第184話 行方不明





 ――――その日の夜。



 ソーサラーギルド内で臨時の五大ギルド会議が開かれ、俺も出席をする事となった。



「……コレットと同行した冒険者の証言によると、アンノウンが発生したとされる地点には幽鬼種のモンスターが出現していたそうよ」


 幽鬼種とは、いわゆるアンデッドタイプの中でも特に悪霊・死霊系とされるモンスターだ。物理攻撃は一切通じず、触る事さえ出来ない。魔法もしくは専用のアイテムでのみ倒せる。ただし向こうも人間の身体に直接ダメージを与える事は出来ない。攻撃手段は呪い若しくは魔法による精神攻撃に限定されるらしい。


「この街の周辺にいる幽鬼種はイグニスファトゥスだけだったけど、明らかにそれとは違う形状との報告を受けているわ。その時点でアンノウン濃厚だけど……」

 

 そこまで告げた後、ティシエラは暫く押し黙り、顔を伏せてしまった。その様子にバングッフさんとロハネルが同時に顔をしかめる。事情を知らない彼らにとっては、ティシエラの心情は推し量れないだろう。


「最初に目撃したのが誰なのか、冒険者ギルドの誰もが把握していないそうよ」


 俺だって、未だに信じられずにいる。


 だってそんな事があり得るか? 誰かが報告したからアンノウンの存在を冒険者ギルドが把握したんだ。それなのに、マルガリータさんも他のギルド員も、誰が最初にアンノウンを発見したのかを知らないと言う。余りにも不可解過ぎる。


 そして、不可解な事がもう一つ。


「唯一、証言を得られていない冒険者がいるわ。現在行方不明中のコレットよ」



 コレットはアンノウンとの戦闘中に消えてしまった。



 訳がわからないけど、同行していた冒険者四名が揃ってそう証言している以上、取り敢えずはそう断定するしかない。


 そもそも、戦闘開始直後からコレットには異変が生じていたという。レベル78の冒険者とは思えない精彩を欠いた動きで、本人も戸惑いを隠せずかなり狼狽えていたそうだ。偵察に行って貰った際のモーショボーの証言とも一致するから、間違いないだろう。


 コレットの動きはみるみる悪くなり、仕舞いには平凡な冒険者と大差ない速度にまで落ちた。それから暫くしたのち、彼女が忽然と姿を消した。他の四人はいずれもアンノウンの方を見ていた為、消えた瞬間は見ていなかったらしい。気付いたらいなくなっていた――――まるで神隠しだ。


 そして直後、アンノウンも姿を消した。こちらは悪霊らしく、スッといなくなったそうだ。幽鬼種のモンスターがそのような消え方をするのは珍しくないとの事。まあ幽霊みたいなものだから、イメージはし易い。


 でも当然、コレットがそんな消え方するのが自然な訳がない。あいつは悪霊じゃなく人間なんだから、何もせずいきなり消えたりはしない。


 って事は――――


「彼女は戦闘中に何の前触れもなく消えたらしいわ。それが本当なら、アンノウンから何らかの特殊な攻撃を受けたと第一に考えるべきでしょうね」


 そういう考えに行き着く。例えば、他の何処かへワープさせる魔法とか。ただ、現存する魔法の中にそのような効果のものはないらしい。モンスターがそんな攻撃を仕掛けて来た記録も残されていない。


 とはいえ、相手がアンノウンならば攻撃だって未知数。コレットが何処かに飛ばされたとしても不思議じゃない。


 一方、不可解なのは――――


「おかしくね? なんで同行した他の冒険者連中は揃って無事なんだよ。アンノウンがコレットだけを標的にしたってのか?」


 バングッフさんの言う通り。最初に最もレベルの高いコレットを倒しておきたいのはわかるが、コレットだけ攻撃していなくなるってのはおかしい。アンデッドにまともな行動原理なんて存在しない、と言えばそれまでだけど……


「ええ。だからこそ今回はコレットの代理を冒険者ギルドじゃなく彼に依頼したのよ」


 そう。俺は今日、コレットの代理としてここにいる。本来なら冒険者ギルドの中から選ぶべきなのに。


 つまり――――


「冒険者ギルドを疑っている。そういう事かい?」


 ロハネルの言うように、ティシエラは今回の一連の騒動について、冒険者ギルドを信用していない。というより、慎重にならざるを得ないってのが実状だ。


「当然でしょう? アンノウンが出現しました、でも誰が最初に見たのかは知りません。こんな曖昧な状況だけど、ギルドマスターを現地に派遣します。結果、ギルドマスターが戦闘中に行方不明になりました。ただし同行した冒険者は誰もその瞬間を目撃していません。ちなみに彼等は全員無傷で無事生還しました……こんな話、誰が無条件で信じるって言うの?」

