第114話 だが断る
北側にドドーンと立派な王城が建っていて、そこから南に向かって街が広がっている――――ってのが俺の勝手な城下町のイメージだったけど、このアインシュレイル城下町は東側にお城がある。
魔王城が街から西の方角にある事を考えると、その魔王城から少しでも遠くになるべく配置したかのように映るけど……実際にどうなのかはわからない。王城と魔王城のどっちが先に建ったのかなんて知らないし。
そんな東の城に向かって伸びている道は『上納通り』と呼ばれている。文字通り、庶民にとっては城に貢ぎ物をしに行く為の道だったからとの事。ただし現代では、役所に税金を支払うか報酬から天引きされる為、一般市民が城に足を運ぶ用事は殆どないらしい。唯一、商業ギルドだけは定期的に通っているみたいだけど。
上納通りは街の中央部まで延びていて、大通りと交差している。この交差点の一帯が商業地だ。そして、そのエリアを取り囲むようにして住宅地が広がっている。
アインシュレイル城下町の大きな特徴として、スラム街が存在しない点が挙げられる。訪れる者は例外なく圧倒的な実力を有し、冒険の途中で大きな富を築いている連中ばかり。俺みたいな根っからの貧乏人はかなり珍しいから、貧乏あるあるが割と好評だったりもする。
例えば、自動洗濯機なんて存在しないこの世界では、服の洗濯をする際には通常『洗濯師』という職業の人に頼む。湯沸かし、巨大な洗濯槽と洗濯板を設置した洗濯場があって、そこで灰を主原料とした洗剤とお湯を使って洗うらしいけど、でも俺はそこで洗剤だけ売って貰って、外にたらいを置いて手洗いしている。それで何の不都合もない。空気は綺麗だから、晴れた日に外に干しておけばふかふかになるし匂いも良い。
でもそんな俺の行動は奇異に映るみたいで、この話をすると妙にウケる。彼らにとってはシュールに思えるそうだ。文化の違いってやつだな。でも俺は自分のパンツは自分で洗いたい性分なんだよ!
ってな訳で、この街の殆どの住民は中流家庭以上の水準で暮らしているそうで、当然メカクレも例外じゃない。レベル60台の冒険者は、この終盤の街の中でも数えるほどしかいない訳で、言わばエリート中のエリート。倒したモンスター、こなしたクエストも数知れず。大金持ちになるのは余りに必然で――――
「……あれ?」
きっとクソデカい屋敷にでも住んでいるんだろうと胸糞悪い想像をしていた俺の目に映ったのは、まるで喫茶店の物置のようなポンコツ家だった。
この世界にプレハブ工法が存在しているかどうかは定かじゃないけど、簡易的な建物なのは一目瞭然。仮設住宅と言われても信じちゃうレベルの質素な佇まいだ。しかも左右両隣が結構な規模の屋敷だから、余計にコンパクトなのが目立つ。
「こういう家が好みらしい。俺にはよくわからないが」
嘆息しながら、ディノーは一足早くメカクレの家の前に向かった。同行しているティシエラもイリスも、当然あの家に来た事はない。最初に声がけするのは彼の役目だ。インターホンやピンポンみたいなのはないだろうし。
「……」
だけど、ディノーは出入り口の扉の前に立ち尽くしたまま押し黙っていた。どう声をかけていいか迷っている様子が表情から窺える。
「どうしたの? 貴方が声を掛けてくれないと、私達だけでは入り辛いんだけど」
暇じゃないという割に付き合いの良いティシエラだけど、無駄な時間を過ごしたくないのは当然で、ある程度事情を察してはいながらもディノーをいち早く急かし始めた。
まあ、目に見えて性格が激変したメカクレは、ティシエラにとって格好の取材対象。どっちかというと一刻も早く対面したい気持ちの方が強いのかもしれないな。
「……俺とあいつの付き合いは、それほど長くはない。この街に来てからだからな」
「当然でしょう。彼は元々この街の住民なんだから」
あ、そうなんだ。冒険者だからてっきり何処かから旅してきたとばかり思ってた。ま、職業名が冒険者だからといって、必ずしも冒険してなくちゃいけない決まりなんてないしな。
……いや、でも待てよ。周囲に凶悪なモンスターしかいないこの環境下で、どうやってレベルを上げたんだ? 俺はそれが無理って悟ったから冒険者辞めたのに。
「生憎、そうでもない。あいつも色々と複雑な事情があって、本来は戦いを好んでなんかいないのに、半ば無理矢理強くさせられた。捨てられたも同然のやり方で。だから、奴の中には俺の知らない鬱憤がずっと溜まっていたのかもしれない」
捨てられたも同然? だとしたら――――
「もしかしてだけど、強制転移の魔法か何かで遥か遠くの地に飛ばされた……とか? で、強くなって戻って来た、みたいな」
「ああ、よくわかったな。その通り、強制的に飛ばされた。両親によってな」
親の仕業かよ! 可愛い子には旅をさせろの実写版じゃん! 本当に旅させてどうすんだよ……
「マスターは多分知らないと思うけど、あのフレンデルって冒険者、シレクス家の長男なんだよ」
「……へ?」
「フレンデリア様の兄よ。尤も、既に勘当されていて、本人も戻って来て以降は一切シレクス家とは接触していないみたいだけど」
いや、確かにフレンデリアとフレンデルで名前が酷似してはいたけども兄妹は予想してなかった! だって全く似てないじゃん!
