第326話 結婚して下さい

「今更開き直っても無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ! 私の身体はどれだけ傷付けられても回復できィる! その瞬間を見るのが好きなんだ! この鍛えた身体に付ゥーいた傷が治るのを眺めるのが快感なんだよォォォォォォォ!!」


 ありゃー……これもう完全にヒーラーの扉開いちゃってるな。大分慣れたと思ってたけど、久々に見るとやっぱ生のヒーラーって迫力スゲーな。


「潜伏している奴の気配を特定できたよ。あそこだ」


 いつの間にか傍に来ていたコレーがドヤ顔でそう告げ、周囲の野次馬の中から一人の人物を選び指差す。


 コレーが問題視したくらいだから、ヤバい奴かと思いきや……なんかフツーの男だな。この街の住民にしては身体も細い。とても強そうには見えないけど、当然見た目だけで判断は出来ない。


「どうやら彼も、君の仲間に強い敵意を抱いているみたいだね。ただ、娼館に近付こうとする意志は見えない。アクシーとコンビを組んでいる訳じゃなさそうだ」


 まあディノーに『もう一度組め』って訴えてたくらいだからな。それは想定内だ。


 でも、だったら……何者なんだ? ディノーって人から恨まれるようなタイプじゃないと思うんだけどな。


「お。潮目が変わりそうだよ」


「え……?」


 一瞬目を離していたディノーとアクシーの戦いに、再び視線を送る。


 相変わらず動きは殆ど見えない。でも確かに……さっきまでは防戦一方になっていたディノーが、今は攻勢に転じている。


「どうやら彼、戦法を変えたみたいだね」


「どんなふうに?」


「回復できる身体を狙うより、回復できない方に標的をシフトした、ってところかな。その所為で迷いがなくなった」


 標的の変更? 敵はアクシー一人じゃないのか?


 ……あ、わかった。


「武器破壊か」


「そう。アクシーが持つ二本の剣を全力で折りにいってる。剣自体はどちらも業物だけど、伝説級ってほどじゃない。上手く噛み合えば折れる」


 勿論、それで大振りになってしまったら相手の思うツボ。ディノーの動きは寧ろどんどんコンパクトになっている。自分の力だけじゃなく、相手の力を利用して折ろうとしているのが俺にもわかるくらい。


 当然、アクシーもその狙いには気付いている。だから迂闊に振り回せなくなった。手数が減り、攪乱していた複雑な動きが鳴りを潜めている。


 ……これはもう邪魔できないな。ここまで戦略を組み立てている以上、下手な介入は却って邪魔になるだけだ。


 ペトロもようやく勝利した。次はディノーの番だ。あいつを信じよう。


 俺は俺でやる事があるし。


「コレー。聞きたい事があるんだけど」


「良いよ。何だい?」


「ルウェリア親衛隊って、本当は何が目的なんだ?」


「……」


 コレーは驚いたような顔で俺を凝視してきた。まさか、こんな事を聞かれるとは思ってもいなかったんだろうな。


「前々から妙だとは思ってたけど……親衛隊って言う割に、活動内容がそれと見合ってないよな? 俺が知る限りじゃ、お前も含めてみんな店に来訪するだけで他に何もしてないぞ」


 特に不自然に感じたのは――――ルウェリアさんがほんの一時ながら夢遊病のような状態になった時。そんな状態で街中を彷徨うルウェリアさんを誰一人見つけられなかった上、特にこれって動きすら見せなかった。


