第314話 概念とは

 宝石で言えばダイヤモンド。車で言えばロールス・ロイス。ワインで言えばロマネ・コンティ。


 エクスカリバーとはつまり、そういう存在。剣と魔法の世界における頂点であり王道。夢と希望が詰まったロマンの結晶だ。


 欲しい。欲し過ぎる。勲章と一緒にギルドに飾りたい。エクスカリバーのある風景……想像するだけで吐息が乱れる。神々し過ぎて棺桶ではもう寝れなくなりそうだけど、それもまた一興。脳が痺れる。


「。。。残念。。。エクスカリバーはここにはない」


「嘘だろこんな期待させといて一瞬で終わりとかそりゃねぇだろ!!」


「。。。なんでお前ちゃんがキレるのか全然わからない」


 うう……エクスカリバー欲しかった……せめて見たかった……


「ないと断言できるくらい既に探したって事かい?」


「いや、始祖はマギの探知と鑑定に関してはガチなんだ。この城の中にあるんだったらすぐ感知できる」


「。。。それな」


 ちょっと褒めるとすぐドヤ顔する……なんで始祖なのに承認欲求高いの。ヒーラー達があんまり褒めてくれなかったのかな。


「。。。ここにあるのは。。。九星の灰光リリクーイ」


 リリクーイ……? 聞いた事ないな。それも十三穢の一つなのか。なんとなくエクスカリバーと比べると型落ち感があるからテンションは上がらない。


「リリクーイがあれば、城下町の異変は解決できるの?」


「。。。確証はない。。。でも試す価値はある」


「了解。貴女の事はトモが随分と信頼しているみたいだから、私も信じるわ」


 え? それって……俺の事を全面的に信頼してるって事?


「何?」


「あ、いや」


 流石に面と向かって『俺を信頼してくれてるんだな』とは言い辛い。照れるというか、カッコ付けてる感がちょっとな。


 でもスゲー嬉しい。これまでも信頼されてるって自覚がなかった訳じゃないけど、こうして実際に言葉にされると感動も一入だ。


 まだ何かを成し遂げた訳じゃないけど……この世界に転生して良かった。


「なんか良い話っぽく纏まりそうなところ悪いけど、幾らこの幼女が信頼に値して、実際にリリクーイって剣があったとしても、元の世界に戻せないと意味がないだろう?」


 コレーの正論が現実へと引き戻す。正直余韻に浸りたい気持ちもあったけど、実際コレーの言う通りだ。


「始祖。今のこの世界の状況って把握してるよな?」


「。。。当然。。。お前ちゃんがここで見聞きした事は全部知ってる」


「なら話は早い。コレーが言うにはこの世界が反転してるらしいけど、それって誰の仕業かわかる?」


「。。。全然」


 う……ちょっと期待してたのに。でも幾ら始祖だからって何でも知ってる訳じゃないわな。たまに未来から来た青狸みたいに思っちゃうけど。


「私も質問良いかしら。空間の性質を反転させる力に心当たりはない?」


「。。。そんな巨大な力。。。記憶にない」


 始祖が珍しく少し困った顔をしてる。本当に心当たりはなさそうだ。


 反転か……反転なあ……反転……反転……



 ん? 反転?


 

「なんか覚えがあるような……」


「。。。知ったかぶり。。。よくない。。。」


「いやマジなんだって。前に何か、その言葉を使った事があった気がするんだよ」


 っていうか『反転って言葉に心当たりがないか』って思案する事自体がデジャブなんだよな。前にもこんな事あったような気がする。それも、つい最近――――


「……」


「。。。? 。。。何じっと見てんだ。。。やっぞ。。。やってやっぞ」


 


『。。。おうおう。。。ミロを非正規品みたいな扱いすんな。。。やっぞ。。。やってやっぞ』



 そう言えば……その時に始祖もいたような……





 ――――まるで運命が反転したかのようだ。





「……あ!」


 そうだ、鉱山での傷害事件に巻き込まれた直後。それまではずっと幸運に恵まれてたのに、急に不運が重なって始祖から『不幸体質』とか言われるくらい参ってた時期だ。


 あの時も『反転』って言葉が妙に引っかかった。でも結局、スッキリしないまま考えるのを止めたんだった。


 もっと遡れ。何かあった筈なんだ。反転って言葉が印象に残る何かが。


「……」


 ん? なんかコレーの様子が変だな。露骨に顔を背けている。精霊は気まぐれとは言うけど、幾らなんでもこんな時に――――


 


 ……精霊?




 精霊、反転。


 精霊、反転、精霊、反転……反転させる精霊……





 ――――頼む! 僕の全てを……僕の『運命』を反転させてくれ!!





「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 思い出した! 完璧に思い出した!


