第三部02:精霊と聖隷の章

第176話 無機物に屠殺されちゃうの!?

 ギルドのお仕事やイリス捜索など、様々な課題が山積みだけど――――今日の俺は一先ずそれらを忘れ、ギルマス専用のカウンター席で年甲斐もなくワクワクしていた。


 人間、それなりの期間生きているとですね、心躍るような出来事は年々減っていく訳ですよ。一度聞いただけでビビッと来るような音楽と出会う事も、寝食を忘れて夢中になれるようなゲームと出会う事も、『もしかしたらONE CHANCEあるんじゃねーの』と思えるような女性と出会う事も、そりゃもう虚しくなるほど激減するんですわ、30代ともなると。


 けれど異世界! そして精霊!


 当然ながら、生前には一切無縁だったこの精霊という存在に、俺はもうDANDAN心魅かれ錆びついたマシンガンで今を撃ち抜く勢いで鼓動が高鳴ってやがる。こんな楽しい瞬間はオラはじめてだ!! わくわくするぞっ!!


「ギルマス、今日テンションおかしくない? 地獄みたいなウザさなんだけど、どったの?」


 やだもうヤメさんったら、せっかく人が頑張って緊張解そうとしてるのに。気の利かない子ね。


 ……いや、マジで緊張感半端ない。でも期待感が高まってるのも事実だ。


 今日は御主人に注文していたアルテラのペンダントが届く予定の日。無事入手したら、いよいよ精霊折衝を実際に行ってみる段取りになっている。


 ティシエラやコレットは連日の五大ギルド会議でギルマスとしての業務が溜まっているらしく、今日は激務に追われて身動き取れないらしい。まあ、別に二人が精霊の専門家って訳でもないし、わざわざ彼女達が暇な日に日程を合わせる必要はない。


 とはいえ、一人でってのは流石に心細い。ギルド員の誰かに同行を頼みたいところだけど……


「何? ジロジロ見るのやめてくれる?」


 シキさんはいざって時に俺を見捨てて逃げそうだし……


「うわ酷。ギルマスかわいそー……え、何何マジで何? シキちゃんにフラれたからってこっちみんな☆」


 ヤメはいざって時に俺を盾にしそうだし……


「どうかされましたか? 不肖私、あまり睨まれると反射的に手が出てしまうので……」


 オネットさんはいざって時に俺ごと斬り刻みそうだし……


 ダメだ、ロクなのがいねぇ。何だこのギルド。ギルマスに威厳なさ過ぎだろ。


 こういう時に限ってディノーは街警備でいないし、他のまともな人材も総じて仕事中。持ってねーな俺。というか、まともな人間が少な過ぎるんだよ。ちゃんと面接してんのか? このギルドはよー。


「すみませーん。トモさんはいらっしゃいますかー?」


 ん? 今の声って……


「あっ、いました! この度はベリアルザ武器商会をご利用頂きありがとうございます! ご注文の品、お届けに参りました!」


 やっぱりルウェリアさんだ。わざわざ届けに来てくれたのか……ありがたや。


 恐らく送料無料とは思うけど、こういう場合、チップ感覚で交通費くらい支払った方が良いだろうか。でも女性相手だと下心あるみたいでイヤらしい気もするんだよな……難しい。


「えっと……こちらになります。手に取ってご確認下さい。万が一違う商品だったり、傷が付いていたりしたら、交換させて頂きます」


「了解です」


 アルテラのペンダントは桐箱みたいな高級な長細い容器に収められていた。そりゃまあ、5000Gって事は50万円な訳で、これくらい上等な箱に入ってても不思議じゃないよな。にしても高い買い物だった……生前の課金総額ほどじゃないけど。


 若干震える手で箱を開けると、思いの他まともなデザインのペンダントが入っていた。とはいえ、あの御主人が褒め称えていただけあって、トップの飾り部分は元呪いのアイテムだとよくわかる茨をデザインした刺々しい物になっている。色もダークシルバーって感じの、光沢のあるブラックだ。


「んー……取り敢えず傷とかは大丈夫っぽいですね。ただ、効果がないと意味ないんで一度使ってみても良いですか?」

 

