第113話 ルウェリア親衛隊案件
「……拠点も溜まり場もわからない? 誰も?」
ルウェリア親衛隊について改めて御主人に聞いてみた結果、衝撃の事実が判明した。
「ああ。連中が集まって何かしてる所を見かけた奴は、少なくともこの街にはいねぇな」
マジか。って事はあの変態集団、各個人で活動してんの?
いや……ファッキウの物言いだと、確かな情報網が完備されているみたいだし、集団で動いているのは間違いない。って事は、誰の目にも触れない場所であの危険人物どもが集まってる訳か。
まあ、怪盗メアロの素顔も誰一人知らなかったみたいだし、警察的な組織がないだけあって基本ガバガバなんだよな、この街のセキュリティ。
「そもそも、そんな場所が判明してるのなら、この俺がとっくに潰しに行ってる」
「確かに」
「あの、会話が物騒過ぎるのでは……」
ルウェリアさんは若干引いているけど、この御主人なら間違いなく実行に移していただろう。警備員を雇うのもやむなしってくらい変態の巣窟っぽいしな。集団変態に目を付けられた以上、殺るか殺られるかの二択しかない。
「んー……女帝なら知ってるかな?」
「多分知らないんじゃないかな。ただでさえ嫌われてる息子に、『アンタ、どこで友達と会ってるんだい?』って聞けると思う? 余計嫌われるよ絶対」
何気にコレットの女帝のモノマネ上手かったな。レベル78ともなると、声帯模写の才能もあるのか。愕然芸も上手いし、羨ましい多才っぷりだ。その分不幸だけど。
「こっそり探るのも、バレた時のリスクを考えるとやりそうにないか……」
そうなると、手掛かりは完全に途絶えるな。また明日、同じ時間帯にここを訪ねてみるしかないか。
「お。いらっしゃい」
そろそろお暇しよとしたところに、新たな来客。男性客だ。やたら眉が太いし唇も分厚い個性的な顔立ち。一目で覚えられる顔だけど、記憶にはない。俺がここで働いていた頃の客じゃなさそうだ。
「トモさんから作って頂いた武器、全部売れたんですよ。そのおかげで、結構お店の評判が良くなったみたいです。お客様の数、増えました」
嬉しそうにルウェリアさんが伝えてくれる。魔除けの蛇骨剣はある程度予想してたけど、バックベアード様まで完売したのか。これは明るいニュースだ。
「だったら、追加でまた作りますよ。せっかく来たんだし」
「おありがたい申し出で恐縮ですが、いつまでもトモさんに甘えてばかりではいけません。私達もやる気モリモリで、新商品を開発したんですよ」
「ああ、あの魔女の骨々とエンヴィーレクイエム?」
「いえ、それらは職人さん達が考案した一般向けの新商品です。どっちも素晴らしい武器ですが、私達が開発したのは別のやつです!」
ルウェリアさんが強気の笑みを浮かべながら、ちょうど客が眺めているコーナーに向かって手を広げる。
そこには――――【当店が開発! 店長が自信をもってお送りする新商品!】と書かれた札と、黒と赤紫色のコントラストが毒々しい巨大こん棒が置かれていた。
こ、これは……
「お兄さん、どうだい? これ、【毒撲殺のこん棒】っつーんだけどよ……単に毒を与えつつ殴れるこん棒ってだけじゃぁねぇ。見てくれよ、この毒を表現した色艶。毒っつーせせこましい攻撃方法なのを忘れさせる大胆なフォルム。最高だろ?」
「え、あ、いや、その……はぁ」
客の男性、明らかにドン引きしている。尚、俺には超特大のナスに見えるから意外と気持ち悪くはない。ただ、趣味は悪い。
「あ、あはは……えっと、それじゃ、この辺で失礼します……」
結局、何も買わないまま客は去って行った。あ、駆け足になった。一刻も早く店から離れたい、そんな気持ちが背中から伝わってくる。きっと家に帰ったら除霊とかするんだろな。
「……」
「……」
いや、そんな二人して落ち込まなくても。なんで巨大ナスしばき合い対決にしか使えそうにない武器が売れると思ったの?
