第179話 そうだ、この心境をラップにしよう
「はーい、これ書きたてアチアチの招待状ね。カーバンクルによろしくー。なんか用事あったら気軽に喚んでねーぷっぷくぷー」
終始軽~い言動のまま、モーショボーはスッと消えていった。精霊界は出禁らしいけど、一体何処に行ったんだ……?
その辺のシステムはよくわからないし、正直彼女が今後どれだけ力になってくれるのかは未知数だけど、一応交渉は成立した訳で、初めての精霊折衝としては上出来だろう。
次は招待状を受け取った事だし、カーバンクルを喚び出す訳だけど……その前にルウェリアさんの所へ戻らないと。お姫様扱いはしないで欲しいと御主人に言われてはいるけど、どっちにしろ一般女性をこんな森の中でいつまでも一人にさせておく訳にはいかない。
厳密には謎鳥も一緒だったけど、奴はもうモーショボーと一緒に消えてるだろうし――――
「ギョギョギョーギョギョギョギョッギョッギョッギョッ! ギョギョギョギョギョーッギョギョギョギョッ! ギョギョギョギョッギョギョッ! ギョギョギョギョッギョギョッ! ギョギョギョギョギョギョギョギョーッ! ギョッギョギョッ!」
「凄いです! ノリノリです! ポイポイさん天才です!」
「ギョギョギョ!」
何故まだいる……? そして何故打ち解けた?
「あ、トモさん。ポイポイさんって凄いんですよ。とても心地良いリズムを刻んでくれるんです。この方はアインシュレイル城下町の音楽シーンに新風を巻き起こすかもしれません」
「……俺がいない間に一体何が?」
「私に気を遣って、リズミカルな声で楽しませてくれてたんです。とっても心が躍動します!」
えぇぇ……何これ。ラップ? ラップなの? ラップ鳥? そんなのいる?
「ギョッギョーッ」
「ぎょっぎょーっ!」
コール&レスポンスまで!? これもうただのラッパーじゃん!
まさかこの鳥も転生者じゃないだろうな。つーかラッパーって異世界転生すんの? 全然そんなイメージないんだけど……なんかしたらしたでアッサリ天下取りそうな気もする。言葉通じなくてもヘイメーンだけでイケそうだし。
「って言うか、この鳥の飼い主さっき還ったんだけど……なんでいるの?」
「そうなんですか? もしかして忘れているのでは」
あー、それはあり得る。頭空っぽの方が夢詰め込めるタイプっぽかったし。
まあ、用事があれば喚べっつってたし、戻って来ないようならこっちから喚び出して回収して貰おう。
「ギョギョギョギョギョーッ! ギョギョギョギョーッ! ギョギョギョッギョッギョギョッ! ギョギョッギョッ!」
……凄ぇうるせーし。ルウェリアさんに褒めちぎられたからって有頂天になり過ぎだろこの糞ラッパー。無駄にしゃくれやがって。よくよく見たらフラミンゴでもハシビロコウでもなくペリカンに似てんな。
「えーっと、そんじゃ次はカーバンクルって精霊を召喚しますね」
「あ、はい。MPの残量は大丈夫ですか?」
「はい、それは問「ギョギョギョギョギョギョギョッギョッ!」」
クソやかましいぞ鳥ィ!! 韻しか踏めないからって調子に乗りやがって……!
「あ、あのポイポイさん。今は邪魔になっちゃいますので、お歌は後で聞かせてください」
「ギョイッ」
何今の『御意』みたいな言い方。ラッパーだと思ってたら三世代前のオタクか? なんなんだよこの鬱陶しい鳥類は!
……落ち着け俺。これから精霊と交渉するのに、鳥に精神乱されてどうする。別に鳥だって悪意があって邪魔して来た訳じゃないだろう。冷静になるんだ。
「出でよカーバンクル」
ウィスの真似ばかりするのもなんかしっくり来ないから、最小限の言葉で召喚っぽさを表現する呼びかけに変えてみた。逆に中二っぽさが増した気もするけど……
『ほう……このカーバンクルを召喚しようと言うのか。そのような気概のある人間がまだいたとはな。良かろう。応じようではないか』
な、なんか不穏な返事が聞こえてきたけど……こいつもモーショボー同様に曰く付きの精霊なんだろうか? 今度は転生者って訳にはいかないだろうし……ルウェリアさんを避難させておいた方が良かったかもしれない。
そう思ったのも束の間。
「フッ。実に懐かしい……まさか再び人間界にこの身を置く機会があろうとは。長生きはしてみるものだ」
――――やって来たのはリスだった。
「見た目と言動がいちいち一致しねぇな!!」
「うおっ!? な、なんだ!? 人間風情がこのカーバンクルを侮辱するのか!?」
そんな渋い声で凄まれても見た目がリスじゃ心はビクともしねーよ! それもほぼシマリスじゃねーか! 何だいその愛らしい姿!
