第313話 ミロちゃんガックシ

「……!」


 言いたい事は山ほどあるのに言葉が出て来ない。なんで始祖がこの世界にいるんだ? やっぱり実は幽霊だったのか? それとも幽霊っぽい別のナニカなのか? つーか魔王城にいるのはどうして? まさか我こそは魔王と名乗りあげるつもりか? 正直地縛霊の類だと思ってたから王城から出て来たってだけでビックリなのにこんな所に出て来られても対応に困るんですけど?


「。。。口パクパクさせて魚みたい。。。かわよ。。。」


「誰が魚類だ!」


 あ、やっと声が出た。


「この幼女と知り合いなの……?」


 世にも訝しい顔でティシエラが問いかけてくる。そうか、ティシエラは始祖とは初対面か。まあ王城の安置所なんて普通行かないから面識ある方がおかしいわな。


「紹介しよう。彼女は始祖ミロ。ヒーラーの始祖だ」


「。。。全てのヒーラーは。。。ミロちゃんとは無関係です」


「無関係って言ってるわよ」


「軽い虚言癖があるんだ。ヒーラーの始祖だけに」


 俺の説明に首を傾げる者は始祖以外いなかった。


「ヒーラーの始祖って……もしそれが本当ならボク達より年上なんじゃないか? 精霊って訳でもないよね?」


 どうやらコレーも面識ないらしい。超常現象を引き起こす奴と超常現象そのものだから、同じカテゴリーかとも一瞬思ったけど、ンな訳ないか。


「正直俺も良くわかんないけど、何度か助けられてる恩人なんだ。少なくとも俺にとっては信頼できる生き物だ」


「。。。おうおう。。。表現が良くない訂正を求める。。。」


 そうは言っても、明らかに人間じゃないし精霊でもないし、幽霊も前に否定されたから他に適切な呼び名が見当たらない。


「取り敢えず魔王ではなさそうね。危害を加えてくる様子もないし」


「。。。言われようが酷過ぎる。。。お前ちゃんの紹介が悪い」


「そうかなあ。俺にとって『信頼できる』って紹介は最大限の褒め言葉なのに」


 つーか、始祖の紹介に時間食ってる場合じゃないんだよ。何故ここに始祖がいるのかを確認しないと。


 あ、その前に――――


「コレー、お前が作ったモンスターと同じ要領でこの始祖が生まれた訳じゃないよな?」


「少なくとも、ボクの意志で生み出した存在じゃないね。キミの記憶の中にある以上、絶対あり得ないとは言えないけど」


 ん~……微妙だな。そもそもあの王城の中に生息してた始祖がここにいる事自体が不自然過ぎるもんな。だったらレプリカの方がまだ可能性が……


「。。。ミロちゃんがここにいる理由。。。一から説明してやんよ。。。優しみが過ぎる。。。」


 いや、やっぱあの始祖だわ。幾ら本物そっくりだろうとレプリカじゃこの自画自賛芸は再現できんだろ。


 ティシエラとコレーはまだ困惑している模様。特にヒーラーに対する嫌悪感が強いティシエラは、その始祖を自称する謎の幼女に猜疑心たっぷりだ。出来れば多少は印象を良くした方が話も入って来やすい――――


