第178話 モーショボー
「ウチを喚び出すなんて良いセンスしてんじゃん! 仲良くしてやるかどうかはそっち次第だけどぷっぷー!」
事前に聞いていた話とは全然違い、モーショボーという名の精霊は文字通り上から目線で、ウザさ濃縮還元の言動を繰り出してくる。
困った事に外見だけはルウェリアさんの証言通りで、美しく妖艶な赤い長髪、凛然とした切れ長の目、やや長めのなめらかな鼻筋、プリッとした唇、シャープな顎のライン……という、意識高い系のモデルさんみたいな容姿だ。
そんな人物が何処ぞのガキみたいな発言で嘲笑してくる姿は、いわゆるギャップ萌えに該当するのかも知れないが、正直違和感しかない。なんつーか、惣菜パンなのに生地がドーナツみたいな感じというか……とにかく具合悪くなるレベルのミスマッチだ。
「ルウェリアさん。あの精霊、本当にモーショボーで間違いありませんか?」
「は、はい。見た目は間違いなくモーショボーさんです。特徴的な外見の方なので間違えるとは思えません。でも……中身は別人です。あんな感じじゃありませんでした」
でしょうね。とても他人の頭カチ割って脳髄チューチューするような精霊には見えないもん。カメラの前でバケツに入れたタピオカミルクティー吸ってそう。
「あっ、あの! 私を覚えていますでしょうか! ベリアルザガンバラムヴィネアスモデウスプルソンベレトパイモンバアル武器商会のルウェリアです!」
え、今の何? ルウェリアさん急に何口走ったの? 精霊やっつける系の呪文?
……あー、そう言えばベリアルザ武器商会の正式名称ってあんな感じのダラダラした名前だったな。冗長すぎてとても覚えられないよあんなの。
「覚えて……いらっしゃいませんか? 私達の武器屋、暗黒武器をたくさん扱っていて……モーショボーさん、いっぱい褒めて下さったのですが……」
徐々にルウェリアさんの声のトーンが落ちて行く。モーショボーの反応が全然ないからな。覚えているかどうかは知らないけど、少なくとも好意的な反応とは程遠い。恐らく覚えてないんだろう。
斯く言う俺も、ゲーム内で訪れた武器屋のキャラは全然覚えてないからね。序盤の武器屋なんて大抵何度も訪れるんだけど、そいつがどんな外見でどんなセリフを発していたかなんて、頭の中に一切入っていない。
リアルとゲームを一緒にするのは間違いだけど、それはあくまで人間と人間の関わりなのが大前提。異種族間のやり取りとなると、三次元と二次元のやり取りと大して変わらん。大枠では大体一緒のカテゴリーだ。つまり『人間との会話なんていちいち覚えてる訳ねーだろぷっぷー』って感じなんじゃないかと。
これ以上ルウェリアさんを悲しませたくはない。諦めさせるのも一つの手――――
「ウチと知り合い……? マジ……?」
そう考えタオルを投げ込もうとした瞬間、モーショボーのそんな困惑の声が聞こえて来た。
顔を見ると、明らかに焦っている。というか引きつってる。というか青ざめてる。冷や汗もダラダラですね。
なんだこの反応? 明らかにルウェリアさんを知らないってリアクションなのはまだしも、困惑の度合いが尋常じゃない。自分の知らない人間が自分を知っていると言い張っている事への恐怖――――ってだけじゃ、ここまで狼狽えはしないだろうに。まるで、自分を知ってる人物と出会った事自体を恐れているような感じだ。
……なんかそれ、凄く身に覚えがあるんですけど。おいおい、嘘だろ?
性格の激変、そしてこのビビリ具合。
これって……転生者の反応じゃん!
