第175話 真理に到達しました

 アインシュレイル城下町ギルドの新たな船出は、思いの他順調だった。


 今後このギルドのメイン事業となるであろう街中の警備は、今のところ特に問題なし。一度、夜間警備中に下半身を露出させてマラソンしている不審者がいたが、ヒーラー等と比べれば所詮は取るに足らない平凡な変態。口頭注意で反省を促したのち、家まで送り届け簡単な事情聴取も行った。


 尚、年頃の娘さんがいる中で『何故外で下半身を露出したのか』を詳しく聞かざるを得ず、結構な羞恥プレイになり途中で家族全員泣き出す地獄絵図が展開されたが、本格的な地獄になる前に逃げ帰ったんで大丈夫! その家庭が今どうなってるのかは知らん。


 娼婦護衛についても平和そのもの。街の警備を担当しているディノーがそれとなくこっちの仕事に回して欲しいというアピールをしているような気がするけど、ガン無視してやりました。万が一、女帝と間違いを起こそうものなら俺の脳が破壊されそうだしね。いや破壊されんけど。


 怪盗メアロについては専門スタッフを設けず、街の警備中に見かけたら捕縛を試みるという形で落ち着いた。というか、捕まえようとしても多分無理だろうなと半分諦めている。同時に、捕まえられるとすれば俺だけだとも思っている。自惚れでも何でもなく、奴が現れるのは俺の前だけだからだ。


 今の俺には当然無理だ。でも、精霊の力を借りれば可能かもしれない。俺が戦う力を得るっていうのは、そういう事でもある。期限を設けた依頼じゃないから、焦らず気長に行こうと思う。


 街灯設置については、前回に引き続きマキシムさんに現場監督をお願いしている。信頼を得る為スピードが重要だった前回とは違い、今回は余裕を持ってスケジュールを組めたから、人員も最小限。馬車に細工をする必要もない。


 そして――――


「交易祭……?」


 娼館の最寄りのレストラン【リング】で会食していた女帝から、聞き慣れない言葉が飛び出した。


「アンタはここに来てまだ間もないから知らないだろうけど、この街では朔期と冬期が移り変わる頃に毎年、交易祭ってのをやるのさ。元々は人間と精霊の交流をより深める為にって始まったんだけど、精霊って連中はマイペースの極みって言うか、まあ時間にも約束にも決まり事にもとことんルーズでね。ちっとも集まらないってんで、結局人間の方だけでやるって事になったのさ」


「具体的にはどんなお祭りなんですか?」


「メインはプレゼント交換さね。日頃から世話になってるヤツ、家族、恋人、仲間……そんな親しい連中と、予め用意しておいた物を交換するのさ」


 なんか普通にクリスマスと似てるな。そういうのやってるっていうよね。都市伝説だけど。俺の人生で可視化された事ないから絶対都市伝説だけど。


「ま、最近は意中の相手にプレゼント交換持ちかけるのがもっぱら多いらしいけどね。応じて貰えなきゃ当然フラれる訳だけど、そんときゃ自分で用意したプレゼントを土の中に埋めて、その土を踏み固めて綺麗さっぱり忘れるってのが慣わしさ」


 バレンタインデーと、あと微妙におみくじも混じってんな。凶引いたら境内の何処かに結んでスルーするやつと似てる。12月と1月と2月のイベントが一纏めになったような祭りか……ちょっと面白そうだ。


「用意するプレゼントって、定番とかあるんですか?」


「その辺はまあ、集落にも寄るだろうね。ここの場合は住民が金持ちばっかだから、自然と高価な物が多いみたいだけど」


 セレブが集う街、アインシュレイル城下町……借金持ちには嫌な響きだ。やめてくれ女帝、その風潮は俺に効く。やめてくれ。


「ま、月並みだけどなんだかんだで贈る相手に喜ばれそうな物が一番良いんじゃないかい?」


「ですよね」


 プレゼント交換か……ギルドの連中一人一人とやってたらキリがないな。つーか向こうも嫌だろそんな八方美人のギルマス。最少人数に搾った方が良さそうだ。


「その祭り、精霊とはもう一切関わりないんですか?」


「まあね。ただ、そうは言っても精霊に対して何もしないってのは流石にどうかって話も出ててね。今後の事もあるからねえ」


 今後?