「だが血の繋がりはない。シレクス家が、万が一跡取りが出来ない事態になった時の事を考え、養子として迎え入れたらしい」
おいおい。それってまさか……
「フレンデリア嬢が生まれて用済みになったから遠くに飛ばされたって言うんじゃ……ないよな?」
「わからない。本人が一切話さないからな。だが、そういう見方をしている者が多いのは確かだ」
うっわ……ちょっと待ってくれよ。もしそれが本当ならメカクレ可哀想過ぎだろ。そりゃ捻くれもするわ。散々苛々させられたけど、こんな話聞かされた後じゃ同情しかない。まるで使い捨てじゃんか。
「……もしあいつがこの事でずっと人知れず傷付いていて、その苦しみから逃れたくて自分を変えてしまったのだとしたら、どう声を掛けて良いかわからないんだ。ずっと考えてはいたんだけどな……」
「なまじ距離が近かったから、余計にだな」
ディノーは力なく頷く。メカクレの辛苦に気付いてやれなかったのに、今更どんな言葉を掛ければいいかわからないって事なんだろう。
わかる、わかるよ。似たような経験なんて一切してないし、それ以前に14年ほど友人がいなかった俺だけど、ディノーの逡巡は理解出来る。傷口に塩を塗るような事だけはしちゃいけない。
一体どうしたら――――
「だったら私が先に行くわ。赤の他人の方が向こうも対応しやすいでしょうし」
「じゃ、私もー。普通に『お話したい事があるからお邪魔してもいいですか』で大丈夫だよね?」
「そうね。そんなところかしら」
いやいやいやいや! 女性って共感性の生き物とか何かで言ってなかった!? あれ同性限定なの!?
「ほ、本当に大丈夫か……?」
「誰だって大なり小なり事情を抱えて生きているものよ。それにいちいち遠慮していたら、何も話せないし何も出来ないじゃない」
……まあ、そうなんだけどさ。なんつーか、今までよく事情も知らずに心の中で貶しまくっていた手前、罪悪感がね……
「マスター。もしディノーさんが言った事が正しかったとしてもね、腫れ物みたいな扱いをするのは違うと思うよ。普通に接してみて、嫌がられたら謝るで良いんじゃないかなー」
た、確かに。どんな事情があれ、俺みたいな新参でレベルも低い奴が同情するのもおかしな話だ。まして俺、一回死んでる身だし。不幸自慢では負ける気がしない。
「ディノー。ここはやっぱりアンタが声を掛けるべきだと思うけど、どうかな」
「……そうだな。二人ともありがとう。こういう時はどうも、男は弱いな。配慮しようとしているようで、結局独りよがりだ」
同感。視野の広さはともかく、深さというか現実をしっかり見据える力に関しては、この二人に勝てる気が全くしない。
その強キャラ二人と俺に見守られながら、ディノーは意を決して扉を強く叩いた。
「フレンデル、僕だ。ディノーだ。話したい事があって友人達と来た。入れてくれないだろうか」
強過ぎず、弱過ぎず、感情も極力控えめにしたその言葉は、きっと家の中の隅々まで通った事だろう。それくらい、ディノーの声は凛然といていた。
果たしてメカクレの反応は――――
「……入っていいよ」
――――メカクレちゃんだった。遠くから聞こえたか細い声は、まごう事なきメカクレちゃんだった。
うわー……なんかもう、違和感エグ過ぎて自律神経グラグラしてきた。さっきまで同情しようとしてた自分がもういなくなりそうだ。
「歓待されているようだし、入りましょう」
「だね。あれマスター、なんで靴脱いでるの?」
あ、そういえばこの国では靴を脱ぐ文化はなかったんだ。なんか日本の家屋を思い出すような作りだから、つい生前の癖が出てしまった。
さっさと履き直して――――
「……」
驚愕。思わず仰け反るほどの。
真後ろにいたディノーの表情が、険しさを極めていた。
「他にもいる」
「え……?」
「フレンデルの他にも気配がある。一つや二つじゃない」
レベル60を越えているのは、このディノーも同じ。そんな彼だから、家の中にある人の気配にも気付けるのか、或いはそういうスキルを持っているのか。
「ソーサラーの二人は僕の後ろに。トモは最後尾を頼む。外からは来ないと思うけど、念の為に」
