第180話 心の中の中原中也が爆発しそうだ
俺が俺を見つめてました。
何で? 何で? 二人いる?
……なんて思いつつも、心の中はそれほどザワついてはいない。もし転生前の姿だったら鼻から胃液が出るくらいビックリしてたんだろうけど……この今の身体だと自分のものって感覚が希薄だから、自分を眺めているこの状況に然したる違和感はない。
「と、トモさんがお二人に……!? お化けが出た!」
寧ろルウェリアさんの方が動揺しているくらいだ。っていうかお化けって何? ドッペルゲンガー的な逸話がこの世界にもあるの?
「あ、あの……お化けではなくて……これが私の能力〃v〃です」
まあ、この流れで俺に化けた怪盗メアロが現れるとも思えないし、当然そうだろうな。
フワワの能力は分身って事で良いんだろうか? 実際、眼前の俺は完全に俺の身体の複製みたいだ。自分の今の身体をじっくりと見る機会は少ないけど、ルウェリアさんも区別が付かないみたいだし――――
「あれ……でもよく見ると結構違います」
「え? そうなの?」
「はい。お目々の位置が心持ち下の方に……逆に口は上です。全体的に真ん中に寄ってます」
言われてみれば! 明らかにセンター寄りの顔になってるやんけ! 全体像がほぼ同じだから気付かなかった。なんか顔ちょっと違うな。
更に詳しく見ると、顎が妙に尖ってたり、左手が指六本だったり、身体が全体的に間延びしてたり、所々なんか違う……何これ。作画ミス?
「す……すみません。私の能力は【アバター】と言いまして、契約者様の見た目と同じ身体を生み出せる筈なの〃‐〃ですけど……どうしても全く同じに出来なくて。ごめんなさい◞‸◟です」
「いやもう全然大丈夫だから! そんな落ち込まないで!」
「そうですよ! トモさんは大体こんな感じのお顔です!」
……え。
「私、本当にダメダメで……精霊界でも落ちこぼれでみんなの足を引っ張ってばっかりで、いつ見放されてもおかしくない立場なの◞‸◟です。だから、お声がけして貰ったのが凄く嬉しくて……」
あー成程。だから特例として精霊折衝の許可が下りたのか。
単に『ポンコツだから人間に力を貸しても問題ない』って軽んじられているだけかもしれない。でも何となく、『この子を一人前に育ててくれる人間と巡り逢って欲しい』みたいな親心もあるような気がしないでもない。まあ、許可を出した精霊の事何も知らないから、正解は確認しようもないんだけどさ。
「えっと、このアバターって中身も俺と同じスペックなの? ステータスとか性格とか」
「あ、はい。ステータスは同じ〃‐〃です。でも性格は……ありません」
「ない? 何も?」
「はい。喋れない〃‐〃ですし、自分から動く事もない〃‐〃です。指示を出したら一度だけその指示に従って、その通りに動いたら消えます」
成程、使い切りタイプの分身か。なら変に自我があるより、こっちの言う事を聞いてくれるだけの方が使い勝手は良さそうだ。
「それと……私がポンコツなので、使えるのは一日に一回限り◞‸◟です」
「了解。それで十分だよ。良かったら今後も協力して欲しいんだけど、良いかな」
このアバターが俺を戦力にしてくれる能力かと問われると、今のところは答えようがない。でも使いようはきっとある。俺自身には調整スキルが使えないけど、アバターになら使えるかもしれない。もしそうならステータスは弄り放題だし、俺自身がもうちょいレベルを上げてステータスの絶対値を上げれば、色々応用が利きそうだ。
「えっ……い、良いの〃o〃ですか? 本当に? 本当に私を今後もお喚び出ししてくれる〃o〃ですか?」
「勿論! 是非力になって欲しい」
「ふわわ……あっ、ありがとうございます! 私、いつも期待はずれとか役立たずって言われてて……そんなふうに言って貰えたの初めてで……嬉しい〃∇〃です」
マジかよ。なんだそいつら信じらんねぇ。この子にそんな心ない言葉浴びせるとか極刑モノだろ。
目当てのお強いキャラをガチャで引けなくて罵詈雑言叫びまくる、キャラ愛とか一切ない効率厨は前の世界にもいたよ。でもその中傷の対象はあくまで運営とキャラ(絵)。いやそれでも気持ちの良いものじゃないけど、実際に目の前にいる感情を持った人物に向かって言うのは惨い。明らかに越えちゃいけないライン超えちゃってる。
