第183話 良かった

 この身体は前世より遥かに視力が良いのか、かなり遠くまで明瞭に見える。あれは多分……モンスターだな。トカゲみたいな顔とカマキリみたいな身体を併せ持ってるって感じの外見で、図体はウチのチョコボ……ポイポイの五倍くらいありそうだ。


 体感的に、まだ8.4kmの半分も進んでいない地点。恐らくコレットが対峙している新種のモンスターじゃないだろう。


「あれはティザーマンティスね。この辺りには比較的多いモンスターよ」


「手強いの?」


「群れをなすタイプじゃないから、然程脅威ではないわ。ただ、捕食型だからテリトリーに入ったら見逃してはくれないでしょうね」


 捕食型……あんなカマ持ってるくらいだしそうなんだろうけど、なんか生々しい表現だな。捕って食われた冒険者もいるんだろうな……


「ポイポイ、回避できるか?」


「ギョイッ」


 そんなに迂回しなきゃならないのか。大分ロスになるな。でも戦闘になるよりはマシか?


「さっきから疑問に思っていたけど……それ会話なの? 何時の間に出来るようになったの?」


「いや、単にニュアンスとか響きで内容を察してるだけで、言語として理解してる訳じゃないけど」


「……貴方、テイマーの素質もありそうね」


 そうかもしれない。友達のインコも俺に懐いてたからな。尚、それが原因で揉めて疎遠になったほろ苦い思い出。


「回避の必要はないわ。別にここはあのモンスターの私有地でも何でもないんだから、堂々と直行して」


「良いのか? 襲ってくるんじゃ……」


「あの程度の相手に襲われたところで、何も問題はないわ」

 

 この威容、この風格……流石は一流のソーサラー。余裕で倒せるっていう絶対の自信があるんだろう。


 でも終盤の街の周辺にいるモンスターだから、強力な魔法で瞬殺……とはいかないよな? もし一撃で仕留め損なったら――――


「ジィ----------------------------------------------------------------------------------」


 うわっ! なんだこれ、鳴き声か!? トカゲって鳴くのかよ! いや顔以外トカゲじゃないけど!


「警戒網に入ったみたいね。あれは威嚇音よ。あれが鳴ったら見境なく襲いかかって来るの」


 それは威嚇って言わない! 錯乱音とでも改名しとけ!


「どうすんだよ? もう戦闘は避けられないぞ」


「無論、倒すわ」


 背後にいるから所作はわからないけど、何か動きを始めたっぽい。魔法を使うんだろう。


 前方の標的は……うわっ、なんか舌チロチロ出しながら向かって来てる トカゲって人に見つかったらすぐ逃げるイメージだから、向かってくるのなんか新鮮。まあカマキリボディのトカゲフェイスって時点で既に新鮮なんだけどさ。


「活火激発の戯れに、薤露蒿里を憂うなかれ」


 いつものように、ティシエラが中二病患者が三分で考えたような口上を呟き――――何も起きない。


 え? まさか不発って事はないよね?


「殲滅せよ【アルティメットプロミネンス】」


 ……なんて杞憂を抱いたのも束の間。慌てて振り返ると、至近距離のティシエラが右腕を真上に向かって翳しているのがわかった。


 その腕の方向に何かを出現させているのは想像に難くない。一体何が……


「前を見て」


「あ、すんません」


 すぐ目の前でガン見されながら魔法を放つのは慣れてないんだろう。露骨に不機嫌な顔をされてしまった。


 にしても、どんな魔法を――――と思って前方に視線を戻した瞬間、物凄いものを見てしまった。



 あれは……隕石?


 いや違う、巨大な炎の塊だ。それが天から降ってきて、一瞬でカマキリトカゲを呑み込んで――――燃やし尽くした。悲鳴一つあげる間もなく。


 おいおい瞬殺だよ。幾らフィールド上のザコ敵とはいえ終盤の街の周辺だよ? 実際、俺も一度とは言え黄金ドラゴンとか黒光りゴーレムとかデカいイカとかと戦ってるから、その凄さがイヤでもわかる。蜘蛛面した鳥は楽勝だったけど、後のは相当ヤバかった。そのヤバイ奴等より遥かにデカいあのカマキリトカゲを一撃って……


「……何?」


「いや、強ぇなあって思って」


「そう」


 その素っ気ない返事に、気を悪くしたのかと思って思わず振り向く。


 消し炭と化した亡骸と、大地に広がる焦げ跡を小さく迂回しながら進むポイポイに乗ったまま、ティシエラは髪を靡かせて――――寂しそうな顔をしていた。


「強い女は嫌?」


「は?」


「敵を一撃で葬り去るような女は……関わりたくない?」


 急にどうした。さっきの俺の返答が良くなかったのか?