「。。。ミロちゃんには。。。探している物があった」


 あ、もう説明モード入っちゃった。巻いてんなー。


「。。。でも見つからなかった。。。ミロちゃんガックシ。。。でも手掛かり見つけてうぉー。。。ってなった。。。切り替え早い。。。偉すぎる。。。」


 あれ? もしかして始祖、説明下手? 無駄口多過ぎて全然頭に入ってこないんだけど。


「。。。それがお前ちゃん」


「……?」


 なんか指差されてるけど……


「俺が始祖の探し物を隠し持ってるとでも?」


「。。。」


 いや、でっかく両腕でマルを作って幼女アピールしても可愛いとか思わねーよ今更。


「。。。ミロはこの世界のあらゆるマギに詳しい。。。なのにお前ちゃんのマギは分類不能。。。しかも記憶喪失。。。こいつやってんな。。。ミロちゃんはそう思った」


「いや、そんな感想文みたいな纏め方されても」


 俺のマギが普通とは違う、とは初対面時に確かに言っていた。恐らく転生した所為だろう。だから何かあった時にいち早く怪しまれる事情は理解している。


「。。。記憶がないのは演技かもしれない。。。だから暫く泳がせてみる事にした。。。」


「マジかよ! 俺を何度も助けてくれたのはその為か! 打算で優しくしやがってチクショウ!」


「。。。やーい。。。騙された」


「……全ての言葉が軽いわね」


 ティシエラが蔑みのジト目でこっちを見ている。嫌いじゃない反面、始祖との会話のノリが客観的には寒いって事実を思い知らされて少し心が痛い。


 まあ、仮に目的の為の優しさだとしても、こっちは何のデメリットもなく命を救われてる訳だし、それで失望したとはならん。それより問題は……


「貴女がここへ来たのは、その探し物とやらを見つける為?」


「。。。そう。。。察しが良いやつ嫌いじゃない。。。」


 始祖はティシエラを気に入ったらしい。でもヒーラーの親玉に気に入られたティシエラは微妙な表情。ちょっとわかる。


「。。。そこの精霊が『亜空間生成の秘法』を使えるのは知ってた。。。あれは対象の心の中を材料にする空間生成術。。。そいつがお前ちゃんを標的にしてたから。。。チャンスだと思ってマークしといた」


「えっちょっと待って。ボクの事を知ってるの?」


「。。。ミロちゃん嘗めんなよ。。。? この世界のマギを掌握してるミロちゃんにかかれば。。。マギ検索で個人特定は余裕余裕」


 何それ怖っわ! 個人情報の保護皆無なネットみたいなもんじゃん!


「。。。具体的には。。。お前ちゃんに私のコアマギを少し引っ付けといて。。。何処かに転移したらそっちのマギに本体を引き付けて次元移動するっていう。。。超高等技術」


「コアマギ?」


「人格同一性をはじめとした、私達一人一人の個性を司るマギ、と言われているわ」


 まさに魂そのものか。マギ自体が魂みたいなものとは思ってたけど、その中にも区分があるんだな。そう言えば物質に付随するナノマギってのもあったっけ。


「でも、コアマギを分離させるなんて聞いた事もないし、それを他人に付着させて、尚且つ転移先にするなんて……高等どころか人智を超越した技術としか思えないわ」


 ティシエラは、マギを扱う事に関しては人類で最も長けているであろうソーサラーの代表。そのティシエラにここまで言わせるのか。


「やっぱ人外じゃないか」


「。。。おうおう。。。ナチュラルにクリーチャー扱いやめろ。。。ミロは化物違う。。。」


 本人は不服らしい。なら自慢すんなよ。


「ボクにはちょっと信じられない。理屈の上では可能かもしれないけど……そもそも、ボクの妖術で作った空間に外部から自由に出入り出来る筈ない」


「。。。フッ。。。マギの基本も知らない青二才。。。」


「鼻で笑っただと……? このボクを鼻で……?」


 あ、コレーがキレた。こいつたまに心のユーフゥルが暴れ出すんだよな。幼女の姿した妖怪の言う事なんて聞き流しときゃ良いのに。


「。。。ミロちゃんはヒーラーの始祖だから。。。マギの特性は全て理解してる。。。そもそもマギの分離や癒着のメカニズム知らなかったら回復や蘇生の魔法なんて作れんし。。。」


 その辺の理屈は専門的過ぎて全くわからないけど、始祖が前に話していた蘇生魔法や回復魔法の誕生秘話から考えても、始祖がガチでヒーラーの始祖なのは間違いない。コレーはムスっとしたままだけど、ティシエラは納得したらしく神妙な顔で頷いていた。


「つまり貴女は、トモの記憶が反映されているこの空間で探し物をする為にコレーを利用してやって来たのね。今まではトモに憑依でもしていたの?」


「。。。そう。。。マギの相性は悪かったけど。。。努力と根性でなんとかした」


 まさかの精神論! なんか俺がバイ菌扱いされてるみたいで感じ悪いな!


