第324話 全裸二刀流ガニ股仮面
「なんか今日の舞台、クドくなかった?」
「クドかった! めっちゃクドかったね!」
「あのフラれた男の絶望顔が夢に出て来そう……でもあそこまで人を好きになれるってちょっと羨ましいかも」
――――そんな観客の声が聞こえてくる中、夜の部の舞台はどうにか完走までこぎ着けた。
あの医務室での惨状を考えれば、即日復帰できただけでも快挙だし拍手を送りたい。とはいえ……
「やってくれたな! お前らマジやってくれたな!! なんだありゃ!? 演技ナメてんのか!? つーか人生ナメてんのか!?」
案の定、とんでもなくクドい演技をしていた数名の復帰組は演出家にコッテリ絞られていた。恐らく徹夜で演技指導入るな。明日までに修正できれば良いけど。
さて、俺達は引き続き娼館警備へと向かわないと。昨日は小さい問題が結構起きてたけど、今日は多分落ち着いて――――
「大変だボス! 娼館に全裸二刀流ガニ股仮面が参上して娼婦を人質にしやがった!」
「えぇぇ……」
そりゃ祭りの最中だから、陽気になり過ぎて頭がフットーする輩が出てくるとは思ってたけど……極端が過ぎる。
「この街って住民が最強だから治安良いんじゃなかったのかよ」
「街中ではマトモな格好してたんだろうよ。それよか早く来てくれや。ボスああいう奴を言いくるめるの得意だろ?」
「勝手に人を変態処理班にすんな」
そうは言いつつも、警備員時代の経験から比較的変態に耐性があるのも事実。パブロにせっつかれるまでもなく現場へ直行コースだ。娼館は劇場からはそう遠くないから、走って行こう。
とはいえ、正直そこまで心配はしていない。確か、今娼館の近くを巡回してるのはディノーだった筈。愛しの女帝に良い所見せたいだろうし、普段以上に張り切っているだろう。俺が到着する頃にはもう片付いているんじゃないかな。
「あ、そういや言い忘れてた。ポラギが精霊に捕まってたみたいでさ。なんか暫くその精霊があいつに化けてたんだと」
「だよな! 最近あいつ変だったんだよ! あーそういう事かぁー」
俺は全然わかってなかったけど、流石にいつもつるんでるだけあってパブロは異変に気付いていたのか。まあ、だからといって他人が成り済ましてたとは思わないわな。
……でも、明日はそうも言っていられない。怪盗メアロは殆ど違和感を抱かせない変化で他人に化けられる。少なくとも外見では判別が付かない。
もし奴が俺かヤメにでも化けて、シキさんにラルラリラの鏡を貸すよう頼んだら……多分、簡単に盗まれちまうよな。気を付けないと。
「ボス……意外と……体力あるな……ひぃ~」
俺より遥かに強い筈のパブロがどんどん遅れていく。一応、パラメータ的にも体力(正確には生命力だけど)はそれなりにあるから、持久走は結構得意分野なんだよ。亜空間でもそのお陰でヒット&アウェイ戦略が実践できたし。
強さに関する劣等感は、どれだけ考え方を改めようと簡単には消えてくれない。『俺なんて』って気持ちも。でも、例え一つだけでも、それが大して役に立たなくても……勝てる事があるってのは自信に繋がる。虚栄心でもなんでも良い。この感覚は大事にしたい。
そろそろ娼館が見えてくる頃だ。
果たして全裸二刀流ガニ股仮面ってどんな奴なのか――――
「ぐ……!」
……へ?
「くそっ……!」
娼館の前でディノーが地面に片膝付いてるんですけど……え、劣勢なの? 全二ガ仮面に?
後ろ姿しか見えないけど、確かにガニ股だ。しかも、すんごいガニ股でとんでもない高さでビョンビョン跳び回ってる。身体能力ヤベーな。
どうやら変則的な動きが得意な剣士らしい。しかも二刀流。その上、全裸だから何もかも見えているし暴れ回ってる。なんて嫌なビジュアルなんだ……
「大丈夫? 何もされなかった?」
「うん何も……でも怖かった~……」
どうやら人質にされていた娼婦は既に解放されたらしい。そこはディノーのお手柄なんだろうけど……戦況は芳しくなさそうだ。
純粋にやり難そうな相手だし、多分ディノーにとっては相性最悪の相手だろう。ああいうトリッキーで意味不明な敵、如何にも苦手そうだもんな。
恐らく言動も変質者のそれ――――
「フン。動きが直線的で、しかも読みやすい。それが君の限界か?」
……今の全二ガ仮面の声? 理性的な上にやたらイケボじゃねーか! イロモノ以外の何者でもない見た目なのに……
「どうして冒険者ギルドを辞めた! 答えろディノー!」
しかもなんか知り合いっぽい物言い! え、何? どういう事?
