第291話 (トタトタ。)

「黙ってないで何か言ったらどうなんだい? ギルドマスター様よぉ」


 コレットを認めていない冒険者がいるのはわかり切っていた。でも、ここまでナメられているとは思わなかった。レベル79相手にマジかこいつら。


 まあ、コレットの方からは絶対手を出して来ないってタカを括ってるんだろうな。コレットが今置かれている立場、何よりあいつの性格を考えたら、そういう判断になるのはわかる。


 もしコレットが鉄拳制裁で強引にケンカを止めれば、奴等はその事をギルド内で言いふらすだろう。勿論、真実を話す筈がない。『ギルマスが不当な暴力を振るった』と吹いて回るに違いない。そういう腐り切った目をしている。


 それに、戦えば瞬殺間違いなし……とも言い切れない。身体能力は圧倒的だけど、コレットは戦闘経験が不足している。まして対人間となると更に希薄。ヒーラー騒動の時も正直決め手に欠けていたのは否めない。レベル通りの実力なら俺達には活躍の場がないくらい敵を圧倒できた筈なんだ。


「やっぱレベル80近い化物ともなると、身体に全部栄養取られて脳にまで回らないのかねぇ」


 にしてもムカつくなあ! あーダメだ頭に血が上ってきた。コレットがこれ以上侮辱されるのは耐えられない。もうやられる覚悟で売られたケンカを俺が代わりに――――


「だったら言わせて貰うけど」


 そう決断し、一歩踏み出した次の瞬間。



 奴等が引っ張り合っていた暗黒武器が、細切れになって地面に落下していた。



「リーダーシップがないのはゴメンなさい。私の力不足」


 ……すっげ。


 剣を抜いたんだろうけど、それが全然見えなかった。勿論、切り刻んでいる瞬間も何もかも。俺より遥かに強いあの冒険者達も同じだったようで、さっきまでのヘラヘラしたツラから一変、呆気に取られてキョトンとしている。


「でも、こういう事は出来るから」


 そのコレットが言い終わると同時に、二人の冒険者は腰を抜かしたように尻餅をついた。


 多分だけど、奴等は『いつでもお前らをこんな風に切り刻めるぞ』ってメッセージだと受け取ったんだろう。一瞬でバラバラに出来るって事は証拠も残さずいつでも始末できるという事。ある事ない事喋るつもりなら瞬殺するぞと脅された心境に違いない。


 でもコレット本人にそんなつもりはないと断言できる。大方、『こういう芸当で強さを誇示する事くらいは出来る』って言いたかったんだろな。他のギルドや住民からナメられないようにする為の、コレットなりの主張。ま、この場では俺以外に汲み取れる奴はいないだろうけど……


「だから、ギルドの評判を落とさないよう、協力して貰える?」


「ヒッ……あ、ああ。わかったよ、ギルドマスター……」


「悪かったよ。ちょっと祭りの雰囲気にアテられて調子に乗っちまった。なあ?」


「そそそそれな! んじゃ俺ら他見て回るんで!」


 相当な実力者と思しき冒険者達も、コレットにかかれば小者も同然。慌てて逃げていく様は、滑稽を通り越して新喜劇も真っ青のお約束って感じだった。


 でも正直スカッとはしない。


「もっと言い返せば良かったのに。『オマエ誰に向かって噛みついてっか分かってンだろォなァ!? 三下ァ!!!』とか『才能も無く、努力もせず、そのくせ与えられるものに不平を言って、努力する人間の足しか引っ張れないような奴は、目を瞑ってどっか隅っこに挟まって、口だけ開けて雨と埃だけ食って辛うじて生きてろ』とか」