「って事は、俺が城下町を探索してる間、俺の目と足を利用してずっと自分の探し物してた訳か」


「。。。そうそう。。。お前ちゃんが寝てる時は一旦分離して自力で。。。」


 人の身体を勝手に出たり入ったりしやがって。

 

 でも俺だって他人の事は言えないか。これと似たような事をシキさんにやっちゃったからな……いや不可抗力とは言え服を脱ぐのを覗いてた分、俺の方がタチ悪い。ラルラリラの鏡で埋め合わせしたとはいえ……


「そう言えば始祖、ラルラリラの鏡を欲しがってたよな。探し物ってアレ?」


「。。。違う。。。けど目的は同じ」


 目的? ラルラリラの鏡って邪気を払えるアイテムだよな。


 って事は――――


「やっぱり自分が悪霊なのを自覚して、綺麗な幽霊に生まれ変わりたったのか……? でも完全に消滅するリスクもあるし、やめといた方が良いんじゃないか」


「。。。息を吐くように誹謗中傷。。。度し難い。。。」


 割と本気で心配したのに怒られてしまった。属性変更が目的じゃないのなら何の邪気を払いたいってんだ?


「。。。お前ちゃん達は気付いていないみたいだけど。。。アインシュレイル城下町は。。。今スゴくヤバい」


「……城下町が?」


 いち早く始祖の言葉に反応したのはティシエラ。五大ギルドの長として、到底無視できない発言だろう。勿論、街の治安を守る職務を担うウチのギルドにとってもそうだ。


 一体何がどうヤバいのか――――


「。。。薄っすらとだけど。。。城下町全体が闇属性になってる」


「……」


 ピンと来ない!


 え、どういう事? そもそも街に属性なんてあんの? 武器ならまだしも……


「。。。最近。。。暗黒系の装備が大流行してるだろ。。。?」


「あ、ああ。確かにそんなブームが来てるっぽいけど」


「。。。冷静に考えてみろ。。。そんな流行。。。普通来ない。。。」


 おいおい始祖ちゃん、それはちょっと言い過ぎだろ。確かに闇の甲冑や暗黒武器が多くの人間から注目されるのは変だけど、ブームってのはそもそも変なのが流行るからブームであってだな……


「確かに変だわ」


 あれ!? 暗黒武器がお好みのティシエラさん!?


「私はこう見えてその手の属性に精通しているけど、暗黒系の武具が流行になった事なんて人類の歴史上、一度としてないわ。永遠の日陰、それが闇に魅入られた者の運命なのだから」


 ……要するに、日陰の存在を『カッコ良い』と思える感性の人々じゃないと暗黒武器を好きになれない訳で、そんな奴等がブームという陽の者のみ生み出す事を許される事象を巻き起こすのは自己矛盾を孕んでいるって訳か。有識者の見解超メンド臭い。


 でも現実に、今アインシュレイル城下町では暗黒ブームが到来していて、ベリアルザ武器商会の武器も飛ぶように……は大袈裟だけど、かなり好調な売れ行きらしい。


 あり得ない事が起こっている。それはつまり――――外的事象に起因するトラブルって言いたいのか。


 確かに、冷静に考えてベリアルザ武器商会に客が賑わうって不健全だよな。なんとなく受け入れていたけど、もっと疑問に思うべきだったかもしれない。


「何者かが意図的に流行を生み出したとして……何故そんな事をする必要があるの?」


「。。。そこまでは知らん」


 始祖でもわからない事があるのか。その事実だけで迷宮入りしそうな勢いだけど……


「闇属性の物を売り捌きたかったんじゃないかい。考えられる理由なんてそれくらいしかないよ」


 ふて腐れ気味のコレーの発言に説得力があるかどうかは兎も角、理屈上はそれが一番無難な答えだ。


 そうなると、どうしたってベリアルザ武器商会の二人を疑う事に繋がる。暗黒武器を扱う店なんてあそこくらいしかない。


 だけど当然、御主人もルウェリアさんも暗黒武器ブームを起こそうなんて考えもしないだろうし、市場調査すらロクにやってない人達が狙ってブームを生み出せるとも思えない。そもそもあの二人は終始『わかってくれる人がわかってくれれば良い』ってスタンスだ。犯人にはなり得ない――――