 アイザックだ! あの野郎が契約した精霊が運命すら反転させる能力を持ってるんだった!


 精霊の名前は……流石にそこまでは思い出せない。いや目の前に精霊いるじゃん。コレーに聞けば――――



「ラントヴァイティル」



 俺が口を開く前に、コレーがその名前を発した。どうやらほぼ同じタイミングでその存在に辿り着いたらしい。


 でも妙だ。人間の俺とは違って同じ精霊なのに、何でコレーは今まで思い付かなかったんだ?


「……すっかり失念していたよ。あの死の精霊の事を」


 そう言えば、そんな異名だったな……ほぼ死神ってイメージだけど、実際にはどんな奴なんだろう。


「ああ、そういう事か……なんて厄介なんだ」


「いや勝手に納得されてもこっちは困るんだけど。何がわかったのか説明しろ」


 俺は兎も角、ティシエラと始祖は話に全くついて行けてないからポカーンってしてる。無理もない。アイザックが召喚した精霊なんて二人はほぼ無関係だ。


「そうだね……結論から言えば、ボクの作った亜空間を反転させたのも、そこの幼女が言う街の軽い暗黒化も、全てラントヴァイティルの所為だ」


 ……え?


「空間の反転はともかく、暗黒ブームもそいつの仕業なのか? 死の精霊ってくらいだから闇属性でも不思議じゃないけど……」


「いや違う。奴は死と同時に大地を司る精霊でもあってね。死者のマギを大地に還し、精霊界のマギが人間界に迷い込まないようにする役目を負っているんだ」


 やっぱりマジモンの死神じゃねーか!


 でも今の説明を聞く限り、悪い精霊じゃなさそうだ。寧ろ秩序を守る方の存在って感じだな。だったら、なんでそんな奴が城下町の暗黒化を……

 

「アインシュレイル城下町は聖噴水や魔王討伐用の武具の影響で、若干ではあるけど聖属性寄りなのさ」


 あ! そういう事か!


 つまり――――


「。。。聖属性からの反転。。。全然思いつかなかった。。。ならリリクーイ要らない。。。しょぼーん」


 始祖は無駄足を踏んだ事にショックを受けている様子。気持ちはわかるよ。わざわざ遠出してまでお目当てのパンを買いに行ったのに売り切れてた時の脱力感って、地味に引きずるよな。


「って事は、そのラントヴァイティルって精霊が城下町ごと反転させてた訳か。まさか行く先々全部反転して回ってるんじゃないよな……?」


「それはない。奴には野心や悪戯心なんて全くないからな。人間界を滅ぼそうとか、からかってやろうとか、そんな発想自体が存在しない。そもそも人間と干渉する事も滅多にない精霊なんだけど……」


 それをアイザックの馬鹿が召喚してしまった。確か記録子さんのレポートによると、余りにも力が強過ぎて召喚者の命を奪うようなトンデモ精霊らしいけど、それをアイザックが奇跡的に手懐けたとか。


「考えられるのは、何者かが人間界に奴を召喚して指示を出している……とか」


 コレーは召喚者がアイザックって事を知らないのか。まあ、記載されてたのは確か17巻くらいだったからな。あのレポートをそこまで読み続けているのはごく少数だろう。


 あの野郎が、精霊を使って街全体に復讐しようとしている……?


 いや、違う。


 たしかアイザックは、自分の運命を反転させる為にラントヴァイティルと契約した筈。良くも悪くも自分ファースト、自分の優越感やプライドを優先させる奴だった。精霊の力だけで街に復讐するようなタイプじゃない。


 それに、旅立つ時の奴の顔は憑き物が落ちたような爽やかさがあった。今更戻って来て、不特定多数の人間を混乱させるような真似はしないだろう。


 って事は……


「召喚者がラントヴァイティルを放置したまま、この街を去った場合はどうなる?」


「放置したまま? んー……普通の精霊ならそれこそ普通に精霊界に還るんだけど、彼女の場合は……そういう帰巣本能はないかもしれない。精霊と言っても、実際には秩序や概念に近い存在なんだ。一応実体はあるけど」


 精霊ってホント幅広いな。概念までいるのか。


「話を戻すと、キミの言うような仮定の場合、召喚者が男だったらそいつの願いを叶え続けている可能性もあるね」


「……どういう意味?」


 怪訝そうにティシエラが問う。俺も思わず耳を疑った。


 男に限り……? それってつまり――――


「ラントヴァイティルは人間と殆ど交流を持たない精霊だけど、それはそれとして、人間のイケメンが好きなんだ」


 ……概念とは。


「御免なさい。何を言っているのかわからないわ」


 あ、ティシエラが考えるのを放棄した。気持ちはわかる。荘厳さと不気味さを共存させた神秘的な精霊って印象だったのに、今の一言で急に俗っぽくなってしまった。


「彼女は可哀想な精霊でね。何度も人間の男に騙されて、貢がされて、ボロ雑巾のように捨てられて……それを何百年と繰り返している内に、何もかも嫌になったんだろう。彼女の反転させる能力……インヴァートって言うんだけど、それを使って自分を覚えている奴を片っ端から忘れさせて、自ら孤立していったんだ。だからボクもすっかり彼女の存在を忘れてしまっていた」


