第312話 うっけたまわー

 いやね、そりゃ日本の城は木と土で造られてたから、木材を使った城をおかしいとは思わないよ。


 でも魔王城ですよね?


 魔王城がパステルカラーに彩られた木組みの城って……いや、木組みで城っぽく造るの何気にスゲー技術だとは思うけどさ。にしたってこの色合いは……


「……」


 多分、俺以上にティシエラは衝撃を受けているんだろう。さっきから一言も発していないけど、顔はマッチョトレインの時くらい惚けている。


 あくまでこの空間は、コレーが俺の深層心理だの心象風景だのをベースに創造した疑似世界なんだから、この魔王城の現実の物とは違うのかもしれない。でも城下町の再現性を見ると、少なくとも俺の記憶内の風景は忠実に再現されてるっぽい。って事は、この肉体の持ち主の記憶も同様だと推察できる訳で……うーん……


「うぉーい。こっちこっちー」


「ようやくご到着か。随分のんびりとした旅だったね」


 モーショボーとコレーが俺達を見つけて近付いて来るけど、そっちに目を向ける余裕がない。まだ現実を受け入れられないのが正直なところだ。


「なあ……これマジで魔王城なの?」


「そうだよ。精霊の間でも有名なんだ。ステキな城だってね。人間もこのセンスは見習うべきだよ」


「あっはい」


 そんな生返事しか出来ない。ティシエラに至っては未だに声すら出せていない。


 これ、魔王のセンスで造られてるって解釈で良いんだよな? なんとなく魔王って城には拘りそうなイメージだし、適当に丸投げはしないだろう。


 ……もしかして魔王って不思議ちゃんなのかな?


「なんかお疲れだね。どの道、この広さを調査するとなると一日じゃ終わらないだろうし、今日は城の中で休むとしようか」


「そうだな……ティシエラ、それで良い?」


「……ぇぇ」


 声ちっちゃ! ダメージの度合いが思った以上に深刻だ!


 真面目な性格だから、自分の想定と大きく外れた事が起こると思考がフリーズするんだろうな。まあ明日には立ち直ってるだろう。


 ……待てよ。


「なんか当たり前に中に入れるの前提で喋ってたけど、本当に入れんの?」


「それは心配ないよ。モンスターには戸締まりなんて概念ないから」


 そういうものなのか。まあ木組みの城だし、いざとなったらティシエラのデスボールで城門ごと吹っ飛ばして貰えば良いか。炎系だと炎上しそうだし。


 色々と釈然としない中、城門の前まで移動。高さはそれほどない城とはいえ、ここまで近付くと流石にスケール感ハンパない。


 ただし城門は……扉だ。扉以外の何者でもない。木組みの家の上品な扉がバカデカくなっただけ。門の概念が崩壊しそうになるくらい扉でしかない。


「わー。取っ手が20コくらい付いてるー。どれにしよっかなー」


 モーショボーの言うように、扉を開ける為の取っ手が20種類くらいのサイズで取り付けられている。モンスターのサイズに合わせて……って事なんだろう。一番下の取っ手はアリ用かってくらい小さい。シュール過ぎる。


「でも、このサイズの扉だと俺の力じゃ押しも引きも出来ないような……」


 そんな不安を抱きつつ、取り敢えずジャストサイズの取っ手を掴んでみた。


 すると――――


「おぉ……」


 全然力を込めていないのに、すんなりと開いていく。多分、そういう仕掛けというか妖術的な力が働いているんだろう。こういう所は魔王城っぽくて良いよ良いよ。いや魔力か何かで勝手に開くんなら取っ手いらんだろ……なんて野暮な事は言うまい。


