第177話 パワー系ハラスメント
相変わらずカラフルでボリュームたっぷりの髪に目が行ってしまうけど……ペトロパイセン、なんか頬が痩けてないか?
「お疲れみたいだけど、何かあった? 喚び出して大丈夫だった?」
「ああ、大した事ァねーよ。オラ、アレだよ。テメェが前に言ッてた常温沸騰女ッての、アレでちーッとデメテルのヤツをからかッてやッたらよ、目ン玉から血飛沫出るくれェブチ切れられちまッてな……割とガチで第四次精霊大戦イッちまう寸前だったぜ。ありャヤバかッた」
ちょっ……何やってんのこの人! じゃない精霊! それ最悪俺の所為みたいになりかねないやつじゃん!
「ンな顔しなくても、もう解決したから大丈夫だッて。それよか話、キッチリ付けて来てやッたぜ」
「では!?」
「かなり限定されちまッたが、人間と縁が深い何体かの精霊は特別に喚び出しても良いッてよ。ま、どいつも半分人間界の住民だから上もギャーギャー言う気はねェンだろ」
「ありがとうございます!」
多分に期待していただけに、これは嬉しい。こっちは何もしてないに等しいのに、随分世話になっちゃったな。何かお礼しないと。
「ンで、喚び出せる精霊のリストがこれなンだけどよ……つーかさッきからテメェの後ろで縮こまってる女、何なンだよ。アア?」
「ひゃあぁぁぁ……!」
ああっ! 恩人のヤンキーが恩人の武器屋の娘さんに無意味な威嚇を! ルウェリアさんブルブル震えちゃってるじゃん!
幼少期はお姫様として育てられ、臣籍降下してからは御主人や親衛隊から過保護に扱われてきたルウェリアさんは、生粋の箱入り娘。ヤンキーが相手じゃ出会って五秒で血の気も引くわな。迂闊だった……
「くっ……食らわされる……」
「ザけんな! テメェみてェな見るからに弱ッちい女食らわす訳ねーだろ! オレは互角か自分よか強ェヤツ以外には牙剥かねェンだよ!」
「ひいい……!」
ヤンキー特有の、良い事言ってる風だけど声と顔が恫喝過ぎて萎縮させるやつ。ダメだ、相性が悪過ぎる。ヤンキー耐性そこそこある俺は兎も角、温室育ちのルウェリアさんには猛毒でしかない。
「ペトロ先輩ペトロ先輩」
「ンだよ、つーか先輩ッてなンなンだよ。呼び捨てで良いッつッてンだろ?」
「それは兎も角、声の音量もっと落として。精霊は知らんけど、人間のか弱い女性には大声って殴るのと同じくらいパワー系ハラスメントだから。そうなっちゃったら俺も他の精霊に『ペトロ先輩が人間の女を蹂躙するクズに成り下がった』って言わざるを得ないし」
「テメェコラフザけンなよ!? オレの精霊界での評判が死ぬじャねェか! わーッた、わーッたから。オラ、もう怖くねェだろ」
ヤンキーにとって、悪い奴と思われるのは寧ろ勲章だけど、弱い者イジメする奴と思われるのはアイデンティティの崩壊を意味する。まして女性をイジめる男ヤンキーとかこの世で最も見下されるべき存在。俺の忠告風脅迫は無事に奏功し、パイセンは素直に声量を搾ってくれた。
「く、食らわしませんか……?」
「あー。ブン殴ッたりはしねェから安心しろ……ッつーかなンでコイツ連れて来たンだよ? 調子狂ッちまッてしャーねーぞ」
「この人はルウェリアさんって言って、これを仕入れてくれた武器屋の娘さん。今回初めて使うから、不良品じゃないかって確認をね」
アルテラのペンダントを見せながら答えると、ペトロパイセンは面倒臭そうな顔で小刻みに頷いていた。そして、その顔をルウェリアさんの方に向ける。目が何処にあるのかわからない、そもそも目があるかどうかすらわからないけど、なんとなく目を合わせているような雰囲気だ。
「あー……なんかビビらせちまッて悪かッたな。オレはペトロって精霊だ。ヨロシクな」
「はっ、はい! 私はルウェリアと言います! 勝手に殴打の危機に瀕してしまってすみませんでした」
「オウよ。まァ精霊界でも誤解される事ァあンだよ。ペトロはイケすかねェ暴力野郎ッてな。でもオレは弱い者イジメなんて絶対ェやンねェ。つーか、それの何が面白ェのかこれッぽッちもわかンねェしな」
口は悪くて調子乗りだけど、面倒見良いし正義感強いし、良い精霊だよなあペトロパイセン。こういう性格の人って、元いた世界のSNS社会だと危険なんだよな。余計な一言で叩かれまくって、意地張って更に燃料投下ってパターンになって自滅するのが目に見えてる。この世界の住民で本当に良かった。