 成程。『覚えている』を反転させて『忘れている』って状態にしたのか。エグい力だな…… 


「そんな目に遭っているのなら、もう人間とは関わらないんじゃないの?」


「だからこそ『それはそれとして』なのさ。持って生まれたさがは人間だって同じだろう? 何度も同じ過ちを繰り返し、痛い目を見る。だから争いはなくならない」


 言ってる事は正しいかもしれないけど……微妙に論点がズレてるというか、いやアイザックなんかに絆されるなよと声を大にして言いたい。つーかあいつ、マジでモテるんだな……イケメンっちゃイケメンだけど、それより母性本能を擽るタイプなのがデカいのかな。


「ところでキミ。ラントヴァイティルの召喚者に心当たりがあるのかい? さっきの質問はそれを強く匂わせるものだ」


「ああ……一応」


 詳しくは『冒険者アイザックとその仲間たちの転落の記録0017』を読んで貰うとして、取り敢えず概要だけ話そう。


「……最後までお騒がせな冒険者ね」


 話し終えてから最初に出た感想は、ティシエラの溜息交じりの言葉だった。


「。。。そういう事情なら。。。ラントヴァイティルが原因で間違いなさそう。。。」


「でしょうね。恐らく、アイザックが恨んでいた『街全体』『ユーフゥル』『トモ』を反転の対象にしているようだし」


 ……え、俺も?


「え、ボクも?」


 コレーも不本意だったようで、思わず顔を見合わせる。


「私も詳しく彼の事情を知っている訳ではないけど……転落後の彼は当初、ネシスクェヴィリーテを入手しようとしていたんでしょう? でも先に貴女達が手に入れてしまったから、彼の計画は潰されてしまったんじゃないの?」


「逆恨みじゃないか! それにネシスクェヴィリーテを欲したのはボクじゃなくてファッキウだ!」


「お前がファッキウとモンスターを引き合わせたから、聖噴水を無効化できるネシスクェヴィリーテが必要になったんだろ? 元凶お前じゃん」


「ぐ……」


 コレーが恨まれるのは妥当だ。街全体に関しても、転落したアイザックへの対応や王城占拠後の煽り合いを見る限り納得できる。


 でも俺はおかしくない? いや、引導渡したのは確かに俺なんだけど、その後スッキリした顔で街を去ってったじゃん!


「本人の主観というより、その精霊がお節介で復讐しているのかも知れないわね」


「。。。自分を置いていった人間の恨んだ相手を特定して復讐。。。健気過ぎる。。。精霊ラントヴァイティルの献身。。。」


 そんな映画が名作になるか! 逆恨みどころか完全な誤認じゃねーか……迷惑過ぎる。


 あー、でも間違いなさそうだ。アイザックが街からいなくなって以降、やる事なす事サッパリ上手くいってなかったもんな。幸運から不運に反転した所為だったのか。納得したけど納得いかねぇ。


「取り敢えず、犯人の特定は出来たわ。問題は対処法だけど……そもそもラントヴァイティルは今、何処にいるの?」

 

「。。。ミロちゃんが探ってやろう。。。親切過ぎる」


「ありがとう。お願いするわ」


「。。。お。。。おう」


 自画自賛芸を他人から同意されると戸惑うの何なん? 実は謙虚なのかな。


「。。。ぬんぬー。。。ぬんぬー。。。ぬんぬらばー」


 相変わらず聞いてる方が脱力しそうになる掛け声だ。やってる事は凄く高レベルなのに。


「。。。こっちには。。。いないっぽい」


「あー……やっぱりか」


 反転させた張本人がこっちの世界にいる道理はないもんな。


「コンタクトを取る事は出来ないの?」


「。。。直接は無理。。。契約結んだ者同士なら可能」


 生憎、アイザックはここにはいない。全員部外者だ。


 これ、もしかして絶望なんじゃ……


「。。。一つだけ。。。方法がある」


「え、マジで!?」


 正直、全然思い付かない。始祖は一体どんなアイディアを――――


「。。。お前ちゃんがこの前呼び出してた。。。他人のレプリカを作る精霊の力を借りれば。。。」



 それは、思わず生唾を呑み込むほどスリリングな方法だった。





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