第311話 綺麗だ
遠征自体はヴァルキルムル鉱山に行った時以来だけど、モンスターの出現区域に足を延ばすのはアンノウン騒動以来か。そう言えばあの時も、こうしてティシエラと二人でポイポイに乗って向かったんだよな。
勿論、今回は事情が全然違う。切迫感はないけど、漠然とした不安が常に纏わり付いているような……妙に落ち着かない気分だ。
「本当に冥府魔界の霧海はないみたいね。確かあの辺りに漂っていた筈よ」
快速を飛ばし疾走を続けるポイポイに跨がりながら、ティシエラは魔法で生み出した球体を頭上に飛ばしている。
これは【リモートアイ】という、自分の視界を離れた場所に置き換える魔法。これを使用すると、遠隔操作できる球体の位置から見える範囲を視認できる。
ただし本人の視界が閉ざされてしまう上、球体の操作性は悪く、しかも範囲が術者本人から約4m以内との事なので実用性は余りない。今みたいに高所から遠くを見渡す時に使うくらいだ。まあ、街中の探索には結構重宝したけど。
「モンスターも全く見当たらないわ。無人の荒野がずっと続いてる」
「なら、このまま突っ切っても良さそうだな。ポイポイ、そのままの方向に暫く進んでくれ」
「ギョー」
まだ返事に力強さを感じる。スタミナ切れの心配はなさそうだ。頼りになるぜ相棒。
「にしても、攻撃魔法以外も色々覚えてるんだな。全部で幾つくらい使えんの?」
「全部で241よ」
凄っ! ベテランのバンドやシンガーソングライターが作った曲の数くらいあるのか。最強ソーサラーはダテじゃねぇ。
「それって全部覚えてる?」
「当たり前でしょう。勿論、全ての魔法を頻繁に使う訳じゃないし、中には覚えたのを後悔した魔法だってあるわよ。それでも自分が身に付けた魔法を忘れるソーサラーなんている訳ないじゃない」
「そうかなあ……例えばベテランの剣士がいたとして、その剣士って今まで自分が使ってきた剣を全部覚えてるとは思えないけど。稽古で一回だけ使った剣とかフツーに忘れるでしょ」
「なら貴方は今まで食べたパンの種類を覚えていないと言うの?」
「…………」
何も言い返せなかったわ……
「その241って、現存してる全部の魔法の数?」
「いえ。明らかに不要な魔法は覚えていないし、用途が被る魔法もわざわざコンプリートする気にはならないわね」
レベル不足で覚えられない魔法はないってか。つくづく一流ソーサラーだな。それだけに、引退した理由は気になる。
魔王を倒せない事に絶望したのなら、もっと魔王討伐に消極的な立場を取るだろう。でもソーサラーギルドはそんな立場を取ってはいない。ファイティングポーズはとり続けている。
「……現役時代、これから向かう魔王城には行った事ある?」
正直、ちょっと聞き辛い質問だった。ティシエラが魔王城に行こうと言った時から気になってはいたんだけど、何となく引退の経緯もボカしてるし、かつて仲間だったベルドラックに対しても素っ気ないし、グランドパーティ時代に余り良い思い出がないんじゃないかってつい邪推してしまう。
でも流石に全く触れない訳にもいかない。もし一度でも足を踏み入れた事があるのなら、先導して貰った方が確実だし。
「ないわ」
意外にも即答だった。
「……そうね。これから魔王城に行くのに、その一件を隠しても仕方ないわね」
俺が何を言いたいのか察してくれたらしい。この亜空間に強制転移させられた直後は混乱もあって洞察が鈍っていたけど、もうすっかり本調子だな。
「私がグランドパーティに選ばれたのは14の頃で、そんな年齢の女を魔王討伐に向かわせるべきかどうかって、五大ギルド会議で何度も議論が交わされていたわ。でも結論は中々出なくて……」
「ちょいちょいちょいちょい! いきなり話進め過ぎ! 14って……14歳で最強ソーサラーだったのかよ!」
