第120話 ヒーラーさんに見せてみなよ
世間は広いようで狭いって言葉が前の世界にはあったけど、この世界も同じらしい。
ただし、ご都合主義と言えるほどラッキーな展開かどうかはわからない。仮にマギヴィートがこのギルドにあるとしても、この女が素直に渡してくれるとは到底思えないしな……
「えっと、それでマギヴィートはここにあるって事で良いの?」
「……ククク。ハハハハハハハハハハ!! 残念だったなァ! クソ親父はもうとっくにラヴィヴィオに引き抜かれちまってんだよ! あんなクソマイナーな魔法、使い手は世界で奴一人しかいやしねェから、その希少性だけで十分価値があるってよ!」
やっぱりか。その上もう笑う気力が復活しやがった。鬱陶しい……
にしても、厄介な事実が判明したな。このクソヒーラーの話が本当なら、どうやらマギヴィートが使えるようになるアイテムみたいな物はもう何処にもなく、使い手が一人いるだけらしい。『権利を買い取った』と言ってたし、恐らくマギヴィートを覚えられる使い捨てアイテムがあって、それをチッチの父親が使用したんだろう。
となると、これから俺達はラヴィヴィオに向かって、そこにいるであろうこの女の父親に会って交渉しないといけない訳か。
……まあ良い方に捉えれば、回復魔法同様に金さえ払えばコレットにマギヴィートを使ってくれる可能性は高い。相当ぼったくられるだろうけど、コレット超金持ちだし、そこはどうにでもなりそうだ。
「ラヴィヴィオに移籍したアンタの父親に会いたいんだけど、紹介状とか書いて貰う訳には……」
「ハッ、馬鹿言ってんじゃねェよ」
でしょうね。そんな便宜図ってくれるような間柄じゃ……
「もう親父とは何年も会ってねェし、とっくに縁キレてんだよ。あの野郎はな……私を捨てたんだよ。10年前になァ! 母さんを捨てたのと同じように!! 私を捨てたんだよ!!!」
……ないのは親子関係の方かよ!
あー、また面倒な話を聞いちゃったな。最低じゃんチッチ父。親に捨てられたんじゃそりゃ性格だって歪むよ。クズが好き勝手やった結果、この悲しきモンスターが生まれたのか。
「ケッ、同情なんか要らねェんだよ。早く帰れクソ野郎。今日はもう殺すって気分じゃねェから見逃してやるよ。次会ったらブッ殺すけどな」
「そう言われても流石にな……わかった。親御さんに会ったらマギヴィートの件頼む時に『娘さんから何度も殺されかけてるんで、親なら責任取って下さい』って言っておくから」
「何がわかったらそうなンだよ! 同情の欠片もねェじゃねーかクソが! とっとと消えろ!」
クズ親にせめてもの復讐をと思っての提案だったんだけど、どうやら伝わらなかったか。おめでとう、サイコパス診断テスト不合格です。こう見えて根っこは常人なんだな。案外、親の事を恨みきれないタイプなのかもしれない。
何にしても、もうここに用はない。さっさと出よう。
出入り口まで引き返すと、馬車に乗っていた筈のコレットが店の前で心配そうにこっちを覗いていた。
「なんかすっごい大声で何度も怒鳴られてたけど……もしかして私の所為? 悪魔を店の前に待機させるな、みたいな事言われた?」
「……」
「な、何? なんで無言で頭ポンポンするの?」
毛虫の如く嫌う奴もいれば、心配してくれる奴もいる。それが当たり前。それがごく普通の、平凡な人間関係だ。
でも俺は、嫌われるのがどうしても怖かった。ウザがられないか不安だったし、気持ち悪いと思われるんじゃないかっていつも怯えていた。だから関わる人間を最小人数に絞った。本音を話す機会がない生き方を選んだ。
俺は俺で、きっと違った歪み方をしてるんだろな。自分ではわかんないけど。
「……さて、覚悟を決めてラヴィヴィオに行くか」
「あ、やっぱりここにもなかったんだ」
