第325話 なんて嫌な黄昏なんだ
『このままだと、彼は負けるよ』
うーん……そりゃ確かに、ディノーには負け癖が付いている感はあるよ。でも、まだ形勢不利とさえ言えない段階でアッサリ『負ける』と言われるのはちょっと気の毒じゃないか……?
「いやでも、良い勝負してると思うけどな」
俺より遥かに強いコレーに意見するのはどうかと思ったけど、言わずにはいられない。
ディノーは自分と同格かつ苦手な戦闘スタイルのアクシーを相手に奮闘している。変幻自在の二本の剣を巧みに躱しつつ、隙あらば懐に入ろうと飛び込み、色んな角度から斬撃を繰り出している。
敵も強い。あんな密林を支配してる少数民族が被ってそうな仮面で顔を隠している割に、視界の狭さや息苦しさをまるで感じさせない動きの豊富さは圧巻だ。でも、素人目にも動き過ぎているのがわかる。戦いが長引けば不利なのは寧ろ――――
「それにあの全裸、あんなに飛ばしてたらスタミナ切れ起こしそうじゃないか?」
「確かに運動量は多い。でも息切れはしていない。相当な体力の持ち主だ。それより問題なのは、君の仲間が躊躇してる事だね。倒す気がないのかな」
……何?
俺にはわからないけど、戦闘の有識者コレーが言うんだから間違いない。ディノー、元同僚が相手だから全力を出し切れてないのか?
でも、動きは今までのディノーの戦いの時と比べても遜色ないような……
「一歩目が遅い。感知から反応までをもっと早く処理できるよ、彼は。なのに、その間に余計な迷いがある」
そう言われてみれば……動き出しはちょっと鈍いような気がする。
戦闘が何度か経験してるから、一歩目の遅れがどれだけ問題なのかは実感としてある。特に顕著だったのは怪盗メアロとの初対決の時だ。コレットと二人で良い所まで追い込んでおきながら、一歩の出遅れが致命的になってアッサリ逃げられた。たったの一歩が戦局を左右すると言っても過言じゃない。
まあ、元同僚でしかもコンビを組んでいた相手となれば、倒すのに躊躇するのはわかる。俺だって、よくコンビ組んでるコレットやシキさんと対立する事になったら、多分戦えないだろう。
でも全裸二刀流ガニ股仮面だぞ?
知り合いがある日突然全裸二刀流ガニ股仮面になったら、もう他人になるしかないじゃん。切っても誰も文句言わないって。割り切ろーぜそこは。下手したら自分がやられるんだぞ。全裸二刀流ガニ股仮面に倒されるとか、末代までの恥だろ?
「甘いね、彼は。もう一人の方は勝つ為に必死だよ。君の仲間を斬り捨てる覚悟がある。その差は余りに大きい」
マズいな。コレーの言う通りならディノーに勝ち目はない。トドメを刺せないってんだから。
……だったら、俺も割り切るしかないな。例え本人に恨まれようと、ここでディノーが戦闘不能になるよりはマシだ。
「コレー。悪いけど、あの戦闘に介入してディノーを助けてくれないか? 敵は……アクシーって名前らしいけど、別に半殺しにしても構わな――――」
「アクシー? 今アクシーって言ったのか?」
「ん? 言ったけど……知ってんの?」
「ああ。良く知ってるよ。仮面と全裸じゃわかりようもなかったけど」
って事は、元々はあの格好じゃなかったのか。やっぱり呪いの影響でああなったのか?
「彼は、ルウェリア親衛隊の創始者だ」
……。
「悪い。なんか聞き間違えたみたいだ。もう一回言って貰える?」
「ルウェリア親衛隊の創始者なんだよ。アクシーは」
え。
マジかよ!! アレが!?
って言うか……
「てっきりファッキウが作ったんだとばかり思ってた……」
「彼は中心的な立場にはいたけど、創始者じゃない。親衛隊を結成したのは間違いなくあの男だ」
言われてみれば、奴がルウェリア親衛隊を作ったんだったら『僕が作った親衛隊だ』みたいなアピール絶対あるよな。そういう奴だもんな、ファッキウって。
にしても……あの変態仮面が創始者? 冗談じゃない。ルウェリアさんを穢されたみたいで気分が悪い。
「ってか、創始者なのにいち早く街を出てったのか。もうルウェリアさんに興味ないのか?」
「わからない。出て行った理由も知らない。親衛隊とは名ばかりで、実質個人活動に近かったから」
良くも悪くも、ルウェリアさんに執着してるのが唯一の共通点であとはフリーダムな集団って訳か。
にしても……不気味だな。今更ルウェリア親衛隊の創始者が街に現れたとなると、ディノーだけが目的とは思えない。絶対何か裏があるだろ。
「アクシーが戻って来た理由って、何か心当たりないか?」
「それもわからないね。正直、彼には興味もなかったから。ただ……あんなイカれた格好は一度もしていなかったし、そういう願望があるようにも見えなかった」
右手で自分の唇をなぞるように触れ、しかめっ面でコレーが呟く。やっぱり、元々は変態じゃなかったんだな。
「彼に何があったんだろうね」
「暗黒系の装備品に呪われてるとか? あの仮面とか如何にもって感じじゃん」
「いや、それはないね。呪われた仮面は大抵、装備者の自我を奪うようなタイプだから。彼は格好こそおかしいけど、言動はまともだ」
そういうものなのか。
それじゃあ……呪われてもいないのに、この寒い中を全裸?