 あ、そうか……人間界と精霊界が断交したって話、まだ行き渡ってないんだな。箝口令が敷かれてる訳じゃないけど、俺がここでポロッと話すのはマズイ気がするし、黙っておくとするか。


「ウチも女所帯だから、交易祭は稼ぎ時なんだよ。勘違いした客が色目使って、競い合って高価なモンを用意するだろ? 去年なんてウチのNo.1に500000G以上する皇帝馬車を持ってきたヤツがいてねえ。傑作だったよ」


 何そのユンケルでドーピングした馬車みたいなやつ。馬車のフェラーリ的な? つーか金額ヤバ過ぎでしょ。どんだけ入れ込んでんだ……


「そんな訳で、毎年修羅場が多発しててね。当日は警護を強化して貰えないかい?」


「わかりました。総力戦で臨みます」


「助かるよ。その分、特別料金で支払わせて貰うからね」


 こっちこそ助かる。借金返済の期日が冬期近月30日だから、多分祭りが終わる頃には一ヶ月切ってる。交易祭とやらで荒稼ぎしないとペース的にかなり厳しくなってしまう。人員に限りはあるけど、準備段階で何か仕事に結び付けられないか模索しても良さそうだな。


「ところで、息子さんから連絡入りました?」


「いや、音信不通のままだよ。初めての挫折で戸惑ってるのかねえ……」


 選挙後、ファッキウは娼館にも姿を現わしていないらしい。合わせる顔がないと普通なら考えるところだけど……奴がそんなタマじゃないのは良く知っている。


 最悪のシナリオは、奴等がヒーラーと組んで一大勢力を築き上げる事。でもヒーラーと一時的に手を組んでいたとはいえ、ファッキウが今後も奴等と協力する理由はないように思う。なんだかんだ、社会に認められたくて動いていたのは確かだから。反社会勢力のヒーラーを利用はしても、志を共にはしないだろう。


 ……にしても、奴が崇拝していたルウェリアさんが、実はお姫様だったとはな。


 その事実を奴が知っている筈ないし、嗅覚だけは認めざるを得ない。人を見る目はあるんだろう。敵に回すと厄介極まりない。


「一つ聞いて良いかい?」


「はい。なんです?」


「もしウチのバカ息子が街にケンカ売ったら……アンタはどうする?」


 女帝が何を思って聞いたのかは何となく想像がつく。でもこの街を守る仕事に就いた以上、そこに迷いはない。


「当然ボッコボコにしてやりますよ」


「アッハハハハハハハハハ! 母親目の前にして躊躇ないねえ! アンタのそういうトコ、アタイは好きだよ!」


「それは……どうも」


 相手が女帝とは言っても、好きという言葉を使われると照れてしまう。俺もまだまだ色んな意味で経験が不足してるな……





 ――――と、そんな事があった次の日の朝。



「おい」



 ヤメの要望通り、シキさんを交えて朝のスケジュール確認をギルドのカウンターで行っていたところ、禍々しい殺気の塊が猛スピードで這ってきた。こんな動きをする生物に心当たりは一人しかいない。


「もうずっとイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけどイリスがいないんだけど」


「いやあ……心当たりないですけど」


「嘘つけ隠したら殺すぞ嘘つけ隠したら殺すぞ嘘つけ隠したら殺すぞ嘘つけ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ隠したら殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ殺すぞ」


 ぐっ……なんて邪悪な声。何処から出してんだ? 耳や脳どころか全身が麻痺しそうだ。


 いつかはこうなると思ってたけど、やっぱり壊れたかイリス姉……今まで大人しくしてたのが奇跡だよな。このクリーチャーがイリスの不在に耐えられるほどメンタル強い訳ないし。