「このガキは前にいたあの小憎らしい女よか大分マシだな。オレ気ィ強ェ女苦手なンだよ」
「でしょうね」
リストを手渡しながらボソッと呟くパイセンに、同族嫌悪という言葉をひっそりと贈った。
さて……一体何人の名前が書いているのやら――――
以下の精霊との交渉を許可する
・ペトロ
・カーバンクル
・モーショボー
・フワワ
以上
……パイセン入れて四人だけか。
とはいえ、本来なら誰とも交渉できない状況なのを、厚意で許可して貰ったんだ。贅沢なんて言える立場にはない。
「取り敢えず、オレはもう力貸すッて決めてッからよ、他の三体と交渉してみな」
心意気はとてもありがたいんだけど、格上じゃないと戦わないって時点で正直使い辛いというか……そもそもパイセンの実力知らんし。その都度呼び出して自分より上か下か判定して貰うしかないけど、場合によっては時間と魔法力と労力の無駄になりそうで、どうにもギャンブル要素が濃い。
「あ、あの……トモさん。そのリスト見せて貰ってもよろしいでしょうか」
「へ? あ、はい。勿論構いませんけど」
自己紹介を終えた後もパイセンに怯えて近付いて来ようとしなかったルウェリアさんが、急にグイグイ来た。何か琴線に触れる名前でもあったんだろうか。暗黒要素のあるネームは特に見当たらないけど……
「やっぱりモーショボーさんです! まさかこんな所で名前をお見かけするなんて……!」
ルウェリアさんが食いついたのは、暗黒とは程遠い、なんかショボそうな名前の精霊だった。
「知ってるんですか?」
「はい。あちらはもう私の事なんて覚えていないと思いますけど、私にとっては忘れられない方です」
物言いから察するに、知っているどころか実際に顔を合わせた経験があるみたいだ。そう言えばさっき、パイセンが『人間と縁が深い何体かの精霊』とか『半分人間界の住民』って言ってたっけ。なら顔見知りでも不思議はないか。
「そのモーショボーッてのは、精霊界の中でも相当なワルだぜ。昔は人間の冒険者を誑かしてよ、そいつの頭蓋骨叩き割ッて脳髄を啜ッてやがッたからな」
何その猟奇的な精霊! 俺の持ってる精霊のイメージと全然違うんだけど!? それもう悪霊でしかないじゃん!
「精霊界でも手に負えねェッてンで、永久追放された筋金入りのヤベー女だ。ま、だからこそ喚び出しても良いッて事になッてンだろうけどな」
「喚び出した瞬間、俺の頭叩き割られそうなんだけど……」
「ハッ。そうなッたらなッたで諦めるしかねェだろ。精霊一体手懐けられねェ人間が長生きしたところで、大した生き様刻めねェだろ?」
……地味にグサッと来る人生観ぶっ込んで来やがりますね。凡人には生きる価値なしってか。何も成し遂げられず、趣味と仕事で一生を浪費していく、そんな生前の生き方が全否定された気分だ。
今は違う生き方を目指している。だから、それは過去の俺だ。今の俺じゃない。
そう思おうとしても、やっぱり気分は良くない。生きる場所も生き方も変えたけど、底辺警備員として生きていたあの頃の俺も、確かに俺だったんだ。惰性で生きていたのかもしれないけど、社会的にも生物学的にも何一つ役に立っていなかったのかも知れないけど。
それを否定されると、憤りと言うより虚しさが込み上げてくる。虚無の時代を否定されて虚しくなるって、これどんな皮肉だよ。
勿論、パイセンに悪気はない。俺をディスって言った訳じゃないし、彼には彼の価値観や人生観があって当然な訳で、俺の劣等感が刺激されたからって、いちいち反発して無駄に揉めるつもりもない。
「大した生き様じゃなくても、生きたっていいだろ? 別にさ」
……そう自戒してみたけど、ダメだ。口が勝手に動いた。30代にもなって煽りに弱いとは、我ながら呆れちまうよ。
「あ? まァいいけどよ」
そして向こうは向こうで軽すぎィ! 軽いなぁこのヤンキー! もっと自分の発言に重きを置いて!
でもま、細かい事をいちいち気にしないのは確実に良い事だ。そこは素直に見習いたい。
「あの……」
不意に、ルウェリアさんがおずおずと手を挙げる。
まさかルウェリアさんにも平凡コンプレックスが――――
「モーショボーさん、凄く優しくて素敵な精霊さんでした。悪く言わないで欲しいです」
そっちかい! ヤダもう何もかも噛み合わない!