もう何もかも意味がわからない。マジで謎だらけだ。
「とにかく、ディノーを助けてやってくれ。このままじゃ旗色が悪いみたいだし」
「何か戦局をひっくり返すようなスキルは持ってないの? 彼」
「ディノーの固有スキルは殆どパッシブスキルなんだ。戦略に組み込めるものじゃないらしい」
これは、ディノーがウチのギルドに加入した時に聞いた話。特殊な技は何も持っていないらしく、スキルも【気配察知3】やモンスターに特効のあるものばかり。人間とのタイマンでは殆ど役に立たない。これまでディノーがあまり真価を発揮できていなかった理由の一つかもしれない。本人は一切言い訳はしていないけど。
「そうなると一発逆転は困難か。確かにボクの出番かもね」
コレーがようやくその気になった。俺に見せたあの鬼スピードなら、ディノー達に割って入る事は十分可能だ。二対一なら負傷する事もない筈――――
「!」
……?
コレーの顔つきが急に変わった。これから共闘しに行くって意気込みを見せたような感じじゃない。何か異変に気付いたような……
「……どうやら敵は一人じゃないようだね。周囲に潜伏している奴が最低一人はいる」
「マジか」
これは正直、想定していない事態だ。あのアクシーって野郎、ディノー個人に用があって来たような口振りだったから、てっきり単騎で動いていると思ったのに……
状況からして、アクシーがディノーを抑えている隙に娼館を襲撃しようってハラか? 目的はわからないけど、娼館の前での襲撃って事を考慮すれば他に考え難い。
「コレー、予定変更だ。娼館に侵入しようとする不審者がいないか見張っててくれ」
「それは良いけど……ボクを全面的に信じていいのかい? ボクはアクシーの元仲間だったんだけどね」
「その関係性を知ったのはお前の自己申告だからな。騙す気なら明かす必要全くないだろ?」
「……了解。でも彼は良いのかい?」
コレーが視線を送った先にあるのは、徐々に二刀流を捌き切れなくなってきたディノーの姿。周囲の野次馬達も不安そうに眺めている。
「そっちはなんとかする」
「勝算は?」
「どうかな……」
強がりで惚けてみせたけど、正直難しい。
あの変態に触れさえすれば、調整スキルで無力化できる。でもやたら暴れ回ってるし、ディノーとの戦闘に集中しつつも二刀流をブン回してるから、触れるどころか近付く事さえ困難だ。俺のスピードじゃ不意打ちでも無理だろう。
とはいえ、ここで手を拱いて眺めてるだけじゃ何も変わらない。何かをしないと。
ディノーからは、奴を観察するよう言われている。奴が呪われているかもしれないからと。でも見てるだけじゃ何も進展は――――
……本当に、それだけか?
元々は仲間同士だった二人。手の内や性格は読めているだろう。その上で、俺を監視役にしたのは……何か他に理由があるんじゃないか?
まさか……他に襲撃者がいる事を読んでいた?
ディノーは【気配察知3】の持ち主だ。コレーよりも先に別の敵を察知していてもおかしくない。だから俺に監視を……
いや違う。もしそうなら、娼館の守備を固めるようにと指示する。俺達の仕事はそれなんだから。私闘よりも仕事を優先しなきゃならないのは当然だ。
でもディノーは娼館じゃなくアクシーの状態を見極めろと言った。呪われてるかもしれない、なんてのは恐らくカムフラージュだ。仮に呪われていたとしても敵なのは変わりないんだし、それを見極めたところで戦況に変化はない。
何かあるんだ。アクシーを見張っていなきゃいけない理由が。
俺は……ディノーを信じる。必ず何かある。ある筈なんだ。攻撃の瞬間じゃない。俺の力量じゃ動いている時の奴をしっかり捉えられないのは、ディノーもわかってるだろう。俺でも見極められる事だから俺に託したんだ。
「どうした? 動きが鈍ってきたようだな。ぬるま湯に浸かって力を落としたか?」
「くっ……」
ハリケーンのようなアクシーの攻めに、ディノーはいよいよ防戦一方になってきた。なんて体力だ。無尽蔵ってのはこの事か。
「くそっ!」
ディノーの大振りが空を切る。全裸のアクシーがフワッと後方に跳び、そのまま華麗に着地を決めた。ガニ股がバネの役割を果たしてるからか、やけに滞空時間が長い。
「おお、良い尻だ」
「ああ……良い尻だ」
「なんて尻だ……引き締まって実に良い」
……なんか野次馬に特殊な嗜好の方々が集まってきたな。
尻の形の良し悪しは知らんけど、肉体はかなり鍛え込まれている。いわゆる細マッチョってやつだ。腕も足も太過ぎず細過ぎず……
ん? 足下が……微かに赤い。あれは血か?