 一体内装はどうなってるのやら……


「うぇーい一番乗り~」


 俺が開けたばかりの扉の隙間を、モーショボーがスーッと飛んで抜けて行く。こういう先走る性格は偵察向きで良し。我ながら理解ある上司過ぎる……


「うーわ何コレすっご!」


 そのモーショボーが興奮した声で中の様子を伝えてくる。そして直ぐに、俺の視界にもその興奮の理由が広がった。


 着いたばかりの訪問者をエスコートするのは、広大なエントランス。


 上下左右の茫漠たる空間が織り成す、圧倒的にエレガントなエントランス。


 奧に目を向けると更に奧が待ち受け、それがエンドレスに続いていき、やがて辿り着く最果てもまたエントランス。



 まさかのエターナル1エントランスE



 城の入り口から入ると、中には柱も階段もなく、ただ凄まじく広大な空間と壁、天井だけがひたすら奧まで続いていた。


 ……どういう物件?


「コレー、魔王城って本物もこんなんなの?」


「いや……ボクも入った事はないからわからない。キミこそどうなんだ? キミの記憶が元になってる筈だけど」


「俺は城下町に来る前の記憶がないから、どうだろうな……」


 この感じだと、外装の記憶はハッキリしてるけど中までは知らない、つまり中には入ってないって可能性もあるな。でも夢の中では魔王らしき奴と戦ってたような……まあ、あれも記憶の断片って保証はないんだけどさ。案外、この身体の持ち主の願望が夢になっただけかもしれないし。


 何にしても、確かなのはティシエラがさっきから全く感想を言ってない事だけだ。外装にも相当ショックを受けてたけど、この空っぽ過ぎる中身にはそれ以上の衝撃を受けたかもしれない。


「まさか、作りかけって事はないよね?」


「建設中の魔王城か。逆にロマンに溢れててアリかもしれない」


「ないわよ」


 あ、ティシエラが反応した。


「これはない」


 心なしか、顔が青ざめてるような……案外俺と同じで、魔王城のイメージをガチガチ固めてたタイプなのかもしれない。あ、そう言えば暗黒武器が好みだったな。そっち系を期待して密かにワクワクしてたのかも。


「取り敢えず、奥まで行ってみようか。幾らなんでもこの空間だけって事はないだろうし。魔王の間くらいはなくちゃ張り合いがないよ」


 苦笑するコレーの言葉に頷き、異様に広い魔王城1Fを歩く。床と天井は板張りで、色合いは深めのブラウン。これがヒノキみたいな明るめの色だったらいよいよ日本家屋の様相を呈してくるところだ。まあ、だからといってギリギリセーフでもないけどさ。


 ただ、こういう色合いは個人的に好みだ。あとこの広さと天井の高さも悪くないな。ここに住めって言われたら落ち着かないけど、これだけ空間が豊かだと開放的な気持ちになる。広い場所に住んだ経験が一度もないから、若干憧れもあるんだろうな。


「あ。扉はっけーん!」


 モーショボーの声の方へ目を向けると、左の方の壁に扉がある。入り口の扉同様、かなり大きくて取っ手もビッシリ付いている。非常口……って事はないだろうな。位置的に。


「モーショボー、悪いけど先に行って中を見といてくれ」


「うっけたまわー」


 相変わらず返事が良くわかんねーけど、了承って事らしくスーイと飛んで行った。今更だけど飛べるって良いよな。


「ティシエラ、飛べる魔法ってないの?」


「一応あるわよ。ゆっくり上空に浮かぶ事が出来る【ソアバルーン】と、風の渦に乗って急上昇する【トルネードハイ】の二つ。後者は本来攻撃用で、敵を上空に巻き上げて落とす用途で作られたらしいけど」


 何それ怖っ! 味方に使えば一気に上空まで行けるけど、その後は知ったこっちゃないってか。


「前者は制御しやすい反面、浮かんでいる間は他の魔法が使えないから戦闘では役立たずだし、MP消費が激しから移動用としても欠陥魔法。後者は制御不能だから論外。どっちも『空を飛びたい』って願望を満たすだけの魔法に過ぎないわ」


