第327話 こんな誕生日プレゼント貰うなんてね
娼館の警備をギルド員に任せ、女帝の夫を探す事――――三時間。
「やっぱ何処にもいねぇ……」
結局、収穫はゼロ。ようやくギルドに戻って来られたけど、肉体も精神もボロボロよ。
亜空間で5日間も探索をして、どうにかこうにか脱出できたと思ったら今度は呪い騒動のケアで散々歩き回って、全裸二刀流ガニ股仮面とディノーの戦いを見学……は良いとして、それからまた三時間かけて人を探し回るって……何この殺人的なスケジュール。今日だけで10万歩くらい歩いてんじゃねーの?
本来なら娼館に戻って警備に加わるべきなんだろうけど、もう脚が棒だしこのザマじゃ戦力になれそうもない。一旦休憩して体力を回復させよう。女帝の旦那さんは明日モーショボーに探して貰えば良いや。
とにかく、一旦ギルドへ入ろう。もう疲れた。何も考えたくない。
鍵は……
あれ、ない。
え、落とした? まさか亜空間で落としたんじゃ……だとしたら二度と元に戻って来ないぞ……!
ああああ落ち着け落ち着け落ち着け。こんな時の為に合い鍵作ってたんだ。確か看板の真下の地面に埋めて……
うぉーーーーあったあったあったあったった! うーわ良かったぁ~……これなかったらギルドのドア蹴破るしかなかった。借金返済がギリだったら修理費も出せないってのに。
ようやく待望の室内だけど……ギルドの中も決して温かくはない。そりゃ外にいるよるは全然マシだけどさ。寒いものは寒い。身体が自然と震えて……
「ん……?」
なんか一瞬、金属音がしたな。足下に……あ、鍵だ。ンだよ、服の中に紛れ込んでたのか。良かった良かった。また合い鍵作らなきゃならなくなる所だった。何気にこの世界、合い鍵作るの結構なお金取られるからね。
……今更だけど、借金生活って嫌だよなあ。自然と金の事ばっか考えるようになるし。こんな調子で本当に明日で借金完済できるのかな。
ま、ここまで来て不安なんか抱えたって仕方ないんだけどさ。
昔から、誰かに弱音を吐いた事は一度もない。理由は二つ。安いプライドが邪魔して本音を吐露できないのと、そもそも相談相手がいない。親友なんて呼べる奴は一人もいなかったし、両親や教師に悩みを相談するなんて事も、想像すら出来ない。
この点に関しちゃ、転生後も大して変わらない。友達は出来たし、相談相手もそれなりにいるんだけど、ただ弱音を聞いて貰うなんていうのは今も無理だ。
だって、他人の弱音なんて聞いてもウンザリするだけだろ? 親しい相手にそんな思いさせたくねーし。『こいつウダウダしてんなぁ』って思われたくもない。
『本音をブチ撒けちまえば楽になれる』とか『弱音を吐けばスッキリする』とかよく言うけど、その感覚はちょっとわからない。仮にスッキリしたとしても、別の問題が生じてちゃ意味がない。
……だったら、独り言で弱音を吐くってのはどうだろう?
幸い、このギルドにいるのは俺一人。自分に向かって弱音を吐いて、自分でそれを受け止める。良いね、なんか青春の一ページって感じで。30代だけど。
よし、それじゃ取り敢えず――――
「借金返せなかったらどうしよーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「どうしようもないんじゃない」
……。
あれ?
「シキ……さん? なんでここに?」
「所属してるから」
「そうじゃなくて! 娼館の警備は!?」
俺だけじゃなくディノーも抜けたから、人員的に余裕はない。ましてシキさんは警備の要。なのにどうしてギルドに……
「なんか真っ白になってたディノーがさっき復活して、ギンギンな目で今日で徹夜で警備するって言うから休憩取らせて貰う事になった」
え、あの状態から二時間で復帰したのかよ。ってか一体どんな精神状態なんだ? 自暴自棄になってないよな……?
