第118話 詐欺師の皮を被ったゾンビ

 以前コレットが『ラヴィヴィオ以外のヒーラーギルドは儲かってない』と言っていた事からも明らかだけど、この城下町にヒーラーギルドは複数存在している。


 だから、ヒーラーギルドを頼らなくちゃいけないとなった場合でも、あの変態肉ダルマのメデオや豪快な自傷行為を促す変態ギルマスのいるラヴィヴィオを避ける事は可能な筈――――そう甘く考えていた。


 けれど、事情はそう単純じゃなかった。


「なりません! お嬢様、ヒーラーギルドには、ヒーラーギルドにだけは絶対に近付いてはなりません! 万が一お嬢様があのような場所に足を踏み入れるような事があれば、シレクス家末代までの恥となりましょう!」


 ……上品な口髭を貯えている執事と思しき初老の紳士が、今にも鼻水が出そうなほど顔を崩してそう諭す姿に、あらためてヒーラーの闇を見た気がした。


「そんなにダメ? ラヴィヴィオって所がヤバいのは知ってるけど、他にもギルドは……」


「駄目でございます。ラヴィヴィオはご存じの通り魑魅魍魎の巣窟であり論外ですが、ラヴィヴィオ以外のヒーラーギルドもまた、ラヴィヴィオにシェアを独占され零細な経営を強いられております故、非合法な薬の販売をはじめ様々な犯罪行為に手を染めている反社会的勢力ばかり。ヒーラーとは身体以外が腐り切った者共の総称なのです。詐欺師の皮を被ったゾンビなのです」


 酷い言われようだけど、全く大袈裟とは思わない。執事が縋り付くようにフレンデリア嬢を止めようとするのも当然だ。



 ヒーラーギルドなら、コレットのマスクを外せるかもしれない。そういう情報をシレクス家が掴んだのは、この城下町であらゆる分野に顔を突っ込んで取材を敢行している、さる人物経由とのこと。絶対に記録子さんだよねコレ。


 その記録子さんの証言によると、マギの癒着を引きはがす事が出来るかもしれない魔法が存在しているらしい。名称は【マギヴィート】。その魔法がかけられた者は、マギを内包したあらゆるものを受け付けなくなり、磁石の同極のように反作用が生じる。しかも相当な力で反発し合うと言う。


 何故こんな魔法が存在しているのかは謎だ。マギってのは人間の中にあるエネルギーのようなもの。つまり他人を拒絶する魔法って事になる。対モンスターじゃなく対人類に特化した防御魔法なんて意味があるんだろうか……?


 マギは武器などの人工物にも含まれるみたいだから、それを防ぐ為の魔法なんだろうか。にしたって、その所為で他のあらゆる人間と接触出来なくなるっていうのは、余りに扱い辛い副作用だろうに。


 マギヴィートは古の魔法で、今は誰も使っていない為、何処かのヒーラーギルドが権利を買い取って保管しているとの事。ティシエラが知らなかったのも無理はない。ヒーラーギルドに取材しない限り知り得ない情報なんて、あいつが仕入れようとする訳ないからな……


 この世界の魔法は、マギソートで管理されている。使用可能な職種で、かつ一定のレベルに達した場合、マギソートを使って一定量のマギと引き替えに所望する魔法を覚えられるらしい。


 ただしマギヴィートは、どの職業のマギソートでも覚えられない。恐らくヒーラーギルドが保管しているのは、マギヴィートを習得可能なマギソート、若しくは自分のマギソートにマギヴィートを追加出来るアイテムなんだろう。


「このマギヴィートを使えるヒーラーがいれば、その人に頼むだけで解決よ。仮にいなくても、交渉してコレットが使えるようにして貰えるかもしれない。レベル78のパラディンマスターなら覚えられるに決まってるし!」


 楽観に楽観を重ねたフレンデリア嬢の見解は、それでも一縷の望みたり得た。選挙前のネシスクェヴィリーテの入手が現実的じゃなくなった今、こっちはまだ可能性がある。相当低くはあるけど。


「フレンデリア様。ヒーラーギルドには俺とコレットだけで行きます。マギヴィートについて教えて頂いただけで十分です。ありがとうございます」


「そ、そうですそうです! 本当にありがとうございます! 嬉しかったです、私なんかの為にそこまでしてくれて……」


 慌てて俺に続いて頭を下げたコレットが、マスクの重みでフラ付く。その身体をフレンデリア嬢が慌てて支えた。


「何言ってるの。貴女を担ぎ上げたのは私達なんだから、私達が貴女の為に何かするのは当り前じゃない。普通の事をそんな仰々しくしないで」


 ……やっぱり、この人の感覚ってお嬢様とは程遠いよな。寧ろ俺のいた世界の感覚に近い。若干遜ってるし。単に転生したってだけじゃなく、案外元日本人なのかも。


 まあ、20桁以上もある世界の中から一つの世界、その中の一つの惑星でしかない地球の、更に1/60に過ぎない日本人が同じ街に転生しているなんて、天文学的数字って言葉でも表せないくらいの低確率なんだろうけど……