間違いない。血だ。着地の時に足の裏でも怪我したのか。まあ素っ裸だから当然素足だし、あれだけ暴れてれば擦り剥いても不思議じゃない。大した怪我でもなさそうだし――――
「……?」
なんだ? 今、足下が一瞬光ったような……というか、足自体が発光したのか?
「残念だ。私が尊敬していた君はもういないんだな。今の君には組む価値もない。私自ら引導を渡そう」
勝ちを確信したのか、アクシーがゆっくり歩き距離を詰める。トドメを刺しに行く気だ。
発光は一瞬。特に足の運びに不自然な点はない。気の所為だったのか――――
いや違う。気の所為なんかじゃない。
歩いたのに……地面に血が付いていない!
奴の足の裏に擦り傷があるのなら、足跡代わりに血が地面に付く筈。なのに一滴も付着していない。
これは……治癒だ。
「コレー! アクシーって奴はヒーラーなのか!?」
「え? いや、そんな話は聞いてないよ」
だとしたら後天的……回復魔法を"覚えた"のか?
ヒーラーとは色々あったけど、回復魔法をどうやって覚えるのかは知らない。ただ、簡単に覚えられるものじゃないのは明白だ。もしちょっとした修行か何かで使えるようになるのなら、頭のおかしなヒーラー連中をのさばらせる必要はなかった。まともな冒険者が習得するだけで回復役は事足りるからな。
回復魔法はヒーラーしか使えない。そう考えるべきだろう。
って事は……
「ディノー! そいつは呪われたんじゃない! ヒーラーだ! ヒーラーになったんだ!」
ヒーラーに転職したのなら、全裸二刀流ガニ股仮面でも全く不思議じゃない。ヒーラーだからな。
「……やはりそうか。出来ればそうであって欲しくなかった」
俺の声が届いたらしく、ディノーは無念そうに顔をしかめ、アクシーを力なく睨む。ディノーは早々にその可能性を感じ取っていたのか。
「さっきの言葉、そのまま君に返そう。アクシー……残念だ。君ほどの男がヒーラー堕ちするなんて」
「……フッ。知られてしまったか」
なんか気取ってるけど、ヒーラー堕ちしてる時点でカッコ付けても無駄だからな? 無様な奴って感情しか湧いてこない。
「どうしてそんな事になったんだ! 答えろアクシー!」
悲痛な叫びで問うディノーに対し、アクシーは――――無造作に自分の仮面を剥いだ。
……なんとなく予想はしてたけど、やっぱりイケメンだ! 仮面キャラって大体そうだよな!
ディノーも顔立ちは整ってる方だけど、あの変態の素顔は更に綺麗だ。しかも爽やか系。塩顔でも醤油顔でもソース顔でもケチャップ顔でもマヨネーズ顔でもない、なんつーか……ハーブティ顔だ。
なのに髪型は角刈り。なんでその顔で角刈りを選んだ……?
こ、この顔で全裸ガニ股二刀流は……くっそ……
「……どうしてだろうな。明確な理由もきっかけもあった筈なんだが……もう忘れたよ……」
いや黄昏れるなって! 角刈りハーブティ顔に全裸ガニ股で黄昏れられたら、容姿を笑うなんて失礼とか時代じゃないとかそういうの全部吹っ飛んじゃうんだって!
「……」
思わずコレーの方を見たら、逆にメチャクチャ集中していた。その気持ちはわかる。気を抜いたら持って行かれちゃうもんな。
「話す気はないか。わかった。決着を付けよう」
スゲェ……なんで普通に会話できるんだディノー……今までで一番ディノーの凄味を感じる……
「その口振り、まるで今まで手を抜いていたと言わんばかりだな。私を探っていたのか?」
「お前は昔から、重要な事は隠す性格だった。肝心な事ほど何も言わない。この街を去った時もそうだったんだろ?」
「……」
「何かを隠している事だけはわかった。でもそれが何かはわからない。だから彼に観察を頼んだ。呪われているなんて最初から思っちゃいない。彼なら、それを汲み取ってくれると信じた」
「何者だ……奴は」
「ギルドマスターだ。僕が今、所属しているギルドのね」
な、なんか俺の事をメッチャ評価してる会話なんだけど……ダメだ。全裸ガニ股二刀流角刈りハーブティ黄昏が邪魔して全然嬉しくねぇ! なんて嫌な黄昏なんだ……
「成程。信頼できる男の所へ行ったのか」
「そうだ。君はどうだ? アクシー。今の君には自分の価値を認めてくれる存在はいるのか?」
「必要ないね。私が信じるのは……回復魔法だけさァァァァァァァァァァァァ!!!!」
うわ豹変した!
怖っ! ヒーラーやっぱり怖ーーーーーーーい!!
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