第117話 標準的なヒーラー





「……」


 最悪の目覚めだ。なんて嫌な夢だ。そしてそんな夢に限って記憶にハッキリ残りやがる。


 夢の中で俺は、あのレベル69の冒険者ベルドラックの友人で、彼と同レベルか若干上くらいの実力を持った冒険者……って設定だった。


 こういう夢、生前にも見た事あるわー。特に好きって訳でもないけど、良いポジションにいるよなって思っていた芸能人の友人になった夢。そしてその芸能人に友人ならではの気軽さで接したり、的確な助言をしたりして参謀的な役割を果たし、捻くれたマウンティング欲を満たす……みたいな。今日のもそれと同種だな。


 なんだろう、特に屈辱を味わったって訳でもないのに、やたら敗北感が襲ってくる。


 俺は、戦闘力の高い人間に憧れてるんだろうか? だからあんな、強い奴になりきった夢を見たんだろうか。それとも一日で冒険者を辞めた事への劣等感だろうか。


 でも今更強くなんてなれっこない。ここが序盤の街なら、地道にモンスターを倒して少しずつ強くなるって生き方も選べたんだろうけど、この街に転生した時点でそれはもう諦めるしかない。


 それに、この街に転生したからこそ沢山の出会いに恵まれた。エグい額の借金を背負ってはいるけど、ギルマスにもなれた。


 それで良しとしよう。異世界に転生したからって何もかも手に入れられる訳じゃない、ってのは重々承知していますよ。ここは夢の世界でもお伽噺の中でもないんだから。


 さて……今日もやる事は多い。気合い入れて働かないとな。


 にしても、すっかり棺桶の中で朝を迎えるのに慣れてきたな。最初は目が覚めた時に真っ暗なのが凄く怖かったけど、今はもう何ともない。



 そして――――この世界の日常にも随分と慣れてきた。



 転生当初はスマホとゲームと日本食とジャンクフードが恋しくなる時もあったけど、今はそういうのもなくなってきた。言葉も通じるし、何よりパンがあるし、順応する上で不都合は殆どなかったな。


 この世界を選んでくれたあの神サマに感謝しないと。


「ギルドマスター! ヒーラーギルドの人が来てっぞー! 期日までに支払いが出来るかどうかの確認だとさ!」


 ……神様、朝っぱらからなんてもん寄越すんだ。俺の胃を破壊したいの?


 最悪だ。最悪の目覚めに相応しい最悪の朝だ。なんで朝一でヒーラーに対応しなくちゃいけないんだ。誰だって朝食にうな玉親子重とか出されたら嫌だろ? 


 なんかもうヒーラー恐怖症になりそう。この国では高所恐怖症と同じくらいありふれてるだろうな、ヒーラー恐怖症。


 そんな意味のない愚痴を脳内で呟きながら、ギルドのホールに向かうと――――


「お久シぶりデス! わたシ、あナタの命の恩人! 覚えてますか?」


 ……全然見覚えのない女性ヒーラーがいた。女性ヒーラーと言えば、あのマジきっちー三人組のチッチを思い出す。ヒーラーに限っては男も女もない。ヤベー奴しかいない。


「もしかして、瀕死の俺に回復魔法使ってくれた人?」


「そうデス! シぬのを待ってから蘇生魔法で生き返らせた方がボッタくれたんデスが、わたシ真面目すぎて普通に回復魔法使いまシた! あー今思い出シても勿体ナイ!」


 小柄で黒髪を膝の辺りまで伸ばしているその女性ヒーラーは、悔しがりながら頭を抱え悶えている。


 既に危険人物感が漂ってるけど、まあヒーラーって事を思えばかなりマシな方だ。ガチで死ぬまで待って蘇生魔法使うのが標準的なヒーラーって感じだし。


「それで、シ払いは期日内に出来そうデスか?」


「ええ。つい先日一つ大きな仕事が終わったばかりで。順調にいけば期日までには十分間に合う計算です」


 返済の期日は冬期近月30日。今日は朔期近月48日だから、まだあと102日もある。僅か10日で4万Gの利益が出る街灯の仕事を一つクリアできたんだし、あと100日ちょいで14万9000Gを稼ぐのはそう難しくない筈だ。幸い、娼婦の護衛っていう新しい仕事もゲット出来たし。


「いい返事で安心シまシたよ。もシ返済が一日でも遅れる事があったら……」


 ツカツカ、と小さい身体を揺らしながら、女性ヒーラーは歩み寄ってくる。


 そして俺の手前で首を思いっきり横に曲げ、猛禽類のような目で睨んできた。


「上の球と下の玉、両方貰ワナいとイケなくなりマスからね。わたシはそれでも良いデスけど。趣味が捗りますシ」


 上の球は眼球として、下の玉って……やっぱアレだよな。朝から下ネタはキツいわー。うな玉親子重に背脂たっぷり乗せられた気分。あとこの人、ちっちゃいけど結構年いってんな多分。声もドス利いてたし余分。


「それジャ、また暫クシたら確認シにキますね。お元気で」


 ケタケタ笑いながら、女性ヒーラーはギルドを後にした。


「良かった。名前を名乗らなかったり非常識なところはあったけど、ヒーラーにしちゃまともな人だったな」


「そうだね」


 いつの間にか隣に来ていたコレットも山羊の頭でコクコク頷いていた。


 ま、催促されたところで今日明日に返せる訳でもない。地道に仕事をこなして行こう。


「今日はまず、フレンデリア嬢の所に行って、選挙警備の打ち合わせ。次に娼館で女帝と打ち合わせ……だったな」


 イリスは午前中の間ずっとソーサラーギルドにいるから、今は秘書ポジションの人がいない。自分でチェックしないと。


 本当は本職の事務員を雇いたいんだけど、当方そんな余裕ないからな……


「おはよう、トモ君」


 ん? 今の声は――――


「ユマ! 久し振り!」


「うん。本当久し振りって感じだよね。もう武器屋の頃の面影、全然なくなってる」


 かつて自分の家の店だった場所を懐かしむように、そして少し寂しそうに、ユマはホールを見渡していた。


 当然、武器の陳列棚はそこにはなく、代わりに依頼を張る為の木製のボードや休憩用の机と椅子が置かれている。中年のギルド員は朝早くから来ていて、軽食を持ち込んで仲間と愉快そうに喋っている。この憩いの場みたいな空間も、アインシュレイル城下町ギルドのいつもの風景になって来た。