「身体能力が重要な戦士系と違って、ソーサラーは身体が出来上がる必要はないし、魔力が一定以上あれば後方から幾らでもモンスターは倒せるから、年齢は然程重要ではないのよ」
同じ魔法使い系でもヒーラーは肉体派ばっかなのにな。何処で道を違えたのか。
「だから、さっき言った反対派の主張は道徳的な観点が大半。魔王軍が積極的に侵略をしているのなら、そうも言っていられなかったんでしょうけどね」
この世界の魔王は世界征服に興味がないのか、それとも聖噴水を破る術が見つからず諦めているのか、侵略行為には殆ど及んでいない。だからこそ、14歳の少女を無理に最前線へ送り出す必要はないと考える人がいるのは理解できる。
「その時って、まだ魔王を倒せる武器はあったの?」
「いいえ。四光も九星も既に魔王から穢されていたわ。私達の使命は、魔王を倒せる方法を見つける事でもあったの。14番目の武器でも、新種の魔法でも、とにかく魔王にダメージさえ与えられれば何でも良かったのよ」
「14歳の天才ソーサラーに白羽の矢が立ったのはその為か」
「そういう事になるのでしょうね。自分で言うのは気恥ずかしいけど」
人間は大人になるにつれて、柔軟な発想や自由な着想を失ってしまう。アイディアという一点に絞れば、子供の方がずっと優れているだろう。
「一応、私なりに努力はしたのよ。普通の攻撃魔法じゃ通用しない相手だから、精神攻撃に重きを置いたり補助魔法で武器を変質させたり……実際に試す事は出来なかったけど」
「結局、魔王討伐には行っちゃダメって結論になったのか?」
「……結論が出る前に、グランドパーティの一人が失踪したのよ」
失踪? 最近頻繁に聞くワードがこんな所でも出て来やがった。
「でも、別に一人いなくなったからって即解散って事はないんだろ? 補充すりゃ良いだけなんじゃないの?」
「その失踪に、別の仲間が一枚噛んでいたのよ」
……ありゃ。それはつまり、本格的なパーティ崩壊ってやつか。
「失踪自体、国王陛下から魔王城へ向かうよう勅命が下った直後だったから、『尻尾巻いて逃げた』って噂が街中に流れてね……市民からの支持も急落して、とても人類を代表するパーティとは名乗れなくなったのよ」
「で、空中分解か」
「ええ。幸い、昔の事を悪く言う市民は殆どいなくなったけど」
当時は相当なバッシングだった事が窺えるティシエラの発言に、思わず苦笑いが浮かんでしまった。
そのグランドパーティの一員がどうして失踪したのかは知らない。魔王に挑んで生存した人間は皆無って話だったから、怖じ気づいたとしても不思議はない。まして魔王を倒す方法がない中での特攻命令なら、寧ろ逃げる方が正しい判断だろう。
でも、魔王討伐を期待していた国民はそんな事情を汲んではくれない。ティシエラも『期待外れだった』と罵られたに違いない。多分、冒険者ギルドやソーサラーギルドもかなりの風評被害を被った事だろう。
ティシエラがギルドマスターになったのは、その汚名を返上する為だったのか。酷評されて腐りかけていたギルドを立て直すべく、相当な努力をしたんだろうな。多分、最初の頃は身内からも信用されてなかっただろうし……
「そういう訳だから、私に魔王城の案内は出来ないわ」
「了解。初めて同士か……手探りになるけど仕方ないな」
「……」
何故かティシエラはその後、ずっと黙ったままだった。
それから――――
「……すっかり日が暮れてきたな」
何度かの休憩を挟みつつ、魔王城があるというエリアへ向かって移動を続けてきたものの、影も形もないまま夕刻へ突入。ちょっと野宿が視野に入ってきた。
魔王城までの距離は正確に把握してたし、ティシエラの魔法で速度アップしたポイポイなら一日で確実に着ける筈だったんだけど……休憩を多く取り過ぎたか?
