第182話 ヒーラー堕ち

 召喚した瞬間、精霊とその能力が自動的に発動する精霊魔法とは違い、精霊折衝は喚び出す度に交渉が必要となる。既に信頼関係を構築していれば、やり取りも最小限で済むんだろうけど、まだ二回目の召喚では無条件で力を借りるのは難しい。


「斥候? それ、使いっ走りをカッコ良く言い直してるだけのヤツ? なんかヤだ」


 案の定渋ってきたか……あながち間違ってもないし。


 でも当然ここで引く訳にはいかない。ティシエラの前で恥ずかしい所は見せられない、みたいなのは……ちょっとあるような、ないような、んー、微かにある気がしないでもないけど、まあ全くないとは言い切れない程度にはあるかもしれない。でもそれより一刻も早くコレットの現状を知ることが大事だ。


 交渉の材料が何かないか――――


「そう言えば一回目喚び出した時に使い魔の鳥、置いていったよな? なんで?」


「うぇー……それ聞いちゃう?」


 パタパタしていたモーショボーの小さい羽がしなしなになって、力なく下りて来た。なんか訳アリだったのか?


「別に良いんだけどぉ、なんつーの? あの一緒にいた女? なんかアイツと仲良くしてたっぽいし。だったら、ずっとそっちにいれば良いじゃん、みたいな」


 えぇぇ……使い魔にヤキモチ? マジで? あの鳥とルウェリアさんに嫉妬するって一体どんな関係性なんだよ。ハイレベル過ぎて訳わからんわ。


 そう言えばコイツ、あのリス……カーバンクルだっけ、あの小動物精霊に恋愛感情持ってるんだったな。動物愛護の精神が凄い。逆に聖人に思えてきた。


「わかったよ。あの鳥に俺がそれとなく伝えておくから。それ交換条件で良いか?」


「ちょっ待っ! それじゃウチが使い魔如きにヤキモチ焼いてるみたいじゃん!」


 他にどう解釈しろと?


 まあでも、男のジェラシーと違って女性のジェラシーは可愛いだけだからいいや。


「大丈夫大丈夫。悪いようにはしないって。アンタの名前出さずに『御主人をもっと大事にしろ』みたいな感じのこと言っておくから」


「うー……それだったら、まあ」


 よし交渉成立! 前回は顔見せ程度だったから、厳密にはこれが初めての精霊折衝の成功かもしれない。割と俺、こういうの向いてるのかも。


「ポイポイ! 出ておいで!」


「ギョギョ!」


 モーショボーの命令に従い、ラップ鳥がヌルッと姿を現わした。使い魔のシステムは良くわからないけど、召喚と同じようなもんなのか?


「んじゃ頼むねー。で、対象はここから南西に12000レグだっけ?」


「そうそう。コレットっていう銀髪ロングの女性がいる筈だから、そいつがどんな状況なのかを確認してきて貰えるか?」


「うぃーす」


「あ、ちょい待ち。えーっと……敏捷を全体の8割。残り2割を均等に分配」


 飛び立とうとしたモーショボーの手を掴み、速度重視になるようステータスを弄る。精霊相手に試した事なかったから、ちょうど良い機会だ。


「ん? 今の何?」


「俺のスキル。これで普段より速く飛べるようになった筈だから試してみて。ただしそれ以外のステータスはガタ落ちしてるから気をつけて」


「はぁ? オメーそんなヤベー事できんの? なんか雑魚っぽいのに」


 おい、正論を言うな。真実だって場合によっちゃ名誉毀損なんだぞ。ソースは元いた世界の裁判記録。


「ったく胡散臭ぇーなーもー。じゃ行って来ま――――」


 翼を肥大化したモーショボーは、最後まで言い終える前に流星と化した。


 ……はっや。新幹線より速いんじゃねーの? 10km弱ならものの2~3分で着きそうだ。これなら最速で現状が把握できそうだな。


 そう言えば、記録子さんはどうしてるんだろう。まさか自分の足で向かった訳じゃないだろうし……でも自前の馬車とか持ってるのなら街中の移動に使うよな。元々が神出鬼没の人だから行動がまるで読めない。


「ギョギョギョーギョッギョッギョーギョッ! ギョギョギョーギョッギョッギョーギョッ! ギョギョギョーギョッギョギョッギョッギョギョッギョギョッギョッギョッギョギョッギョー!」


 こっちはこっちで空気読めない鳥がいるし……こいつ本当うるせーな!