「そ、そんなヤバい感じ? 普通に先客とか……」
「それならそれで、思い過ごしで済む話よ」
戦闘経験豊かなティシエラも、既に察している様子。ディノーの言葉通り、彼の後ろに回って周囲の気配を窺ってる。
……ちょっと待って下さいよ。俺何にも武器とか持ってきてないんだけど。何でメカクレの家に来ただけなのに、急に戦闘モードに突入してんだ? 終盤の街って中は平和じゃなかったの? 物騒過ぎだろ最近。
「マスター、私が後ろに回ろっか?」
動揺している俺を心配して、イリスがそう提案してくれた。
前方にディノーとティシエラ、後方にイリス……って配置なら、俺の安全はまず保証されるだろう。何があっても……きっと命は……助かる。
「だが断る」
この藤井友也が転生して最もやりたかった事のひとつは、自分の甘えや弱さってやつにNOと断ってやる事だ…
俺は弱っちいけど、安全圏にいたくて生まれ変わった訳じゃない。幸か不幸か、死に対するビビリは麻痺してるしな。
「えっと……『だが』って何?」
「…そこは引っかからなくていい」
取り敢えず照れ隠しにはなったか。こういうのをサラッと出来ないのは仕方ない。慣れてないからな。
「この先に居間がある。そこにフレンデルも、他の連中もいる。僕がまず飛び込むから、僕の反応を見て各自動いてくれ」
「出直すという選択肢は?」
「ない。万が一、フレンデルが何者かに襲撃されている最中とも限らないからな」
その可能性は低い。レベル60台の猛者で、冒険者のギルドマスターに立候補した人間をこのタイミングで襲うなんて、無謀にも程がある。仮に、俺たち敵陣営に罪を被せる自作自演だったとしても、それを客観的に証明出来る目撃者がいなければ意味がない。つまり絶対にない。
でもディノーならそう言うだろうと思ってた。こんなだから、良い奴は早死にするんだよ。
「それじゃ、頼む」
簡潔にそう言い残し、ディノーは居間へ飛び込んだ。
彼の反応は――――
「うぐっ……!」
まるで最悪の事態を目撃したかのような呻き声。予想している中でも最悪の部類の反応だ。
そして、ほぼ事態は呑み込めた。呑み込めてしまった。
……ある意味では最悪な、そしてある意味では最高のタイミングだったらしい。
「マスター?」
「トモ……」
前方の女性陣を押しのけ、その答えを確かめにいく。
俺がここへ来たのは、メカクレから情報を得る為だ。でも、その必要はどうやらなくなった。
欲しかった情報は、今まさに目の前にある。
「驚いたな。まさか君まで来ていたなんてね」
「全くだ。おかげで探す手間が省けた」
居間のソファに腰掛けているファッキウ。壁際に佇み口元を弛ませているユーフゥル。床に座ったまま驚いた顔でこっちを見ているディッヘ。
そして唯一知らない顔の――――女性。髪は完全に白髪だけど、明らかに若い。俺より少し年上くらいだ。前髪の隙間から猫のような目でこっちを眺めているけど、敵意は感じない。多分、この女性が御主人の言っていたキスマスなんだろう。
ルウェリア親衛隊の四人が、メカクレ家に集結していた。
「ぐ……う……うげ……ぇぇぇぇ……」
不快感が極まったのか、ディノーが嘔吐いている。毎日与えられるストレスから、すっかり親衛隊恐怖症になってしまったらしい。一人ですらしんどいのに四人となれば、そりゃ心が乱れるわな。俺だって連中を探してる最中じゃなきゃゲンナリしていただろう。
「あ! 娼館の跡取りの人!」
「どうやら一番妥当な連中だったようね」
ティシエラの言うように、今となってはメカクレに最も近しい連中なんだから、こいつらがここにいるのは妥当だ。決起集会か作戦会議の真っ直中なんだろう。
ともあれ――――
「僕を探してたという事は、取引の答えが出たんだな。選挙を降りるのなら喜んでネシスクェヴィリーテを貸そう。どうする?」
まずは、この返事をしないとな。
「だが断る!」
「……だが?」
「特に意味はない!」
決して広くはない居間に微妙な空気とディノーの嘔吐く声が漂う中、俺は毅然とした態度で変態どもと向き合った。
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