「そこまで言わないよ……似たような事はちょっと思ったけど」


 思ったんかい。まあ素直で宜しい。


「クビにすりゃ良かったんだよ、あんな連中」


「私が頼りないのは本当の事だし。それにトモだって、ギルドの人が変な事したからって、すぐ辞めさせたりはしないでしょ?」


「それは……まあ」


 心当たりが直近であっただけに言い返せない。でも、あそこまでの暴言を吐かれたら関係性は破綻するし、俺だったらギルドに残す事はしないだろう。


「にしても、暗黒武器を切り刻むってのは良い判断だったと思う。あの一瞬で良く考えたな」


「そんな良いものじゃないよ。トモみたいに弁が立てば説得できたと思うんだけど、私じゃ暴力に訴えるしか出来ないから」


「ああいうのは暴力とは言わないんだよ」


 争いの原因を絶つ。仲裁をする上での理想的な行動だ。その上で、二人に対し一切傷付けずに"わからせ"を遂行。もう二度とコレットにナメた態度をとる事は出来ないだろう。


 単に暴力に訴えるのは論外だけど、迎合するのも良くない。この場を収めるだけじゃなく、ちゃんと先の事まで考えての行動だった。


 ギルマスとして、モンスターじゃなく人間を相手にして生きていく決意。そして、その為の努力。さっきの一幕からはそんな意志が垣間見えた。


 コレットは――――変わろうとしている。


 いや、もう既に成長している。


「ほら、パン。お土産に持っていくんだろ?」


「あ、うん。ありがと」


「……」


「?」


 なんだろう。ちょっと言葉に詰まる。なんか感動しちった。


「……(あったかーい目……のつもり)」


「何? ニタニタとしまらない薄笑いなんか浮かべて……」


 酷い言いようだった。


「ったく……いい加減、仕事に戻るぞ」


「あ、うん」


 さて。一応トラブルに遭遇した事は記録に付けておかなきゃいけないから、一旦シキさんと合流するか。確かシキさんの持ち場は舞台やってる劇場だったよな。ちょっと遠いけど祭りの最中は街中で辻馬車が使えない。歩いて行くか。


「……」


「……」


 トタトタ。(トタトタ。)


 「……」


 「……」


  トタトタ。(トタトタ。)


  「……」


  「……」


   トタトタ。(トタトタ。)


「いや(トタトタ。)じゃなくてさあ! なんで付いて来んだよ自分のギルドに戻れよ!」


「だからお祭りに参加するのが仕事なんだってば!」


「じゃあ一人で回れ! 俺は警備で忙しいの!」


「一人でお祭りは嫌~! 一緒にいて~っ!」


 結局、ギルマスとしては成長していても人間的な成長は今後の課題のようで、コレットは暫くの間、嫌がる俺に怨霊の如くついて回った。





 そんなこんなで、交易祭の初日は適度にトラブルが起こりつつも延焼する前に警備中のギルド員が処理し、即時解決。


 無事に夕刻を迎えた。





「――――今のところ、街中でのケンカが7件、酔っ払いの大騒ぎが4件、痴漢が3件、屋台の食い逃げが2件、器物破損が1件。一応全部解決済み」


 劇場の最後列で、囁くようなシキさんの報告に耳を傾け、思わず上体を仰け反らせてしまう。痴漢3件って……ホントに去年まで治安に問題なかったのか? この街。


「痴漢って言っても実際には暗黒武器探しに必死な冒険者が通行人を強引に退かそうとして肩に触れたとか、そういう感じみたいだけど」


「ああ……成程」


 まあ見知らぬ人間に突然触られたら部位に関係なく痴漢認定するわな。普通に怖いし不気味だし。でも解決済みなら問題ない。


「この舞台が終わったら娼館の警備がメインになるから、情報伝達は暫くお休み。シキさんはその間に睡眠をとって」


「了解」


 朝方に娼婦の皆さんを送迎する時には機動力に優れたシキさんがいてくれた方が何かと助かる。臨機応変に対応できる人材って意味では、オネットさん、ヤメ、シキさんが三強だ。


「……この舞台の物語って隊長が考えたんだよね」


「ん? まあ一応、大筋は」


 意外にもシキさんは舞台を熱心に見ていたらしい。かつて女優志望だったヤメに影響を受けて演技に関心を持っているかも……なんて冗談で思ったりもしたけど、実はマジなのか?


「よくあんな恥ずかしいセリフ沢山思い付くね。今まで何人の女を笑わせてきたの?」


 せめて泣かせてきたって言って! 泣かせてないけど!


「セリフは俺じゃなくて脚本家が考えてるから……」

 

「なーんだ」


 舞台の観客席でヒソヒソ話をするのはマナー違反なんだろうけど、警備の情報伝達の一環として小声での会話は一応許可して貰っている。今のはただの雑談だけど……


「シキさんはこういう恋愛モノって興味あったりする?」


「ない」


「ですよね」


 愚問だったか。仮にあったとしても、あるとは言わないよな。シキさんの性格上。


「でも、一生懸命なのは伝わってくる」


 それは役者の演技なのか、それとも役所――――モーショボーをモデルとした精霊役の想いの話なのか。何にしても、ちょっと意外な言葉だった。


「隊長はこういう話作るくらいだから興味津々なんだよね」


「そこまでじゃないけど……まあ、人並には」


「恋人作って何かしたい事とかあるの?」


 妙な事聞くな……『恋人になってくれるの?』って返したらブッ殺されそうだから止めておくとして、どう答えよう。


 そりゃ勿論、一番したいのは主に快楽の飽食でございますけれど、そんなの言える訳ないし……濁して無難にイチャイチャしたいとでも言っておくか? それでも呆れられそう。


 恋人とやりたい事か……


「一日中、なーんにもしないで二人だけで過ごしてみたい」


「はあ? 何それ」


「俺、一人っ子でさ。親しい友達もいなかったから、基本部屋ではずっと一人だったんだよね。誰かと二人だけで一日過ごした事がないんだよ」


 勿論デートとか遊びに行くとか、そういう経験もない。でもそれ以前に、同じ時間を共有して、特別な事をするでもなくただ普通に一緒にいるって事さえ全くの未経験だ。


 そういう時間を過ごして違和感とか異物感を抱かずにいられるのか、一度で良いから試してみたい。自分がどんな人間なのかを正しく知るきっかけにもなりそうだし。


「変なの。隊長ってやっぱり何処かすっぽ抜けてるよね」


 すっぽ抜けてるって何!? それどういう評価!?