 ファッキウが率いているのなら、奴が街を去った事で役目を終えたと判断できるけど……どうもそうじゃない。となると奴等のやっている事は寧ろ、さっきの俺と同じ――――


「観察……若しくは監視してるんじゃないのか? ルウェリアさんを」


「へえ。そこに行き着いたって事は、知ってるんだね。彼女の身分を」


 その言葉で、コレーがルウェリアさんの素性を知っている事がわかる。


 庶民となったお姫様の監視。


 これが、親衛隊の真の目的なんだろう。


「……そうだね。キミとは協力関係を築いた事だし、正直に話しておこう。ただし他言無用。ギルドの人間にも一切話さない事。良いね?」


「わかった。遵守する」


「宜しい。キミの推理通り、ボク達ルウェリア親衛隊は、とある勢力の依頼で彼女を監視している。理由も察しが付いているだろうけど……」


 勿論。お姫様のルウェリアさんを"護衛"じゃなく"監視"する理由なんて一つしかない。


「ルウェリアさんを担ぎ上げて、王位奪取を狙う不届き者が現れないか見張る為だろ?」


「御名答。だから、彼女自身というよりは彼女を取り巻く環境を監視しているんだ。第一王女を傀儡にして、自らの手で王政を支配しようって輩がいつ現れるかわからないしね」


 ルウェリアさんや御主人が権力を欲するなんて、コレー達も全く思っていない筈。そんなのはあの親子を見ていればすぐわかる。


 でも、ルウェリアさん達を利用して権力を得ようとする奴はいるかもしれない。魔王軍と戦う事よりも、人間の国を支配したいと考える奴もいるだろう。


 そんな危険思想の連中が現れないか見張りつつ、牽制も行っていた訳か。道理で変態ばっかり武器屋を訪れてた訳だ。あんな奴等が定期的に来る武器屋になんて近付きたくないもんな。


「御主人は、この事を知ってんの?」 


「当然。かなり不本意みたいだけど、彼とは利害が一致するから黙認状態さ」


 だろうな。御主人はルウェリア親衛隊を煙たがって壊滅させたいとまで言っていたけど、実際には何の手も打ってなかった。必要悪と割り切っていたんだろう。ルウェリアさんを担ぎ上げようとする奴等は、御主人にとって敵以外の何者でもない。敵よりは変態が幾らかマシだ。


「大体想像は付くだろうけど、クライアントの情報については一切口外できないから、そこは了承してくれよ」


「わかってる」


 依頼人は王族の誰かだろう。そして、王族がこぞってこの街を去った事も関連していそうだ。聞いたところで何も答えちゃくれないだろうけど。


「ま、今のところそんな気を起こそうって連中は見当たらないけどね」


「俺にも疑いの目は向いてたんだよな?」


「その通り。ボクがキミに目を付けた最初の取っ掛かりがそれさ。正直、かなりクロに近い心象だったけどね」


 そりゃ、暫くの間ベリアルザ武器商会で働いてたからな。連中の目には、俺はルウェリアさんに取り入ってこの国を支配しようと目論む得体の知れない男に映ってたんだろう。俺は俺で、親衛隊を変態集団としか思ってなかったけど……まさかお互い様だったとは。かなり不本意だ。


「そういう訳だから、キミもあの王女の周りに怪しい奴が現れないか気に掛けてくれるとありがたい。言わなくてもやりそうだけどね、キミの場合」


「ま、そりゃな」


 ルウェリアさんは恩人。彼女を利用しようとするクズが現れたら、当然排除するつもりだ。


「お。進展があったよ」


 話が一段落した直後――――アクシーの左手に持っていた剣が半分、宙を舞う。突きに行ったところをディノーが剣の平らな部分で防ぎ、その結果アクシーの剣が曲がってパキンと折れた。


「降参しろ、アクシー。二刀流を謳う君が一本失った時点で勝負はついた」

 

 ちょっ、ディノーさんそれ負ける奴の言うセリフ! またそんな露骨にフラグ立てて!


「フフッ。相変わらず甘ちゃんだな。この私が、一本剣を失ったくらいで戦意喪失するとでも思ったのか?」


 案の定、アクシーは折れた剣を捨てると両手で残された一本の剣を握り、違う戦闘スタイルにシフトする事を示唆した。


 やけに堂に入っている。二刀流は真の実力を隠す為のカムフラージュだったのか……?