決して人様に誇れるような人生を送っちゃいない俺だけど、今のディノーとだけは入れ替わりたくないな。今後の事を想像するだけで具合悪くなりそう。
「でも、それならわざわざギルドに来なくても、娼館の休憩室で休めば良かったのに」
「あそこじゃ気が休まらないから。ひっきりなし祝われるし」
「……呪われる、じゃなくて?」
「なんで呪われなきゃいけないの。誕生日のお祝い」
あ、そっか。亜空間で何日も経過してたから、もうとっくに過ぎたって感覚だったけど……まだ今日はシキさんの誕生日なんだ。
「なんか、ヤメが今日は私の20歳の誕生日って事を言いふらしたみたいでね……殆ど面識ない娼婦の人達にもおめでとうって言われて」
「良かったじゃん。まあ、そういう空気が苦手なのはわかるけど」
「本当に?」
いや……そうツッコまれちゃうと、職場で誕生日を祝われた経験なんてないから想像でしかないんだけどさ。でも何となくわかるじゃん。
「隊長、『これでいつでも娼婦になれるね』って言われた事あるの?」
「わかったような事言ってすみませんでした」
そういう意味のお祝いでしたか。ってか娼婦ってちゃんと20歳以上限定なんだな。その辺はもっとガバガバだと思ってた。女帝、意外と倫理観マトモなんだよな。
「まあでも、そういう祝われ方なら居辛いよな。ギルドで仮眠とるなら好きな所使って良いよ。棺桶も開放しとくから」
「隊長は使わないの?」
「いつまでも棺桶に甘える訳にはいかないからな。何処でも寝られるようにならないと」
全く別の場所に転移させられたり、異世界や異空間に飛ばされたり……そういうの全部経験してきたからこそ芽生えた危機感。いつまでも同じ環境にいられるって保証はない。
「……何か心境の変化でもあったの? あと、すっごい疲れた顔してるけど」
「あー……そっか。まだ言ってなかったっけ」
「?」
仕事中だったし、呪い騒動とか色々あったから、コレーの作った亜空間に閉じ込められてた事について何も説明してなかった。
もう全部解決済みだから、敢えて報告する必要もないんだろうけど……シキさんには、俺に起こった出来事は極力全部話しておいた方が良いだろう。
「実は――――」
という訳で説明終わり。所要時間15分。まあまあ掛かったな。
「前々から思ってたけど、隊長って女運悪いんじゃない?」
こんなに時間掛けて丁寧に説明した感想がそれですか……
「どうかな……恋占いでは大事な女性との再会と別れが待ってるとか言われたけど」
「……」
「いや引かれても。別に好んで占って貰った訳じゃないんだって。成り行きで……」
「そういう所も含めて女運なさそう」
酷い言われようだ……
「そんな事ないと思うけどなあ。そりゃコレーとかイリス姉とかチッチとかミッチャに命狙われたりはしたけど、ルウェリアさんやコレットやティシエラには命救われたし」
「……」
な、なんかシキさんの瞼がどんどん落ちて純正のジト目になっていってる……なんで?
「それにウチのギルド、貢献度TOP3みんな女性だし」
「ふーん。1位は?」
「当然シキさん」
「……そ」
あ、ちょっと照れた? 珍し。別に社交辞令で言った訳じゃないけど、向こうも向こうで疑ってる様子もないから自覚はあったんだろな。
「っと、休憩の邪魔してゴメン。じゃ好きな場所使っていいから」
「……別に寝なくて良い。そんな疲れてないし」
いやそんな事ないだろ……シキさんに頼んでる仕事の量は、正直ブラックと言われても否定できないくらいだよ?
警備ってのは基本受け身だ。何か問題が生じて、初めてアクションを起こせる。巡回警備も抑止力を念頭に置いてやる訳じゃない。あくまでトラブルの発生を早期発見する為だ。
だから、何事においても俊敏で瞬発力に優れているシキさんは自然と重宝せざるを得ない。まして自分で考えて適切に動ける人だから、可能な限り問題の多そうな場所に行って貰っている。
本来なら、シキさんにそこまで負担を掛けたくはない。ヤメにあーだこーだ言われるし、実際倒れられたらシャレにならない。けど、優秀な人材に楽させられるほど、ウチは人材豊富じゃない。
だからせめて、休める時に休んで欲しいんだけど……
「じゃあ、ここで横になる」
「え」
ここ、って……ギルドのホールなんだよ? そりゃまあ、掃除はちゃんとしてるから汚くはないと思うけど……
「寒くないの? 毛布とか……」
「要らない。これがあれば十分」
あ、マフラー。ヤメから貰ったんだな。やっぱ似合ってんなー。暗殺者とマフラーってどうしてこんなに相性良いんだろ。正確には暗殺者もどきだけど。
そう言えば俺、結局まともな誕プレ用意できなかったな。いや俺基準だとパンって結構ちゃんとしたプレゼントなんだけど、世間はそれを許しちゃくれないからなあ……
「このギルド、暖炉は設置しないの?」
「暖炉か……そういやシレクス家にはあったな。あそこまで上等なやつとなると、かなりの額だろうし……」
「多少無理してでも導入した方が良いんじゃない? 今後、ギルド員を増やして規模を拡大していくつもりなら」
確かに……冬に寒いままなのと、ちゃんと暖房施設があるのとでは求心力に差が出る。借金完済して一から出直す上では、そういう物も購入する必要はありそうだ。