そりゃ俺だって偉そうな事言えるほどの人間じゃないけどさ、にしたって酷ぇ輩もいたもんだ。
「良かったあぁぁ……フワワさん、良かったですねぇぇ……」
そんな奴等がいる一方で、人の成功とか幸福を心から祝えるルウェリアさんのような人もいる訳で。人間って本当バリエーション豊富ですわ。
俺は多分、根っこの所は前者に近いんだろう。自分の事は自分で一番よくわかってる。子供の頃、親戚の婆ちゃんから500円のお年玉を貰った時、思わず『たった?』って口走りそうになった自分を未だに覚えてるからな。醜い奴だよ俺も大概。
でも地盤を踏み固めて、その根っこを一生土の中に閉じ込める努力くらいはしないとな。
「あ、ありがとうございます。えっと……」
「申し遅れました。私、ルウェリアと言います。あの、よければお友達になってください。私は精霊使いじゃありませんけど……」
「全然大丈夫〃v〃です。お友達になってくれるん〃v〃ですか?」
「はい! 私、身体も弱いし何もかも未熟ですけど、この街を案内するくらいは出来ますし、何かあったら相談とかもして欲しいです。頼り甲斐はないですが!」
「ギョギョギョ!」
ラップ鳥がヤキモチなのか同意なのか否定なのかよくわからない声をあげている。いやもう帰れよお前。なんでまだいるんだよ邪魔すんな。
「そんな事ない〃∇〃です。すごくすごく嬉しい〃∇〃です。お友達になってください」
「はい、なりましょう!」
はぁー……
目の前の光景が綺麗すぎて俺の心が死ぬ。
何だ俺は? このヘドロみたいな俺は。世の中にはこんなにも可愛くて美しい友情があるというのに、俺は一体今まで何をしてきたんだ? 心の中の中原中也が爆発しそうだ。
「それでは、報告とか準備とか諸々ありますので、今日はこれで失礼します。またお会いできる日が楽しみ〃∇〃です」
「ああ。その時はよろしく頼む」
「今度お会いする時は私の自慢のコレクションをお見せしますね」
今までの精霊の去り際と同じように、フワワもスッと消えた。余韻が凄いな。線香花火みたいだ。
何が凄いって、ギルドのあの連中との落差よ。ギャップがエグ過ぎて自律神経が乱れそうだ。これから奴等のいるギルドに帰らなくちゃいけないとか、これもう罰ゲームだろ……
「トモさん、私、自分からお友達になってくださいってお願いしたの初めてです。ちょっと興奮してます」
「えぇぇ……」
「あ、ち、違います! 変な意味の興奮じゃなく!」
いや、まあわかるけど。俺も自分から友達になってって言えないタイプだったし。っていうか今もか。コレットに関しても、先に向こうからだったしな。
取り敢えず、これで精霊折衝は一通り終わった。戦果は上々と言って良いだろう。取り敢えず全員から協力して貰える事になったし。
一度契約したら、以降はやり取りを省略していきなり戦闘要員に出来る精霊魔法とは違って、精霊折衝はその都度交渉が必要。つまり、向こうの都合で断ることも出来る。完全にアテには出来ない訳だ。
でも基本同意を得られた以上、余程の事がなければ助力を得られるのは間違いない。これで俺は一気に四体の精霊を使える立場になった。これもう立派な精霊使いだよな。そうだ、この肩書きで名刺を作ろう。
「さて、それじゃ俺も報告しとくか。出でよペトロ」
全員との交渉が終わったら喚ぶようにパイセンから言われてたからな。向こうもまさか成功するなんて思ってなかっただろうし、軽くドヤ顔でもしてやろうか。
――――なんて事を考えていた直後。
「そう言えば、最初に遭遇したのもこの森だったね」
背後から突然の声。瞬間的にルウェリアさんを庇おうと彼女を背中に隠したのは、その声の主に覚えがあったからだ。
「お前……」
「そんな今にも噛みつきそうな顔をしないで欲しいよ。キミとボクの仲じゃないか」
ユーフゥル……!
まだ街の中にいたのか? それとも……
「なンだ? よくわかんねェのがゾロゾロいやがるが」
喚び出したペトロ先輩が怪訝そうにそう告げるのも無理はない。俺とルウェリアさん、そしてユーフゥル以外にも、鳥と俺のコピーがまだ残ってるからな。
「ン? テメェまさか……カインか? 随分雰囲気変わッちまッたな」
「そういうキミは本当に何も変わらないね。ペトロ」
え、まさか知り合い?