 まあ良いや。モーショボーが帰ってくる前にとっとと彼女のフォローをしておくか。


「……貴方、この奇妙な鳥と会話できるの?」


「いや全然。でも意思の疎通なら出来るんじゃないの。多分だけど」


「よくそんな曖昧な認識で精霊と交渉できたわね……」


 呆れ声のティシエラに、不敵な笑みを返してやる。まあ見てなさいって。これでも子供の頃、インコ飼ってた友達が身近にいたんだ。鳥の扱いには慣れたものよ。


 バカ正直に『御主人を大事にしろ』なんて伝える必要はない。要はこの鳥がモーショボーの機嫌を直すよう仕向けりゃ良いんだ。だったら……


「好き好き!」


「え……?」


「好き好き! スキスキ! スキスキ! スキスキ!」


 インコにはこうやって、単純な言葉を繰り返して言葉を覚えさせる事が出来る。この鳥も多分インコ並かそれより少し上の知能があると思うから、数文字の言葉を覚えるくらいは多分できる筈だ。後はそれをモーショボー相手に言わせれば良い。使い魔に求愛されれば奴のモヤモヤも消えるだろう。


「……理屈はわかったけど、そういうのは事前に言って頂戴」


 何故かティシエラから顔を真っ赤にして怒られてしまった。怒り過ぎじゃないでしょうか……まだイリスの失踪が響いてるのかな。


「スキスキ! スキスキ!」


「ギョギョギョギョギョギョギョッギョギョギョギョギョギョギョーギョギョ」


 ……ダメだ。ラップに夢中で俺の声を聞いてる気配がない。


 こっちも歩み寄らないとダメか? 奴の発音に寄せて……


「しゅきしゅき! シュキシュキ!」


 これでどうよ!


「……何なの、この頭悪い時間」


 そう言われると返す言葉もない。しかし鳥相手に高尚な会話するのもどうかと思うし……


「ギョギョギョギュ! ギュギュギュギィ!」


 お、なんかちょっと発音変わったか?


「シュキシュキ! シュキシュキ! シュキシュキダイシュキ!」


「ギュギュギュギィ! ギュギィシュキ! シュキシュキギュィシュキ!」


 おお何か良い感じじゃん! さすがラッパー、覚えが早い!



 その後も復唱を続けた結果――――



「シュキシューキ!」


「シュキシューキ!」


 10回目を超える頃には、俺と鳥の発音はほぼ同じになった。


 ……完璧だ! 


「イヤァオ!! カモッ!!」


「ギャギョッ!!」


「そんな鳥と打ち解けてどうするの……?」


 ティシエラからは白い目で見られたが、鳥との間に尊い友情が芽生えた。こ…これだよ俺が求めていたものは!


「はぁ……でも、順調で良かったわ。精霊の使役は簡単じゃないから」


「そう言えば前から聞こうと思ってたんだけど、ソーサラーギルドって現役の精霊使いがいたりする? 若しくは以前いたとか」


「現役はいないけど、過去にはいたわ。前にも言ったけど、精霊使いは元々ソーサラーの区分だったから」


「なら、ユーフゥル……奴がカインと名乗ってた時期には?」


 不意に、昨日ユーフゥルと遭遇した事を思い出した。


 あの男……と言っていいのかはわからないけど、奴はペトロ先輩と知り合いだった。もしかしたらソーサラー時代に精霊と接する環境下にあったのかもしれない。


「それは――――」


 ティシエラが返答を口にしようとした、その時。


「大変大変たいへーーーーーーーーーーーーーーん!!」


 けたたましい声と共にモーショボーが戻って来た。行きの際のエフェクトも凄かったけど今回も音速ロケット級だな。狭い路地に暴風が吹き荒れたぞ。こいつの敏捷の数値どれくらいなんだ……?


 なんて気楽に構えていたのも束の間。


「人間ちゃん大ピーーーンチ! あのままじゃやられちゃうよー!」


 ……何?


「どういう事? コレットが劣勢だというの?」


「うん! なんか力が全然出ないみたいな事言ってた! 他の冒険者もそのコレット?って子が不調なのに動揺してもうボロボロ! あのままじゃ全滅待ったなし!」


 マジかよ……そりゃレベル78が劣勢じゃ士気も下がるわ。日々の激務で体調崩してたのか? それとも……


「行きましょう。形勢不利なら守勢に回って長期戦を展開している筈よ。まだ間に合うかもしれないわ」


 間に合わない確率の方がずっと高いって言い方だな……それだけ危機感を募らせているのか。百戦錬磨のソーサラーがそう感じ取っているんだから間違いないだろう。


 相手は未知の敵。何をしてくるのか想定できない。そんな相手に、名実共にトップのコレットが不調……確かに敗北条件は揃ってる。


「移動手段はどうする? 緊急事態だし、辻馬車を拾って……」


 非武装の馬車でフィールド上に出るのが危険なのは重々承知してるけど、そんな事言ってる場合じゃない。一刻も早く――――


「ギョギョッ!」


「……え、マジで?」


 お前、俺達を乗せて行くって言うのか……? 確かにそのガタイなら人二人くらいは大丈夫だろうけど……手綱なしで乗れるか?


「ギョッ! ギョッ!」


 確かに、迷ってる暇はないか。


「ティシエラ! ここは彼の言葉に甘えよう! 行くぞ!」


「えっ……」


 ポイポイの背中に飛び乗ると、モフっとした感触に下半身が包まれた。見た目より大分柔らかいな。これならしがみつく事も出来そうだ。


「……」


 沈黙したまま動かないティシエラに何度も後ろに乗れと合図を送ったところ、首を傾げながらもようやく乗り始めた。乗馬と違って手綱も鐙も鞍もないから、戸惑うのも無理はない。こういう経験が一切ない俺の方が、却って思い切り良く出来るんだろう。


「それじゃモーショボー。悪いけどポイポイを借りるな」


「え? あ、う、うん。別に良いんだけどさ……」


 なんかモーショボーまで困惑してるな。まさか俺にまでヤキモチ焼いてるんじゃないよな……?


