第119話 冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録0010





 これは記録子が緻密な取材によって詳らかにした、冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録0010である。





 ――――レベル60の冒険者アイザックは、生涯最大の窮地に立たされていた。


 彼が精神に不調を来たしたきっかけは、知人のジョンスミス(仮)をパーティに迎え入れた事。それ自体はアイザックが希望した為、ジョンに落ち度はない。ジョンには優れた一面があり、アイザックは彼から精神的な強さを学ぼうとしていたと言う。


 だがアイザックには誤算があった。


 ジョンはパーティクラッシャーという厄介な性質を持っていたのだ。


 彼が仲間になって僅か20日でパーティは崩壊。メイメイ、ミッチャ、チッチの三名とアイザックの間に溝を生み、ジョンは自ら進んでパーティから離脱した。


 以降、アイザックの精神状態は日に日に悪化していった。彼への嫉妬、失望、そして恨み。それが健全な思考でないのは本人も重々承知しており、葛藤によって更に不安定になっていく悪循環が続いた末――――アイザックは自爆した。


 その自爆を冒険者ギルドの代表者達から糾弾され、シリアルキラーと認定された事で、アイザックは坂道を転がり落ち、崖から垂直落下して地面に突き刺さった。



 ギルドからの永久追放。


 重なる借金。


 精神の不調により、繰り返される自爆未遂。



 そして――――入院。



 高い壁に囲まれた牢獄のような病院の一室で、アイザックは自分を見つめ直す時間を送った。


 病室と言ってもベッドはなく、大部屋に十数人が雑魚寝するという劣悪な環境。そしてアイザック以外の病人の大半が、自分の世界に浸り意思疎通が不可能となっている。


 大柄で太眉のグリィ(仮)は陽気で人気者の冒険者だったが、モンスターと戦っている最中に油断し頭部を強打した事で記憶を失い、仲間の事や言葉、日常生活動作すら忘れてしまった。


 顔に傷を持つ金髪のオコア(仮)は一匹狼の傭兵で、高レベル帯の冒険者さえ凌ぐ剣の腕を持っていたが、病が悪化し脳をやられ、赤子のように泣き喚く事しか出来なくなった。


 スラッとした体型と鼻筋の通った凛々しい顔のリチャード(仮)は優れた交渉術を持ち、商業ギルドの次期ギルマス候補だったが、一度の失敗で挫折し酒に溺れアルコール依存症となり、家族に暴言・暴力を繰り返し、夜中に道端で眠っていたところ馬車に轢かれ左半身不随となり、家族からも見放され収容される運びとなった。


 そんな同室の病人達に囲まれる毎日は、アイザックをより深い苦悩に追い込んだ。彼らと自分が同じ位置にいる事を、嫌でも自覚させられた。自分は今、周囲からこのように見られているのだと。彼らを見る自分の眼差しが、周囲の自分を見る眼差しそのものなのだと。


 現実に耐えられず、アイザックは病院を抜け出した。


 厳重な監視も、高い壁も、レベル60の彼にとって大した障害とはならなかった。


 自由の身になったとはいえ、ギルドからは永久追放処分を受け、街中でも爪弾き者。仲間達にも合わせる顔はない。借金を返そうにも金策の手段がない。討伐クエストも受けられないし、仕事にも就けない。


 最早アインシュレイル城下町は、彼の居場所ではなかった。


 アイザックに残された道は二つ。魔王討伐を諦め、遠く離れた街で余生を過ごすか。それとも、玉砕覚悟で単身魔王城に乗り込むか。


 彼は迷わず後者を選択した。


 このまま都落ちして、何処かの集落で第二の人生を謳歌する事も出来なくはない。だがそれでは、今まで自分がしてきた事が全て無駄になる。イジメに遭い、負けるものかと奮起してきた自分の歴史がなかった事になってしまう。アイザックにとって、それだけは絶対にあってはならない事だった。


 とはいえ、このまま魔王城に攻め込んだところで勝算はない。玉砕覚悟とは言え、無駄死は避けたい。


 一矢報いるにはどうすれば良いか。


 アイザックは決意した。自分に出来る事は一つしかなかった。落ちぶれた今の自分が、人類の為に出来る事は――――モンスターに取り入って魔王城に招かれ、そこで一つでも多くの情報を掴み、人類側に伝える。例え一人でも、それなら出来る。


 仮に自分のスパイ活動がモンスター側にバレたら、その時は自爆する。大勢のモンスターを道連れにして。


 ずっと、劣等感を抱いていた。何故自分は自爆などという物騒なスキルを覚えてしまったのか。固有スキルは魔法とは違い、自らの意思で選ぶ事は出来ない。自身の素質・性質によるものと言われている。追い込まれた時に立ち向かうのではなく、何もかも滅茶苦茶にして有耶無耶にしたいという弱い心が招いたスキルだと分析し、何度も落ち込んだ。