「……」

 

 ディノーは何も答えず、剣を中段に構える。


 次の攻防で決着する。


 そんな予感が脳裏を過ぎった次の瞬間。


「見通しが甘かったな! 君の薄っぺらい覚悟で私を倒すのは不可の――――」


 一瞬で間合いを詰めたディノーの剣が、瞬きする間もなくアクシーの剣を叩き落とした。


 今度は相手の力を利用して折るんじゃなく、一瞬の隙を突いて強引に叩き付け、手を離させる。


 最初から二本目はそれを狙っていたのか、それとも今思い付いたのか……


 何にしても、直線的な攻撃を信条とするディノーにとってはこっちが王道。でもアクシーにとっては裏の裏になったんだろうな。


「……剣を狙ってくる所までは予想できた。だが一本目と二本目で戦略をここまでガラッと変えるとは思わなかった。君らしくない切り替えの早さ……見事だ」


 二本の剣を失い、全裸ガニ股角刈りイケメンに格下げしたアクシーは完全に戦意を失っている。勝負ありだ。


「少し挑発し過ぎたかな……?」


「君の敗因は僕を侮った事じゃない。僕の所属するアインシュレイル城下町ギルドを侮った事だ」


 ディノーは滾っていた。でもそれはアクシーに対してじゃない。自分自身に対してだ。


 ずっとギルドの役に立てていない事を嘆き、不甲斐なく思う姿を見てきた。二本目を折りに行った瞬間は、その怒りを自分の剣にぶつけようとしたのかもしれない。だから、一本目の時とは全く違う攻め方になった。


 自分の所為でギルドが馬鹿にされた。きっとディノーはそう思ったんだろう。


 ……実際には俺が雑魚な所為なんだけどね。


「ディノー!」


 思わず拳を突き上げて、その名を呼ぶ。


 ディノーはアクシーから目を離す事なく、剣を持たない左手を横に伸ばし、グッと握って俺に応えた。なんて絵になるガッツポーズだ。良いね良いね、ディノーのスペックを考えたらこれが本来の姿だよな。


「彼、ちょっとペトロに似てるね」


「んー……ちょっとだけな」


 ヤンキーみたいなペトロとは寧ろ真逆のタイプなんだけど、強さの割に報われないところとか、男気を持て余しているところは確かに似てるかもしれない。


「……」


 あれ? コレーさん? 何そのポーッとした顔。瞳ちょっと潤んでない?


 おいおい……幾らペトロが脈なしだからって、ちょっと似たトコある奴にもう乗り換える気か? それは人としてどうかと……いや、人じゃなくて精霊なんだけどさ。


「コレー、お前……」


「は? 違う違う! ちょっと良いなって思っただけだから! か、勘違いしないで欲しいな!」


 えぇぇ……マジかよこいつ。惚れっぽ過ぎない?


 なんかこの交易祭、歪んだ恋愛感ばっかり生み出してる気がする……主催者の歪んだ愛情の影響だろこれ。


「ホラどきな! 一体何の騒ぎだい?」


 お、ようやく女帝のお出ましか。魔法みたいに派手な音するような攻撃がなかったから、建物の中にいると気付けなかったんだろうな。


「なんだ、アンタ達かい。不審者でも出たのかと思ったよ」


「実際出たんですよ。ホラ」


 親指でアクシーの方を差すと、女帝は目を目開いて唖然としていた。そりゃそうだ。幾ら男の裸は見慣れてるっつっても、屋外であんな格好してる変態は別口だろう。


「なんだい、髪型はともかく随分と良い男だね。それに、随分と良い尻してるじゃないか」


「尻の評価高いな!」


 あの変態性を相殺するレベルで良い尻なのかよ。違いが全然わかんないんだけど……凝視したくもないし。


「それより女帝。あの変態、凶器を持って娼館に入ろうとしてたんですけど、ウチのディノーがそれを食い止めたんです。褒めてやってくれませんか?」


 ちょっと露骨な感は否めないけど、こんな時でもないとディノーもアピール出来ないだろうからね。あんまり応援したい恋じゃないけど、あれだけ頑張ったんだし、これくらいはしてやらんと。


「やれやれ、仕方ないねぇ。助かったのは事実だし……おいアンタ! 良くやってくれたね! ありがとよ!」


 ディノーの好意がガチなのを知っているだけに厄介な頼みだったとは思うけど……サンキュー女帝。


「当然の事をしたまでです。結婚して下さい」


 いやどんなプロポーズだよ! 相変わらず唐突だな!