「そっか。だったらティシエラも覚えてないんだな」


「……」


 おい。


「良いのよ。役立つ魔法は沢山あるんだから。そうでない魔法が少しくらいあったって」


 普段あれだけ合理性を重んじてる癖に……でもまあ、遊び心があるのは良いと思います。


「見たー」


 脱力するような緊張感のなさでモーショボーが戻って来た。


「なんかゴミ捨て場っぽかった。よくわかんない物が山積みになってた」


「腐った臭いとかしなかった?」


「そういうのはなかったかな~」


 って事は、ゴミステーションではなさそうだな。倉庫か、或いは人間からの戦利品を奪って保管してるとか。何にしても、後回しで問題なさそうだな。


「あ、向こうにも扉ある。行ってきゃー」


 こっちが指示出す前に偵察係らしい行動に! あのモーショボーがなあ……


 ペトロもそうだったけど、精霊達の活躍や成長が我が事のように嬉しい今日この頃。齢32にしてついうっかり父性に目覚めてしまったか。ちょっと照れるな。


「あれ、どういう表情?」


「私に聞かれても知らないわよ」


 コレーとティシエラがコソコソ話をしているのも微笑ましく感じる。そうか、異種間恋愛と異種間交流を掲げて交易祭のプロデュースをして来たから、父性じゃなくて大らかな愛が身に付いたのか。なんか一気に宗教感出て来たな。自制しよう。


「あっちもゴミ捨て場だったー」


 物置多いな魔王城! 仕分けとか全然してないんか。どうなってんだよ……これじゃ魔王城に来た実感が全く湧いてこねーぞ。


「なんか興が乗ってきたから、片っ端から扉開けてくるー」


「お、おお。気を付けてな」


 気まぐれモーショボーらしいっちゃらしいけど、正直助かる。ポイポイに跨がってただけとはいえ、ほぼ一日中移動してたから疲れもかなり溜まってるし。


「モーはゴミの山と言っていたけど、恐らく倉庫だろうね。掘り出し物が眠っているかも知れないし、後で行ってみよう」


 おお、渾名呼びになるくらいコレーと仲良くなったんだな。


 まあ、それを言ったら俺の場合はみんなから渾名で呼ばれてるようなもんだよな。寧ろ自分で渾名をアピールしたまである。そう思うと恥ずかしくなってきた……


「トモ」


「あぁっ」


「何なの、その変な反応は」


 だってタイミングがさあ……いや親しみを込めて呼んでる訳じゃないのはわかってるけど。


「本格的な調査は明日に回して、今日はこのお城の見取り図を作っておくだけに留めておいた方が良いと思うんだけど、貴方はどう思う?」


「俺もそれで良いと思う。焦っても仕方ないしな」


 そう答える俺を、ティシエラがじっと睨んでいる。要はここに一泊するって話だから、多分――――


「また目で会話しているね。夜の間、ボクを見張っておこうって算段かい?」


「いや。今のは俺に『寝込みを襲ってきたら黒焦げにしてやる』って警告」


「失礼ね。木造建築物の中で火を使うほど愚かではないわ。全身を凍らせて永久凍結のオブジェにする程度よ」


 凍てつく波動を全身に漲らせ、ティシエラは氷の微笑を浮かべていた。もうティシエラが魔王で良いんじゃないかな。


「くぅぅ……羨ましい。今のやり取り、ボクもやってみたい……」


「どう考えてもそんな大層なものじゃないだろ」


 さて……一泊するのは良いとして、何処に寝よう。ドラキュラ城なら棺桶ぐらい幾らでも転がってそうだけど、魔王城にはないだろうなあ……倉庫に棺桶のような物がないか探してみるか。