 なんてしょうもない事を考えていると、初老の執事が右手を胸に添え、俺に畏まった一礼をしてきた。


「では、各ヒーラーギルドへ向かう為の馬車を手配しましょう」


「そうね。セバチャスン、お願い」


 えぇぇ……いや人の名前にケチ付けるとか絶対しちゃいけないけど、なんか凄いモヤモヤする……


「畏まりました」


 ああ、すっごく紳士的な笑顔。決して過度に表情を緩めてはいないけど、仕えるお嬢様に危険が及ばず安堵しているのが伝わってくる、温かみのある顔だ。それだけにパチもんっぽい名前とのギャップが……いや、この発想がそもそもダメなんだ。執事=セバスチャンってのはあくまで元いた世界のお約束であって、この世界とは関係ない。切り替えないと。


「ではお二方、屋敷の前までご案内します。コルリ、馬車の用意を」


「承知致しました」


 部屋の前で待機していたメイドさんっぽい人に指示し、セバス……セバチュ……


 セバさんは俺達をエスコートしてくれた。


 屋敷内の廊下は相変わらず華々しい様相で、幅広いレッドカーペットは勿論、等間隔で置かれている花瓶の芸術性の高さたるや。挿している花々より花瓶に描かれた絵の花の方が目立ってて、訳わからん事になってる。


「……ありがとうございます。最近のお嬢様は随分と分別が付くようになりましたが、今回の件は相当張り切っていまして。貴方にああ言って頂かなければ納得されなかったかもしれません」


「いえいえ、そんな」


 フレンデリア嬢が劇的に変わったのは、以前の彼女と接していた誰もが証言してる。執事なら尚更それを痛感しているだろう。

 

 これを機に、幾つか質問してみようか。


「フレンデリア様はここ最近、急成長されたと専らの噂ですよ。何かきっかけがあったんでしょうか?」


「そうですな……あったと言えば、あったのかもしれませんな。だからこそ、とても快活になられた」


 具体的に話してはくれないか。まだまだ信頼には程遠い関係性だからな……仕方ない、話を変えよう。


「ええ、今日もいつも通り元気で安心しました。心配していたんです。フレンデルが選挙に立候補した事で、何か思うところがあったんじゃないかって」


 ふと、セバさんの足が止まる。


 ……やっちまったか? 確か勘当されてるって話だし、名前を呼んではいけないあの人扱いされてるのかも――――


「お嬢様の前でフレンデル様の名を出さずにいてくれた事、感謝致します」


 そんな懸念とは裏腹に、セバさんは深々と頭を垂れた。


「お嬢様が現在のような精神状態になられて以降、御館様も奥方様も穏やかになられました。今なら、違った関係を築けたかもしれません。しかし……フレンデル様は我々がコレット様を支援していると知りながら、選挙に出馬なされました。最早、同じ道を歩む事は叶いますまい。なれば、このまま波風を立てず当日を迎えるのが吉かと存じます」


 ……どうやらセバさんは、俺が探りを入れる意図でメカクレの名前を出したのを見抜いていたらしい。それに対する回答は全て受け取った。


 他の家庭の事情に深入りするのは良くない。選挙が終わるまで、いや終わった後でも、この話題を俺達から出すのは控えよう。


「コレット様のマスク、外れる事を切に願っています。折角の美貌が、このままでは台無しですから」


 露骨に話題を変えたのは良いとして……コレット超褒められてるじゃん! 美貌だって美貌! 流石は良家に仕える執事、褒め方に照れがない。しかも上品だ。


 陰キャのコレットが、果たしてこの優雅な賛美に対しどう返すのか――――


「ふひっ、は、へ……ふへへ」


 ダメでした。


 そんな親しくない相手だと、マスクしていてもまだこんな感じになっちゃうか……ギルマスになる前に克服出来ると良いんだけど。



 その後も馬車が来るまでセバさんはコレットに愛想良くしてくれていたが、コレットは最初の返しのミスを引きずり続け、終始悲惨な応対だった。





 マギヴィートを保管しているヒーラーギルドが何処なのかまでは、記録子さんも突き止められなかったようで、面倒だけど総当たりで行くしかない。


 大本命は勿論ラヴィヴィオだ。業界最大手なんだから当然だろう。そして、ここを最後に回すのも当然だ。幾ら他のギルドもヤバいとは言え、イロモノの総本山に無駄足を踏むような事だけは決してあってはならない。数日間は引きずる深刻な精神的ダメージになりかねない。


 そんな訳で、この街で二番目の規模を誇るというヒーラーギルド【アンメーブル】に来てみた。


「……ここ、街で2位のヒーラーギルドなんだよな?」


「そ、その筈だけど」


 武器屋の2位、ソードマイスター刀剣専門店はかなり大きな店だった。1位のライオット武器商会には及ばなかったけど、大きめのコンビニくらいの広さはあったし、商品も充実していた。


