第185話 王の名は
銀色のツインテールを夜風に靡かせ、怪盗メアロはいつものようにメスガキ感全開のギラギラした笑みを浮かべていた。
久々と言うほど久々って感じがしないのは、それだけ頭の中に居座っている時間が長いからかもしれない。別に四六時中考えてる訳じゃないけど、新しい仕事を探す度にこいつをとっ捕まえる依頼が頭を過ぎるからな……
「随分フレンドリーだな。一応、敵同士って立場だと思うんだけど」
「ハッ。お前ンとこの新参ギルドが我を捕まえられるワケねーだろ? お前なんて我にとっちゃ敵でもなんでもないね」
「なら何なんだよ。味方か? まあそっちの方が近いのかもな。今日だって俺に会う為にわざわざ夜まで待ってたんだろ?」
挑発……というよりは言葉遊び。こいつと話していると、まるで夏休みに悪友と毎日過ごしていた小学生時代に戻ったような錯覚に陥ってしまうのはここだけの秘密だ。
あの頃は何も怖くなかった。友達を失う事さえも。それが遠い未来の暗示なんて思いもしないで。
おおう、自然にポエムを作ってしまった。なんか2000再生くらいのボカロ曲のAメロっぽくね?
「あーのーなー。なんで我がそんな暇だって思うんだよ。我、怪盗だよ? 忘れてる? もしかして我を近所のお友達みたいに思ってんの? 本来お前なんて凡凡凡人が会話できるような存在じゃないからな? 勘違いすんなよ?」
「怪盗ってそんなにえらいのか。すごいな。りっぱだな」
「おい! 言葉の節々に侮辱が透けてるぞ!」
察しの良いメスガキめ。
「で、俺を囮にして無事発見した謎の奴、あれからちゃんと捕まえたのか?」
遠い昔のように感じるこいつとの前回の絡みは、思い出すのも億劫な忌まわしき記憶。俺に何度も助言を与えていたのは、俺を付け狙っていた謎の不気味な声の主を誘き出す為だったらしく、その声の主が俺に干渉してきた所を見計らって現れやがった。人を釣りの疑似餌みたいな扱いしやがって。
「あー。あれね。あーあー。うんうん」
「……まさか逃げられたって言うんじゃないだろな」
「まあまあまあまあ。ホラ、アレだよアレ。えーーーーーっと、んぁー……およー……がせてる? そうそう。泳がせてる。我あいつ泳がせてる。敢えてな!」
このガキ……要するに逃げられたんだろーが! 物は言い様だな!
でもこいつから逃げ果せるって、やっぱ相当ヤバい奴なんだな、あの謎の声。声しか知らんけど。
「そういうワケだから、もしかしたらまたお前にあーだこーだって干渉してくるかもしれないけど、不手際でも何でもないから我に文句言うなよ? あくまで作戦だからな。わかったな。我なぁーんも悪くない」
……注意喚起の為に俺を待ってたのか。自己弁護がクド過ぎるとはいえ、何気に面倒見の良い怪盗だな。
それに、このタイミングでこいつに会えたのは僥倖だ。聞きたい事があったからな。
本当は立場上、どうにかして捕えなきゃいけないんだろうけど、生憎新たな力として得た精霊達に捕縛能力はなかったし、今はまだその時期じゃない。なんとか触れさえすれば、調整スキルでご自慢のスピードを最底辺まで落とせるんだけど、触れる事さえ困難だからな……
何より、一歩間違えたら『メスガキにセクハラしようとした男』のレッテルを貼られてしまう。ロリコンのギルドマスター、略してロリマスの誕生だ。それだけは絶対に避けたい。
「了解。忠告はありがたく受け取っておく。こっちもちょっと話っていうか、質問があるんだけど」
「あー? 我に人生相談でもする気か? ちょーっと優しくしてやるとすぐ勘違いするところが如何にも凡人だな! お断りだバーカバーカ! 我そんな安い怪盗じゃないし!」
こ、こいつ……最近は『わかり合ってる感』で会話してたからメスガキって蔑称が形骸化してたけど、やっぱメスガキだわこのメスガキ。
「まあいいから聞け。前にお前、商業ギルドのギルマスを山奥の街に吹っ飛ばした事があったよな?」
「あー、あったなそんな事」
「それって、他に使える奴いる?」
――――俺のその質問で、怪盗メアロの目付きが一瞬にして鋭さを帯びた。
その変化に思わずたじろぐ。今更コイツがただのメスガキとは思っちゃいないけど、今の顔は妙に迫力あった。
「見たのか? 使う奴を」
「いや、実際に目撃した訳じゃない。今日、フィールド上に未知のモンスターが現れたって報せが入って、コレットが現地に向かったらしいんだけど、戦闘中に忽然と姿を消したって証言があってさ。実際、行方不明になっちまったんだ」
全てありのままを話してみたものの、怪盗メアロの顔付きは依然険しいまま。どう見ても心当たりがありそうだ。
「そんな――――えはない」
「え? 何?」
「何でもねーよ。我の【デポーテーション】は我にしか使えない荒技だ。自分以外に使える奴なんて見た事も聞いた事もない」
マジか。絶対関連があると思ってたのに、まさか無関係だったとは……ちょっとショック。
「そもそも、本当に飛ばされたのか? お前アレが戦ってる所見てないんだろ? それなのに決め付けるのはどーなんだ?」
おう、ウチのコレットを物扱いすんなや。なんか前もそんな感じで言ってたな。コレットを認めてないのか?
