第310話 心が壊死る
「貴方の精霊を普通に呼び出せるようになったのは不幸中の幸いだったわね」
仲間の顔を思い浮かべて無意識に歩幅が狭くなった俺の半歩先を、ティシエラは軽やかな足音で歩いている。街灯と月(っぽいまんまる衛星)の明かりに照らされた彼女の姿は、何処か神々しくさえあった。
「ああ。もし時間が経過しないままだったらモーショボーやフワワは無理だったもんな」
ただ、現状ではモーショボーの偵察能力と機動力の需要がズバ抜けているから、どうしても彼女を呼ぶ機会が多い。しかもコレーの相談相手にもなってるし。何しろあいつも精霊に恋する精霊。お互いに今まで同じ立場の相談相手がいなかった所為か、すっかり意気投合しているみたいだ。
「精霊同士の結び付きって、人間とは結構違うよな。長寿の割にドライっていうか、あんまり関わりを持ってない感じがする」
「長寿だからこそ、でしょう。生き急いでないのよ、彼女達は」
「……成程」
よく言えば鷹揚としている、悪く言えば呑気。確かにそういうものかもしれない。
「でも、その割にコレーは余裕ないな」
「精霊の中ではかなり若い方みたいだし、まだ未熟なのよ。それに……」
「それに?」
「……私はこっちだから。また明日」
ティシエラは続きを言う事なく、そそくさと曲がり角を曲がって行った。
お互い、寝泊まりしているのはオリジナル世界と同じ場所。ティシエラは自分の家に帰っているらしい。場所は知らないし、今は聞く気もない。アレコレ勘ぐられたくないからな。
「ただいま」
俺は当然、この誰もいない城下町ギルド。どうせなら高級宿に泊まるのも良いかなと思ったんだけど、結局慣れた環境で寝るのが一番リラックス出来る。
……って言うか、棺桶ないと眠れないのがマジで定着してしまった。地味にこの体質ヤバいよな……
何にしても、明日から遠征だ。しっかり寝て体調を整えよう。
モーショボーは……帰って来てないか。昨日もコレーと一晩中語り明かしたっつってたのに。精霊だけあって年寄りの昔話レベルで話題が尽きないのかもしれない。
ペトロと二人きりになる機会は、作ろうと思えば何時でも作れる。でも当のコレーが断り続けている。ティシエラや俺の話を聞いて、自分の方から想いを伝える気になっては来たみたいだけど、まだ踏ん切りが付かない様子。
まあ、これだけ相談をしていれば近日中に何かしらのアクションを起こす気になるだろう。ポジティブなモーショボーの影響も受けるだろうし。
今は恋愛にかまけてる場合じゃないんだろうけど、こういう時だからこそ芽生える恋ってのもあると思うんだよな。ミもフタもない言い方すれば吊り橋効果って事なんだけど。
明日辺り、今の率直な気持ちを聞いてみるか――――
「……告白、やめる」
翌日。
ショボくれた顔で俺にそう切り出してきたのは、モーショボーだった。
「えぇぇ……」
まさかモーショボーの方がコレーの影響を受けるとは。ネガティブオーラの強さをナメてた。陽が陰に絶対勝つとは限らんのよね……
「いや、それを決めるのは本人だから構わないけどさ。本当にそれで良いのか?」
「だってウチ、まだ気持ちがハッキリしてないし……それにカーバンクルがウチを受け入れてくれるって思えなくなったし……」
「あ、そっちに告白する気だったんだ」
「だってだってポイポイは最近ウチよりアンタとばっかり仲良くしてるし! ウチの事なんてどーでも良い感じだし!」
小学生のヤキモチかよ。これが元女神かと思うと泣けてくるな。
「でも嫌いになれない……悔しい……こんな気持ちで告白なんて……」
「わかるよ。ボクも告白なんて絶対できない。だって断られたら気まずくて一生話できない。想像するだけでオエってなる……」
「まあ、そう結論を急ぐなって。暫くペトロは呼び出さない予定だから、その間に今後の方針をもうちょい整理した方が良いんじゃないか」
「でもさあ……冷静に考えて、ボクがママに勝ってる所って何もないし……幾ら頑張っても惨めな思いするだけなんじゃないかな……」
うーん。正直気持ちは良くわかるっつーか、共感しかないレベルでわかり過ぎる。
好きな人に嫌われる。
これはかなり辛い。想像しただけで具合が悪くなる。
好きな人に迷惑がられる。
これもキツい。でもまだマシな方だ。
好きな人にキモがられる。
これはヤバい。その後の人生に与えるダメージがデカ過ぎる。失恋を成長の糧にするとか良い経験にするとかいう次元じゃねぇ。心が壊死る。勿論こんな動詞はないが。
だってよく言うじゃん? 『好きでもない人からの好意は気持ち悪い』って。これ辛辣だけど真理でもあるんだよな。そりゃ人にもよるだろうけど、コレーの場合ペトロが母親の方に好意を持ってる訳で、その娘からの好意は……どうなんだろうな。正直ちょっと想像がつかない。
ペトロの性格上、『悪ィな。オレには他に好きな奴がいンだよ』くらいのノリで綺麗にフッてくれるとは思うけど、俺やコレーみたいな性格の奴はそれを素直に受け取れない。何気ない表情やちょっとした間にネガティブな意味を見出してしまう。相手の思惑とは関係ない所で『あ、気持ち悪がってる』って被害妄想を抱いてしまう。
コレーは知らないけど、俺の場合は実際にそう思われてたんだろうなーって経験もあるし、余計にそう思っちゃうんだよな……
「……」
さっきから恋バナしかしてない所為か、ティシエラが手持ち無沙汰だ。流石にそろそろ話を切り替えた方が良いか?