 それに対し、ヒーラーギルド2位のアンメーブルは……小さな個人経営のパン屋くらいの大きさだ。建物内に踏み入れて五歩くらいでカウンターに到着する。そこが最奥だった。


「……」


 カウンター越しに座っている受付らしき男性が、目を見開き、口も開いたまま、じっとこっちを見ている。


 白髪がかなり混じっているし、ほうれい線もくっきりしていて年配の方のように見えるけど、顔の肌や首元は割と張りがあるように見える。案外若いのかもしれない。


「あの、お伺いしても宜しいでしょうか」


「……」


「あ、あの……」


「……」


 えぇぇ……? 受付ですよね? 喋らないってどういう事?


 というかこの人……こっちを見ているようで見てない! 驚かさないよう馬車で待機している山羊コレットの方を凝視しているのかと思いきや、それとも違う。正面を向いているってだけで、その視線は一切動いていない。


「すみません! 尋ねたい事があって来たんですけど!」


「……」


 何なんだよ! この人全然反応しないんだけど!? 怖いよ! 怖過ぎるよ! この至近距離で客から大声で話しかけられて反応しないとかあり得る!? 究極的に耳が遠い御老体でも少しは動くよ!?


 もしかして俺、知らない内に幽霊か何かになった? それとも思春期症候群? そうでもなきゃこの反応はあり得ないよな……


「あの!! 俺が見えます!? わかりますか!?」


「……」


「コレット! 俺見えてる!? 俺ちゃんとここにいる!?」


「へ? いるけど……ど、どうしたの?」


 良かった。割とマジで他人から見えなくなったかと心配した。


 でも、だとしたら……この人何なの?


「すみませぇぇぇぇん!!! どなたかいらっしゃいませんかぁぁぁぁ!?」


「……」


 ダメだ。反応がない。そして受付の人も微動だにしない。


 口開けたまま、目を開いたまま、この人はもう違う世界にいる。そう思うしかない。


「……お邪魔しました」


 潰れそうになった喉を労るように、最後に小さい声でそう言い残し、踵を返した。


 このタイミングで反応を示すんじゃないかって淡い期待もあって二度ほど振り向いてみたけど、最後まで不動を貫いていた。


 ……零細ヒーラーギルド、ヤバ過ぎだろ。あれ絶対末期じゃん。クスリで人間やめたとしか思えない。


「誰もいなかったの?」


「そうだな。あのギルドに人間はいなかった。あの、次行って貰って良いですか?」


 コレットには適当に答え、一刻も早くこの場を離れるよう御者を急かす。馬車が動き出した途端、全身からどっと冷や汗が滲んだ。



 その後も幾つかのヒーラーギルドを点々としたものの、何処もアンメーブルと同規模の建物で、『探して下さい。私が人間である内に』との書き置きだけが残されたギルドや、俺が視界に入った途端発狂するギルド員しかいないギルドや、自分の股間に回復魔法を常時使っている受付が一人だけのギルドなど、まともな所は一つもなかった。


「何が怖いって、これでもラヴィヴィオに行くよりはマシって思える自分がいる事だよな」


「あ、あはは……」


 そんな雑談をコレットと交わしながら訪れた最後の零細ギルド【ピッコラ】は、商業地の隅っこに一際目立たない佇まいでひっそり立っていた。


 これまで訪れたギルドにマギヴィートが保管されているかどうかは、正直わからない。何しろ意思の疎通を取れたギルドが一つもないからな。


 とはいえ、何処もまともに機能しているギルドとは思えないし、仮に先代がマギヴィートの権利を買い取っていたとしても、とっくにラヴィヴィオから奪われているだろう。あのギルド、金になる物なら何でも奪っていきそうだし。


 だから、このギルドにも全く期待せず、ここまで来た以上コンプしておかないとって義務感だけで入った。


「客か? こんなクソみてェな所に何の用だよ? ここにゃ何にもねェから帰ェれ帰ェれ」


 およそ客に対する対応とは思えないけど、意味のわかる言葉を発した時点で今日訪れたギルドの中では最高点を付けざるを得なかった。



 例えその声が――――聞き覚えのある女性ヒーラーの声だったとしても。



「あン? テメーまさか……おいおい、マジかよ」


 声に歓喜が宿る。次第に顔は軋むように変形し、歪な笑顔が浮かんだ。


「私が人生で一番殺したいって思った奴が、自分から来やがったよ。ひゃははははははははははははは!!!」


 狂乱のヒーラー、チッチがカウンターの奧で立ち上がり、全身を震わせながら哄笑した。


「そんな事より! ちょっと聞きたい事があるんだけど良いかな!」


「何で嬉しそうなんだよ!! 殺すぞクソが!!」


 正直、1mmも怖くなかった。 


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