「何か気に障ったのなら謝るけど」


「貴方がどうこうって話じゃないわ。昔、そんな感じの事を言われたってだけ」


 具体性に乏しいその言葉は、あまり多くを語りたくない証。強い人間にはそれだけ風当たりが強くなるって話なんだろうか。周囲のソーサラーや冒険者から心のない妬みの言葉を浴びせられたとか。


 だとしたら、迂闊な事は言えないな。差し障りのない無難な答えにしておくか。


「弱い人間からしたら、強い人間の存在は中々厄介だな。コンプレックスを強く刺激するから、嫌だと思う奴もいるだろうよ」


「一般論はどうでもいいわ。貴方はどうなの?」


 えぇぇ……一般論じゃないのかよ。まあ、だったら話は早いか。


「頼もしいって思ってるよ。そりゃ、羨ましいとかもあるけど。だから精霊に頼ろうとしたんだし」


「そうだったの?」


「ま、ギルドの戦力にならなくちゃってのが一番だけどさ。周りに強い連中が沢山いて、俺だけ弱いってのはやっぱり悔しいし」


 かといって、借金やギルマスの仕事がある以上、努力できる時間もそう多くは取れない。何よりこの辺のモンスターが相手じゃマギを稼ぐのも無理だから、レベルもロクに上げられない。元いた世界では自己満足の筋トレで納得していたけど、この世界じゃそうもいかない。実際に強くなれないのなら、過程をどれだけ頑張ったって無意味だ。


 だからこそ、強い人間には無条件で羨望の眼差しを向けてしまうし、そんな自分が悔しくもある。


「でも、強い奴が傍にいるのは全然嫌じゃないし、寧ろ積極的に関わりたいくらいだ。そんな連中に一目置かれたいって欲もあるしな」


 本音を話すのはいつだって怖い。自分と向き合う作業だし、剥き出しの自分がどう思われるのかを試す儀式でもある。


 それでも、求められれば応じるしかない。前世の俺が出来なかった事の一つはこれなんだろうし。


 だから、正直に言う。小っ恥ずかしいけど。


「ティシエラを嫌だって思った事なんて一度もないよ。悪態つかれた時でもな」


「そう」


 ……素っ気な! ちょっとカッコ付けて言った俺が馬鹿みたいじゃん!


 別に感謝とかされなくても良いけどさあ、もうちょっとこう、なんか――――


「……かった」


「え? 何?」


「何でもないから前を向いてなさい」


 っと……確かに。またモンスターと遭遇するかもしれないしな。


「で、良かったのか?」


「えっ?」


「あんな強力な魔法使っちゃって。魔法力使い切っちゃいないよな?」


「ああ……そっち。ええ、あの程度の魔法ならあと20発でも撃てるから心配無用よ。街が襲撃された時に使い切ったのは、それだけ多くの敵を倒したってだけの事」


 心配した背景まで読まれてしまったか……でも魔法力に不安がないのなら一安心だ。万全の体制でコレットを助けられる。


 ……頼むから無事であってくれよ。こんなところで生まれて初めて出来た女友達を失いたくないからな。


「あれ、そうじゃない?」


「え?」


 一瞬、頭の中の方に意識が向かっていたから、前方の確認が疎かになっていた。確かにティシエラの言う通り、大分遠くだけど複数の人間らしき集団が見える。


 でも、モンスターの姿は見えない。もう倒したんだろうか?


 コレットは……ダメだ、この距離じゃ個人までは特定できない。


「妙ね。アンノウンらしき存在が何処にも見えない。ステルスタイプ……?」


「姿が見えないモンスターって事か? そんな相手だったらアンノウンかどうかすらわからないんじゃないか?」


「……そうね。報告者が誰なのかは知らないけど、アンノウンと断定しているからこそコレットが向かったのだろうし」


 とはいえ、大分距離が縮まってきたにも拘わらずモンスターらしき存在は視認できない。っていうか……


「コレットもいない……?」


 冒険者らしき人物が四人ほど、こっちに背を向けて何か狼狽えているような様子は窺える。でもコレットらしき姿は見当たらない。


 まさか――――やられちまったのか!?


