第181話 アンノウン

「本腰入れて取材したい人がいる。取り持って」


 精霊折衝を無事に成功させてルウェリアさんを武器屋まで送り、意気揚々とギルドに帰還したところ、いつもより若干テンション高めの記録子さんに待ちぶせを食らってしまった。


「誰を?」


「冒険者ギルドの新ギルドマスター」


 ああ……コレットか。まあ今や時の人だし、納得の人選だ。


「良いですよ。ぢょうど冒険者ギルドには私用で行こうとしていたから、一緒に行きましょうか」


「え、それはデートみたいでやだ」


 おい! 人に物を頼んでおいてなんちゅう言い草!


「冗談。時間があるなら今からでも行きたい」


「へいへい。それじゃユマ、また暫く留守にするけど、受付よろしく」


「はーい。ギルドマスターが日中から女の人とデートしてるってみんなに言いふらしておくね」


「冗談でもやめて」


「あはは。いってらっしゃーい」


 それなりに勤続日数も経った事で、ユマとも軽口を叩き合える仲になってきた……のはいいけど、若干嘗められてるような……


 元来は真面目な子だけに、ギルド員の連中に毒されないかちょっぴり心配。自分で雇っておいて何だけど。


「移動は乗合馬車で良い? 交通費はこっち持ち」


「了解です」


 この世界の乗合馬車が全部そうなのかは知らないけど、アインシュレイル城下町の乗合馬車は基本小ぶりで、最大で八人乗り。ただしその分、車両は屋根付き&椅子付きの豪華仕様で、本数も結構多い。そりゃ生前のバスみたいに数分に一本って頻度じゃないけど、停留所で待っていれば30分に一度は来る。商業ギルドが複数の民間事業者に委託している事もあって、運営資金もかなり潤沢らしい。


 勿論、生前のバスと比べると快適さでは大きく劣る。個別に椅子がある訳じゃなく電車のロングシートみたいな感じで、クッション性も一切ない。もしこれで半日移動しろと言われたらかなり疲れるだろうけど、ウチのギルドから冒険者ギルドまでは一時間もあれば着くから問題はない。何気にコンパクトだからな、アインシュレイル城下町って。


「ところで、アイザックって今どうなってます?」


 彼女の頼みを引き受けた理由の一つは、この件を聞く事だった。


 ぶっちゃけ、今更アイザックの野郎がどうなろうと知ったこっちゃないってのが本音だ。弱っていたところを拾ってくれた事に恩義を感じてはいるけど、取り巻きに殺されかけたのとダークサイドに堕ち過ぎてついて行けないのとで、とっくに気持ちは離れている。


 でも、奴がヒーラーの国の王様になったって情報が事実なら、無視できないのも確か。この街を守るギルドになった以上は、私情で見ないフリをする訳にもいかないからな……


「進展ない。王としての威厳を見せる為にモンスターと戦ってたら途中で濁流の川に落ちて行方不明になってるだけ」


 そんなもんか。なら特に何もなさそうだな。


「取り巻きの連中は?」


「元武闘家のメイメイは殴られ屋を続けていたけど、その日々の中で護身開眼して無敵になったから誰も当てられる気がしなくなって客が途絶えた。チッチは久し振りに父親のマイザーと再会して散々罵詈雑言を浴びせた末に日和って和解した。サーカス小屋開いていたミッチャは精霊魔法が使えなくなって廃業。物乞いしてるところを見た」


 ありゃー……あいつらのこと三人娘で一括りにしてたけど、ちょっと境遇に差が出て来たな。メイメイは殴られ屋は無理っぽいけど他の仕事は出来そうだし、チッチはなんか良い方向に向かいそうだけど、ミッチャはヤバいな。選挙妨害したテロリストでもあるし、もう社会的に復帰は無理だろこれ。だからといって同情する気にはなれんけど。


「最近あいつらの記事あんまり売れなくなってきたから、思い切って取材対象を変える事にした」


「それでコレットに白羽の矢を立てた訳か」


 まあ、コレットの記事なら多分売れるだろう。レベル78の最強冒険者が突然引退してギルドマスターになったって、元いた世界で例えるなら吾峠呼世晴先生が突然集英社の社長に就任するようなものだからな。話題性しかない。


「でも本人、密着取材とか相当苦手だろうから許可されないかもよ」


「大丈夫。それならそれでやりようはある」


 実際、街から追放されたアイザックを普通に取材できてる人だからな。説得力はある。


 とはいえ、コレットが負担に思うようなら俺としても不本意。その時は話せばわかる人だし、俺が断りを入れよう。そういうのコレット苦手だしな。


 そんな事を考えながら、乗合馬車に揺られる事一時間――――





「……いない?」


 冒険者ギルド内は、これまで見た事のないような慌ただしさに包まれていた。中には殺気立っている奴までいる。


「はい。南西12,000レグのフィールドに『アンノウン』の目撃情報がありましたので、数名の冒険者を引き連れて確認に向かいました」


 受付にいたマルガリータさんも、いつになく険しい表情だ。ここに元ギルマスのダンディンドンさんがいたら、ご褒美と言わんばかりに喜んでいただろう。


 それはともかく、レグってのは確か……長さの単位だったな。1レグ70cmくらいだった気がする。って事は12,000レグだと840,000cmで……8400m、キロ換算だと8.4kmか。結構遠いな。