まあ、コレットはなんだかんだで大人の女性だからな。何処とは言わんが。このメスガキが認めたくないって思う気持ちも理解できなくはない。何故とは言わんが。
それはともかく、決め付けか……確かに、怪盗メアロが似た攻撃手段を持ってるってのもあって、安易に決めてかかったのは事実。一旦白紙に戻すべきかもしれない。
「そういえば、モーショボーが目撃してたかもしれないんだった。一旦喚び出してみる」
「モーショボー? お前、精霊召喚できるようになったん? なんで?」
自分だけ弱い現状が嫌だからだよ、とは言いたくない。言えば小馬鹿にされるのが目に見えている。ここは黙って喚び出そう。
「出でよモーショボー!」
「はいはーい! 呼ばれて飛び出てぷっぷくぷくぷくぴーーーっ!」
えぇぇ……何その出囃子。そもそも精霊にそういうのいる……?
「で、今度は何? また偵察? そういうメンドいのは一日一回にして欲しいんだ……けど……」
無事現れたモーショボーは、話の途中で怪盗メアロの存在に気付いたらしく、その姿を凝視し――――そのまま固まっていた。
「……」
「……」
お互い何も言わないけど、明らかに目で会話している。どうも単なる知人同士って感じじゃない。かといって、友人や仲間って雰囲気は微塵もない。モーショボーはひたすら戸惑い、怪盗メアロは露骨に顔をしかめている。
前にモンスターやヒーラーなのは否定していたけど、只の人間じゃないとは思っていた。
まさか、奴の正体は――――
「お前、精霊だったのか!?」
「違う違う。そんな軟弱な連中と一緒にすんな。我を誰だと思ってんだお前。怪盗さんだぞ?」
なんだ違うのか。人間界に常駐してる精霊もいるみたいだから、てっきりそうだと思ったのに。なんか予想外れてばっかだな……さすがに自信喪失しちまうよ。真実より優しい嘘をプリーズ。
「バカ言ってんなよなー。精霊にそんなヤッベー奴いるワケないって」
「……」
「ヒィッ!?」
怪盗メアロに睨まれたモーショボーの情けない悲鳴に、両者の関係が凝縮されていた。つーかモーショボー、中身は女神だったよな? なんでこんなポンコツなん? 駄女神同盟に入りたいの?
にしても、精霊じゃないのならどんなきっかけで知り合ったんだろ……
「え、えーっと、それじゃパパッと片付けるから、早く用件言って。ね? ね?」
どうやら一刻も早く帰りたいらしい。どんだけ嫌がってんだよ怪盗メアロを。
でもまあ、話を聞くだけだからご要望には応えられそうだ。
「コレットを偵察した時の事を詳しく聞きたいんだけど、コレットって途中で消えたりした?」
「いや、ウチが見てた時はフツーにいたけど」
まあ、それは時系列的に妥当だろうな。確か、俺とティシエラが駆けつける直前に消えたって話だった。取り敢えず冒険者達の証言の裏は取れたな。
「何か変わった事はなかった? コレットに異変が起こってたとか」
「異変かどうかは知らないケド……あの時言ったのが全部だよ。いつもの調子じゃなかったみたい。他の冒険者も戸惑ってたし」
それも冒険者達の証言と一致する。なんかどんどん弱体化していった、みたいな話だった。
……待てよ?