「前向きに検討してみるよ。提言ありがとう」
「別に。自分のいるギルドの事だし」
「……」
「何? ニヤニヤして」
「いや。本当に長期プランでここに居ようとしてくれるんだなーって思って」
シキさんは、このギルドを居心地の良い場所にしようとしている。それってつまり、自分が当分の間はここを拠点にするって意志の表れだ。あのお祖父さんのお墓の前ですっ恍けたような言い方してたけど、本心だったみたいで何よりだ。
「隊長はどうなの」
「ん? 俺?」
「このギルドを死ぬまで続けるって言ってたけど」
「ああ、ちょっと意識が変わったかもしれない」
「……」
怪訝そうな顔。そりゃ、こんな短期間で意見を変えたってなったら不信感持たれるよな。
でも、多分シキさんが思っている事とは違う。
「俺、このギルドを自分の所有物みたいに思ってたトコあったんだよ。自分が立ち上げて、一から作ってきた自負もあるし。だから、ここを俺の人生そのものにしようって思ってたんだけど……」
「そこまで続けるのはしんどいって思ったんだ。根性なし」
「違う違う。逆」
「……?」
やっぱり、シキさんは誤解していたみたいだ。
コレーの亜空間に閉じ込められた事で、ギルドへの意識は少し変わった。
もしあの空間でも時間が普通に進んでいたら、俺不在のままで数日ほどこのギルドは運営されていく事になっていた。当然、大パニックになるだろう。依頼の発注先と交渉していたのも、ギルド員のタスク管理してたのも全部俺なんだから。
でもいつしか、案外俺がいなくても普通に回っていくかも……って考えるようになった。その場合、中心にいるのは間違いなくシキさんだ。俺の仕事を間近で見ている人だから、見様見真似で対応するかもしれない。いや……きっと出来る。
そう思ったら、『俺がいないアインシュレイル城下町ギルド』がどんどん具体的になって来た。
そして、一つの結論に達した。
「俺が死んだ後も続いて欲しい。例え俺がいなくなっても、別の誰かがここを運営してくれれば良いな……って思うようになってさ」
このギルドはもう、俺一人のものじゃない。少なくとも、ここで働いているギルド員達にとっては生活の基盤、拠点になっている。
『僕がこのギルドにいるのは、ここに生き甲斐があるからだ』
ディノーもそう言ってくれた。既にこのギルドは、ここで働くみんなのギルドになったんだ。
だったら、俺の人生だけに紐付けする理由はない。みんなの人生に寄り添う場所であって欲しい。勿論、シキさんにも。
……いや。
シキさんだからこそ、だ。
「そこで、シキさんにこれを受け取って貰いたいんだけど」
「……何?」
「合い鍵。ここの」
手元にある二本の内、一本の鍵をシキさんに差し出す。
「……」
すぐ受け取ると思ったけど……心なしか呆然としてるような。嫌だったのかな。あ、主旨を説明してないから混乱してるのかも。
「また今日みたいに、俺が何かの事件に巻き込まれてギルドに来られなくなるかもしれないでしょ? その時にギルドが閉まったままだと不便だからさ。俺が不在の時はシキさんがここを開けてよ。あ、それと俺がいない間はシキさんがギルマス代理になってくれるとありがたいかも。実質的なサブマスターって事になるけど……」
「ちょ、ちょっと待って。頭が追い付かない」
そんな難しい事頼んでる訳じゃないと思うけど……かなり狼狽えてるな。珍し過ぎてちょっと眼福。
「どうして、そんな大事なことを私にさせるの」
「そりゃ大事なことだからだよ。俺の仕事を一番理解してて、このギルドを大切に思って、末永く籍を置いてくれる意志がある人。これ以上の適任者いる? いないでしょ」
俺だって、軽い気持ちでこんな事は頼まない。俺がいない間、ギルドを預けられるのはシキさんしかいない。万が一、俺がいなくなったり死んだりしたら、その後でこのギルドを守ってくれるのは……
「ディノーでもオネットさんでもない。シキさんだから頼んでるんだ」
合い鍵を持つ手に力を込める。これを受け取って貰わない事には、今日は終われない。
「……」
それでも、シキさんは受け取ろうとしない。迷ってるんだろうな。やっぱり、そうそう自分の未来をここに縛り付けるなんて――――
「一つだけ……条件」
「あ、うん。何?」
「勝手にいなくならないで。困るから」
シキさんは、真剣な顔で俺と向き合い、そう訴えてくる。
答えは勿論、一つしかない。
「最善を尽くします」
今日みたいな事は、これからも起こり得る。俺の力じゃ完璧には防げない。だから、こう答える以外にない。
「……ちょっと頼りない返事だけど、ま、いっか」
ようやく、シキさんは合い鍵を手に収めてくれた。
良かった……これでちょっと肩の荷が下りたかも。
「……まさか、こんな――――」
「ん? 何?」
「何でもない。それじゃ、一応預かっとくから」
そんなぶっきらぼうな物言いとは対照的に、シキさんは鍵を大事に仕舞った。
心なしか、凄く嬉しそうに見える。
これって……
「ところで隊長。サブマスター格になるって事は、給料も上がるんだよね?」
「……善処します」
それが照れ隠しって事くらいは、こんな俺にでもわかった。
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