でも、ルウェリアさんのこの発言は気になる。精霊側と人間側で、ここまで印象が真逆なのは不可解だ。
「……ちょッと待て。マジで言ッてンのかよ?」
「はい。お会いしたのは三年くらい前でしたが、私達の武器を一つ一つ丁寧に褒めて下さいました。お買い上げもして下さって」
……精霊って人間の武器買うの? っていうかお金持ってんの?
「武器ィ? あの猟奇趣味のグロ女王が人間の武器で満足するたァ思えねェがな」
ああ、そういう事なら一気に信憑性出てきましたね。そりゃそういう趣味なら大好物だろベリアルザ武器商会の商品は。
「本当なんです。ただ最近はすっかりお見えにならなくなって……他にご贔屓のお店が出来たんでしょうか」
「いや……それはどうかと思いますよ。ベリアルザ武器商会は世界に二つとない独自路線の品揃えですし」
「あ、ありがとうございます」
正直褒めたつもりは特にないけど、頬を赤らめてお礼を言うルウェリアさんが可愛いったらないので黙っておこう。
「まァ、精霊界を追放された精霊は大抵人間界に居着くみてェだし、あり得ねェとまでは言えねェか。オウ、だッたらまずモーショボーを喚び出してみろや」
「了解」
俺も真偽を確かめてみたいし、この流れで他の精霊喚び出すのも逆張り過ぎてダサい。ここは素直にモーショボーって精霊を喚ぼう。
確か、ウィスは一度に複数の精霊を出現させてたけど――――
「アイテムで補強したみてェだが、テメェの魔法力じゃ同時に喚び出せるのは一体までだ。一通り他の精霊と交渉が終わったら、またオレを喚べや」
こっちの返事もまたず、パイセンはスゥ……っと姿を消した。精霊界に一旦還ったんだろう。
「ルウェリアさん。モーショボーって精霊はどんな外見だったんですか?」
女性の精霊っつってたし、万が一半裸みたいな格好だったら目のやり場に困る。猟奇趣味の精霊って何となくエログロ属性っぽいし。悩殺されてる間に頭蓋骨砕かれたらたまったモンじゃないからな。
「えっと……確か小さめの黒い翼が生えていましたので、一目で精霊の方だとわかりました。長くて真っ赤な髪で、切れ長の目に分厚い唇をした、妖艶で美しい方でした」
まあ、大体想像通りだな。俺の中では既にサキュバス感に溢れたイメージが出来上がっている。
あらかじめ変換しておいた魔法力はまだまだ残っているし、再変換の必要はない。このまま祈りに入ろう。
「これより精霊折衝を執り行う。モーショボーを指名」
……これ、人前で言うのスッゲー恥ずかしいな。他に中二っぽくない文言考えとくか。
さて、果たしてどんな精霊が現れるのか――――
「ギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョ!!」
えっ何!? 何何何何何!?
「ギョギョ!! ギョギョギョギョ!! ギョギョギョ!!」
急になんだ!? これ鳴き声!? 何かスッゲーけたたましいんだけど!?
「ギョギョッ!!」
うおっ! 鳥だ! 目の前に超でっかい鳥がいる!
メチャメチャ顔とクチバシのデカいフラミンゴって感じだな……いやこれもう赤いハシビロコウだろ。何この謎鳥。謎過ぎる。
「ギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョギョ!!」
しかもスゲー勢いで絡んでくる! 超怖いんだけど!?
「あ、あの……もしかしてその鳥さんが精霊さんなのでしょうか……こんなお顔じゃなかったと思うんですが」
「顔以前に生物分類が違くないですか!?」
でも確かに、精霊折衝を実行したタイミングで出現したんだよな……この謎鳥。他に何か現れた気配はないし、マジでこの鳥がモーショボーなのか?
けどなあ……ウィスが喚び出してた犬やカニは人の言葉使えた筈。この鳥、鳴き声しか発してないんだよなあ。
「馬鹿め」
その声は――――上から聞こえて来た。
と言っても、遥か上空じゃない。俺の頭のほんの少し上。そこに女が浮いている。
ルウェリアさんが説明した通りの――――
「ぷっぷー。やーいやーい引っかかったー! そいつウチの使い魔だもんねー! ねぇウチって思った? その子を大精霊モーショボーって思った? ハイ残念ー!」
見た目とは裏腹に、迷惑系ユーチューバーみたいなノリの女だった。
「……優しくて素敵な精霊?」
「私の知らない精霊さんです」
真上を指差した俺に対し、ルウェリアさんは露骨に顔を背けた。
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