自分に殺人ドロップキック食らわせたい。っていうかお子さんいたの初耳なんだけど。そりゃいても全然おかしくない年齢だけどさ、まさかこんな所で言うって思わないじゃん。


「息子さん、何歳なんですか? もう一人で歩けます?」


「当然だ。今年で15になる」


 ……ん?


「え? もしかしてお子さんのいる女性と結婚したんですか?」


「いや。自分が15の時の子供だ」


 !?


 !?


 !?


 何ちょっ、えっ、は? この世界の適齢期って平安時代の日本並だったの? いやでも、20超えたウチのギルド員でも妻帯者はそう多くないし……


「えっと、結婚願望が強かったんですね」


「いや。当時の自分は著しく計画性に欠けていてな。まだ一人前と言える段階じゃなかったから、身重の妻に連れられて親御さんに結婚を申し込みに行った日には、馬乗りになって殴られた」


 まさかのデキ婚! いや全然良いんだけど意外過ぎィ!


 信じられねぇ……そりゃ土木一筋の男ってそういうヤンチャな奴が多い気もするけど、まさかマキシムさんがそっちのタイプだったなんて。ディノーの恋愛観より意外かも知れない。


「どうしても向こうの両親に認めて欲しくて、死に物狂いで働いてきた。だがそれを言い訳に、息子へ十分な愛情を注ぐ事が出来なかった。転職したのも、家族との時間を作りたかったからなんだ」


 だからウチのギルドに面接に来た訳か。仕事がある保証なんてないのに、随分と思い切ったんだな。


「でも15歳だと、親と一緒に祭りを回るなんて鬱陶しく感じる年頃じゃないですか?」


「だろうな。一緒に回れるのは休憩の間だけだし、単なる自己満足でしかないのかもしれない。子供の頃、一度も連れて行けなかった後悔を引きずっている自分の……」


 お子さんも寂しかったんだろうけど、親には親の苦悩があった訳か。家族を食べさせなきゃいけない、義理の親に認められて奥さんの気持ちを楽にさせたい。その一心で働いて来たんだろうな。


 今回の交易祭のテーマとは違う、恋愛とは別の愛情。でも、これはこれで心の解放には違いない。


「それならユマの一家を招待して、休憩時間以外はマキシムさんの家族と回って貰うってのはどうですか? ホスト役として。それなら息子さんも来るかも」


 そんな俺の提案に、マキシムさんは珍しく驚いた顔を見せた。


 息子さんにしても、堅物の父親と一緒にいるより同世代の女子と知り合いになれる方が嬉しいだろう。この人の息子なら根は真面目だろうし、きっと協力してくれる筈。


「それはありがたい話だが……良いのか?」


「ええ。流石に今日は無理ですけど、明日か最終日なら問題ありません」


「恩に着る。是非、その案を採用させて貰おう。ユマの母親に自分から話してみる」


「そうして下さい」


 なんとなくマキシムさんとの距離は縮まった気がする。友達――――とは違うけど、こういう距離感の仲間がいるのも悪くないよな。


「マキシムの旦那、結婚してたんだなぁ……しかも子供もいるってよぉ」


「クククッ。あの男の息子かッ。胴と首を切り離したら、さぞ良い顔をするのだろうなッ」


「良いじゃん良いじゃん。そうしてくれぇ。ユマちゅあんはヲレが狙ってるんだぁ……今更ガキに奪われるとかあり得ねぇよ」


 グラコロとシデッスがなんか物騒な事を喋ってるけど、所詮奴等は養殖モノの変態。どうせ実行するだけの度胸もない。放っておいてもいいけど……一応釘は刺しておくか。


「今回何の役にも立たなかったらクビが飛ぶのはお前らだからな。死ぬ気で働けよファッションキチガイ共」


「うわ酷っでぇ言い草ぁ! ずりぃよ! 出てったメンヘルにはスゲぇ優しくしてたのにさぁ!」


「ぬううッ……! メンヘル……あの可憐な顔の首級を挙げてみたかったッ……」

 

 なんかよくわからんけど、2期生にも2期生なりの関係性が密かにあったらしい。どうでも良いけど。

 

 そんなギルド員達の意外な一面に触れながら、開会式の会場へと向かった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る