 

 正直なところ、俺も同感だ。無理があり過ぎる。到底鵜呑みには出来ない。


「ま、穿った見方をすりゃ、アンノウンをでっち上げてコレットをフィールドに誘い込んで、目撃者のいないところで消した、って話になっちまうな」


 バングッフさんの物騒な推論は、決して荒唐無稽じゃない。コレットのギルマス就任には反対者もそれなりにいた。正当な選挙で勝ったとはいえ、長らくギルド員と距離を置いていたコレットの事を快く思わない奴もいたようだし、もっと言えば女性をギルマスにする事自体に抵抗あるって野郎もいたらしい。どんな世界にも男尊女卑の思想に囚われているアホな人間はいるみたいだ。


 そういう連中が、自分の中限定の正義感を振りかざしてコレットを排除しようとしても、何ら不思議じゃない。コレットに同行した四人の冒険者はわかりやすい反コレット派じゃなかったみたいだけど、裏ではどうかわからないからな。


「だが、アンノウンらしきモンスターはそいつの召喚した精霊が目撃してるんだろう? まさか精霊まで買収したって言うんじゃあないだろうな?」


「わかんねーって。精霊って割とその辺テキトーだからな。強固な信頼関係があるなら兎も角」


 モーショボーの信頼もゼロらしい。と言うより、俺が精霊に嘗められているって話か、これは。実際、彼女が裏切るような精霊かどうかなんて、付き合いがないに等しい今の段階で断言しようもない。個人的な心証を言えば、そういう事をしそうにない精霊だと思うけど。


 ……いずれにしてもだ。


「コレットが死んだって前提で会議を進めるのなら、俺は帰る」


 現段階でかなり厳しい状況なのは理解している。モンスターの仕業であっても冒険者の裏切りであっても、コレットが無事でいる可能性はかなり低い。それはわかってる。


 でも、頭で理解したところで感情を制御できる訳でもない。コレットの身に何かがあったって話ならともかく、殺されたって話は例え仮定でも耳にいれたくはない。


「待て待て待て。悪かったよ、別に俺だってあの子に死んで欲しい訳じゃねーんだ。ロハネル、お前さんだってそうだろ?」


「まあね。彼女がギルドマスターなら主導権握られる事はなさそうだし、僕にとっても都合が良い。死んで欲しくはないさ」


「……」


「冗談だよ。そんな鬼の形相で睨まないでくれ。彼女は良い子だ。良い子に死んで欲しくないって感情は、こんな僕にだってあるんだぜ」


 取り敢えず、この中に人格破綻者はいないらしい。それは朗報だ。これからコレットを捜索する為には、連携が不可欠だからな。


「冒険者ギルドへの疑惑は、一先ず保留って事で良いんじゃねーの? 幾らコレットを煙たがってるからって、そんな非人道的な行動に出るような極悪人がここの冒険者ギルドにいるとも思えねーしさ」


