第119.5話 冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録0011





 これは記録子が緻密な取材によって詳らかにした、冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録0011である。





 アイザックは知らない。彼が入院している間、パーティメンバーの三人がどれだけ辛い目に遭ったのかを。


 何故なら彼は病院を脱走して以降、一度も彼女たちに会う事なく身を潜めたからだ。


 当然、それには理由があった。冒険者ギルドを永久追放になったアイザックと一緒にいたら、彼女たちまで出入り禁止になる。それはつまり、事実上の引退を意味する。


 自分で引退を決めたのならまだしも、リーダーの不祥事で強制的に出禁となれば、事情を知らない周囲からは白い目を向けられる。今後どんな人生を送るにせよ、それが悪い方に作用するのは言うまでもない。


 パーティは自然消滅させる。そして二度と会う事はない。それがアイザックなりのケジメの付け方だった。


 しかしアイザックに心底惚れている三人が同じ思いでいる筈もない。アイザックに会いたい。話がしたい。なんなら弱り切った彼を慰め、そのまま既成事実を作りたい。その一発で妊娠すれば最高。それくらいの強い思いを三人とも秘めていた。


 ただ、大きな問題が彼女たちの前に立ちはだかる。金だ。


 ヒーラーの世話になるよりはずっとリーズナブルとはいえ、病院に入院するとなると相当な額が必要になる。しかしアイザックの自爆、そしてミッチャが召喚したゾンビ馬による被害の弁償をしなければならなかった為、クエスト受注で稼いだパーティの活動資金は既に底を付き、生活すら困窮する始末。全員の装備品を売り払い、まとまった金額は得られたものの、アイザックの入院費を長期にわたって支払うには安定した収入がどうしても必要だった。


 アイザックを見捨て、城下町を去って別の場所で働くか。それとも残って特殊な方法での金策に走るか。彼女たちは迷わず後者を選んだ。


 自爆騒動、ゾンビ馬騒動によって白眼視されている彼女たちが、高収入を得られるような働き口は一つしか残っていない。


 そう――――娼館だ。


 メイメイ、ミッチャ、チッチの三人は娼婦として稼ぐ事を決意した。


 だが甘かった。決意はしたものの、覚悟が圧倒的に足りなかった。アイザック以外の男性に抱かれる事への覚悟が。


 この道のプロ、数多の娼婦を見て来た"女帝"サキュッチは一目でそれを見抜いた。娼館を運営している彼女だが、夜の仕事に対する覚悟がない女性を突然働かせるような真似はしない。まずは雑用や送迎など裏方の仕事をさせ、覚悟が固まったと判断してから客を取らせる。この猛者だらけの街で娼館を営む為には、高レベルの娼婦を揃えなければならない。客を不快にさせる恐れがある娼婦など、幾ら顔が良くてもセクシーでも論外。誇りのない娼婦など必要ない――――それが女帝の信念であり方針だった。


 結局、三人は娼婦になる事を許されず、研修中に偶々娼館を訪れたジョンスミス(仮)を見境なく襲った罪でクビになった。



『ここはアンタらみたいなのが足を踏み入れる場所じゃない。男に尽くす事の意味を今一度考えるんだね』



 女帝が最後に残した言葉には、厳しさと同時に微かな老婆心があったが――――アイザックの事しか考えていない馬鹿三人には響かなかった。


 男に尽くすのではない。アイザックに尽くす、ただそれだけ。そう自分に言い聞かせ、三人はそれぞれ別の道を歩む決意をした。自分のやり方でアイザックを助け、支える――――その一心で。


 ただし勿論、真っ当な職には就けない。けれど自分に何の関わりもない分野に身を投じても、また失敗するだけだ。


 持ち味を活かす。それが、三人がバラバラになった理由の一つだった。



 レベル48の冒険者でモンクのメイメイは、その身体能力を活かし『殴られ屋』を始めた。


 当初は当たり屋になって、乗合馬車に飛び込んで商業ギルドから金をせしめようとも考えていたが、思い留まって無難な仕事を始めた。


 尤も、ここは数多のハイレベルな戦士が集う街。客は例外なく強い為、全ての攻撃を回避するのは不可能。幸い顔を殴りつけてくる客はいなかったが、ボディは何発も何発もやられた。


 セクハラしてくる男は一人も現れず、苦悶の表情を浮かべさせたいという変態ばかりが集まったらしく、それはもう執拗にボディばかり打たれ続けている。前途多難である。



 レベル47の冒険者でテイマーのミッチャは、呪われた聖星石を使って世にも奇妙な召喚獣を出現させ、サーカス小屋を始めた。


 基本ゾンビ系などのグロテスクな召喚獣ばかりだったが、幸いにもアインシュレイル城下町では暗黒系の装備やちょっとグロい物が流行の兆しを見せており、謎の人気を博した。


 しかし悪臭は如何ともし難く、近隣住民から苦情の嵐が届き、『ここはゴミ捨て場か』と罵られながらありとあらゆる種類の生ゴミを投げつけられ、ミッチャはその度に屈辱の涙を流した。


 現在、フィールド上に生息している香草をかき集め、臭いを消す為の努力をしてはいるものの改善には至らず、ゴミッチャの二つ名で名を馳せてしまった。前途多難である。



 そしてレベル45の冒険者でヒーラーのチッチは、一人悩んでいた。


 ヒーラーである以上、回復魔法を使った治療以外に特技を活かせる気がしない。だがこの街で回復魔法による治療は基本、法外な請求をされる詐欺行為だ。誰も望みはしない。


 勿論、適正価格で治療を行えば良い――――とはならない。もしそんな真似をすれば、ラヴィヴィオが黙ってはいない。『そんな端金で治療されたら困るんですよね。私達がぼったくってるみたいじゃないですか』と因縁付けてくるのは確実だ。


 この街で、ヒーラーは正しい治療は行えない。弱者の為にと清い心で訴えようと、そもそも弱者がいない。ヒーラーであるというだけで道を踏み外したアウトロー。それがアインシュレイル城下町におけるヒーラーだ。


 結局良い案が思い付かないまま、チッチはかつて父が営んでいたヒーラーギルド【ピッコラ】で己を見つめ直す事にした。ここにいれば、取り敢えず街を追われる心配はない。誰も寄りつかないから。


 しかしギルドには時折『ラヴィヴィオ以外のヒーラーは消えろ』『←いや一人も要らんし』『要らないのはメガネ』『←マジそれな』『メガネは消えろ』『メガネはクソ』『メガネの存在意義とは』『メガネは自己満足』『メガネは露悪趣味』『本当にメガネが必要だったら生まれた時から付いてるだろ』などの落書きがされ、チッチはキレながら毎日消す作業に追われていた。前途多難である。



 斯くして、三人娘はアイザックを養う為に動き始めた。それが更なる転落への序章とは知らずに。


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