体調が悪かった、とばかり思っていたけど――――もしかして、それ自体がアンノウンの攻撃だったりしないよな?
確か幽鬼種のモンスターって、呪いとか精神攻撃しか出来ないんだったよな。コレットってなんか呪いに弱いイメージだし、弱体化の呪いでもかけられたんじゃ……?
でも、それが原因で身体が消えるって事はないよな……
「コレット以外の冒険者はどうだった? 何か不自然は言動はなかったか?」
「ぜーんぜん。マジビビリだった」
って事は、やっぱり冒険者達の陰謀って感じじゃないな。アンノウンの何らかの攻撃が原因と見て間違いなさそうだ。
コレットを一瞬で塵に出来ような化物なら、他の冒険者達も始末されてるだろうし、そもそもそんな敵がいる時点で人類滅亡確定だ。それを心配しても仕方ない。幽鬼種ってのが本当なら、そんな攻撃は出来ないだろうし。
他に、一瞬で消えるような攻撃となると……
「姿を消す魔法や呪いなんてのもねーぞ。そんなんあったら我が真っ先に使ってるし」
だよな。怪盗にとって透明化は究極の変装だもんな。それが出来たらつまらな過ぎて引退考えるまである。
……ダメだ。状況が特殊すぎて発想が追い付かない。他に消える原因になりそうな攻撃って何がある……?
「あのー……ウチ、もういい?」
「あ、悪い。話してくれてありがとうな」
「ほいほーい」
一瞬怪盗メアロの方を見て、モーショボーは消えた。本当に苦手なんだな。常に顔色窺ってる感じだったし。
「なあ、まさかイジメたりはしてないよな……?」
「そんな訳あるか。ほぼ接点ねーし。この街でそこそこ喚び出されてた精霊だから、名前くらいは知ってるけどな。我の威容にビビってるだけだろ」
「……」
「なんだその虚言癖のある怪しい奴を見る目は! 実際ビビリまくってただろあの精霊! あれが我と対峙する正しい姿なんだよ!」
いや、ビビってたって言えばそうなんだけど、どっちかっていうと嫌な奴に会ったってリアクションだったような……まあ今はそれはどうでも良い。
「そう言えばお前のギルド、この街の警備を担当するんだってな」
「え? ああ……そうだけど。何処で聞いたんだよ」
「ハッ、怪盗はあらゆる情報に精通して当然の存在だからな。誰に聞く必要もなく、勝手に我の元に届くものなのだ!」
腰に手を当てて一通り高笑いしたのち、怪盗メアロの表情が妙に愁いを帯びた。
「予告状にも書いたけどな、我はこの街がお気に入りだ。だから特別に警告してやる」
どうやらその忠告とやらが、今日の待ち伏せの本命らしい。散々街中を荒らし回って街への愛情を語るのも変な話だし、また俺を利用しようとしているのかもしれないけど、こいつの忠告に一聴の価値があるのも事実。ありがたく頂戴しておくとしよう。
「この街に"裏切り者"が潜んでるって話したのは覚えてるな?」
「ああ。お前が取り逃がした奴がそうなんだろ?」
「泳がせてるだけっつっただろ! それと、そいつは違う。裏切り者は別にいる」
……何?
でも確かにあの時、『我は直接関与できない』って言ってたっけ。関与できないのなら追いかけていく訳ないもんな。ウッカリしてた。
「この街を本気で守りたいなら、誰だろうと簡単に信用するな」
「お前もか?」
「そうだ。我も、自分自身も、何もかも無条件で信じない事。警告はしたからな」
真顔でそう告げたのち、怪盗メアロは背を向けるでもなく、あっという間にいなくなった。あの縮地ってスキルを使ってるんだろうけど……何か意味あるのか? モーショボーの出囃子と言い、登場や去り際に自己演出するのやめろや。
結局、これといった手掛かりはなしか……
でも落ち込んでばかりはいられない。明日にはシレクス家への報告と聞き込みもしなきゃならないし、ティシエラの聞き込みの結果も聞いておきたい。やるべき事は沢山ある。
コレット、無事でいてくれよ。こんな所でお別れなんて御免だからな。
夜空に向かってそう訴えた、その翌日。
無人になっていた筈の城に、新たな王が即位したという怪情報が流れた。
王の名は――――アイザック。
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