「でも、マギヴィートを使える人間がラヴィヴィオにいるのは確定した。多分、金を払えば使ってくれるんじゃないかな」
「お金で解決出来るの!?」
嬉しそうにしないでコレットさん。卑しく見えますよ。
「お金だったら……うん。結構持ってるから多分大丈夫。行こ行こ! 御者さんお願いしまーす!」
まるでピクニックに行くようなノリだ。よくそんな楽観的になれるな。
俺は正直、そんな気分にはなれない。当事者じゃないから、苦しみから解放されたいって切実な願いがコレットほどないのも当然あるんだろうけど……それ以上に、ラヴィヴィオ絡みで実害被ってる事が響いてるんだろう。
まあ、死にかけてたところに回復魔法使って貰ったんだから、悪い事ばかりじゃないんだろうけどさ。でもやっぱり詐欺被害ってのは釈然としない訳で。楽しみにしてたゲームを全クリしたのに、事前に公開されていたCGが収録されてなかったら、幾らそのゲームがそこそこ面白かったとしてもなんかモヤッとするアレに似ている。
そんな事を考えながら、馬車に揺られる事30分。携帯している砂時計がちょうど半分落ちた頃、無事ラヴィヴィオのある市街地北東部に到着した。
ただしラヴィヴィオは燃えていた。
「えぇぇ……」
想像してたのと違う。何かトラブルはあるとは踏んでいたけど、こんな事態は頭になかった。
建物は内部がメラメラと燃え盛り、バチバチと間断なく嫌な音を立てている。見上げると、黒煙がまるで空に吸い込まれているかのように凄まじい勢いで吹き出し続けていた。周囲の建物から避難した人達は、心配そうな顔で火事の様子を遠巻きに窺っている。両隣とはある程度離れているけど、延焼しても不思議じゃない火の勢いだ。
「重傷者はこっちに並べろ! 全員キッチリ治してやる! ただし特別料金でな! カーッカカカカカカカカカカ!! もっとだ! もっと火傷しろ! 俺に重傷を治させろ!」
五大ギルド会議の時に見かけたギルマス……ハウクだったっけ。確かそんな名前だった。燃え続けるギルドの前で、奴が喜々として回復魔法を使いまくっている。いや、治すのは良いけどギルマスが身内からも金取るのかよ。いよいよヤベーなここ。
「消火部隊、到着しました! これより消火活動を開始します!」
乗合馬車より遥かに大きな馬車が、猛烈な勢いでやって来た。そこからローブっぽい服を着た人達が次々降りてくる。恐らくソーサラーの人達だ。
話には聞いた事がある。この世界では、消火活動はソーサラーが魔法で行うらしく、その為の詰め所もあるそうだ。
「建物には近付かないで下さい! 延焼防止の為に緊急消火用の魔法を使います! 出来るだけ遠くに離れて下さい!」
「トモ、離れよ。強烈な冷気で現場を凍らせるから、近くにいたら身体が一気に冷えるよ」
「わ、わかった」
元いた世界じゃまずあり得ないような冷却消火法だ。確かにヤバそうだな。早く安全な場所に――――
「……」
不意に、消火活動に当たっていたソーサラーの一人が笑った。
少なくとも俺にはそう見えた。
思わずゾッとする。そりゃ確かにヒーラーは各所にヘイト溜めているし、ソーサラーギルドとの確執もあるらしいけど……この状況で笑うか?
幸いというか何というか、笑ったのは一人だけで、他のソーサラーは必死になって消火の為に各自持ち場へと向かっている。偶々、性格の悪い奴を見てしまったのかもしれない。だとしたら胸糞悪い不運だ。人間の闇なんて日常に幾らでも潜んでいるんだろうけど、こんな場面で見たくはなかった。
「【イクスフリーズ】撃てっ!」
モヤモヤする頭を抱えていると、消火部隊が燃え盛るラヴィヴィオへ向けて一斉に魔法を放った。
凄……ギルドが炎ごと一瞬で凍り付いた。
これ、もし中に人が残ってたらどうなるんだ……?