「かっ、可愛い……ぎゅってしたい……」
ルウェリアさんが呼吸を乱すのもわかる。円らな瞳と大きな尻尾と小さい耳のバランスがもうね、神。こんなん一日中だって見てられるわ。
「ギョギョギョギョギョ!」
鳥が何故か憤慨している。ルウェリアさんのハートを奪われたと思ったのかも知れない。ラップはお上手でも所詮は畜生よのう。
「ムム……? そこの使い魔、見覚えがある。もしやモーショボーも喚び出したのか?」
「ええ、まあ。紹介状も預かってるんだけど」
「ほう。見せてみろ」
リスにもちゃんと見えるよう、地面に広げてみる。あの軽いノリの精霊が一体なんて書いたのか――――
愛しのカーバンクル様
突然このような手紙を贈る無礼、どうかお許し下さい。
貴方への想いが溢れ過ぎて、どうしても打ち明けたくて綴りました。
かねてより、貴方をお慕いしておりました。
覚えていらっしゃいますでしょうか。
人間界で偶然、鉢合わせになった時の事を。
ウチは有翼種。
貴方は齧歯類。
決して交わる事のない二人が、精霊界ではなく人間界で、それも街中の噴水の前で出会うなんて、こんな偶然に誰が恵まれると思いますか。
ウチはその瞬間、貴方が運命の相手だと確信しました。
だって運命感じたんだもの。
貴方も。
ね。
全部知ってるから。
「……」
「……」
思わずリスと目を合わせてしまった。
いや何なんだよこれ! 紹介状って言ってたのにラブレターと見せかけて最後ストーカー予備軍からの手紙じゃん! こんな二転三転要らんわ!
「……済まぬ。このカーバンクルがあ奴を甘やかしてしまったばっかりに、頭のおかしな精霊になってしまってな。昔はこんな性格ではなかった筈だが」
「はあ」
「慕ってくれるのはありがたい。しかしあ奴は有翼種、このカーバンクルは齧歯類。所詮は叶わぬ恋よ」
「うう……悲恋ですね……」
人の良いルウェリアさんは素直に同情しているみたいだけど、俺は別の事に頭が行っていた。
あの精霊、実物と手紙でキャラ変わり過ぎだろ……いや、そりゃSNSで実物と全然違うキャラ演じている人なんて山ほどいたし、別にそれがおかしいとか無気味とか言う気はないけどさ。仮にも元女神がこんなんでいいのか。
「紹介状の中身は兎も角、ヌシがモーショボーとある程度打ち解けたのはわかった。ならばこのカーバンクル、ヌシに協力するとしよう」
「え? 良いの?」
「あ奴を相手に交渉を成立させたヌシの手腕に興味を抱いたまでよ」
いや……そんな期待の目を向けられても、交渉術とか一切使ってないんだけどね。たまたま向こうの秘密を握ったってだけだし。でもせっかく契約成立した事だし黙っておこう。
「このカーバンクルは『燃え盛りし宝石』の異名を持つ。ヌシの身体を一定時間、決して砕かれる事のない宝石に変えてみせようぞ」
おお、もしかして完全防御? そいつはありがたい。強力な攻撃も欲しかったけど、防御の方も強化したかったからな。
「ただし変えられるのは宝石一個分の面積だ」
「……はい?」
「そうだな……ヌシの身体の部位で言えば、親指程度の大きさと心得よ」
なぁにそれぇ。身体の一部を宝石化――――って言えば聞こえはいいけど、戦闘で役立てる事できるのか……?