「……?」


 なんか俺に視線が集中しているような……


「そう言えば貴方、暗黒武器を100種類貰っていたわね」


「借金で苦しんでいるって話も頻繁に出てたよ」


「。。。これもう。。。状況証拠だけで逮捕して良さげ。。。」


「いい訳あるか! 濡れ衣着せるにしてもンなボロ布着せんな!」


 恋愛をテーマにした交易祭を企画しておいて暗黒ブームまで生むとか、それもう『ヤンデレで街おこしとかしましょう』って言い出す頭のおかしい奴の発想じゃん……


「ただの冗談よ。真に受けないで」


 いや、ティシエラ以外の二人は本気の目してただろ……


 まあ割とガチめに疑われる要素ではあるから、それを最初に指摘して早めに疑いを晴らしてくれたんだろうな。ティシエラらしい気遣いだ。礼を言うべきか微妙なラインってところも含めて。


 この場では礼よりも建設的な意見を言う方が好ましいかな。だったら――――


「動機に関して一つ追加。聖噴水の無効化を狙っているのかもしれない」


「聖噴水を闇属性で打ち消すって事……?」


 さすがティシエラ、理解が早い。


 コレーがファッキウ達と一緒に活動していた頃、奴等はシャルフをはじめとした人間に化けたモンスターと契約関係にあった。マギの癒着を切断できる伝説の剣ネシスクェヴィリーテを使って、聖噴水を無効化しようとしたのも奴等だ。


 でもその目論見は失敗に終わり、シャルフをはじめ人間に化けていたモンスター共は全滅。ファッキウ達は街を出て行き、当時ユーフゥルと名乗っていたコレーだけが街に残った。



 もし。


 まだ契約が残っていて、聖噴水の無効化を諦めていなかったら?


 俺に執着していた理由が実は虚無結界じゃなくて、聖噴水を復活できる調整スキルの方だったら?


 邪魔な調整スキルごと、俺を排除しようとしているとしたら――――



「……ボクを疑っているのかな?」


 俺の言わんとしている事を察したのか、コレーは自分からそう切り出した。


 実際、疑わしいのは間違いない。虚無結界を持つ俺は正攻法じゃ殺せない。だからこの亜空間に閉じ込める事で、聖噴水と関われないようにした。そう考えれば一連の行動の辻褄は合う。


 ただし、この一点を除いて。


「俺達にペトロへのピュアな気持ちをベラベラ話した時点でそれはないから安心しろ」


「確かに、彼女が犯人ならあの一連のくだりは丸々不要どころか恥の掻き損だものね。得心が行ったわ」


「その通りだけどなんか酷い!」


 疑惑が晴れてコレーも嬉しそうだ。


「。。。っていうか。。。街をやんわり暗黒に染めたくらいじゃ。。。聖噴水の効果は変わらないし」


「あ、そうなんだ」


 始祖がそう言うんなら間違いないだろう。素人の考察にありがちな根本から間違ってるってパターンだったか。幸い、目の前で羞恥に悶えている精霊がいるお陰で考察を外してもあんまり恥ずかしくない。


「とにかく、理由は不明だけど街に異変が起こっていて、始祖はそれを対処しようとしてる訳か。もしかして俺にラルラリラの鏡が欲しいっつってた時から、もう異変は起きてたとか?」


「。。。それな」


 あの鏡を欲していた本当の理由はそれだったのか。身嗜みがどうこうってのは最初から信じちゃいなかったけど。


 にしても意外……って言うのは失礼かもしれないけど、始祖にそんな地元愛があるなんて思わなかった。なんかもっと概念的な存在だと思ってたし。


「。。。あと。。。お前ちゃんは十三穢と縁があるみたいだから。。。持ってなくてもいつか関わりそうって思ってた」


「十三穢? 探しているのは十三穢なの?」


 始祖と直接会話していた俺よりティシエラが先に食いつく。


 十三穢――――魔王を倒せる数少ない武器でありながら、その全てが魔王によって穢され魔王キラーの効果を失った13本の剣。確かに俺はその中の二本、ネシスクェヴィリーテとフラガラッハに関わってきた。縁があると言えばそうなんだろう。


「。。。そう。。。闇を払うには聖属性の武器が一番。。。効率良いから」


「聖属性……まさか聖剣エクスカリバー?」


「エクスカリバー……だと……?」


 ティシエラの出したその名前に、俺のテンションは天元突破した。




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