「落ち着いて」


 不意に、両頬が何かに包まれる。これは……ティシエラの手か。


「まだ悪い状況と決まった訳じゃないわ。動揺するだけ損よ」


「……だな」


 弱い上に足まで引っ張る訳にはいかない。気をしっかり持て。集中しろ。


 仮にコレットがやられていたとしたら、敵も見えない事だし恐らく相打ちだ。なら他の冒険者達は負傷したコレット、若しくはその亡骸を抱えて戻ろうとしている筈。なのに、彼らはまだ動けずにいる。


 状況から見て、恐らく未だ戦闘中だ。


「この鳥の耳を塞いでいて。こっちに気付かせるよう音を鳴らすわ」


「了解」


 ポイポイがビビって転倒したら俺達も大怪我するからな。幾らなんでも俺の鼓膜が破れるほどの音じゃないだろうし、ポイポイ優先なのは当然だ。


「……鳥の耳って何処にあるんだっけ」


「知らないわよ。鳥に詳しいんでしょう?」


 そんな事言った覚えはない! 扱いは慣れてても、自分が飼ってた訳じゃないから知識なんてないに等しい。


 ケモミミみたいにあざとく自己主張してくれてればわかりやすいんだけど、見た目ではちょっとわからない。かといって、耳がないって事もないだろう。何処かに必ずある筈だ。


「ポイポイ。耳って何処にある?」


「ギョギョ」


 うん、わからん。もしかしたら答えてくれているのかもしれないけど、微妙なニュアンスで身体の部位まで特定するのは無理だ。


 頭上にないんだし、人間と同じ側頭部付近にきっとあるだろ。そこをアバウトに手で覆うしかない。


「触られるの嫌かもしれないけど我慢してくれ」


「ギョーッ」


 明らかに不本意って感じだけど、どうにか納得してくれたか。


 それにしても……不思議な感覚だ。羽毛に覆われているから当然モフモフなんだけど、両手で包み込むようにして覆っていると、なんとも言えない気持ちになってくる。子供なんて勿論いないんだけど、俺の中のまだ見ぬ父性が滲み出て来るというか……


「光陰流転の暁にて、雷轟電撃の鉄槌を喰らえ」


 ん? 今のなんか物騒な口上じゃなかった? とても音を鳴らすだけとは思えない……


 そんな俺の懸念を後押しするかのように、天気が急に崩れ出した。さっきまで普通の晴れ模様だったのに、いつの間にか辺り一面雨雲に覆われてる。


 いやこれ明らかにティシエラの魔法の影響だろ! 天候まで一瞬で一変させるって、規模がデカ過ぎる!


 ……でも、意外とその手の魔法ってゲームだとそんな驚かれないんだよな。消費MPもそんな大規模って感じじゃないし。なんか納得いかない。


「万人を滅せよ。【サンダーコンティニュアム】」


 最早殺意すら込められてる口上が終わると、途端に空が不穏な雰囲気を醸し出した。なんとなく雨雲が登場した時点で予想はしてたけど、どうやら意図的に雷を落とせる魔法らしい。確かに、これだけ急激に天気が変われば冒険者達も気付きそうだけど……



 ピシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!



 うおわっ!?


 ちょっ、メッチャ近いじゃん! 近過ぎて落雷の音がパブリックイメージと違う! 普通ゴロゴロゴロゴロ……ドォォォォォン!みたいな感じだろ雷って!


 ったく、心臓に悪い……



 ピシャアアアア!!ピシャアアアアアア!!ピシャアピシャアアアアアア!!ピシャアピシャアピシャピシャアアアアアアアア!!ピシャアアア!!ピシャピシャピシャアピシャアピシャアピシャアピシャピシャピシャピシャピシャピシャピシャアアアアアアアアアアアアア!!



 えぇぇ……連発し過ぎでしょ……雷光が全方位に間断なく落ちて、この世の終わりみたいな光景なんですけど……


 ティシエラさん、貴女もう頼もしいの次元超えてますよ。闇堕ちした雷様だろこれもう。地獄の使者かよ。


「気付いたみたい」


 そりゃ気付きますよ。アンノウンよりこっちが怖いだろ普通に。


 そして案の定、冒険者達はこっちに駆け寄ってくる気配はない。何か怯えたような顔で見ているだけだ。


 ……まあ、ティシエラの仕業なのは気付いただろうし、こっちから近付けば大丈夫だろ、多分。


「何?」


「いや……なんでも」


『なんでこんな急に張り切ったんだ?』とはとても聞けない。凄く晴れ晴れしたような顔だし。


 取り敢えず、状況を確認しに行くか……


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