「万が一中に人がいても、自然の炎や煙で命を落とすより、魔法で絶命した方が蘇生魔法が効きやすいみたい。だから、こういう場合は一刻も早く消火するようになっているのよ」
背後から突然、ティシエラがヌッと現れた。
「ティシエラも消火活動をしに?」
「いえ、私は管轄外よ。それでも、ラヴィヴィオが燃えているとなると流石に、ね」
五大ギルドの一角だもんな。そりゃ気にもなるか。
「申し訳ないけど、今は貴方達に構っている暇はないわ。見物は程々にしておきなさい」
こっちは用があってラヴィヴィオに来た訳だけど、いちいち説明して足止めさせる訳にもいかない。コレット共々黙ってティシエラを見送った。
「はぁ……なんかとんでもない事になったね」
「マギヴィートどころの話じゃないな。死人出てなきゃ良いけど」
幾ら変態の巣窟とはいえ、燃えるほど罪深い訳じゃ……いや、わからないけど。それ相応の悪事を組織で働いてた可能性は完全に否定出来ない。
「やっぱり報復なのかな」
ごく自然にコレットも同じ発想に行き着いていた。まあ、ヤクザの事務所が燃えたらどうしたってそう思っちゃうし、妥当っちゃ妥当なんだけど。
「何にしても、これ以上ここにいても仕方ない。一旦ギルドに戻ろう」
「うう……期待してたのに」
「チッチの親父さんが無事なのを祈るしかないな」
最後にラヴィヴィオの様子を眺めてみると、消火部隊は先程凍らせた建物をくまなくチェックし、生き残っていた人がいないかを確認している。
……普通こういう場合、建物内にいたギルド員の数をギルマスなり事務員なりに確認するものなんじゃないの? 点呼すれば行方不明者はすぐわかるんだし。
当然、消火活動のプロ集団なんだからそんな事はわかっている筈。ギルマスは治療中だから無理だとしても、他の連中に聞き取りくらいすれば良いんじゃ……
「おい! お前火傷してるだろ! 見せろ! その赤くなってる所俺に治させろ!」
「そっちこそ髪が焦げていますね! はいヒーリング! はい2,000G! 請求書ここに貼り付けておきますね!」
「クソが! せっかく大火事になったのに怪我人少ねーじゃねーか! フザけんなよもっと治させろよ!」
あー、そもそも会話にならないのか。変態の巣窟は炎上しても変態の巣窟のままなんだな。すみません消火部隊の皆さん、俺が浅はかでした。
「俺の名はメデオ! 純正のヒーラーにして蘇生魔法の使い手! 君、蘇生魔法を必要としている死者を知らんかね?」
「うわぁ出た!」
しまった、早く帰っておけば良かった。よりによって一番話の長い奴に捕まるとは……
「俺の蘇生魔法は天下一品だ。例え魔法ではなく火事によって焼死していたとしても、必ず救ってみせる!」
あれ、なんか随分とまともな事言ってる。もしかして今まで俺はこいつを過度に変態扱いしてたのかも……
「いや、遺体は見てないけど」
「馬鹿な! 何故だ! 何故この規模の火事で誰も死なんのだ! おかしいぞ! 不条理ではないのかね! 蘇生魔法はこの日の為にあったと俺に言わせる現実は何処にもないと言うのか!? 神は死んだか!」
やっぱり反吐が出るほど変態じゃねーか! ねーよそんな現実! そしてない事を喜べよ! 仲間死んでなくて悔しがるとか頭おかしいってレベルじゃねーぞ!?
「しかしまあ仕方ない。蘇生魔法は尊き魔法。蘇生魔法を使って蘇らせるのではない。蘇るべき命がそこにある時、人は蘇生魔法を使うのだ。我々の中には蘇生魔法に相応しい者がいなかった。それだけの事……ぬうっ!」
メデオは目頭を押さえながら何処かへ走っていった。今回は大した拘束時間じゃなかったけど、別の意味でメンタル刈り取られた。なんなのあいつ、死神タイプのシャドウなの?
「君ィ! 怪我はしてないかい!? 魔物のようなその黒い頭、実は何処か焦げてるんじゃないのかい!? ヒーラーさんに見せてみなよ!」
「ひぃー! すいませんごめんなさい! 私ピンピンしてますから! ヒーリング間に合ってますから!」
隣ではコレットが別のヒーラーに絡まれていた。っていうかそいつ、ついさっきまでギルマスから治療受けてたような……割と黒焦げだったのに、治った途端にヒーリングの押し売りかよ。もうゾンビより怖えーよ。
ともあれ、救助活動を手伝うって空気でもないんで、急いでギルドに帰った。
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