「幾らモンスターや野生動物がいないと言っても、出来れば野宿はしたくないわね」
「寝袋もテントもないからな」
荷馬車じゃないから、そんな大層な荷物は持ってきていない。困ったな。地味にピンチだ。こんな寒い時期に野宿なんてしたら、確実に風邪引くぞ……
「……不思議」
「だよな。絶対これくらいの時間には着く筈だったのに」
「そうじゃなくて。貴方とこうして、二人で魔王城に向かっている事がよ」
……え、今更?
「そんな事言うのなら、このよくわからない世界に二人だけしかいない事の方が不思議だろ」
「コレーや貴方の精霊もいるけど」
そこはまあ、人類括りって事で。
俺の場合、魔王討伐には一切興味なかったからな……並み居る冒険者の強豪を差し置いて魔王城に足を踏み入れる事になったら、ちょっとした罪悪感すら覚えそうだ。
「元の世界に戻す手掛かりがあればいいけどな……」
「それも重要だけど、冥府魔界の霧海を消滅させる方法も知りたいわね。城の中に何かないか探してみましょう」
成程。モンスター達はいなくても霧の発生方法が特定できれば、それを元に分析できるかもしれない。
性転換の秘法みたいに妖術で霧を出している可能性もある。資料の一つや二つ、あっても不思議じゃない。
とはいえ、それも全部魔王城に辿り着けたらの話。まさか方角を間違ってたなんてオチじゃないよな……?
「……あ」
不意に、ティシエラが妙な声を出した。
「どうやら、この方向で正解だったみたいね」
俺の懸念を見透かすかのように、そう続ける。それはつまり――――
「魔王城よ」
4m上空を浮遊しているティシエラのリモートアイが、目的の建造物を無事発見したらしい。
いよいよか……緊張して来た。
「そう言えば、魔王城って城下町みたいなのはねーの? 街ほど整ってなくても集落くらいは作りそうなものだけど」
基本的に集団行動してるし、モンスターが生み出した独自の秘法もあるくらいだし、家屋を建てる知性は十分あるだろう。
そもそもモンスターってどうやって生まれてるんだ? 魔王が卵でも吐き出してるのか、普通に繁殖してるのか……
「私が知る限りでは、モンスターが街を興した実例は皆無よ。それぞれにテリトリーを築いて、侵入する者がいれば牙を剥く。命令があればそれに従って動く。そんなところかしら」
「そっか……」
ティシエラがそれほど詳しくないのなら、モンスター博士みたいな奴にでも聞かない限り答えは出そうにない。この件は一旦忘れよう。
「お。見えて来た」
ようやく俺の目にも建物らしき影が映った。荒野とは言え岩山や地形の凹凸はあるから、建物だってハッキリ認識するのは相応に近付かないと難しい。この距離なら夜が更ける前には着きそうだな。
ここから見える感じだと、街どころか城壁すらなさそうに見える。堀もなさそうだ。
なんつーか……ピンと来ねーな。
勝手なイメージだけど、魔王の城って険しい山々に囲まれた不浄の大地にそびえる禍々しい城じゃなきゃダメだって風潮があると思うんだ。何事にも格ってのはあって、それを蔑ろにするような建造物じゃ興醒めもいいトコだ。
だから、殺人霧に囲まれてるって聞いた時には、不謹慎だけど『良いねぇ』と思ってしまった。魔王城はそうでなきゃ。単に魔王がいて側近がいて最強クラスのモンスターが彷徨いているだけじゃ味気ない。ディテールは大事よディテールは。
「トモ。貴方の目でも城は確認できてる?」
「ん? ああ。見えてるけど」
「そう。だったらこれはもう不要ね」
これ、というのはリモートアイの事か。そう言えばずっと使い続けてたんだったな。
「その手の魔法って、MP減り続けたりしねーの?」
「出力時に大きく消費して、後は維持する限り微量の消費が続く程度よ。それほど気にする必要はないけど、念の為に……ね」
なんかエアコンの消費電力みたいだな。付けたり消したりするより、ずっと付けてる方がトータルの電気料は安い、みたいな。魔法って未だにファンタジーな印象あったけど、急に身近になった気がする。