いや落ち着け。フレンデリア嬢という前例があるからと言って、今回もそうとは限らん。性別を変える秘法が存在する世界なんだ、外力で性格を変える方法だってあるかもしれないじゃないか。早とちりは良くない。
でもそれを言うなら、人間界に転生があるのなら精霊界にあっても不思議じゃない訳で。何なら人間が精霊に転生するケースだってあり得る。
……このままじゃ二進も三進もいかない。取り敢えず、本人に確認するか。
「モーショボー! アンタを喚び出したのは俺だ! まずは俺と話をしよう!」
「ぇあ!? へ、へぇーそっかオメーがウチを喚び出したんだ。じゃあ交渉はオメーとだけな。ポイポイはここで待ってろ」
「ギョギョギョ!」
あの鳥、そんな名前なのか。なんかカプセルに入れたくなるな。
「オメーはウチと来い! あ、でもその娘は絶対つれてくんなよ! 絶対だからな!」
うわ……あからさまにルウェリアさん、っていうか過去の自分知ってる奴を避けてるな。さっきまでの勢いは何処吹く風、逃げるように森の奥に飛んで行った。
「わ、私……何か粗相をしたでしょうか? こんな私が知り合いなんて思われたくなかったのかな……」
「そういう事じゃ絶対ないと思います。俺が話聞いて来るんで、落ち込まないで待ってて下さい」
顔中線だらけになる勢いで落ち込むルウェリアさんを置いて行く事に心は痛むものの、現状最優先すべきはモーショボーだ。
小さな黒い翼をパタパタさせて、彼女はどんどん奧へ向かって行く。あの翼のサイズも身体とのバランスが悪くてなんかムズムズするんだよねえ。ロリキャラに付いてそうな翼なんだもの。
まあ、そんなのは問題じゃない。大事なのは、転生の件をどうやって切り出すかだ。長期戦も覚悟して、できれば自然な流れで……
「っし。この辺まで来れば大丈夫かな。あーやっべ。マジ焦ったー」
「何で焦った? なんか事情あんの?」
「何でってそりゃ、昔のウチ知ってる奴と話したら転生したのバレるから……」
……ん?
「あーーーーーーーーっ!! バレたーーーーーーーーーっ!!」
えぇぇ……こんなアッサリ? ワンパンKOやんけ。逆に罠を疑うレベルなんだけど……
あー、でもよくよく見たら頭に一本アホ毛あるわ。これはアホの子ですわ。
「転生? 元々は別人で、その身体に生まれ変わったって事?」
「へ? 何何? 何の事? ウチ転生とか知らないし」
自分で言っておいてそれは通らないだろ……すっ惚けにも程がある。
「誤魔化しても無駄無駄。モーショボーって精霊は元々残忍で猟奇的な趣味の持ち主だって、仲間の精霊から聞いてるんだから。それとも、猟奇的趣味をお持ちで?」
「りょうきてき……うん持ってる。ウチ、超りょうきてき」
「なら、自分が一番グロいと思うものを述べよ」
「ぐ、ぐろ?」
さっきから言動がカタコトになってるような……脳のキャパシティ的に限界が迫ってるのか?
「……………………………………煮干し?」
お、おう。言われてみると確かにグロいなアレ。
でもそういう事じゃない。この発想の時点で脳髄チューチュー精霊とは明らかに違う。あと精霊界に煮干しって多分ないんじゃないか?
「はァ……こりゃダメかぁ」
幸い、これで誤魔化せると思えるほど本格的にヤバい奴ではなかったらしい。観念したように重い溜息をついた後は、気が楽になったのか表情が幾分か柔らかくなった。
「あーあ。まさかバレちゃうなんてなー」
「いや、どう考えても時間の問題だったろ……で、転生者で間違いないんだな?」
「はいはい認める認める。ウチ、本当は精霊じゃないしー。ってか住んでた世界も違うし」
異世界転生者か!
まさか同郷とか……?
「こう見えて、元女神だし」
……。
は?
「あーもう、なんで神様が死ぬかな。そこは普通、永遠の命で良くない? 意味わかんないんだけど」
「意味わからないのはこっちの方だ! どういう冗談!?」
「ううん、マジマジ。ウチってマジ元女神。ハルピュイアって言うんだけど、知らん?」
「いや……わかんないっすね」
そんな軽いノリで言われても誰が信じられるんだ……
彼女の証言を鵜呑みにするなら、モーショボーという精霊が何らかの理由で絶命し、その空いた身体に別世界で死亡した女神ハルピュイアの魂が宿って転生した、となる。
……ツッコミ所が多過ぎる!
まず本人もボヤいてたけど神様って死ぬの? 死なんだろ普通。死の概念とか超越してるから神様なんじゃないの?
しかも転生先が精霊ってのも訳わからん。人間が人間に転生するように、神も神に転生するもんじゃないの? 転生自体おかしいけどさ。メガテンもシリーズ化し過ぎて何がなんだかわからなくなってるけど!