俺がいてもいなくても、この店は変わらないな。なんか安心する。この客が逃げ帰った時のお通夜みたいな雰囲気もそのままだ。仏壇のチーンってなるアレを鳴らしたくなる衝動に駆られる。
「え、えっと……それじゃ、私達もこの辺でお邪魔しよっか」
「そ、そうだね。トモ、確かこれからお仕事入ってるんだよね? ね?」
今日は特にこれといった予定はないけど、コレットがなんかマスクの裏でウインクしまくってる幻覚が見えるし、話を合わせておこう。
「それじゃルウェリアさん、御主人、今日はこの辺で。また来ます」
「おう、いつでも来な」
「売れた武器のトモさんの取り分、用意しておきますね」
本当は遠慮する方がカッコ良いんだけど、借金を抱えている身でそれは出来ない。素直に感謝を伝え、武器屋を出る。
すると――――
「……」
いつも真面目な顔だけど、いつも以上に引き締まった顔のディノーが外で立っていた。
「お仕事お疲れ。調子はどう?」
「じ 自分は……」
ん……なんか怒ってない? しかも若干震えているような……
「自分は真剣に……真剣に警備に打ち込んできた! 街の武器屋を守る使命感と責任感を満たす為に! 選挙も辞退して職場も変えてこの仕事だけに打ち込んできたんだ!」
えぇぇ……急にどしたの?
この人、基本紳士だけど偶にキレるんだよな……そして真面目な人がキレると病的なニュアンスも含まれるからガチで怖い。
「失敗してたまるか! あんな連中にお嬢さんを、ルウェリアさんを奪られてなるものか!!」
「お、落ち着いて。何事かって怪しまれるってば」
「フカァーッ……フカァーッ……」
怖いって……野獣かよ。呼吸音が野性じみてるよ。
「……すまない。先程のような常軌を逸した人間が毎日やって来るものだから、少し疲れてしまって」
あー……これもルウェリア親衛隊案件でしたか。
きっと、最初の内はディノーが対応していたんだろう。でも真面目なこの人があんな連中を相手にしてたら、そりゃメンタルも崩壊するよな。
加えて、見てるだけでゲッソリしそうな暗黒武器の数々に囲まれた日々。その上、勤務時間外とはいえ一度ルウェリアさんが失踪する事件があった。それらの積み重ねで、かなり精神的にキテるみたいだ。
「出来れば、俺もあの親衛隊の連中はどうにかしたいって思ってるんだけど、中々尻尾が掴めなくて。何か手掛かりないかな……」
「手掛かりなら……ある」
……え? あるの?
「親衛隊の中心人物……娼館の息子が、フレンデルを選挙に出馬させたのは知っているか?」
「ああ。申請する現場に偶然居合せたから」
「なら話は早い。フレンデルが何か知っているかもしれない」
あ、そうか。
ついファッキウ単独で動いていると思い込んでいたけど、そもそも選挙ってのは集団戦な訳で、親衛隊が一丸となってメカクレを応援している可能性が高い。となると、その決起集会みたいなのを何処かでやってるかもしれない。
「メカクレとは連絡取り合ってるの?」
「いや。奴がいつ退院したのかも知らなかったくらいだからな。それに……奴は変わり果てていた。最早、俺の知るフレンデルはいないのかもしれない」
言葉を選んでいるけど、あの無垢な少女みたいな挙動を見たら、そりゃ関わり合いにはなりたくないよな。別人としか思えないし。
「……だが、これで選挙はわからなくなった。ファッキウの背後には娼館があるし、ルウェリア親衛隊もある。彼らが総力を決して選挙を戦うとなると、レベル78のコレットと言えど決して油断は出来ない。それなのに彼女は最近ずっと選挙活動をしていないと聞く。その理由が怠慢だとしたら、然るべき結果になるだろう」
厳しい意見だけど、同時に当然の意見でもある。
ディノーが選挙から事実上撤退したのは、単に勝てないと悟ったからだけじゃない。コレットが街の為に戦った姿を、あのモンスター襲来事件の時に目撃したからだ。コレットならギルドを、この街の冒険者を任せられると納得したから、自ら身を引いたんだ。
なのにそのコレットが、真面目に選挙に取り組んでいるとは思えないような状態。辛辣になるのも無理はない。ここはさり気なくフォローを――――
「ディノーさん、でしたよね。私、ソーサラーギルドのイリスチュアです。ちょっと良いですか?」
ずっと俺の後ろで沈黙したままだったイリスが、ここで割り込んで来た。その隣では明らかにバツの悪そうな、でも顔色は窺えない山羊コレットがアワアワしている。
「ああ、何度もお会いしているね。話はした事なかったけど」
「はい。貴方が実直な方なのは窺っています。だから、又聞きした事をそのまま受け取ってしまったのかなと思って、意見をさせて欲しいんですけど……」
おお! イリスがコレットのフォローを! 彼女の性格からしたら不思議でもなんでもないけど、今まであんまコレットと絡んでなかったから、歴史的和解のように感じてしまう。別に対立してた訳でもないのに。
これきっかけで二人が仲良くなるかも……
「フレンデルっていう、貴方の相棒だった冒険者の方ですけど、変わり果てたって決め付けるのは早計だと思います」
……。
ええええええええええええええええ!? そっち!?
いやちょっと待ってよ。衝撃だよ衝撃。だってさ、この状況でコレットに触れず、メカクレの方に触れるんだよ? この状況で!
悪意とかじゃないとは思うけど、もうこれ明らかにコレットを避けてるよな? 幾らなんでも、すぐ傍にいるコレットを差し置いてメカクレのフォローっていうのは流石にちょっと……
「私も彼と直接話した事はないんですけど、もしかしたら元々ああいう一面を持っていたかもしれないじゃないですか。誰だって、外側と内側とでは少なからず違いはありますよね?」
「それは……確かにそうだが、俺は奴とそれなりに接してきた時間がある。その俺が、あんな奴の姿を一度も見た事がない訳で……」
「親しいからこそ、ずっと話せなかった、隠していたかもしれませんよね」
前のめりになりながらのイリスの言葉は、メカクレの事を話しているようで、実際には自分の事を話している……みたいに聞こえる。
彼女もまた、俺が抱いているイメージとは全然違う本性を中に秘めているんだろうか?
「そうかも……しれない。僕が勝手に自分のイメージしたフレンデルだけを見ていたのかも……」
「なら、一度確かめてみては如何ですか? 私達も、ルウェリアさんの親衛隊について聞いてみたい事がありますし」
……あーーー! そういう流れに持っていきたかったのか! 何これ、すっごいアハ体験!
これは一本取られた。俺達とメカクレの間にはほぼ接点がないけど、ディノーを介せば深い話をするチャンスはある。そこで情報を得られる可能性は十分あるし、ファッキウが同席した場合はネシスクェヴィリーテの再交渉も狙える。
凄いなイリス。そしてちゃんとコレットの事も考えていたんだな。完全に俺の誤解――――
「……」
――――で、良いんだよな? コレットなんか複雑そうにしてるけど。いや顔はわからんけど雰囲気が。
「そうだな。なら今夜、奴の住処を訪ねてみよう。一緒に来るのなら、夕方にここへ来るといい。トモ、君も来るか?」
「是非そうさせて貰おうかな」
予想外の展開だったけど、これで親衛隊調査の手掛かりは繋がった。それだけじゃない。メカクレには転生疑惑、若しくは人格変化の疑惑があるから、そっちの情報も得られるかもしれない。イリスに感謝だ。
「……トモ、トモ」
声を聞かれたくなかったんだろう。ずっと黙っていたコレットが、近付いて来てコソコソ話し始めた。
「私も行っていいのかな。立候補者同士が会うのって不健全だよね?」
「まあ、その姿なら正体わかんないし別に構わない気もするけど……やめといた方がいいかな」
これは俺の勝手な願望だけど、コレットにはクリーンに選挙を戦って欲しい。もし汚れ役が必要なら、俺がやればいいんだ。
「だったら、ティシエラを連れて行こうかな」
「……え?」
「私とマスターだけだと、ちょっと不健全だし」
どういう意味で言ったのかはわからないけど――――イリスのその時の表情は、ちょっと小悪魔っぽかった。
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