「大変だだだーーーーーっ!」


 そう考えていた矢先、モーショボーが凄い勢いでこっちに戻って来た。


「なんかいる! 幽霊みたいなの!」


「何!?」


 一気に緊張が全身を走る。これは完全に想定外だ。油断してた。正直、誰もいないだろうってタカを括ってた。


「外見は? 幽鬼種のモンスターのような感じ?」


 俺とは対照的に、ティシエラは至って冷静だ。こういう状況も想定していたっぽい。やっぱり実戦経験豊富なだけあって俺とは心構えが違う。


「んー、モンスターって感じじゃなかったと思う。ごめんなさい、しっかり見る余裕なかったから」


「いえ、それだけわかれば十分よ。貴女は立派に役目を果たしてくれたわ。ありがとう」


 この切羽詰まった中でその思いやり……やっぱりティシエラは俺の憧れのリーダー像そのものだ。


 俺も、いつかこうならないと。なれないにしても近付かないといけない。改めてそう思った。


「だったらボクが先陣を切ろう。ボクなら大抵の攻撃は躱せるし、人間界で死ぬ事はまずないから」


「お願いするわ。トモ、貴方は最後尾で背後を警戒して。もし幽鬼種なら瞬間移動してくるかもしれないし、一体とも限らないから」


「了解」


 とはいえ、護身用に持ってきたアポカリプスこん棒は聖属性じゃないから幽霊相手には無効。もし背後から襲われたら、俺自身を盾にするくらいしか防ぐ手立てはない。


 上等。過保護に真ん中で守られるよりもよっぽど良い。


「行きましょう」


 ティシエラの号令に頷き、モーショボーが飛んできた扉へと向かう。両サイドの壁じゃなく、正面奧の壁に扉がある。それこそ、位置的には魔王の間があってもおかしくない場所。


 まさか、魔王じゃないよな……?


 魔王、実は幽体でした! だから聖なる武器の中でも特に強い四光や九星やじゃないとダメージ通りませんでした!


 ……あれ、なんか辻褄合うんだけど。大丈夫か? うっかり魔王とエンカウントして全滅、なんて終わり方はシャレにならないぞ……


「魔王じゃないよ。ボクの妖術で魔王と同じものは生み出せないし、反転させた犯人が魔王ならわざわざここで待ち構える必要がない」


 確かに……つーか俺と同じスピードで走りながらこんな饒舌に話せるコレー、やっぱりハンパねぇわ。


 コレーの言うように魔王ではなさそうだ。でも、だったら一体何者――――なんて考えてる間にもう着いた。


「それじゃ、まずボクが飛び込む。向こうに敵意があるようならすぐ引き返すよ」


「戻って来なかったら私も続くわ。トモは後ろ向きのままついて来て」


「何そのシュールな突撃」


「真面目に言っているの」


「わかってるって」


 実際、それが一番確実だ。俺の反射速度を考えたら、いざ敵が出現した後に振り向いたところで間に合わない。でも最初から後ろを向いていれば最低限の対処は出来る。


「じゃ、行って来るよ」


 コレーが扉の奥へ向かう。


 ……戻って来る様子はない。


「私達も行きましょう」


「ああ」


 コレーのスピードを考えたら、数秒あれば戻って来られる。これだけ待てば十分だ。


 戻って来ないって事は、幽霊っぽい奴に敵意はないか、若しくはこの数秒でコレーがやられたか。もし後者なら俺達も相当ヤバい。


 本当は、ティシエラの前に立って壁役になるべきかもしれない。でも、それをしちゃいけない。この場におけるリーダーはティシエラで、彼女の指示は絶対だ。


 後ろ向きのまま扉をくぐり、暫く歩く。視界に扉が映り、部屋に入った事を理解する。


 左右共に壁は見当たらない。かなり広い部屋だ。当然、材質は木材のまま。特別な部屋って雰囲気じゃない。


「……っと」


 何かが背中にぶつかった。感触と状況から、ティシエラの背中だと思われる。でも向こうは声もあげない。コレーも。


 二人とも立ち止まったまま声を失っている。とんでもない化物がいて、怯えているんだろうか……?


 ……ここまで来れば、もう後ろは警戒しなくて良いだろう。


 幽霊とやらの姿を、この目に入れてやる!


「一体何者だ!」


 そう叫びながら、振り向いたその先にいたのは――――



「。。。ミロちゃん。。。です」



 わわわわー。





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