第174話 ルールララヴァロンディンヌ

「……はあ?」


 思わず自分でもよくわからない所から声が漏れてしまった。


 御主人の説明によると、こういう事らしい。


 自分達より序列が上の国王には手を出せない。でも王女は貴比位二級だから自分達と同等の立場。流石に殺す訳にはいかないが、国王の前からいなくなるよう仕向けるくらいは構わない。だから王女を拉致して失踪した事にし、国王が魔王討伐にのめり込むようになった理由そのものを消す事で、国王のモチベーションを消滅させようとした。


 ……うん、全然わからん。序列ってのが重要視されてるのはわかったが、それ以前に人間性と倫理観がバグってる。俺の感覚では意味不明過ぎて具合悪くなりそうだ。


 状況が戦国時代並なのはわかるが、それにしたって一人の人間の人生に対する扱いが軽過ぎる。もうね。アホかと。馬鹿かと。


「あまりにあの子が不憫でな……首を飛ばされる覚悟で陛下に直訴したが、まるで取り合って貰えなかったんで、だったら連れ出してやろうってな。いやぁ、あの頃は俺も若かったな」


「俺もな。まさかお前がそんな事企てるなんてなあ。おかげで共犯になっちまった」


「え? バングッフさんも手伝ったんですか? なんで?」


「俺だって普通に人の心あるんだよ! まだガキんちょの女の子が大人の都合で人生弄ばれそうになってんだから、そりゃ助けようとするに決まってんだろ……ま、俺に出来るのは逃走経路の確保とか、地味な裏方作業だけだったがな」


 意外な男気……でもないのか? でもそういう危ない橋を渡るイメージなかったな。もっと堅実な人生歩んでいると勝手に思ってた。ヤクザ風の割にビビリだもんなこの人。


「でも、そんな経緯なら普通、城下町から出ていきますよね……? なんで留まってる上に武器屋なんてやってるんですか」


「最初はそのつもりだったんだが、ルウェリアが熱を出してな。モンスターのウヨウヨいるフィールドに出るのは危険だから、暫くこの街に潜伏してたんだよ」


 その頃から既に体調が不安定だったのか。何の罪もなく拘束されそうになって、しかも幼い頃から病弱とは……不憫過ぎる。


 今日ルウェリアさんの姿が見えないのも、恐らく体調が悪い日なんだろう。女性には元々そういう日が周期的にあるし、それプラス身体が弱いとなると……俺が想像する以上に大変なんだろうな。


 それでもあの人は、普段そんな事おくびにも出さない。なんて強い人なんだろう。俺が一番尊敬する強さは、そういう強さだ。


「で、暫く様子を窺ってたんだが……監禁を目論んでいた連中に追跡の意志はなかったみてぇだ。まあ当然だわな。奴等にとっちゃ、ルウェリアがいなくなってくれさえすれば良かったんだからな。寧ろ自分達の手を汚さず万々歳ってやつだ」


「問題はそっちより国王陛下の方ですよね。それだけ溺愛していた娘がいなくなったら、立ち直れないんじゃ……」


「いや。陛下とは事後承諾で連絡をとった。俺の仕業って薄々気付いていたみてぇでな。娘を頼むって任されちまったよ」


 ……?


 それはちょっと不自然だ。幾ら御主人の事を信頼していたとはいえ、最初は『ルウェリアさんを拉致するよう企んでる連中がいる』って訴えた御主人の進言を突っぱねたんだよな? なのに、そんなアッサリ娘を手放すか?


 その件に対する御主人の言及はない。まだ何か裏がありそうだな……


「あの、王子や王女は他にいなかったんですか?」


「いるぞ。第一王子のヴェルンスンカノウス様、第二王子のアグァンテンダント様、第三王子のメルピノフェルミン様、第四王子のズィズシラーグリィ様、第五王子のカルジェアリットスン様の五名だ」


 全員名前のクセが凄い! クセまみれじゃ! 良く全員分覚えられるな……あと男ばっかか。そりゃ長女誕生で溺愛したくもなるよ。


 だからこそ、御主人の行為をすんなり受け入れたのは不自然だ。でも跡継ぎって点ではルウェリアさんがいなくても困らない訳で……だから諦めが付いたってのか? 到底納得できないけど。


「ならルウェリアって名前は御主人が付けたんですね?」


「ああ。本名はルールララヴァロンディンヌだ」


 クセ! 待望の長女誕生で浮かれ過ぎだろ!