 あいつ、女帝が絡むとIQが一桁になってないか……?


「はぁ……全く困ったもんだね」


 心底呆れ肩を竦めながらも、女帝は満更でもなさそうだった。


 勿論、それはディノーを恋愛対象として見なしている訳じゃなく、純粋な好意を向けられる事に対してだろう。


 そもそも結婚してるんだし――――


「さ、サキュッチ……」 


 ……ん?


 あれは……さっきコレーがマークしていた、ディノーに敵意を向けていたっていうフツーの男。なんで女帝の名前を……?


「あっ、アンタ……」



 え。



 何その感じ。何その旧知の仲ってレベルじゃない見つめ合い。


 ま、まさか……



『身体も気も弱い人だからねぇ』



 いや間違いない。前に聞いていた特徴と完全に一致している。


 あの男、女帝の夫だ!


「そうか……やっぱりおれみたいな貧弱な男じゃ、きみを満足させられなかったんだな……」


「な、何言ってんのさ! アンタ、誤解して……」


「誤解なんかしていないよ。していたのはおれの方さ。てっきり、きみに付きまとっているストーカーだと思っていたけど……そうか。プロポースされるくらい深い仲だったんだね」


「ちっ、違……!」


「……ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 ひ弱そうな身体からは想像も出来ないくらいの大声で叫び、女帝の夫は走り去っていった。つーか足速っ! もう見えなくなった。


「あ……ああ……あ……」


 追いかける事も叶わず、女帝はその場で愕然とした表情のまま固まってしまった。


 ……なんつー悲劇だ。他に言葉が思い浮かばない。ディノーが変な事口走ったばっかりに、とんでもない事になってしまった。


 ディノーは……


「                              」


 あー……やっぱり真っ白になってるか。そりゃそうだよな。これで別れてくれれば晴れて女帝がフリーに……なんて考えられるような奴なら、こんなに負けが込んでない。


 待望の勝利を収めた代償は余りに大きかった……つーかこれ、怪我するよりヤバくね? とても一日や二日で立ち直れる状態じゃないぞ……


「なんか、とんでもない事になっちゃったけど……どう収集付けるつもりだい?」


 ジト目でコレーが聞いてくる。つーか俺に聞くな。


「あの夫を見つけ出して、誤解を解くしかないだろ」


「ボクは手伝わないよ。こんな茶番に付き合うほど暇じゃないし」


 でしょうね。こっちも流石に手伝ってとは言い辛い。


 ディノーはこんなだし、娼館の警備があるから人員は割けないし……俺が探すしかないか。絶対見つからないと思うけど。


「まあ今はそれより、この変態を尋問して……」


 あ。いない。


 アクシーの野郎、逃げやがった! ってそりゃ逃げるか! だって隙だらけだったものみんな揃ってさあ!


「……グダグダ過ぎる」


「目も当てられない惨状だね」


 女帝は夫に別れを告げられたショックで呆然と立ち尽くし、ディノーは自分の発言で女帝の家庭をブチ壊した罪悪感で灰になり、何故かヒーラーとなったアクシーにはまんまと逃げられた。


 コレーの言う通り。マジ目も当てられないとはこの事だ。まあアクシーに関しては、ヒーラーの国の場所をコレーが知ってるっぽかったから、最悪そこを探せば見つかりそうだけど……死ぬほど気が進まねぇ。


「やっぱり彼、ペトロと似てる……そうか。ボク、薄幸な男に惹かれちゃうんだな……トモ、ボクどうしよう」


「どうしようもねーよ」


 もう夕暮れ。


 余りにも割に合わない現実に、取り敢えず黄昏れる他なかった。


 


 

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