 そんな転落の一因にもなったスキルが、アイザックにとって最後の切り札――――心の拠り所となった。


 新たな道に踏み出した事で、アイザックはかつての自分を取り戻した。


 元々彼は、イジメた連中を皆殺しに出来る力を身に付け、実際殺しはしないけど『あんなカス共いつでも殺せる』と自分を納得させる事で、惨めな過去を塗り潰そうという屈折した向上心によってのし上がってきた男。目的に高潔さを求めないがむしゃらさが、レベル60の原動力だった。


 モンスターに取り入る為に彼がまず行ったのは、暗黒装備の調達。禍々しい装備品で身を包む事によって、自分がモンスター側の人間であるとアピールする為だ。


 幸い、この城下町には暗黒武器を専門とする武器屋もある。既に資金は底を付いているが、以前武器を購入したり宣伝したりした為、顔が利く。何よりあの武器屋は暗黒武器を褒めまくればすぐ機嫌が良くなるから、交渉次第では売れ残りなら譲渡してくれるかもしれない。そんな期待と打算を胸に、ベリアルザ武器商会へ向かった。


 結果、門前払いされた。


 既にアイザックの悪評は街中に広まっていた。武器屋の主人は渋い顔で『恩義を感じてはいるし、普通に客として来たのなら分け隔てなく対応するが、無償で武器を譲るのは無理だ』と告げてきた。


 当初はアイザックも納得し諦めた。宣伝活動のおかげで客足が伸びていると言われ、嬉しくもあった。


 だが再度街から離れ、郊外の森林でまともな食事も取れず数日野宿する内に、『何故それだけの利益を与えた自分に武器の一本恵む事が出来ないんだ』と思うようになった。人間、精神的余裕がなくなると自分以外を悪者にしたくなるものだ。


 加えて、彼は自分がこれからしようとしている事が、人類の平和の為に極めて重要な位置付けになるという誇大妄想に浸っていた。これも追い込まれた人間特有の思考パターンだ。大きい目標に向かっていると思えば、自分がとても充実していると感じられるし、大義名分にもなる。


 アイザックはそんな精神状態の果てに、『世界を平和にする為なら、武器の一本くらい拝借しても問題ないだろ。いつか返せば良い』という結論に達した。


 だが数日前に物乞いしている以上、商品がなくなったら真っ先に疑われるのは間違いなくアイザック。スケープゴートが必要だ。


 真っ先にアイザックの頭に浮かんだのは、怪盗メアロという未だ素顔すらまともに見られていない盗人の名前だった。奴が盗んだのなら諦めも付く筈。何しろ、この猛者だらけの街で誰一人として捕まえられていないのだから。


 しかも、奴は毎回予告状を出している。ならその予告状を模倣し捏造すれば、容易に奴の仕業だと思わせる事が出来る。


 ただし怪盗メアロは既に一度、ベリアルザ武器商会に盗みに入っている。奴が二度同じ場所を狙った前例はない。もしあの武器屋の商品をまた狙うとなると、捏造を怪しまれるかもしれない。


 アイザックは悩んだ。どうすれば自分が怪しまれず武器を盗めるのか。この時点で既に小悪党に成り下がっている彼は、都落ちするより遥かに過去の自分を裏切っている訳だが、本人はそれに気付いていなかった。


 悩みに悩み、そしてある日――――悪魔が囁いた。


 自分をここまで追い込んだ元凶を、このままにしておいていいのか?


 そいつを利用すれば、全て上手くいくんじゃないか?


 怪盗メアロの素顔を見た唯一の人間。ベリアルザ武器商会にかつて務めていた人物。そして、自分の転落のきっかけとなった男――――ジョン。奴を利用しない手はない。


 風の噂で、ジョンは新たにギルドを立ち上げたと聞いた。それも当初は微笑ましく思っていたが、今となっては胸糞悪い話だった。自分がここまで落ちぶれているのに、奴はギルドマスターの地位を得ている。五大ギルド会議に参加したとの情報もあった。


 自分の処遇を決める事が予定されていた五大ギルド会議に。


 自分に引導を渡す為に違いない――――アイザックはそう解釈した。


 なら情けをかける必要はない。一目置く時期もあったが、今となっては憎しみしかない。あの男を利用し、必要な武器を手に入れる事に何ら躊躇いはない。アイザックはその一心でジョンを調査した結果、ネシスクェヴィリーテなる武器を入手したがっているとの情報を入手した。


 使える。これは使える。


 ネシスクェヴィリーテは本来、王城に保管されている武器。十三穢の一つでレア中のレアだ。本来なら自分が欲しいくらいの暗黒武器。寧ろ、今の自分にこそ相応しい。これほど穢れた武器を持った者なら、魔王も自分達と同属だと思うに違いない。


 しかも、それを奪えればジョンにも一泡吹かせる事が出来る。そして、それを全て怪盗メアロに押しつければ、素顔を見られたジョンへの恨みからの犯行という動機付けも可能だ。


 最早、ベリアルザ武器商会に拘る理由もない。ネシスクェヴィリーテの所有者を特定し、怪盗メアロ名義の予告状を出し、そいつから奪えば良い。


 だが――――許せるか?


 恩義があると器の大きそうな事を言っておきながら、世話になった男に武器の一つも譲渡出来ない心の狭い武器屋を、果たして許せるか?