 この街にいる冒険者は例外なく高レベル。そして、魔王を倒すという目的を持ち、長い旅を経てここへ辿り着いた。悪党においそれと出来る事じゃない。それは俺も同感だ。


「……そうね。例え数的不利の不意打ちだろうと、そう簡単にコレットが殺されるとは思えないし。でも、冒険者ギルドを全面的に信じる事は出来ないわ」


 疑心暗鬼、って訳じゃないだろうけど、ティシエラはすっかり不信感を抱いている。冷静さも失っているように見える。


 でもそれは俺も同じだ。とても平常心じゃいられない。


 一体なんで、こんな事になってしまったんだ。


 ギルドマスターになんてならなきゃ、あいつがこんな目に遭う事はなかったかもしれない。俺が背中を押さなきゃ、こんな事には……


「でも、コレットは信じてる。あの子はきっと無事よ」


 ティシエラは、俺の方を見ながらそう断言した。どうやら見透かされているらしい。俺、結構顔に出るタイプなのかもしれないな。


「……確かに。こんな簡単にくたばるタマじゃないよな」


 自分に言い聞かせるように言ったその言葉が、気休め以外の何物でもないのは知っていた。


 でも、三人とも頷いてくれた。今はその事実を拠り所にするしかない。


 コレットは生きている。そう信じよう。


「冒険者ギルドには私が探りを入れるわ。バングッフはそれ以外のルートで、今回の件に絡んでいそうな人物を探って頂戴。ロハネルは……」


「職人ギルドの出る幕じゃあないが、アンノウンの情報元が何処だったのかくらいは調べてみるさ。街ギルドのトップを怒らせたお詫びも兼ねてね」


 いけ好かない言い草ではあるけど、ロハネルが思いの他協力的なのは良い事だ。ここは余計な事は言わず、黙っておこう。


「じゃあ、俺は……」


「トモはシレクス家に報告をお願い。失礼にならない程度にね」


 ……失礼にならない程度、ね。フレンデリア嬢達が何か知らないか探りを入れろって事か。


 疑り深い性格って言うより、どんな小さい可能性でも潰していこうってスタンスなんだろう。


「わかった。モーショボーにもあらためて詳しく話を聞いておく」


「お願い。コレットはもうただの冒険者じゃないわ。この街の中心人物の一人よ。失う訳にはいかない」


 そう言いながらも、ティシエラの顔には本音が書いてあった。肩書きで心配している訳じゃないと。


「俺らを焚き付ける為に、そんな事務的な事言わなくて良いって」


 バングッフさんにもバレバレだったらしい。ほとんど笑わないけど、歓喜以外の感情は俺以上に顔に出るからな、ティシエラ。


「……わかったわ。みんなでコレットを助けましょう」


「それで良いんじゃあないか? 何事もシンプルが一番さ」


 皮肉な事に、俺が今まで見てきた会議の中で最も一体感のある話し合いになった。


 今回の会議はコレット失踪に関する議題のみ。明日からはそれぞれの進捗を確かめる為、高頻度で集まるように取り決めたところで終了した。


 五大ギルドでもないのに会議にだけはやたら呼ばれる現状は、決して好ましくはない。でも今はそんな事を嘆いている場合でもない。何としてでもコレットを見つけ出さないと。


 せっかく山羊から脱却できたのに、今度は失踪するハメになるなんてな……ここまで不運が重なると、責任を感じずにはいられない。


 もし俺と関わらなかったら、あいつは幸運極振りの冒険者だったんだ。ギルマスにもなっていなかっただろうし、きっとこんな目にも遭っていなかっただろう。


 コレットにとって俺は、疫病神なのかもしれない―――― 


「何くだらない顔してるのよ」


 テーブルに伏せっていると、頭にコツンと何かの感触。顔を上げると、もうバングッフさんもロハネルもいなくなっていた。


「……顔なんて見えてなかっただろ」


「背中が語ってるわよ。俺の所為でコレットが、って。そんなに悲劇のヒーローになりたいの?」


 ぐっ……それはマジでキツいですティシエラさん。気付けの一発としてはビンタより痛い。


 でも、そうだよな。ティシエラだって、友達のイリスが失踪して相当凹んでた筈なんだ。なのに、苛立ちはしてても落ち込んだ様子は一切見せていなかった。ギルマスが弱ってる姿を見せちゃダメだって事なんだろう。


 一人だった頃は、自分の感情をそのまま出しても良かった。誰も見ていなかったからな。けど、今はそんな訳にはいかない。頼りにされてる訳じゃないにしろ、一つのギルドの看板を背負っているんだ。お飾りになるつもりもない。


「フィールドで言った事の繰り返しになるけど、まだ最悪の状況と決まった訳じゃないわ。貴方がしっかりしなくてどうするの?」


「ああ。本当にそうだ。シャキッとしないと」


 気持ちが切り替わるのと同時に、更なる危機感も湧いて来た。俺を焚き付けなきゃならないくらい、コレットは今ヤバい状況にあるとティシエラは考えている。


 ただ――――


「反対派の冒険者に殺されて、フィールド上に埋められた……ってのは、恐らくない。もしそういう計画なら、わざわざアンノウンを絡めて他のギルドからも注視されるような状況にはしなかったと思うんだ。事実、ティシエラが即座に冒険者ギルドへ足を運んでいる訳だからな」


「少しは冷静になったみたいね」


「ティシエラのおかげだ。ありがとう」


 俺の礼を受け流すように、ティシエラは俺から目を逸らして扉の方を向いた。きっと照れ隠しなんだろう。それがわかるくらいには、そろそろ付き合いも長く――――


「だったらお帰りはあちら。明日以降のスケジュールを調整しないといけないから、とっとと失せなさい」


「……はい」


 自惚れが過ぎました。猛省します。



 赤っ恥を掻いた所為か、夜風がやたら染みる。そうでなくても、冬が近い所為か夜は大分冷えるようになってきたからな。


 でも丁度良い。帰路につきながら、頭を冷やしつつ現状について纏めるとしよう。


 反体制派の冒険者による陰謀じゃないとしたら、コレットの消失はアンノウンらしきモンスターの仕業って事になる。その場合、さっきも考えたけどコレットは何処か別の場所に飛ばされた可能性が高い。


 どうしてそんな発想が咄嗟に出てきたのかというと――――その手の攻撃が存在しているのを知っているからだ。


 バングッフさんを一瞬で遠くの街にワープさせた奴に、俺は心当たりがある。


 

「なんだなんだー? 随分つまんねーツラしてんなー」



 何となく、予感はしていた。


 その心当たり――――怪盗メアロが現れると。



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