いや、ここは敢えて巻き込んでみるか。
「ティシエラはどう思う? 勢いで告白した方が良いか、時間を置いた方が良いか」
多分『そんな下らない話より他にすべき事があるでしょう?』みたいな感じで返してくるだろうけど、それならそれで話題転換すれば良いだけ。寧ろここはティシエラにビシッと言って貰った方が、コレーやモーショボーもサクッと切り替えが出来る――――
「告白なんて絶対にしてはいけないわ」
「えっ!? なんで!?」
「あれは呪いよ。好意を伝えた瞬間、今までの全ての行動がそれに関連付けられるの。あの時に言ったあの言葉は下心があったから……とか、この前怒ったのは嫉妬だったのか……とか。片想いの告白ほど恐ろしいものはないわよ」
スゲェ言い切るじゃん。片想いの相手に告白した事あるのかな。
でも意外だな。いつも自信に満ち溢れているティシエラとは思えない考え方だ。元々の性格と恋愛のスタンスは別物って事なんだろうか。
「それに、今は告白どうこうで悩んでいる場合じゃないでしょう。生きてここから抜け出す事が先決じゃないの?」
「はい、その通りです」
結局当初の予定通り、ティシエラが話を本筋に戻してくれた。
「今日は魔王城に行こうと思うんだけど……この世界に魔王城ってある?」
反転したとは言え、元々はコレーが創造した世界だ。疑問はコレーに聞くのが一番確実だろう。
「それはわからない。ボクが生み出したのはあくまでも城下町の範囲だけだ。それ以外の部分、反転後に生まれた範囲に関しては見てみないとわからない。そもそも反転自体が初めての経験だからね」
コレーでもわからないのなら、実際に行ってみるしかないか。
この世界は俺の心象風景がベースになっている。でもそれは俺だけじゃなく、この肉体の持ち主の心の中も含まれているっぽい感じだ。
そして俺が今まで何度か見た白昼夢の正体が"彼"の記憶の残滓だとしたら、恐らく魔王城に行った事がある。この理屈で言えば、魔王城が存在する事に矛盾はない。
「多分だけど、魔王城を取り囲む霧はこの世界にはないと思う。中に入れれば何か手掛かりがあるかもしれないから、今日中に行っておきたい。モーショボー、偵察頼めるか?」
「霧がもしあったら見える? いつの間にかパタンキューはヤなんだけど」
「大丈夫。ハッキリ見えるそうだ」
それに、精霊なら例え死にかけても精霊界に強制帰還するだけだろうし。まあ、これを言っちゃうとブラック過ぎるから言わないけど。
「なら了~解。行って来まんま~」
よくわからない掛け声でモーショボーがすっ飛んでいく。冬の朝だから肌寒いけど、精霊にはあんまり関係ないのかな。
「もし魔王城があったら、全員で行くのかい? 勿論ボクは構わないけど」
コレーが腕組みしながら問いかけてくる。恋愛絡まないとフツーなんだよな。
「危険はないと思うけど、万が一の事を考えると貴女の戦闘力は必要よ。移動はさっきの精霊の使い魔にお願いする事になるけど、二人しか乗れないから二往復して……」
「ああ、それは問題ない。ボクは短距離より寧ろ長距離走の方が得意なんだ。魔王の城までなら余裕だね」
マジかよ! あの驚異的なスピードでスプリントより持久力向きとか化物過ぎる。
でも、その強さがペトロのプライドをボロボロにしてそうなんだよな……本人にはとても言えない事だけど。
「キミの方こそ相当な実力者なんだろう? 噂には聞いているよ。世界有数、いや世界一のソーサラーだって」
「もう現役じゃないわ。余り多くを期待しないで頂戴」
「謙遜する必要はないよ。ボクが呼び出したモンスターは魔王軍でも指折りの連中ばかりだった。それを100体以上、あんな僅かな時間で葬り去ったんだ。衰えている筈がないね」
「……どうかしらね」
淡い金髪をファサッとかき上げる仕草が絵になる。魔王討伐の要、グランドパーティの一員に選ばれてる時点で想像できた事だけど、やっぱりとんでもない実力者なんだな……ティシエラは。
「何故、引退したんだい? それほどの力がありながら。まだ隠居するような年齢じゃないんだろう?」
ティシエラが引退した理由か。そういや聞いた事も考えた事もなかったな。