 最初の一文字だけ取って、後は一切寄せなかったのは正解だったな。まあ変に名残があったら民衆にバレかねないし当然か。

 

「ま、そういう訳なんだが、出来れば今までと変わらず接してやってくれ」


「あ、はい。それはもう。教えてくれてありがとうございます」


 今一つ釈然としない部分もあったけど、全部が全部話せる訳じゃないだろうし、何よりここまでセンシティブな事実を打ち明けてくれた事を感謝しないと。余計な指摘をしてその心意気を蔑ろにする訳にはいかないし、ここは受け止めるだけに留めよう。


「それで話は戻りますけど、バングッフさんが話をしたいのってルウェリアさんなんですよね? まさか御主人の意向に反して本人に王女だって打ち明ける気ですか? 事と場合によっては戦争ですよ?」


「しれっと怖い事言ってんじゃねぇよ! 別にあのお嬢ちゃんを矢面に立たせようってんじゃねーって……ただ状況が状況だろ? 心当たりがないかそれとなく探りたかったんだよ。手掛かり他にないしな」


 ああ、成程。まだ子供だったルウェリアさんが何か知ってるとは到底思えないけど、藁にも縋るってやつか。


「正直に言うとな、俺の立場ヤベーんだよ……商業ギルドって税金を徴収して城に届けてるだろ? その届ける相手がいなくなっちまってるのに、事実を公表しないままだと税金を横領してるって疑われるかもしれねー」


「現に俺はずっと疑ってましたけど」


「マジかよ! いよいよヤベーじゃん俺! ただでさえ五大ギルド会議でやらかしちまってんのに、これからどうなっちまうんだよ!」


 バングッフさんにも彼なりの葛藤や気苦労があったんだな……なまじ王城と関わりがあっただけに、板挟みで大変だな。


「まあ、お前さんの立場には同情するし借りもある。けどよ、ルウェリアを巻き込むのはやめてくれ。あの子はもう王女じゃねぇ。俺の娘で、この武器屋の看板娘だからよ」


 毅然とした御主人の態度に、感じるものがあったんだろう。頭を抱えて悶絶していたバングッフさんの大きな溜息が、この件の決着を予感させた。


「わかったよ。悪かったな無理言って。でも、これからどうすっかなあ……」


「税金の件なら、俺が無実だって証言しますよ。俺個人には何の発言力もないけど、ティシエラとコレットを納得させれば五人中三人が無罪を支持する事になりますし」


 そう助け船を出した瞬間、バングッフさんは山中で熊と遭遇したようなキョトンとした顔になった。


「お前……もしかして超重要人物になってね? 五大ギルドの内二人の女とヨロシクやってんの?」


「やってねぇよ」


「冗談だよキレんなよ。実際かなり助かる。いざって時は頼むわ」


 安易に頼ろうとしないのは、流石商業ギルドのトップ。そう簡単に借りを作る訳にはいかないんだろう。


 収穫があって満足したのか、バングッフさんはそのまま店を後にした。今頃、手下どもの尻を蹴っ飛ばしている頃だろう。


 ……ん? なんか血相変えて戻って来た。


「ヒーラー共がこの辺に潜伏してるって本当!?」


「嘘です」


「嘘かよ! お前何なの!? 魔性の女!?」


 別に貴方を振り回そうと思ってついた嘘じゃないんだけど……


 ともあれ、今度こそ商業ギルドの面々は帰って行った。最後まで騒々しい連中だったな。


「バングッフさんとは付き合い長いんですね。俺が初めてあの人を見かけた時、武器屋を辞めるよう言ってましたけど……」


「ああ、あれな。ルウェリアの正体知ってっから、あんま目立つような商売すんなって忠告さ」


 そういう事だったのか。やっぱバングッフさん良い人じゃん。


「確かに一理ある。俺はこの仕事にやり甲斐と誇りを持っちゃいるが、違う職に就く覚悟もあらぁ。でもよ、さっきも言ったがルウェリアはもう王女じゃなく普通の娘なんだ。あいつの過去に遠慮して人生曲げちまったら、万が一あいつが自分の血統を知った時、自分を責めちまうだろ?」


 ルウェリアさんの性格を知り尽くしているからこその決断だ。そして俺も御主人に一票。リスクが大きいならその限りじゃないけど、話を聞く限りじゃ大丈夫そうだ。


 それに、ただ単に好きで武器屋を営んでいるってだけじゃなさそうだし。


「やたら暗黒武器を多く手掛けてるのも、ルウェリアさんの出自に配慮して、客を過剰に増やさない為の英断だったんですね。そりゃそうですよね。こんな禍々しい武器屋を好きこのんで運営しませんよね。ハハハ」


「……単に俺と娘の共通の趣味だ」


 あっ。


「こんな禍々しい武器屋……誰がわざわざ選り好んで運営するんだよってか……ククク……正論だあ。俺が意気込んで仕入れた商品、悉く売れてねぇもんなあ。売れ線なのはお前のスキルで作って貰った武器とコレット効果のバフォメットマスクだけ……武器屋なのに殆どの武器が山羊マスクの売上に惨敗……こいつぁ傑作だ。正論ってなぁ、いつだって笑えるよなあ……」


 やっちまった……地雷をストンピングしちゃったよ。っていうか血が繋がってないのに暗黒趣味が共通するってどんな確率!? 


