第115話 パンドラの箱の中に爆竹放り込んだような状況
メカクレの家の居間は狭い。多分四畳半よりは広いと思うけど、明らかに八畳まではない。六畳と八畳の間くらいの広さだ。
そんな中に、俺、ディノー、ティシエラ、イリス、メカクレ、ファッキウ、ユーフゥル、ディッヘ、そしてキスマスと思しき女性の計九名がいる現状は、余り好ましいとは言えない。万が一、ルウェリア親衛隊の連中が暴れ出したら避けようがない。
幾らディノーやティシエラの戦闘能力が優れていても、この至近距離で五人も相手にするのは無理がある。俺なんて真っ先に殺されそうだ。
……まあ、幾ら連中がイカれているとは言っても、ソーサラーギルドのギルマスがいる中で殺意をもって暴れるような真似はしないだろう。そう信じたい。
万が一そうなったらティシエラに家ごと破壊して貰おう。多分出来るだろ、伝説のパーティの一員ってくらいだし。
「ネシスクェヴィリーテは喉から手が出るほど欲しい。でもコレットが選挙を辞退する事はない」
そんな事を考えつつ、露骨なしかめ面になったファッキウと正面から向き合う。相変わらず反吐が出るほどイケメンだ。これ以上彫りが深かったらクドく感じるギリギリのラインを攻めきった顔立ち。歩く黄金比って感じだな。
「……君は毎回、僕の思い通りにならない事をする。不愉快な男だ。だが、そういう奴がいても良い。でなければ人生つまらない。そうだろ? ユーフゥル」
話を振られたユーフゥルは、相変わらず中性的な顔立ちで澄ました表情をしている。
俺、奴に一度殺されかけたんだよな。あの時は確かに強い恐怖を感じた。今でも鮮明に覚えてる。ただ、それは殺されるっていう本能的な恐怖じゃなく、攻撃される事への理性的な恐怖だった。だから足が竦んだり全身が強張ったりせず、普通に動けたんだ。
本能的な防衛反応が麻痺しているのは大問題だけど、プラスに働く事もある。
恐らく今も。怖いのは怖いけど、震え上がるほどじゃない。
「一理あるけど、ボクにとってこの状況は余り歓迎出来ない」
そこで初めて、ユーフゥルはこっちに目を向けた。ただし俺じゃなく――――ティシエラの方を。
「それは私の所為なの? カイン」
「その名はもうボクのじゃない」
「何故? 貴方は過去を捨てたという訳?」
「……」
「肝心な事は話さないのね。元上司に対して最低限の敬意くらい払って欲しいんだけど」
ティシエラにとっては、ずっと追っていた身内。元々は雄弁で明るい男だったらしいが、今は女と自称しているそうだ。
身体付きは線の細い男性、って感じだ。何処がとは言わないが膨らみがないからな。あと、何処がとは言わないが膨らみは……わからない。わかりたくもないが。
「カイン……」
ティシエラの隣で、イリスが泣きそうな顔をしてユーフゥルを見ている。元ソーサラーギルド所属だったらしいから、イリスとも知り合いだったのは間違いない。
にしても、ただの同僚相手に対してする顔じゃない。ま、まさか恋人、もしくは片想いの相手だったんじゃ……
「ちゃんと食事してる? ギルドにいた頃より随分痩せてるよ? 目の下にクマあるし、睡眠不足なんじゃない? 不健康だと女の子にモテないよ?」
一人暮らしを始めた息子を心配するオカンみたいな顔だったのか……! そんな母親の顔一度も見た事ないからわかんねーよ!