「用があれば遠慮なく喚び出すが良い。また会おうぞ」
……こっちの名前を聞く事さえせず消えていった。精霊ってどいつもこいつもせっかちだよな。
にしても、人を乗せて飛べない飛行ユニットと、親指の大きさだけ宝石に変えてくれるリスか……
「微妙にも程がある」
「そ、そんな事を言ってはダメですよ! 無償で協力してくれる方に期待はずれなんて言ってはダメです!」
そこまでは言ってない。まあ言ったも同然だけど。
「残すはフワワって精霊か……」
単純に名前だけでの印象だけど、フワフワした毛並みのチワワが出てきそうなイメージしか湧かない。それはそれで見てみたい気もするけど……
「出でよフワワ」
泣いても笑っても最後の一体。戦闘に役立てる精霊だと信じて祈った結果、現れたのは――――
「あ、あの……初めまして〃∇〃です」
真っ白なドレス風ワンピースに身を包んだ、可愛い女の子だった。
しかも銀髪のゆるふわポニーテール。頭頂部にはミニハットをちょこんと乗せている。そして脚には白タイツと来たもんだ。
驚きの白さ! きっと中身もぴゅあぴゅあハートに違いない!
「おおお」
禍々しくはないのにルウェリアさんが結構食いついた。暗黒武器マニアだからといって黒が大正義とは限らないらしい。
「そ、そんなに見られると……恥ずかしい〃v〃です」
「はっ、ご無礼でした! 申し訳ないです」
「いえ……こちらこそ……すみません〃∇〃です」
なんか二人してペコペコし合ってる。ほほえまー。
なんだろう。本来なら『そんな中二病の格好なのに性格はお淑やかかよ!』とか『戦闘に役立ってくれる精霊期待してたのになんか頼りなさそうだな!』とかツッコみたくなるところなんだけど、もう別にいいやって感じになってきた。だって見ててほのぼのするんだもの。平和が一番だよ。
「あ、あの……私にお声がけして下さったのは……」
「はい、俺です俺。急にお喚び立てして御免なさいね。今ちょっと人間と精霊が断交状態らしいけど、貴女なら交渉しても大丈夫ってお墨付き貰ったんで、協力して欲しくて」
「そうでしたか……でも私、御期待に沿えるような能力じゃないかもしれない〃_〃です」
「いえいえ! 仮にそうでも、こうしてお知り合いになれただけでも十分ですから!」
癒やされる……最近ギルドで辛辣な女性とばかり接していたから、ルウェリアさんやこの精霊みたいな子と会話するだけで心が浄化されるよ本当。
なんかもう、それで良くない? 精神を安定させる為に話し相手になって貰う為に召喚する、みたいな。そんな精霊がいたって良いじゃない。
「そ、そうですか。では……私の能力をお教えする〃∇〃です」
「お願いします」
さあ、問題はここからだ。
これまでの流れだと、ここで一気にマイナス要素を畳みかけてくる事になるだろう。チワワに化ける能力とか、強力な攻撃の代償として俺が死にかけるとか、そんな感じの使えないやつが来るに違いない。
でも良いんだ。今はもうそういう負の要素も受け入れられる自信がある。穏やかな、植物のような心だ。そうだ、この心境をラップにしよう。
多大な期待で喚んだ精霊 現れたのはとんだ鳥類
本物登場 そんときゃ嘲笑 それでもめげずに続けた交渉
ギョッギョギョッギョッとうるさい鳥類 それでも負けずにくすねた情報
天恵一発 転生出立 奴の正体は女神の失策
翼はあるのに持てない非力 辛さに任せて嘆く必死に
最後にgetした紹介状 頼りにsetした次回の交渉
good luck to me! get out of here!
現れたのはチップなsquirrel
救われないこの非情な現実 恋文奏でる音なき戦慄
季節は巡り 草木は眠り 陽はまた昇り繰り返して行く
彼女に出会えてマジ感動 ついでに感謝 親にも感謝 とにかく親にはマジ感謝
反社の精霊たちにcheers!!
「行く〃o〃です!」
果たして、どんな能力なのか――――
「……と、トモさん?」
不意に、ルウェリアさんが驚いたような声をあげる。でも俺自身には何ら変化はないし、目の前のフワワにも特に変わった様子はない。
一体何が……
「?」
チョンチョン、と軽く肩を叩かれ、思わず振り向く。
そこには――――俺がいた。
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