「あー……その……そうそう! 体力を魔法力に変換できるアイテムがあるって聞いたんですけど、何処にあるか知りませんか?」


 必死に話題を逸らそうと考えた結果、ここに来た目的をようやく思い出した。つーかバングッフさんがいる時に聞きたかった。衝撃の事実の所為で頭の中から完全に吹っ飛んでたよ……


「ああ。そりゃ【アルテラのペンダント】ってアイテムだな。元々は装備してると魔法力が一時的に増加する代わりに知覚力ゼロになるって呪いのアクセサリーだったんだが、呪いの方向を変えて体力が減る代わりに魔法力が上がるよう改良したやつでな。このデザインがまた秀逸なんだわ」


 元呪いのアイテムって事で予想はしてたけど、やっぱ暗黒形の見た目なのか……


 スカルとかだったらキッツいなあ。見た目20歳でも中身は30過ぎのオッサンがスカルは許されないだろう。


「武器じゃないからウチでは扱ってねぇが、取引先の商人が多分在庫に持ってたと思うぜ。欲しいなら仕入れてやろうか?」


「是非お願いします! 値段と時間、どれくらいかかります?」


「レア物だから結構すんだよな。確か5000Gくらいじゃなかったっけか」


 高っけぇ! 借金持ちにこれはキツい……レア物じゃ中古とかなさそうだしなあ……


「時間はそんなかからねぇよ。バフォメットマスク仕入れてる所だから、今は頻繁にやり取りしてんだ。5日もあれば届くと思うぜ」


 秘書を雇う金を惜しんで5000Gの買い物をするのもどうかと思うが、俺が戦力になれば新たに一人雇うのと同じ。先行投資と考えれば……


「わかりました。是非お願いします」


「毎度あり」


 これで一応、ここに来た目的は果たした。


 ……いや、後一つ残ってたか。

 

「ルウェリアさん、あれからもうトランス状態になってませんか? っていうか、あの状態って病弱なのや出自と関係あります?」


「なってねぇな。原因は俺も正直よくわからないんだが、医者が言うには体調自体は問題ないから、精神的なモンかもしれねぇってよ。知らず知らずの内にストレス溜め込んでるのかもしれねぇ」


 ストレスか……確かに、夢遊病はストレスが原因って話を聞いた事あるな。



『マギの臭いが全くせぬぞ。マギが完全に涸渇しておる』



 でも、ウィスの召喚したワンコ精霊はこんな事を言っていた。マギが一時的に消失しているのなら、ストレスが原因とは言い難いんじゃないだろうか。


「すみませーん。ちょっと武器を見せて貰いたいんですが」


 ……っと、客か。これ以上邪魔しちゃ悪いな。目的は果たしたし、そろそろ見回りに戻ろう。


「五日後にまた来ますね」


「おう。ギルド、順調そうじゃねーか。その調子で頑張りな」


 気持ち良く激励してくれた御主人に会釈し、踵を返す。珍しくやって来た一見さんの客は御主人と少し話した後、引きつった笑顔で出て行った。まあ、いつもの風景だ。君子危うきに近寄らず。さっさと離れよう。


 でもその前に――――


「……最後に一つ聞いても良いですか?」


「あ? なんだ?」


「どうしてそこまで愛せるんですか? 血の繋がっていない娘さんを」


 友達が長らくいなかったからかもしれない。

 親と疎遠になっていたからかもしれない。


「愛情って、なんなんですかね」


 どうしても、それが聞きたくなった。


「……難しいこたぁわからねぇが、多分答えはないと思うぜ。愛着ってのは、もしかしたらあるかもしれねぇ。経緯が困難だったから余計にな。でも……ま、俺がルウェリアを愛している理由なんて別にねぇよ。仮にあいつが良い子じゃなくても、突き放せる気がしねぇしな」


 そう言って屈託なく笑う御主人の顔が、言葉以上に答えのような気がした。


 俺には多分、あの表情は出来ない。


 この先、出来るようになる事があるんだろうか?


「理由がないからこそ無償の愛なんですかね」


「ンなカッコ良いモンじゃねぇよ。報酬はあいつの笑顔で十分なんだよ」


「何それベタなのに超カッコ良い!」



 ――――いろんな感情が入り乱れる自分を持て余しつつ、ベリアルザ武器商会を後にした。


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