「はい、勿論です。では、使用方法を一からご説明しますね」


 流石、暗黒や呪い関連のアイテムには詳しいようで。それにしても気が利くよなあ。至れり尽くせりだ。


 この人がお姫様というのが未だに信じられない。上品さは多分にあるけど、どちらかというと高貴なオーラってより庶民的な雰囲気が漂ってる感じだし、その方が似合ってる。


 ……と。


 ついつい意識してしまったけど、御主人から今まで通り接してくれって言われてたんだっけ。


 恐らく御主人は、まだルウェリアさんに出自を打ち明けるつもりはない。なのに、敢えて真相を話してくれたんだ。漏れるリスクしかないのに。その信頼には応えないとな。いつも通り、平常心で耳を傾けよう。


「えっとですね。まずペンダントを首に掛けまして」


「はい。掛けました」


「暫くすると、首が絞まります」


 はい……んんん!?


「ちょちょちょちょちょ! 一旦! 一旦外しますね!」


「え……ど、どうしてでしょうか」


「いや、決してルウェリアさんを信用していない訳じゃないですよ? でも首に掛けたペンダントが勝手に首締め付けてくる恐怖はちょっとシャレにならないっていうか!」


「それは大丈夫です! 締まると言ってもギュウウウって感じじゃなくて、キュッって感じですから!」


 なんかニワトリ絞める時の音してません!? 俺、無機物に屠殺されちゃうの!?


「あ……すみません。呪いのアイテムってそういうのが普通なので、いつもの感覚でつい……あの、窒息する心配はないです。そういうのがないよう、ちゃんと改造してありますので」


 その感覚、有り体に言ってダメだと思います。呪い界隈からは距離置いた方が良いです。人格歪みますよ本当に。


 取り敢えず安全面では心配ないらしいけど、勝手に動くペンダントを首に掛けるってメチャクチャ勇気要るな……


「ある程度締まった状態になると、そこで暫く装備者の体力を吸い取って、魔力に変換します。ペンダントの飾りに触れると吸うのをやめて、元に戻ります。それで終了です」


「変換された魔力の量って具体的にわかります?」


「考えてはダメです。感じて下さい」


 ……まあ、そんな便利な機能付いてる訳ないわな。


 何にせよ、体力が吸われてるのは実感できるだろうから、それさえわかれば正常に作用している……とはならんよな。体力だけ奪われて魔力になってなかったら何の意味もないし。


 御主人やルウェリアさんが不良品を寄越すとは思えない。でもこの人達、微妙に騙されやすそうというか、パチもん掴まされそう系なんだよなあ。


 元いた世界みたいにクーリングオフがある訳じゃないし、レア物って事を考えると、原則として返品不可だろう。こっちも慎重にならざるを得ない。


 だったら――――


「ルウェリアさん。もしお時間があるようなら、俺に付き合って貰えませんか?」


「それは構いませんが……どうなされるんでしょうか?」


「実は……」





 という訳で、ルウェリアさんを人気のない場所へ連れ込む事にした。今まで通り接するってこういう事さ!