 でも、それなら良い機会だ。


「ポイポイ」


「ギョイッ」


 俺の言いたい事を一瞬で把握したのか、ポイポイは涼しい目をしてモーショボーに顔を寄せた。


 そして――――


「シュキシュキ。シュキシュキ」


 全てを委ねるような声で甘い言葉を囁き、頭を擦り付ける。


 それそれ! 完璧じゃんこのプレイバードめ!


「え……」


 見ろよあのモーショボーの顔。完全にトゥンクの顔じゃん。これもう確実に精霊×リス×鳥の三角関係一直線ですね。


「よし、出発だ! まずはそのまま直進!」


「ギョッギョギョ!」


 モーショボーへのフォローも終えたところで、ポイポイはその長い脚を軽やかに動かし、路地を抜けて公道を突っ走る。


 うおお……速い! 早速振り落とされそうだ!


 自動車ほどの速度じゃないけど、坂道の自転車くらいは出てる。これなら5分もあれば着きそうだ。調整スキルを使えば更に速くなるだろうけど、そうすると俺達が振り落とされそうだし、ポイポイも制御できなくなるだろうから、このままで良いか。


「……四海兄弟の境地なれば、明鏡止水の泉湧く。【グラビティクレーム】」


 ん……? ティシエラ、今何か魔法使った?


「貴方とこの鳥を魔法で関連付けして結びつけたわ。取り敢えず、落ちる心配は不要よ」


「そんな便利な魔法あるのか」


「ただし、鳥自体が転倒した場合は話は別。気は抜かない事」


「了解」


 そういえば、怪盗メアロが【スティックタッチ】って壁や天井にくっつくスキル使ってたな。あれに近いのかもしれない。


「色々言いたい事はあるけど、さっきの話の続きが最優先よ。貴方、最近カインと会ったの?」


 そういえばモーショボーが戻って来る直前にはその話してたんだったな。


「あー、うん。昨日、森の中で精霊折衝を試してたら突然現れてさ。前に精霊使いのレジェンドが喚び出した精霊いたろ? その精霊と知り合いみたいで」


「そういう事……だからカインと精霊の関係を確認したかったのね」


 納得したように、後ろのティシエラは声をやや落ち着かせた。にしても、手綱もない鳥に二人乗りだってのに俺の身体を全然掴まないのは釈然としない。もっとこう……こんな状況ならではの役得とか、あっても良くない? このシチュなら30代でもギリありだと思うんだよ。


「彼はどんな様子だった?」


「まあ、今まで通りとしか。なんか俺を尾行してたみたいな感じだったけど」


「……」


 そこで急に黙るのやめて! 俺がガチで狙われてるって思っちゃうから! なるべく考えないようにしてたのに!


「貴方の推測通り、彼がまだギルドに所属していた当時、精霊使いがギルドにいたわ」


「そうなの? だったらあの125歳のレジェンドじゃなくてその人を紹介してくれれば……」


「残念だけど、もういないの」


 ……それってまさか死んだって事? だったらすっげー気まずい。そういうのさあ、先に言ってくれませんかね。察する事が出来なかった俺も迂闊だったけど。


 城下町とフィールドを隔てる巨大な門をくぐり抜け、フィールドへ出る。ここからは要警戒。モンスターが出現したら可能な限り回避を試みなくちゃならない。


 なのに、どうにも集中できない。ティシエラの話が気になって。


「その精霊使いは、レベルこそ余り高くはなかったけど、何事にも真剣に取り組む模範生のようなギルド員だったわ。でも、そんな彼がある日……」


 一体何が――――


「完全な別人になって、私達の前に現れたの」


「……」 


 またそのパターンかよ! もう飽き飽きなんですけど!

 

 どうせアレだろ? 転生と思いきや性転換で女性になったとか、その手の思わせぶりな……


「彼はヒーラー堕ちしてしまっていたわ」


「……は?」


 ヒーラー堕ち? 何その闇堕ちとか悪堕ちみたいなの。いやでもヒーラーだから合ってるのか。


「それって転職って事? それともヒーラー教みたいな宗教があって染められたとか?」


「前者だけど、後者もほぼ正解ね。彼らのやっている事は邪教と大して変わらないもの」


 然もありなん。


「カインがヒーラーと精霊に関わっているとしたら、恐らくこの件に関してだと思うわ。彼は何か言っていなかった?」

 

「いや……どうだったかな。少なくともヒーラーに対する言及はなかったと思うけど。わかったのは、奴がナルシストってのと、ルウェリアさんに今も固執してるのと、後は……」



『前にキミに言った言葉、覚えているかな?』



 そう念押しされた事くらいだ。


 奴は俺に何を伝えたかったんだ? 国家や五大ギルドが信用に値しないって事か?


 それとも――――


「!」


 見通しの良いフィールドを滑走しているその最中、前方に何かが出現したのを肉眼でハッキリと捉えた。


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