「アンノウンって何なんですか?」


「未確認モンスターです。今まで誰も見た事のない新種……もう20年以上出ていなかったんですが」


 マジかよ、超大事じゃん。実際、終盤の街で新種のモンスターが現れたとなると脅威だよな。絶対強いに決まってるし。魔王が急にやる気出して新しいモンスターを生成したんだろうか?


「でも、わざわざギルマスが現場に直行するものなんですか? っていうかコレット引退しましたよね?」


「ええ。でも、今はベルドラックもいないし、ディノーもフレンデルも辞めたし、高レベル帯の冒険者が不足しているんです。中途半端な人材を送り込んで全滅するような事態になるのは避けたいと、コレット本人が申し出て……」


 トップの自覚には欠けているのかもしれないけど、部下を犠牲にしたくないって気持ちは伝わってくる。早くもコレットの理想とするギルドマスター像ってのが見えて来たな。


「ただ、ギルドの中でも意見が割れていて……ギルドマスター自らが未知のモンスターに挑むのを快く思わない冒険者も多いんです」


 そりゃそうだろう。万が一コレットがやられてしまったらギルドは大混乱だ。それに、ギルマス権限で新種のモンスターを退治に行ったと解釈している奴もいるに違いない。新種って事は、大量のマギを持っている美味しいモンスターの可能性もある。殺気立ってる奴は多分、コレットが戦果を独り占めする気だと思っているんだろう。


 でも当然、コレットはそんな奴じゃない。余計な誤解を招く事態になってしまったな。


「仕方ない。戦場取材に向かう」


「え、マジで?」


 いつになく記録子さんが燃えている……というかアンノウンという言葉を聞いた瞬間にスイッチ入ったなこりゃ。未確認モンスターなんて記者にとっちゃ格好のネタだもんな。


「同行を要請。ここまで来たら一蓮托生」


「いや、大冒険の果てに辿り着いたみたいな言い方だけど、馬車で一時間揺られるだけの快適な旅だったし」


「要請」


 こうなると聞かないんだよな、この人……まあコレットが心配だから行きたい気持ちはあるけど、俺と記録子さんが行っても足手まといにしかならないだろう。


「マルガリータさん。コレットが出ていったのってどれくらい前ですか?」


「結構経ちますね。フィールド用のチャリオットで向かいましたから、そろそろ現場には着く頃だと思います」


 チャリオット……戦闘用の武装馬車か。でもあれ、実はそんなに速度出ないって聞いた事ある。仮に時速10kmだとして、恐らく俺達がここに向かうって話をしてた時くらいに出て行ったんだろうな。


「そのチャリオットって馬車の予備は……」


「ありません。あれはギルドマスター専用の馬車なんです」


 ま、そう都合良くはいかないか。


 となると移動手段はマラソンって事になるのか? そう言えば一日冒険者だった時に、知り合ったばかりのコレットと一緒に走った事あったな。あの時はコレットがすぐバテてたんだっけ。運に極振りだったから体力なかったんだよな。


 今は俺の調整スキルでバランス良くステータス調整してあるから、普通にレベル78に相応しい力を発揮できる状態ではある。戦闘経験は不足してるけど。


 ……そうか。調整スキルがあるんだから、何かしら力にはなれるかもしれないな。


 それに、今の俺には精霊も喚べる。モーショボーが人を運べるのなら、今すぐにでも飛んで迎えるんだけど……


「あ」


 そこでようやく思い付いた。そうだよ、モーショボーを斥候にすれば良いんだ。そして、彼女から記録子さんに戦況を話して貰えば、取り敢えず記録子さんの目的は果たせる。わざわざ危険を冒して俺達が向かう必要はない。


「記録子さん。実は……」

 

 彼女に精霊の事を話そうとした、その時――――



「お邪魔するわ。アンノウンが現れたって話、本当?」



 冒険者ギルドが騒然とした。理由は勿論、ズカズカと入って来た彼女――――ティシエラの所為だ。


「相変わらず耳が早いですね。既にコレットが確認に向かいました」


「そう。だったら……」


 続いて何かを言おうとしたところで俺に気付いたらしい。露骨に二度見したな今。そんなに意外か。


「貴方も中々抜け目ないのね」


「いや、俺は偶然なんだけど。こっちの記録子さんが……」


 って、いねぇ! 何時の間に!? まさか一人で現場に向かったのか……?