 否。絶対的に否。


 あの武器屋にも然るべき制裁を。ここに来てアイザックは自分が断罪する立場だと思い込むようになった。


 予告状はベリアルザ武器商会に出す。そして、その上でネシスクェヴィリーテを所有者から盗む。

 

 そうすれば、事情を知らない周囲はこう思うだろう。


『ベリアルザ武器商会がこっそり所有していた盗品のネシスクェヴィリーテを、怪盗メアロが盗んだ』と。


 あの武器屋が王城からネシスクェヴィリーテを持ち出した、若しくは盗品とわかっていて買い取り保有していたと、誰もが悪い方に解釈するに違いない。


 当然、武器屋の信用は失墜。ネシスクェヴィリーテを手にする事が出来なかったジョンも落胆し、奴等のヘイトは怪盗メアロに向かう。そしてアイザックはネシスクェヴィリーテという、モンスター側へ付く足がかりを得る。暗黒防具も揃えられれば最高だったが、十三穢の武器なら不足はない。

 

 完璧だ。未だかつてこんな完璧な計画があっただろうか。アイザックは己の奸智に酔い痴れ、その日は一日中笑顔だった。笑う声は新たなる悪魔の産声だった。



 斯くして、計画は実行に移された――――





「……言うまでもねェだろうけど、このジョンってのはテメェの事だ」


 チッチから見せられた記録子さんのレポート(写し)は、衝撃的とか同情とか以前にイカれた内容だった。計画とやらの顛末は書かれてないから、ネシスクェヴィリーテが今誰の手にあるのかは不明。まあ成功しそうにないけど。


「ザックはあんまり本心を話さないから、テメェの事をどう思ってるのかわかりかねてたがよォ……これでハッキリしたんだよ。テメェはザックの敵だ。しかも憎っくき敵ときた。なら当然、私にとっちゃ殺す以外に選択肢のない害虫だ。クソ虫だ」


 チッチの顔に浮き上がった血管の数は、二桁に上っている。既に歪みきった顔は、最早原型を留めていなかった。


「クソ虫の質問に答えると思うか? 協力すると思うか? 思わねェよなあ。害虫は人に遭ったら死ぬんだよ! 為す術なく踏み潰されて五臓六腑ぶちまけて無様な死骸を晒すんだよ!! ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


「それより、11巻ないの? 続き気になるんだけど」


「さっきから何なんだよテメェはよ!? 脅しじゃねェぞ!! 本当に殺すぞ!!」


「うるせーなあーーーー!!! やってみろ!!! やってみろよこの逆恨み軍団が!!! 根絶やしにすっぞコラァ!!!」


 既に何度も何度も、本当に何度も何度も何度も何度も殺害予告されている奴に今更殺す言われてビビる訳ないだろ!


 しかもこっちはレポートの内容に怒り心頭中だ。ザクザクの奴、狂ったのを良い事に言いたい放題言いやがって……つーかあの予告状あいつの仕業だったのかよ!


 あと記録子さん、本名伏せてくれたのは良いけどジョンスミスはねーだろ……それとサークルクラッシャーみたく言うな! 全然違うから!


「ンだよ……逆ギレすんなよ……」


 絶対に逆ギレじゃないけど、向こうからしたらそういう心持ちなのか、チッチは急に大人しくなった。


 そして――――


「ククク……フザけやがって……どいつもこいつもよォ……フフ……ヒヒヒ……ハハハハ……はは……ああああ……ああぁあああぁぁぁああああぁあああぁぁああああぁぁ!!!」


 糸が切れたように大声で泣き出した。彼女なりに、色々思い詰めてはいたんだろう。他の仲間の姿も見えないし。


 だからといって、正直何とも思わない。崩壊のきっかけが俺だったのはそうかもしれないけど、もう罪悪感が入り込む余地ないよね。こちとら二回も殺されかけてるし。


 とはいえ、自我崩壊寸前で泣き崩れている人に質問攻めは出来ない。泣き止むまで待つしかないか……


「もう、何もかも終わりだよ……お尋ね者になっちまったから、街中に留まるには誰も寄りつかねェヒーラーギルドにいるしかねェし……ザックにはあれから一度も会えねェし……他の奴等とも散り散りになっちまったし……別にザック以外はどうでもいいけどな……」


 と思ったら急に自分達の事話し始めやがった。隙あらば自分語りやめろ。ここで無視して去るとか流石に非人道的過ぎて出来ないっての……こっちはこの後も予定あるんだよ? 自分を殺そうとしている奴に延々と愚痴を零されるとか何の修行だよ。店の前で待機中のコレットも不審に思ってる頃だろう。


「はぁ……もう殺す気力も沸かねェ。で、こんなクソ零細ギルドに何の用だよ」


 あ、急に本筋に戻った。また情緒不安定になる前に用件を済まそう。


「マギヴィートって魔法を探してるんだけど、心当たりはない?」


「あるに決まってんだろ! マギヴィートの権利を買い取ったのは私のクソ親父だ! クソが!」


 ……マジで?


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