「あの……」


「大丈夫です。帰りは責任を持って送り届けますから」


 ここは以前、コレットも交えて一緒に来た郊外の森。あの時は俺の調整スキルを試す為に来たんだっけ。あれもう2ヶ月以上前なんだよな。


 あの時は良かった。何がとは言わんけど、人生で一番良い経験をした。


「いえ、そういう心配はしていません。トモさんは紳士ですので」


 フフッ。信頼が痛い。


「経緯は来る時に聞きましたが、どうして精霊を呼び出す事にしたのかと思いまして」


 それに対する答えは、とっくに持ち合わせている。俺がアインシュレイル城下町ギルドの戦力になる為だ。このまま足手まといのリーダーなんて御免だからな。


「……人と違う事が出来るって、誇示したかったんですよ」


 でも俺が口走ったのは、それとは違う理由だった。


「俺、昔から手先とかすごく不器用で、要領も悪かったんですよ。勉強はそれなりに出来たし、運動もそこそこはこなせてたんですけど、どれもまあ、言ってみれば凡人の域で」


 人生の見せ場は大学合格くらい。自分は何か特別な才能を持って生まれてきたって思えるような事すら、たったの一度もなかった。


 別にそれは、コンプレックスってほどでもない。大半の人間がそういう人生だし、上澄みの一部になれなかったからって拗ねるほど頭がハッピーセットでもないつもりだ。


 それでも、何か人と違う事が出来る人間でありたいって憧れは常にある。優れてなくてもいい。名刺代わりの何かが欲しい。精霊折衝には、そういうものへの期待がある。


 多分、これが本音なんだろう。


 ……あ、ルウェリアさんがポカーンってしてる。それもそうか。俺の心の内を彼女が知る術なんてないし――――


「わかります!」


 え!? わかるの!?


「私もそうです。お父さんも周りの人も、とても良くしてくれますが、そんな皆さんのご厚意に甘えるばかりで、私自身はヘボヘボです。だから少しでも違いのわかる武器屋になれたらと思いまして、普通の武器屋さんがあまり着目しない部分に目を向けるようになりました」

 

「えっと……具体的にはどんな部分ですか?」


「心です。勿論、武器に心はありません。その武器を作った人の心の叫びに耳を傾けてみたんです。どうしてこの武器はこんなに嘆いているのかとか、何故にこんなに恨めしさを出しているのか、と。そうしたら、自然と暗黒武器に行き着きました」


 成程、そういう経緯があったのね。この光属性としか思えない人がどうして暗黒武器に魅了されたのか不思議だったけど、憐れな武器に慈悲の心を向けていたのか。なんか納得した。


「今ではそれがクセになって、慟哭や怨嗟や悲嘆を感じないデザインには物足りなさを感じるようになりました」


 えぇぇ……それで良いんですか? 御主人、娘さんの教育方針間違ってません? 趣味が一致して浮かれてる場合じゃなさそうですけど……


「なので気落ちは凄く良くわかります! 私、微力ながら応援してますね!」


「ありがとうございます。でも暗黒系の精霊と交渉する気はないんで、趣味には合わないと思いますよ」


「精霊に暗黒は求めていません!」


 怒られてしまった。


 さて……ここなら精霊を喚び出しても他人に見られる心配はないだろう。まずは約束通り、ペトロパイセンを召喚しないとな。


 ただしその前にアルテラのペンダントを使わないと。これ怖いんだよな……


「すーっ……ふぅ……すぅー……ふぅーっ……うりゃ!」


 数回の深呼吸の後、意を決して装着。うわ、マジでチェーン部分が締まっていくな……でも確かに締め付けるってほどじゃない。チョーカーみたいな感じになった。


「その状態で体力が吸収されます。少しでも息苦しさを感じたら、飾りの部分を触ってストップして下さい」


「わかりました」


 今のところ、体調に変化はない。確か俺のステータスは生命力にかなり偏っているから、体力は人並以上の筈。それなりに吸われても大丈夫だろう。


 ……………………ん? なんかちょっと倦怠感が出て来たような。気の所為か?


『こうなります』って先入観があると、ついそっちに引っ張られる事あるよね。熱測るまで何ともなかったのに、38度って表示が出た途端にクラクラするアレみたいに。


 もう暫く我慢――――


「オフウッ」


「トモさん!?」


 急に足に来やがった。生前に一日中夏の炎天下で某イベントに参加していた時のような疲労感。これ間違いなくガッツリいっちゃってますね……


「ストーーーップ!」


 幸い、ペンダントの飾り部分を触るとチェーン部分の長さが元に戻り、体調の悪化も止まった。どうやら体力の吸収は問題ないらしい。


 後は、ちゃんと魔力に変換されているかどうかを精霊折衝で確認するだけだ。


 やり方は……確か祈るんだったな。両手を重ねて握り、胸の前に固定。顎を引いて目を瞑る。


 そして――――


「これより精霊折衝を執り行う。ペトロを指名」


 確かウィスって奴がこんな感じの事を言っていた。若干中二病入ってる気がしなくもないが、まあ良い。


 これで何も起こらなかったら超恥ずかしいけど……



「おう。来てやッたぜ」



 幸い、俺の祈りはパイセンに届いたようだった。


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