「なーんか修羅場ってる感じ? ワケありな奴多過ぎでしょー! 超ウケるー!」
初めて聞いたキスマス(仮)の肉声は、外見より更に幼い印象で、さながらギャルのようだった。若干ザラ付いていて、何処か不安定さを感じさせる。声や第一印象だけで判断するのは早計かもしれないけど……明らかに俺にとって相性の悪い人だ。出来れば関わらないでいたい。
「ねー、そこのお兄ーさん。ファッキウとバチバチやり合ってんだって? 物好きー。こいつウザくない?」
「ウザい。死ぬほどウザい。自分の思い通りにならないとすぐキレるし」
「わっかるー! マジ最悪だよね! この顔面じゃなかったら死ねって感じ」
おいおい……嘘だろ? 一瞬で意気投合しちゃったよ。なんで異世界まで来て『ギャルはオタクに優しい』って都市伝説を証明しちゃってんの俺。
「取り敢えず、皆さんお座り下さい。フレンデルさんに用があって来たんですよね?」
ワチャワチャした状況を収束すべく、場を仕切りだしたのは意外にもディッヘだった。ベリアルザ武器商会ではルウェリアさんの不幸を願いまくってたけど、ルウェリアさんがいないと異常性は影を潜めるんだな。
「……ああ。アンタらルウェリア親衛隊について情報を貰おうと思って」
勿論、言われた通りに座る気は一切ない。向こうが武力行使を仕掛けて来た場合、座っていたら明らかに不利だ。それはケンカ慣れしていない俺でもわかる。
「そうだったのですか。我々に何の御用でしょうか?」
「その前に、一つ確認したい」
ディッヘから視線を外し、ティシエラの方に向ける。俺の意図を汲み取ったらしく、ティシエラは小さく頷いた。
彼女と俺に共通する目的。それを今こそ果たそう。
「アンタらは……きっかけがあって変わったのか?」
問いかけた相手はファッキウとユーフゥルに限定される訳じゃない。他の二人については過去を全く知らないから、変わったかどうか判断しようがないだけだ。
少なくとも、ユーフゥルは変わった。本人もそれを自覚している。そして俺の見立てでは、ファッキウも以前とは違っている。今の奴に以前のようなルウェリアさんへの執着は感じられない。
どういう理屈でそうなったのか。まずはそこから聞き出しておかないと、話が進められそうにない。
「それは……僕に対しても言っているのか?」
ファッキウの目の色が変わった。元々キレやすい奴だけど、静かにキレるパターンは珍しい。
……この異世界に転生するまで知らなかったけど、イケメン相手に啖呵を切るのって結構プレッシャーかかるんだな。やっぱイケメン要素って強いわ。ゲームやってても、敵キャラの中にイケメンいたら絶対ラスボスかそれに近いポジションだったりするもんな。
「気付いていないと思ったか? 今のお前は、明らかに以前のお前じゃない」
でも、もう引けない。最初から引く気もないしな。
「当然、そこのメカクレ……フレンデルもそうだ。この部屋にいる五人の内、少なくとも三人は以前とは違う性格・性質になっている。なら共通の事情があると判断するのが普通だろ?」
「……フフ」
ファッキウは笑った。俺の返答が的外れでつい笑った、って顔じゃない。何かを取り繕うような、若しくは認めざるを得ないと悟ったような、陰を感じさせる笑みだ。
「よくわかったな。その通りだ。ここにいる僕達全員、以前とは違っている。ルウェリア親衛隊と名乗る事も、最早烏滸がましいくらいにな」
とうとう馬脚を現わしたか!
……攻撃とかされるの嫌だから、出来れば後退りしたい。でもそれは出来ない。ティシエラやイリスから盾になって貰うのは余りにもカッコ悪い。この位置で奴等の述懐を聞くしかない。
俺としても、ずっと疑っていた事の答えが出る訳だから、聞き逃したくはない。果たして奴等は俺と同じ転生者なのか? それとも違うのか?
答えは――――
「僕達は、禁術とされている『性転換の秘法』を使用したのだから!」
……。
は?
「この秘法を知ったのは、僕にとっても皆にとっても幸運だった。君達を含め、周りは皆不幸だと言うだろう。でも違う。僕等は確かに救われたんだ。僕達にとって、この秘法を生み出したメヌエットは英雄でしかない……!」
「ちょちょちょちょ! ちょっと待って! あーゴメン……いや本当、ちょっとゴメン。一旦待って」
駄目だ。全然呑み込めてない。頭が一切働かない。性転換の秘法? は? 急に何言い出すの? メヌエット? 誰? メヌエット誰?
慌ててティシエラとイリスに助けを求めて視線を向けたものの、俺同様に動揺してるのは明らかで、二人して固まっている。そりゃそうだよな。普通そうなる。
「えーっと……性転換の秘法って、要するに性転換する為の秘術みたいな感じ?」
「そうだとも。僕はずっと女性になりたかった。娼館に生まれて、沢山の女性に囲まれ、囲まれ続け、僕はもう男として女性に接する事に疲れたんだ。誰もが皆、僕を美しいと言う。寄ってくる。したいと言う。性行為をしたいと。無責任に。男なら出来る事を喜ぶだろうと思って。嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!! 僕はもう疲れたんだ! 腰が痛いんだ! 痛くてたまらないんだ! 事後の倦怠感も今や虚しいだけ! 女になればこんな思いはしなくて済むんだ! だから僕はルウェリアさんになりたかった! 僕がどれだけ性技を誇ろうと、性欲を醸し出そうと、彼女は一切動じなかった! 誰がどう見ても穢れ無き彼女に、僕はあんなふうになりたかったんだ! ルウェリアさんのようになれれば、きっと性行為とは縁のない生活を送れる! 今後娼館を継いでいく為にも、僕は今の苦痛から脱却しなければならない! だから僕は……僕は……!」
……どうしよう。パンドラの箱の中に爆竹放り込んだような状況になってしまった。
性転換……? いやでも、確かにその兆候はあった。ユーフゥルは元々男性だったのに女性と訴えるようになり、メカクレも女性っぽくなった。言われてみれば、二人とも性転換の痕跡がある。
でも、見た目は変わっていない。三人とも男のままだ。
……うわー、これ聞きたくないな。すげー聞きたくない。ディノー代わってくれないかな。
「う……うぇぇ……」
まだ嘔吐いてるのかよ! もう親衛隊が苦手ってよりオネエキャラが苦手にしか見えない!