「まだ30日くらいしか経ってないのに……すっかりトモ君のお城だね」


 ギルマスは一国一城の主、って訳か。でも実際にはお城はお城でもドラキュラ城だよな。棺桶で寝泊まりしてるし。


「ユマは日中どうしてるの? 学校とか通ってる?」


 確か近所に学校……というより学舎って感じだけど、そんな雰囲気の門と建物があったんだよな。制服っぽくない普通の服装だけど、恐らくまだ学生だろうし。


 案の定、ユマは笑顔で首肯した。


「今ちょうど登校中。ちゃんと勉強しなさいって親がうるさくて」


「はは。どの家庭も同じだよ」


 俺の家は……そうでもなかった。というより、俺がそう言わせない空気を出していたのかもしれない。小学生の頃から、親に文句を言われるような点数だけは取らないように生きて来たから。


 今思えば、つまらない子供だった。


「あ、そろそろ行かないと遅刻しちゃう。トモ君、頑張ってね」


「ありがとう。親御さんにもお陰様で順調ですって言っておいて」


「わかった」


 ギルドから出て、ユマの背中が見えなくなるまで見送る。


 なんていうか……本当に普通の女の子って感じだよな、ユマ。全然クセがない。現状、俺の周りでは唯一無二の存在だ。ルウェリアさんですら若干クセあるしな。


「さっきの子が、トモが命懸けで守ったっていうユマちゃんだよね? 可愛い子だったねー」


 クセの極地、山羊コレットがヒョコッとカウンターから出て来た。ユマが来る直前は俺の隣にいたのに。怖がらせないよう配慮して、あの一瞬でカウンターの下に隠れたのか。コレットらしい気遣いと身のこなしだ。


「別に命懸けって大袈裟なものでもないけど……まあ、見返りが大袈裟過ぎて大きめの美談にしないと釣り合わないかもな」


 確か、俺のステータスの運の値は2だった。たったの2。本来、こんな建物と土地を無料で手に入れられるような人間じゃない。だからこそ、その反動で1500万円近い借金したんだろうな。割とバランス取れてるよクソが!


「トモ、フレンちゃん様の所に行くんだよね? 私も付いていって良い?」


「構わないけど。選挙の打ち合わせか?」


「うん。このマスクのまま選挙を戦わなくちゃいけないって伝えないといけないから」


 昨日、その件をコレットに伝えたところ、意外にも取り乱しはしなかった。コレットなりに覚悟はしていたんだろう。


 ただ、自分の正体を有権者に明かすのは頑なに拒否してきた。自分が恥をかくのはいいけど、親に恥をかかせる訳にはいかないから……らしい。


 コレットはずっと、自分より親の体面を気にしている。俺には縁がないから全然ピンと来ないけど、良家に生まれた人間の宿命ってやつかもしれない。


 俺もコレットも、親離れ出来ていないって意味では同じだな……





「どうぞ。お嬢様は自室におります」


 すっかり山羊コレットも常連客になったらしく、今回は門番がすんなり通してくれた。心なしか声も優しげ。マスク自体は強面だけど、やっぱゆるキャラ感あるよな。中身がコレットだから余計にそう感じるのかもしれない。


「あ、コレット! 良いタイミング! ちょうど貴女と話がしたかったところよ!」


 そして、こんなマスクを被った所為で選挙に大きな支障が出ているにも拘わらず、フレンデリア嬢は今日も朗らかに歓迎ムード。この人が悪役令嬢だったなんて信じられん。それだけに、以前の彼女を知っているティシエラ達からすれば、この姿は異様に映るんだろう。


「フレンちゃん様、あの、このマスクなんですけど……」


「もしかしたら、それを外す方法が見つかったかもしれないの!」



 !?



「ごほっ! ごほっ!」


「あらトモ、大丈夫? もしかして病気?」


「いえ……ごほっ、むせただけです」


 まさかの朗報に思わず気管支に唾が入った……これ地味に嫌なやつ……


「それより……けほっ、本当に見つかったんですか?」


「確定って訳じゃないけど、かなり有力な情報よ。シレクス家の情報網がデマを拾う事は滅多にないから」


 ティシエラも似たような事言ってて結局間違いだったからな……過信は出来ない。とはいえ、こんな朗報はない。まずは話を聞かないと。


「あの、その方法って……!」


 当然、コレットもテンション爆上げで、身を乗り出してフレンデリア嬢に接近している。近い近い、なんか噛みつきそうで怖い。

 

「焦らなくても、時間はたっぷりあるから大丈夫。一から説明してあげる」


 フレンデリア嬢もドヤ顔全開だ。きっと、シレクス家の総力をあげて探していたんだろう。ネシスクェヴィリーテ以外でマスクを外す方法を。


 本当は、彼女が転生者なのか、ハンマー投げを偶然実演しただけの性転換者なのか確認したかったんだけど、今はそれどころじゃない。


 一体どんな――――


「ヒーラーギルドを頼れば良いみたいなの!」



 ……その直後、前世でヒーラーのキャラを冷遇したことがなかったか割と本気で考えてみたりした。


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