 まあ、慌てて追いかける義理もないし、別に良いか。


「……コレットの取材をしたいって言う人に頼まれて、仲介の為に付いて来ただけだよ」


「そう。なら貴方はこの件に関わる気はないのね?」


「まさか。街の外の出来事だからギルドとしては管轄外だけど、個人としては無関係じゃないし」


「相変わらず過保護なのね」


 ジト目で睨まれたけど悪い気はしない。睫毛の長い美人のジト目、良いよね……


「でも、そろそろコレットが現場に着く頃ですよ。今から行っても出来る事はないんじゃない?」


 マルガリータさんの冷静な言葉に、ティシエラの瞼が勢いよく上がる。


 にしてもコレットといい彼女といい、ギルマス自らよく動き回るもんだ。俺も他人の事は言えないけど……


「今更足掻いても、発見者の一員になるのは無理って言いたいの?」


「いえ、決してそのような事は。ただ、貴女も忙しいでしょうから、無駄骨を折るのは本意ではないかと思いまして」


 ヤダちょっと急に何!? 超怖いんですけど! え、この二人ってこんなバチバチだったの……?


「うわぁ……やっぱ始まったよ」

「あの二人、マジで相性悪いんだよな……いっつもギスギスすっから来て欲しくないんだよねえ……」


 恐らくベテランであろう中年の冒険者達が露骨に顔をしかめている。それくらい、この二人の不仲は有名なのか。


 以前、ヒーラー対策をどうするかって会議の時に彼女達も同席していたけど、あの時は特にお互い険悪な雰囲気はなかったし、何ならティシエラが冒険者サイドを擁護すらしていた。


 でもあれは、事前に一悶着あってティシエラ側に貸しがあったんだよな。ヒーラー対策を冒険者ギルドに押しつけようとして、それで一悶着あったんだ。


 冒険者ギルドとヒーラーギルドは決して不仲じゃない。そもそも、魔王討伐の為にはここの二つがちゃんと連携取れてないとヤバいんだから当然だ。にも拘らず、そんないざこざが生じ、且つその場で収められなかったって事は、売り言葉に買い言葉で結構言い合ったんだろうな……って推測は成り立つ。それがマルガリータさんだったって訳か。


「……」


「……」


 うわぁ……なんか睨み合ってるよ。女子同士のこういうギスギス嫌ーい。ルウェリアさんとフワワの会話みたいなのが好きー。


「……まあ良いわ」


 先に膠着状態を破ったのはティシエラだった。なんつー緊張感だ。強面ばっかの冒険者ギルドが揃って圧倒されてるし。


「確かに無駄足を避けたいのは事実だけど、現状は把握しておきたいの。アンノウンの能力次第では、対策会議を開く必要もあるから」


「あー。確認だけだったら、直接出向かなくても良い方法がある。精霊に偵察に行って貰おう」


 正直割って入りたくはなかったけど、精霊を喚べるようになったのを自慢したい気持ちもちょっぴりあったんで、しゃしゃり出てみた。


「精霊って……精霊折衝?」


「そうそう。一応許可が下りた精霊とは全員面識があるんだ。飛行能力のあるモーショボーなら、すぐ現地に迎える筈」


「……どうやら本当みたいね。その得意満面の表情から察するに」


 憎まれ口を叩きつつも、ティシエラの表情に柔らかさが生まれた。一応、出しゃばった甲斐はあったらしい。


「そうね。ここは貴方に任せるわ」


「了解。それじゃマルガリータさん、お騒がせしました」


「は、はい……」


 事情を知らないマルガリータさんは未だにピンと来ていないらしく、最後までキョトンとした顔をしていた。



 勿論、精霊をギルド内や往来で喚ぶ訳にはいかないから、ギルドの裏に回って人気のない路地に入り、そこでアルテラのペンダントを使用。まだこの首を絞められる感覚には慣れないけど……よし、大体こんなもんだろう。


「……」


 ……あの、ティシエラさん。この狭い路地で向き合う位置にいるのやめてくれません? なんかやたら近いんで無駄にドキドキするんだけど。路チューするカップルみたくなってんじゃん。


「まだ?」


「あ、いや。もう大丈夫。出でよモーショボー」


 俺ばっかり意識し過ぎってのも何か悔しいけど、夜間の警備やってた頃には何気にこういうシチュエーションに憧れてもいたから、ちょっと得した気分。


 そんな複雑な心境でいると、不意に影が差して――――


「うっっっわ! なんか喚ばれて来てみたらカップルがイチャイチャしてるんだけど! 何これ露出プレイ強要からのわからせ!?」


 頭上で浮いているモーショボーが訳のわからない事を叫んでいた。


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