そういえばユーフゥル、元々はソーサラーギルド所属だったな。優秀なソーサラーってティシエラが言っていたから、精霊使いではないだろうけど……何か関係があるのかもしれない。
「随分不思議そうな顔をしているけど、ボクからしたらキミとペトロが知り合いなのが不思議だよ。こっちはまだ精霊界との交流が盛んな時代からの付き合いだからね」
「ハッ、付き合いとか気味悪ィ事言ッてんじァねェぞ? テメェと交流を持ッた覚えはねェよ」
「相変わらずつれないね。でもそれがキミの美点だ」
奴も相変わらず掴み所がないというか……ファッキウとは違った意味で無気味なものを感じる。雰囲気なのか、生理的嫌悪なのかはわからないけど。
あの男――――と言っていいのかはわからないけど、ユーフゥルと遭遇したのは選挙の日以来か。当時は何か妙に俺を買っていた様子だったな。あれは一体何だったんだ?
「ルウェリアさん、お久し振り。相変わらず澄み切った心をお持ちで、安心したよ」
「へ? い、いえそんな……買い被りです」
こいつ、手当たり次第買い被ってんな。衝動買いし過ぎだろ。
「テメェ、まだ完璧な女ッてのに憧れてンだな。女になる方法、未だに模索してンのか?」
どうやらペトロ先輩も奴の目的は知っていたらしい。って事は、精霊と知り合いなのもそれ絡みか? 性転換できる能力を持ってる精霊を探してたとか……普通にありそうだな。
「当然さ。心は女性でも身体は男性なんて状態、いつまで持つかわからないだろう? それに、憧れを叶える為に生きるのは恥じゃない」
良い事言うじゃないか。それに関しては全面同意だ。幾ら周りから理解されなくても、そんなの知ったこっちゃないよな。
「とはいえ、ボクはファッキウのように自分の理想を彼女に押しつけたりはしない。ボクはただ、自分の認めた相手を素直に讃える人間でいたいだけさ」
「ハッ、そういうところは変わッてねェな。自己陶酔ッてヤツか?」
「誰にも迷惑をかけずに我欲を満たしているだけだよ。人間は精霊と違って、寿命も短いし心も弱い。誰かを好きになったり憧れたりしたら、必ずその対象に自分の理想を押しつけてしまう。そうならない為には、自分を愛するのが一番さ」
……え、今のカミングアウト? 自分はナルシストって宣言した?
ああー、そういう事か。ファッキウもそういう感じあったけど、あいつのは表面上だけで実は逆だもんな。こっちは正真正銘の自己陶酔者か。
「オレには全く理解できねェな。自分大好きッつッてんのに自分の性別を変えたいッてのは」
「そうだろうね。でもボクは自分に正直でありたいだけだ。性別だけは、努力ではどうにもならないから」
今までずっと謎に包まれていたユーフゥルの素性というか心がようやく見えた筈なんだけど……何故だろう。逆に余計に遠くなったような気がした。
「ねぇキミ。トモだったよね、名前」
「そうだけど」
「トモ。キミ達は何しにここへ?」
正直に言う必要は何処にもない。でも、ペトロ先輩がいる時点である程度の予想は付いているだろう。嘘をついても余裕のなさを露呈するだけで得にはならないな。
「精霊折衝を試しただけだ。街中だと迷惑がかかるかもしれないからな」
「へぇ……ボクはてっきり、もっと大きな事を企んでいると思っていたよ。キミは決して侮れないからね」
どんだけ俺を過大評価するんだよコイツは。もしかして気に入られてる? ファッキウとは違ってそんなに絡みなかったけどな、コイツとは。
「ボク達が今、何をしているのか興味あるかい?」
挑発するような物言い。でもそれ以上に、奴の目が神経を逆撫でしてくる。
目を細め、蔑むような顔を敢えて作っていやがる。ナルシストらしいというか、自分を演出する為の表情なんだろう。そこに感情は読み取れない。仮面みたいな顔だ。
「さあな。前の性転換の秘法じゃ納得できなかったから、新しい方法を模索してるとか?」
「悪くない答えだ。実際、それは是非叶えたい。でもね、それだけじゃダメなんだ。前にキミに言った言葉、覚えているかな?」
奴がどの言葉を指しているのか、今すぐにはピンと来ない。でも、こっちの答えを待つ事なく、ユーフゥルは踵を返した。
「あれ、覚えておいて欲しいね。キミ達にはボク達を理解して欲しいから。ボクが認めたキミ達には」
何もしないで帰るのか。って事は本当に俺を尾行していて、何をしようとしていたのか探る為にここへ来たのか……?
色々喋ったけど、結局今回も掴み所のない奴だったな。
……おっと、その前にもう一つ確認しなきゃいけない事があった。
「ルウェリア親衛隊は今も健在なのか?」
「勿論。彼女は特別な存在なのさ。ボク達にとってはね」
その返答は、新たな懸念を生み出すには十分なものだった。
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