そして何より――――
「これが女神……?」
「うわ酷! 初対面でこれってなくない!?」
初対面でぷっぷーとか散々嘲笑しておいて何言ってんだ……?
確かに女神っつーとアレとかアレとか、あとアレとか、ついでもアレも、ポンコツな方々が何かと多い気はするけどさ……みんな創作じゃん。絵じゃん。字じゃん。現実の神様がこんな有様じゃダメでしょ。
「ちなみに、死因は?」
「あー……笑わない?」
「そりゃ勿論。人の死亡理由を笑うなんてそんな」
こっちは猪に殺られてる身。余程の事じゃない限り笑いませんよ。はい勿論フラグです。俺より悲惨でフザけた死因カモン!
「毒殺」
「……はい?」
「友達とランチしてたらー、急にガクンってなっちゃってー。頭グワングワンだし視界ドロドロだし……でね、最後に見た光景、どんなだって思う?」
うっわ、なんかもう既に聞きたくないっていうか、聞いたの後悔してるんだけど……
「えっと……お友達の笑顔とか?」
「はい当たり。しかも超満面。マジウケるーみたいな? ぷっぷー。笑えるよね? ねえ。ぷっぷーってほら。笑ってよ」
「すみませんでした! ホント軽率でした!」
そりゃ性格も歪むわ。神様ってメシ食うんかいとか思ったけど、とてもツッコめねーよ。
「はぁ……で、どーすんの? ウチの秘密知ったからには、バラされたくなかったら契約しろとかそんな感じ?」
「そんな事はしないけど、出来れば協力して貰えるとありがたいな。実は能力とか全然知らないで喚び出したんだけどさ」
「あー。今なんか人間界とギスギスしてるってカーバンクルが話してたっけ。それで追放されてるウチに声かけた、みたいな?」
「うん。ペトロ先輩に便宜図ってもらって何名かの精霊と交渉しても良いってなったから、その中から最初に声かけたんだけど」
モーショボーって精霊の過去の悪行は彼女とは関係ないけど、だからといって追放解除とはならない訳で、彼女にしてみれば随分と生き辛い立場の精霊に転生しちゃったもんだな。
「へぇー。ならいーよ。最初ってのがイイ感じ」
そんなので良いのか……いやこっちは助かるけど。
「ありがとうございます! それで、モーショボーさんはどんな能力を?」
「ふっふーん。見せて御覧に入れよう。ウチが身に付けたモノじゃないからアレだけど、すっごいよコレ」
そう告げた瞬間、モーショボーの小さかった翼が急激に肥大し始めた。おおっ、なんかカッコ良いぞ。漆黒の翼がブワって広がるこの感じ、厨二心を擽られるな。
一体どんな力を見せてくれるのか――――
「……」
「……」
「……あの、勿体振らずに早く見せて欲しいんだけど」
「え、これだけだし」
は?
「モーちゃん飛行モード! これになるとブワーって空飛べるんだ。いいっしょ?」
えぇぇ……なんか悉く期待してたのと違う……『黒の波動!』みたいなすっごい攻撃だと思ってたのに。
でも空飛べる精霊に運んで貰えるって、移動手段としては最高峰だよな。案外攻撃よりも使い勝手良いかも。
「あの、俺を乗せて飛んで貰って良いかな? 一回体験してみたいんだよね」
「無理無理。ウチ全然力ないし。男乗せるとか絶対無理」
「え」
……ウッソだろ? 人運べない飛行ユニットって、それ何の役に立つの? つーかパタパタ飛ぶ精霊がバッサバッサ飛ぶ精霊に変わっただけじゃん! 翼デカくした意味!
「っていうか、何かもっとない……? 元々は他人の頭砕いて中身チューチュー吸う妖怪だったんだよね? 吸血攻撃とかないの?」
「知らなーい。あと妖怪じゃなくない?」
それは確かに。絵面を想像したらどうしても精霊じゃなくて妖怪にしか見えなかったからつい……
「あ、そーだ」
「何か思い付いた!?」
「せっかくだからカーバンクルに紹介状書いてあげよっか。ウチこういうの気が利くんだよねー。元女神だから慈悲りまくり」
「……お願いします」
自分で言うな、と心からの叫びを発したかったけど、実際紹介状はありがたかったから黙って受け取る事にした。
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