 ……危ねー。思わず叫びそうになった。舞台の途中でそんな事したら一発アウト。頭のおかしい奴と思われてしまう。


 でも今のシキさんの評価はある意味、真摯に受け止めなきゃいけない気もする。自分では大分馴染んできたつもりでも、俺は異世界から来た人間。この世界の常識的な感性が欠落しているのは間違いない訳で、俺がまともだと思う事でもシキさん達にとっては異常に映っている可能性は常にあるんだ。


 そんな話をしている内に舞台はクライマックスを迎えていた。精霊の大胆な告白、そして成功。物語は当然のようにハッピーエンドで締め括られる。


 ……現実問題、モーショボーの告白が成功するかどうかはわからない。というか、カーバンクルとポイポイのどっちに告白する気なのかもハッキリ明言されていない。ちなみに舞台の設定は『先輩と後輩の間で揺れ動く女主人公の物語』で、最後に主人公がどっちに告白したのかは敢えて隠している。最終日、モーショボーが告白した方を舞台でも採用する予定だ。


「終わったみたいだし、一旦宿に戻るから」


「あ、待って待って」


 危ない危ない。忘れる所だった。


「一日早いけど、誕生日おめでと」


 昼間に買っておいたトリニティパンを布で包んで、小さい箱に入れて鞄に入れておいた。誕プレって言うよりはケーキの代わりだな。


「当日はドタバタするかもだし、平和な時に渡しておいた方が良いかなと思って。パンだから、夕食の足しにでもして」


「……」


 シキさんはキョトンとしている。誕生日プレゼントにパンなんてこの世界でも普通は渡さないだろうから、呆れ果ててるんだろうな。


 一応これでも色々考えたんだよ。シキさんの誕生日、どうするか。


 交易祭二日目で俺達も一日中忙しいから、みんなでパーティ開く訳にもいかない。個人で祝うしか選択肢がない状況で、じゃあ何を贈るのが良いのか。


 最初はラルラリラの鏡が事前に手に入ったらそれを贈ろうと思ってた。でも実際に手に入ったら気が変わった。お祖父さんにお供えする物なら一日でも早い方が良いからな。


 じゃあ他に何が良いのか。フラワリルも考えたけど、流石に恋人でもない相手に宝石は重過ぎる。暗黒武器100選の中からシキさんに似合う武器……ってのも、流用は失礼っていう当然の理由から却下。シキさんが欲しい物をヤメに聞くって手もあったけど、聞いた時点で死刑執行の恐れがあったんでそれもNG。他にも幾つかの候補を勘案した結果、現時点における俺とシキさんの距離感ならパンを贈るくらいが丁度良いって結論に至った。


 トリニティパンを選んだのには理由がある。上品な甘みのジュエルシロップ、サッパリしたガランジェジャム、濃厚クリームのキーフコの三つの味が楽しめるこのパンは、普段は物静かで淡白だけど身内意識のある相手には強い気持ちを持っているシキさんのイメージにピッタリだ。


 ……まあ、それは言わないけどね。自分をイメージした物を贈られたって知ったら普通に気持ち悪いだろうし。


「二つ入ってるけど」


「もし明日、墓参りに行く予定があるなら、と思って」


「……」


 シキさんは再び黙って、じっと箱の中にあるトリニティパンを眺めている。安物のプレゼントに激昂してるんだろうか。形に残る物は重いし扱いに困るかなと配慮したつもりだったけど……


「隊長、今日のあがりはいつ?」


「え? ああ……わかんない。深夜あたりギルドに戻って適当に仮眠取るつもりだけど」


 この三日間、睡眠時間は最低限で良い。それくらいの覚悟はしている。何かあった時に俺が現場にいた方が素早く指示出し出来るしな。


「わかった」


 何がわかったのか良くわからない返事を残し、シキさんは劇場を後にした。


 舞台は今日の演目を終了し、観客はスタンディングオベーションで劇団と楽団に対し惜しみない賛美を送っている。コラボ企画は成功と言って良さそうだ。


 次は娼館の警護。祭りで開放的な気分になってる奴等が暴走しないよう、しっかり見張っておかないと。



 そう決意を新たにした一時間後――――事件は起こった。




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