「うっわー……殺すって言う度に一回一回首がカクカク動いてるよ。怖っえー」


「今更だけど、なんでアレをギルドに置いてるんだろうね、あのバカ隊長」


 聞こえてますよシキさん。口悪いのは良いけど、俺の悪口ならば俺の前で言うな。


 まあ、でも考えようによっちゃ良い機会だ。


 ティシエラに請われて怪しいギルド員に一通り話を聞いてみたけど、イリスの行方を知ってそうな反応はなかった。普通に考えたら、この目の前でカサカサ動いて俺を呪い殺そうとしている女に身の危険を感じて逃げ出したと結論付けるべきだけど……それならもっと早く身を隠していた気もするんだよね。


 何より、選挙終了とコレット就任のタイミングで姿を消したのが、どうも引っかかる。考えたくないけど、コレットが嫌いで彼女が偉くなっていく様を見るのが嫌だった……なんて事も、もしかしたらあるかもしれない。いや、絶対ないと思うけどさ。でもなんかホラ、そういうのってさ、あるじゃん。人間だもの。


 何にせよ、このままだと俺の精神がもたない。イリス姉の怨念を別のベクトルに持って行こう。


「わかった。わかったから一旦落ち着こう」


「あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?あ?」


 だから一語発する度に目の大きさと首の角度を変えるな! 怖い以前に目が回るんだよ! 


「はぁ……イリスが不在なのは事実だよ。置き手紙があって、暫く留守にするって書いてあった」


「なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?な」

「それをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 解明するのが貴女の役目なんじゃないんですかああああああああああ!?!?!?!?!?!?」


 いい加減鬱陶しいコピペ連投荒らしのような言動をシャットアウトするには、カットインからの唐突な逆ギレしかないと判断。その結果――――


「……」

「……」


 他の二人からも白い目を向けられてますね……コレットやティシエラのジト目とは冷気が違う。こいつら、俺が狂ったって本気で思ってるだろ!


 とはいえ野次馬を気にしても仕方ない。重要なのはイリス姉だ。


「私の……役目……? イリスを見つけ出すのが……?」


 幸か不幸か、奴には俺の謎の逆ギレが刺さっていた。自分で言っておいてなんだけど、なんであれで刺さるの?

 

「そう。わたくしはイリスチュア。あの子とわたくしは一心同体、同一の存在。どうしてわたくしは忘れていたのでしょう。わたくしがこんなに不安なんですもの。あの子も今頃不安で泣いているに違いありません。昔からあの子は、何かあるとすぐ逃げ出して、わたくしに『助けて、助けて』って縋っていたのです。わたくしはその度に確信します。この子にはわたくしなのだと。わたくしこそがこの子を形成するまとまりそのものなのだと。思い出しました。わたしはこの瞬間、イリスと単一になるのです。そしてその為に生まれて来たのです。今まさに、その時を迎えました」


 何を言っているのか全くわからないけど、まあ大体いつもこんな感じだから、微妙に安心感が湧いてくる。嫌な慣れだ。


「では、失踪したイリスの調査を貴女に任せます。それが貴女の運命かもしれません。知らんけど。あとイリスを見つけ出したら絶対に話しかけず、その場所を俺に伝える事。良いですね?」


「何故」


「貴女がイリスを覗く時、イリスもまた貴女を覗いているからです」


 適当にそう答えた瞬間、イリスは電撃に撃ち抜かれたような顔でその場に蹲り、暫く頭を抱えたのち、今までにない爽やかな顔で俺を見た。怖いよ。


「わたくしは今、真理に到達しました。そうです。その通りです。わかりました、イリスには話しかけず、気配を察知した段階で報告します。真の理解者たる我が主に」


 ……俺、この人の主なの? いやギルマスとギルド員だからそれに近いっちゃ近いけどさ。なんか嫌だ……


「出立」


 行動に出るのが早い! もういなくなっちゃった!


 これはもう、一刻も早く精霊の力を借りないと。身の危険が間近に迫っている。一度でも対応間違えたら殺されそうだし……


「前から思ってたけどさー、ギルマスってあのヤバい人結構手懐けてるよね。ヤメちゃんドン引き」


「凄い大物か、波長が合うか、同じくらい頭おかしい奴か……多分最後のかな」


「君たち言いたい放題ですね……」


 いついかなる時も忌憚ない意見を言う事が出来る、オープンな社風の働きがいがあるギルドです。是非、一緒に働きましょう!


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