コレットも同じくらいの年齢で事実上の引退を決めたから、そこまで不思議には思ってなかったけど……確かに現役を退くには早過ぎる。どうせ現時点で魔王は倒せないから、早々に身を引いて後進の育成に注力した方が良いって判断だったのかな。
それとも――――
「……他にしなくちゃいけない事があったからよ」
「ソーサラーギルドを纏める事かい? 確かに、当時は酷い状態だった。キミがギルドマスターにならなかったら内部分裂していたかもしれないね」
「当然、それもあるわ。でもそれだけじゃない」
ティシエラは多くを語らない。コレーも空気を察して涼しい目で微笑み、それ以上は踏み込もうとしなかった。
……いや踏み込んでくれよ! ティシエラの過去話なんて滅多に聞けないんだから大チャンスなんだよ! 俺が聞いたらなんかイヤらしいけど同性で精霊のコレーならセーフだろ!? そこは空気読まないで馬鹿の振りして聞いてくれって! 強者同士、多くを語らないみたいなのは今は要らないんですよ……
「って言うか、すっかり目と目で通じ合う関係になってるじゃん。ペトロともこんな感じで接すれば良くない?」
「え、無理。だってあいつ、すぐケンカ口調でオラついてくるし」
「……そんな奴の何処を好きになったんだ?」
「そんなの、ボクにわかる訳ないじゃん……理屈で他者を好きになったりはしないよ」
そっか。そういうモンって言うもんな。
多分、俺が恋心ってのを今一つ理解できないのはこういうトコなんだろう。
『なんとなく良い感じ』まではわかるんだ。他の人とはちょっと違う、この人がいると気持ちが浮き足立つ、みたいな。でもそれは、憧れの相手や好みの容姿をした人にだって感じるもの。それと恋愛感情との違いを、俺はどうにも説明しきれない。
「……」
「何?」
「あ、いや」
ティシエラをじっと眺めたところで、答えなんてわかる訳ないか……
「おっ。戻って来たみたいだね」
上空を見上げていたコレーが、いち早くモーショボーを視認する。それから間もなくして、軽やかに着地を決めてきた。
「魔王城、あったどー! あ、霧は全然なかった」
「モンスターは?」
「そっちも全然。中までは入ってないから知らんけど」
「了解。それだけわかれば十分よ。ありがとう」
ティシエラに礼を言われ、モーショボーは恐縮しつつも控えめに身体を揺らしてうぇーいと叫んでいる。さっきまであんなに沈んでたのに……切り替え早いな。
「それじゃ手筈通り、俺とティシエラがポイポイに乗って向かおう。モーショボーもついて来てくれ。コレーは……」
「ボクは先に行ってる」
そう言い残した瞬間に、既にコレーの姿はなかった。自分の発言を置き去りにするスピード……なんて奴だ。
「貴方の言った通り、戦って勝てる相手じゃなさそうね」
「だろ?」
肩を竦めてそう答えると、ティシエラは準備万端で待ち構えているポイポイに向かって手を翳し、その体勢で詠唱を始めた。
「風は母なる大地の同胞。風は雄大なる大空の友。風を愛せよ。風に歌え。風を称えよ。風に倣え。我等はいつも貴方と共に。【アクセレーション】」
速度アップの魔法がポイポイにかけられた。元々機動力は高いポイポイだけど、これでかなりのスピードで駆ける事が出来る。
……振り落とされないようにしないとな。
「行きましょう」
「ああ」
若干緊張しつつ、ポイポイの背中に跨がる。
「ギョッギョギョッギョ、ギョー」
「サンキュー。お陰でちょっと気が楽になった」
「……やっぱり貴方、今からでもテイマーに転職した方が良いんじゃない?」
そんなティシエラの声は無視して、ポイポイの背中を軽く撫でるように叩く。
次の瞬間――――景色が猛烈な勢いで後方へと吹き飛ばされた。
「うおおおおおおおおお! スゲーーーーーーーーーーー!」
これまで何度かポイポイには乗せて貰ったけど、今までとは桁違いに速い! ヤベーなティシエラのアクセレーション! これ何倍速だよ!
「怖ぇーーーーーーーー! はははははははは!」
「ギョギョッギョギョッギョーーーーーーーッ!」
「……まるで子供ね」
ティシエラの呆れたような、それでいて温かい声を背後に感じながら、今まで全く縁のなかった魔王城へ向かって一気に駆け出した。
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