はぁ……仕方ない。イリスやティシエラにこんな役やらせる訳にもいかないしな……聞くか。
「あー、その、答えたくないなら答えなくて良いんだけど、その性転換の秘法っていうのを使ったら、身体も性転換すんの?」
「するさ。完全なものだったらな」
「……って事は」
ファッキウも、他の面々も一斉に顔を背け、落胆を露わにした。
「性転換の秘法は……不完全だった。何かが足りなかったんだろう。結果、中途半端な変化になってしまった」
ほら聞きたくなかったやつー! うわもう大体予想出来ちゃったよ!
「具体的には、生殖器――――」
「言わなくていい! 永遠に胸の中にしまっとけ!」
なんという衝撃の事実。こいつら全員、性転換したい人達だったのか……
「それじゃ、ルウェリア親衛隊ってのは『ルウェリアさんみたいになりたい人』の集まりだった訳か?」
「いや、それはあくまで僕の目的だ。ルウェリアさんを崇める理由は各々異なる」
「御私はルウェリアさんの不幸顔を見たいだけです! 同性の目線から見るより、異性の目線から見た方が不幸顔がよりグッと来ると思ったのです!」
どういう性癖だよ! もう性癖とも違う何かだよ! ただただ怖ぇーよ!
「ウチはぁ、ルウェリアちゃまと友達になりたくてー。でも男と女じゃ無理っしょ? 男女の友情とかマジ幻想だしー。だから女に、ね?」
「キスマスは、ルウェリアさんを性欲の対象にするのがどうしても耐えられなかったらしい。健気な野郎だろ?」
「もう野郎じゃないし!」
まあ……完全にわからないとは言えないかな。少なくともディッヘよりはずっとまともな理由だ。あと、やっぱりこの人がキスマスで合ってたのか。
「カイン。貴方はどうして女性に……?」
ようやく事態を呑み込む気になれたのか、ティシエラが再起動と同時に問う。尚、イリスはまだ無理な模様。これでメンタルが弱いとは言ってやるまい。
「……言えない。言えば無駄な苦しみを増やす事になる」
既に場は混沌としているのに、ユーフゥルだけは妙に意味深というか、歯切れの悪い答えに終始した。どうせ下らない理由なのを誤魔化してるだけって気がするけど……
何にせよ、これでティシエラの追っていた『急激なキャラ変を果たした連中』の少なくとも一部に関しては詳細が判明した。判明しなきゃ良かった。
「あ、あの……フレンデルさんは、どうして?」
ようやくフリーズが解けたイリスが恐る恐る訊ねる。でも顔はまだ若干引きつったままだ。
「……辛かった。痛かったから」
あー、執拗に股間痛めつけられてたもんな。でもあれは自業自得だから同情はしないよ。
それより今一瞬、ディノーの方を見ましたよねメカクレちゃん。『辛かった』って答えた時。やめてくれよ、もうこれ以上訳のわからない方向にいかないでくれたまえよ。理解が追いつかないって。
「で、選挙に出馬したのは……」
「冒険者は魔王討伐の使命を背負っているが、同時に探求する職業でもある。冒険者ギルドのギルドマスターになれれば、性転換の秘法に足りなかったものが何なのか調査出来るかもしれない。完全な異性になれる方法が見つけられるかもしれない。そう説得して僕達が強引に担ぎ上げた」
でしょうね。他に理由ないもの。
「だったらさ、コレットがギルマスになったらその秘法に関する調査隊を結成するよう頼む、じゃ駄目なのか?」
「生憎、そこまで君達を信用は出来ないね。素直に事情を話したのも、宣戦布告の為だ。僕達には結束力がある。同じ目標を持っているからね。君達はどうだ? 僕達の執念を上回れるのか?」
部屋の中にいた五人全員が、生気のない、でも確かな意思の炎を灯した目を向けてくる。
お前に何がわかる。我々の苦しみの何がわかる。そんな目だ。
「……やってやるさ。コレットだって、生半可な気持ちで選挙に出るって決めた訳じゃないんだからな」
そう答えてはみたものの――――正直なところ、俺は追い詰められていた。
これでもうファッキウとは完全な敵同士。つまり、ネシスクェヴィリーテを手に入れる為の交渉は選挙が終わるまで不可能だ。選挙に勝って、性転換の秘法を調査する代わりに貸せと交渉するしかない。
つまり、コレットは選挙戦の間、ずっと山羊の悪魔のままなのが確定した。
……どうしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます