終盤の街に転生した底辺警備員にどうしろと

第116話 男友達

　最悪の部類に入る危機的状況なのを知らされた帰り道がハッピーな筈もなく、辻馬車に揺られながら景色を眺めてはいるけど、そこに景色はない。あるのは空白の闇。別に暗くもないんだけど、闇としか表現しようのない虚無が広がっている。

　このままコレットが何の選挙活動もしなかったら、恐らく負ける。事情を知らない有権者の冒険者達からすれば、圧倒的優位な状況に怠慢かましてるとしか思えないだろうからな……

　幾らシレクス家が金持ちでも、既に裕福な高レベル冒険者ばかりのこの街で派手な買収なんて出来っこないし、フレンデリア嬢が元々かなり嫌われていた事を考えたら尚更不利だ。

　いっそ、コレットがあの姿のまま正体を暴露する、ってのはどうだ？

　当然、経緯に疑問を持たれるだろうけど、そこは『仮装パーティに参加しようとして被ったら呪われて外せなくなっちった☆』とか適当に嘘ついても良いし、何なら本当の事を話しても良い。『呪われたバフォメットマスクを被ってるけど、私は悪い山羊の悪魔じゃないよ！』って決めゼリフでも言いまくれば、案外ゆるキャラみたいな扱いになって……

　ンな訳ないか。唯一の解決手段はメカクレ陣営が握ってるしな。『コレットがギルマスになったら、ずっと山羊の悪魔のままで業務を行う事になる』ってヘイトスピーチかまされたら反論しようもない。そんな奴に山羊フェチと悪魔フェチ以外誰が投票するんだって話だ。

　こうなったらもう、ネシスクェヴィリーテを強引に奪い取るか、マスクを外せる別の方法を模索するか、そのどっちかしかない。悪事に手を染める覚悟はあったけど、早々にその選択を迫られるなんてな……

「――――……だった」

　ポツリと、俺の隣の席に座るディノーが何か呟いた。親衛隊と遭遇して以降、ずっと顔色が悪い。大方『地獄だった』とかそんな感想を漏らしたのかと思ったけど――――

「あれは……モンスターの気配だった」

　俺の予想を嘲笑うかのような、衝撃的な言葉が小さい声で発せられた。

「……え？」

　ずっと考え事をしているような表情だったティシエラも、彼女の隣で声をかけ辛そうに様子を窺っていたイリスも、驚いた様子でディノーを凝視している。そりゃそうだ。急に何言い出すのこの人。

「どういう事？　あの居間にモンスターがいたとでも言うの？　そんな気配は感じなかったわ」

「この中に【気配察知3】を持っている人は？」

　ティシエラの発言を無視し、ディノーは不安げな眼差しで問う。恐らくそういうスキルがあるんだろう。ギルドでバーサーカーを例にしたスキルの説明を受けた時、最大で【亢進3】だった事を考えると、3は該当スキルの最高レベルと見た。

「……私は2よ」

「私は1。頼りなくてごめん……」　

　気配察知ってのは、フィールドに出て戦う上でかなり重要だよな。敵が近くにいるのをいち早く察知出来るかどうかが命に関わるくらい、素人の俺にだってわかる。グランドパーティにいたティシエラでも2って事は、3は本当に異次元レベルなんだろう。

「あ、当然俺はそんなスキル持ってない」

「そう堂々と言われてもな……とにかく、俺は【気配察知3】を持っている。その上で、あの居間からは微弱ながらモンスターの気配がしたと断言する」

　だったらあの場で言えよ、とは言えない。もし本当にモンスターが潜んでいたら、藪蛇もいいトコだ。

「あの嘔吐きは気配酔いだったのね」

「気配酔い……？　そんなんあるのか」

「普段は滅多にないわ。極端に相性の悪いモンスターとか、歪な出自のモンスターとか、全く予想しないタイミングでモンスターの気配を察知したとか……そういうレアケースね」

　流石伝説のパーティの一員、実戦慣れしてるだけあって例がポンポン出てくる。この場合はタイミングによる気配酔いっぽいな。

「情けない話だが、恐らくそうだと思う。微弱とはいえ、まさかあんなタイミングでモンスターの気配を感じるとは想像すらしていなかった」

「でも、だったら退治しなくても良かったのか？　街の中にモンスターがいるのに放置するなんて……」

「恐らく、モンスターそのものじゃない。気配がしたのは、居間の室内……それも中央付近だった」

　ゾワッと――――悪寒が全身を襲った。

　中央って事は、つまり……

「あの5人の誰か、若しくは複数からモンスターの気配がしたのね」

「嘘……」

　ティシエラは納得し、イリスは絶句する。俺はどっちかというとティシエラ寄りの感想だった。道理でその場で明かさない訳だ。

「って事は……あの連中、モンスターが化けてたってのか？」

「わからない。寄生されているケースも考えられるし、何かモンスターの気配がする戦利品を持っていただけかもしれない。スキルで察知できるのは、あくまで気配だ」

「極端な話、残り香でも気配の範疇に入るのよ。微弱なら尚更ね」

　そういうものなのか。まあ、息遣いとか足音とか、そういうのも気配って言うしな。

　もしかしたら性転換の秘法ってのと関連があるのかもしれない。モンスターの生け贄が必要、みたいな。それはそれで猟奇的過ぎて想像したくないけどね……

「中途半端な情報だけ伝える形になって済まない。折を見て、フレンデルが一人の時に問い詰めようと思う」

「事を大きくしたくない気持ちは理解出来るけど、危険過ぎるわ」

「本当それ！　冒険者ギルドとソーサラーギルドで連携した方が……」

　異を唱えるティシエラとイリスに対し、ディノーは険しい顔で首を横に振ってみせた。

「万が一、俺の察知ミスだった場合、選挙に致命的な打撃を与えてしまう。最低の言いがかりを付けられたと吹聴されるだろうからな」

　……反論したいところだけど、事実だ。間違いなくそうなる。本当に濡れ衣だった場合は反論の余地もない。

「この一件は俺に預けて欲しい。君達に話したのは、万が一俺が何者かに消された時、然るべき行動をとって欲しいからだ。特にトモ、君は事態が収まるまで身を隠す必要がある」

「ナメた事言うな」

　反射的に出た言葉。これは俺の意思なのかと、思わず疑いたくなるほど。

「俺は弱いかもしれないけど、これでもギルドマスターだ。ビビって逃げ隠れる姿なんてギルド員に見せられるか。ただでさえ青二才なのに、そんな真似したら誰が俺の言う事聞くんだ？」

「殺されたら元も子もないだろう！」

「殺される前に事実を突き止めるに決まってるだろ。『身を隠す』まではやる。でも『事態が収まるまで』って訳にはいかない」

　当然死にたくはないし、無謀な真似もしない。リスクは極力回避する。その為にコソコソ情けなく隠れもする。弱っちい俺に出来る事なんて限られてる。

　けど、何もしないって選択肢はない。

「ましてディノーが殺された後って仮定の話で、傍観は出来ない」

「君は……思いの他、熱い男なんだな」

　違う。10代のガキの頃ならともかく、30過ぎてそんな無責任な事はしないって話だ。こちとら10年も社会人やってるんだよ。そりゃ社会全体からしたらカスみたいな存在だったかもしれないし、誰かの役に立った実感なんてこれっぽっちもなかったけど、それでも仕事はしてたんだ。責任は負ってたんだ。

　俺は――――生きていたんだ。あの世界、あの時間の中に。

「……わかった。なら君に仇をとって貰う事態にならないよう、俺も慎重に事を進めよう」

「そうして貰えると心から助かるよ……」

　少しホッとした。あと疲れた。想定の十倍くらい疲れた。

「全く……」

　俺の顔を見ながらティシエラが溜息をつく。何そのダメ弟見る姉みたいな目。言っとくけど、俺の方が精神年齢上だからね。

「如何にも貴方らしいやり取りね」

「いや、そんな訳ない。今の会話のどこに俺らしい要素があるんだ？」

「本人にはわからない事よ」

　勝手に納得して、勝手に言いっ放しで、それでもティシエラは妙に満足そうだった。

　一応、俺としては割と頑張ったというか、普段の自分じゃない一面を出した自覚あるんだけどな……

「やー、男の友情って感じだねー。嫌いじゃないなー、こーいう雰囲気」

　イリスはイリスで、口元をニヤニヤさせながら見てるし。不思議だ、何故そんな顔で茶化されてるのに嫌悪感一切沸かないんだろう。

「でもマスター。逃げちゃっても、みんな愛想尽かすなんてしないと思うよ？　ギルドのみんな、マスターが弱いの知ってるし」

「まあ、そうだけど……」

「カッコ良く死ぬより、カッコ悪くても生きてて欲しいな、私は」

　……きっと、こういう所なんだろうな。そりゃモテますわ。男ならこんなん言われてグッと来ない訳がない。

「余り真に受けないようにね。この子、考えなしにこういう事言うところあるから」

「それどーいう意味？　考えてない事ないよー！　もー！」

　女子大生くらいの年代にしては子供っぽいそのやり取りが、妙に心地良い。男の暑苦しい友情なんかより、女子のキャッキャウフフの方がずっと良いよね。

「色々あったけど、みんなを誘って良かったよ。この街をもっと好きになれそうだ」

　あの、爽やかな顔で風に吹かれてるところ申し訳ないんだけど……今の死亡フラグじゃないですかねディノーさん。

　頼むよ、マジで死ぬとかやめてね。せっかく出来た貴重な男友達なのに。弔辞とか読みたくないからね？

「この際、ヒーラーギルドから蘇生可能なヒーラーでも雇えば？　ディノーなら経済的に可能だろ？」

「出来なくはないけど……出来れば関わりたくはないな。あのギルドとは」

　あの法外な値段以上に人間関係を懸念されるギルドって一体……

　そうはなるまいと誓いつつ、外に目を向けてみると、景色はいつの間にか街の風景に戻っていた。

　――――その日、夢を見た。

　死にたくないな、ヒーラーを雇わず回復魔法が使えればいいのにな、なんて考えながら眠りに就いた所為かもしれない。

　やたら強力な結界を使えるようになる夢だった。

　その夢で俺は、敵のどんな攻撃も防いでいた。

　相手は……よくわからん。モンスターのようでもあるし、人間のようでもある。多分、これも『微弱なモンスターの気配を感じた人間』からの連想なんだろう。

　敵は相当強いらしく、夢の中の俺は常に劣勢だった。でもそれは想定内で、焦る気持ちは微塵もなかった。

　それにしても、この結界は凄い。何が凄いって、全部自動で防いでくれる。常時張られている結界じゃなくて、敵の攻撃に合せてシールドを張る感じ。感覚でそれがわかる。

　というか……結界自体は敵の攻撃を防げていない。一撃で破壊されている。破壊されて、その瞬間に再生して、攻撃した相手を取り込もうとしている。

　流血するような怪我した時、暫くするとかさぶたが出来るけど、そのかさぶたに一部ゴミが混じる事がある。それに近いニュアンス。

　でも敵もさる者、取り込まれないよう瞬時に移動している。っていうか瞬間移動としか思えない速度。目で追える次元じゃない。

　これはきっと、今の俺が望んでいるイメージ。不安を和らげるよう、脳が安心を得られるようなイメージを作り出しているんだろう。その割に、妙にリアルな夢だけど。

『一体幾つのスキルと魔法をその結界に注ぎ込んだ？』

　敵が話しかけてくる。普通、戦いの途中で会話なんかしない。如何にも戦闘慣れしていない俺の夢らしい一幕だ。

『時間凍結の秘法も使っているな。今の貴様は腹も減らない、眠気もない、エネルギーの消費もない。つまり、無限に我と戦える。我を永遠に食い止める気か』

　もしかしたらこの敵は、恐怖のメタファーなのかもしれない。実際、今の俺には死の恐怖が欠落している。そういうイメージなんだろう。

　なら、時間凍結の秘法とやらは、今の日常がずっと続いて欲しい……って願望か。そうかもしれない。借金返済に追われてはいるけど、今の面々と一緒に毎日楽しく仕事していたい。コレットやルウェリアさんやティシエラやイリスに囲まれて、ディノーや御主人と何気ない雑談をして……

　俺の憧れた人生そのものだ。

『その結界を使っている限り、究極的に安全という訳か。王族が独占したくなるのも無理はない。最早、それを生み出した貴様には人間界に居場所などあるまい』

　……意識が揺れる。言葉が聞き取り辛くなってきた。目が覚めようとしているのかもしれない。

『いい覚悟だ。心ゆくまで相手をしてやろう。強き人間………名をなんという』

　俺の名前は――――

「ベルドラックです……」

　後々の報復が面倒なので偽名（ツレのなまえ）を使いました。