「……まさか、こんな形で魔王城ヴォルフガングに立ち入るなんてね」
感慨深げに、と言うより何処か寂しげにティシエラが呟く。グランドパーティの一員としてあの城へ攻め込む事が出来なかった口惜しさの所為なんだろう。
ったく誰だよ、失踪したっていう無責任な奴は。怖いなら怖いで仕方ないけど、だったらパーティに選ばれる時点で辞退すりゃ良かったのに。
……でも、もしそいつが失踪してなかったら、あの城でティシエラの命が尽きていたかもしれないんだよな。寧ろその可能性の方が遥かに高かったんじゃないだろうか。
そもそも――――
「なあティシエラ」
「何?」
「どうして王様は、魔王を倒す手段が見つかってない段階で魔王城を攻めろって命令出したんだ?」
明らかに勝ち目はない。そんな戦いに人類最強のメンバーを挑ませるのは、無謀を通り越して奇妙だ。
「……私の口から言えるのは、国王陛下の命令は絶対って事だけよ」
「その口振りだと、事情を知ってるって聞こえるけど」
ティシエラは何も答えない。恐らく何も知らないって事はないんだろう。
『五大ギルドはずっと隠蔽しているのさ。人類には最早、魔王を殺す手段がない事を』
『奴を信用するのはやめておいた方が良い。それに、五大ギルドも』
ユーフゥル時代のコレーの言葉を思い出す。多分、ティシエラに限らず五大ギルドのギルマス勢には、この件や他にも色々隠し事があるんだろう。王族も未だに発見できてないし。
でも、そんなのは当たり前だ。立場上、全てを明かせないなんて普通にある事だし、『可視化』だの『透明化』だの言ったところで現実は『透明っぽく見せかける』が関の山。何かを隠してるから信用できない、なんて不合理極まりない。
「ま、良いか」
だからいちいち追及はしない。今必要な情報でもないしな。
「……ごめんなさい」
「いや、こっちこそ不躾に聞いて悪かった」
「……」
「……」
気まずい。『ホントだよ! それくらい教えてくれたって良いだろ!』って感じで明るく言った方が良かったか……? いやでも俺にそんなメンタルはねーわ。
結局その後、魔王城の傍に辿り着くまでティシエラも俺も一言も発する事はなかった。
「……」
ただし、その沈黙は気まずさだけが原因じゃない。途中からは絶句の割合の方が大きかった気がする。
日はすっかり暮れて、月灯りだけの薄暗い景色の中に魔王城が聳える暗黒演出が実現。魔王城に到着したシチュエーションとしては最高のロケーションだ。
なのに――――
「何だこれ……」
ようやく出た言葉がこれ。正直、言われなきゃ魔王城なんて到底思えない建造物が目の前に広がっている。
一応、城は城だ。モンサンミシェルに城下町とセットになってる感じじゃなく、荒野にデデンとデッカイ城だけが建っている。
面積はアインシュレイルの王城よりも恐らく上。ただし高さはそれほどじゃなく、横に広い。それも意外だ。魔王って高い所を好んでそうだから、ドラキュラ城みたいにやたら高く伸びてる城をイメージしてた。
あと、魔王城ってやたらトゲトゲしてる印象で、サグラダファミリアみたく塔らしきものが何本も天空に向かって伸びてるようなのを想定していた。でもこの城はそういうのもない。なんかツルンとしてる。
でもそれらは、最早誤差の範囲だ。縦に伸びてようが横に伸びてようが、今感じている違和感……寧ろ異物感か。異物感に比べれば些事でしかない。
綺麗だ。
たったひとつ確かな事があるとするのならば、この城は綺麗だ。
しかも、その綺麗さは荘厳さとは無縁。暗黒武器みたいな禍々しさが背徳に繋がっているとか、そういうのも一切ない。
すっげーカラフル。
ざっと見る限り、水色やピンクや黄色など10種類以上の色が壁に使われている。しかも全て淡い色合いでメルヘンチック。奇妙な統一感がある。
あと、多分間違いないと思うけど、主な建材は……木。
という訳で、心がぴょんぴょんしそうな
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