「君に話す義務はない……君こそ、何故娼館を襲う! そんな奴じゃなかっただろう?」
いや、知り合いならそれよりまず全裸二刀流ガニ股仮面である事に異を唱えろよ。この街に公然わいせつ罪や迷惑防止条例がなかったとしても人として完全にアウトだろ。クスリキメたってああはならんよ。
「わからないのか? 私が襲ったのは娼館じゃない。娼館を襲撃すれば君が駆けつけて来ると踏んだからだ。君がこの近くを巡回していたのは確認したからね。私はどうしても君と話がしたかった!」
え、だったら普通に訪ねれば良くない? 全裸になる理由も剣を二本持つ理由も仮面被る理由も全部わからん。自分である事を隠してる様子もないし。
「……前にも言ったけど、君と僕はもう相容れない。道を違えてしまったんだ。君は確かに強い。僕にないものを沢山持っている。でも……」
「でも? でも何だ。言えよ。なんでも言ってくれ。言えば直す。そうすれば、また私とコンビを組む事に支障はない筈だ」
え……コンビ? コンビっつった今。ディノー、こいつの相棒だったの? 嘘だろ?
「教えてくれ。どうして私を拒絶してフレンデルとバディになったんだ。あんな生意気で空気の読めない男を相棒にしたんだ。納得できる回答をくれ。その為に私はこの街に戻ってきたんだ」
「君を拒絶したのは……僕の心の弱さだ。君といると、自分の力不足を嫌でも痛感する。レベルは僕と同等なのに、君にはどうしても敵わない。それが我慢できなかったんだ」
いや外見で拒絶しろよ。誰だって嫌だろ全裸で仮面被ってウキウキ外出する奴の隣に立つのは。
にしても……ディノーと同等? って事はレベル60台か。そう言えば、ベルドラック以外のレベル60以上の冒険者が街を出たって話を前に聞いたような……あれ、コイツだったの?
「そんな事を気にするな! 実直な君と変則気味な私が組んだコンビは最強だったじゃないか。君は君自身が思っているよりも強い。だが、誰と組むかが重要だ」
「それは……」
「噂によるとフレンデルは君の元を去ったと言うじゃないか。しかも、今所属しているギルドのトップは雑魚だって話だ。冒険者ギルドを辞めて雑魚ギルドに加入したのは、そこならNo.1になれると思ったからなんだろう?」
「……!」
ディノーの顔色が変わった。図星、とは言わないまでも痛い所を突かれたって顔だ。
つーか、あんな格好の奴に雑魚呼ばわりされるのはイラっとするな。そりゃ俺より遥かに強いんだろうけどさ……なんかあの野郎には俺の劣等感が全然仕事しやがらない。
「自分を卑下するあまり、つるむ相手のレベルを下げてぬるま湯に浸る……そんな君は看過できない。もう一度私と組め。私は君と戦いに来たんじゃない。君を退屈から救いに来たんだ」
そう告げ、変態はディノーに手を差し伸べた。このポッと出、やる事がいちいち鬱陶しいな。
それに、バカだな。
「悪いが、出来ない相談だ」
加入した本当の動機までは知らない。でも、今のディノーは弱者に囲まれる事で自己顕示欲を満たすような、みみっちい事は考えちゃいない。
そもそもウチでもNo.1じゃないし。
「あまり僕を嘗めないでくれ。確かに僕は、君から離れる事で自分の弱さから目を逸らしていた。冒険者ギルドを辞めたのも、君が言うような理由があったのかもしれない。でも今は違う」
「何が違うと……」
「アインシュレイル城下町ギルドだ」
「……?」
「雑魚ギルドじゃない。ここで僕は、何度も辛酸を舐めた。そして、ようやく自分の弱さと向き合う事が出来た。僕がこのギルドにいるのは、ここに生き甲斐があるからだ。毎日が充実しているからだ!」
ディノー……お前……
「洗脳されたか? ならば私が元に戻してあげよう。君を冒険者ギルドへ連れ戻す」
「僕はそんな事を望んではいない。それに、今の君は僕達が守るべき対象を脅かした。城下町ギルドの一員として、君を成敗する!」
剣を斜に構えたディノーと、両腕を上に伸ばし仮面の前で二本の剣をクロスさせる変態の睨み合い。衝突は必至だ。
先に動いたのは――――
「ムッ!」
ディノーだ。一切奇を衒わない、直線的な突進からの斜め斬り落とし。速過ぎて殆ど目で追えない。
でも、変態はいとも容易く二本の剣でガードしやがった。身体能力お化けかと思いきや反応も早い。レベル60以上はダテじゃないな。
「髪が傷んでいるじゃないか。手入れを怠っているのか? それとも……思い通りにいかない現状へのストレスか?」
「戦いに集中しろ、アクシー。舌戦なら終わってから幾らでも受けてやる」
アクシーって言う名前なのか、あの変態。特に感想はない。
それよりも、ディノーだ。奴の指摘は煽りに過ぎないにしろ、ある意味では正しい。実力を出せればいいけど……
「君の意志は――――剣で示せ!」
再びディノーが跳ぶ。
相変わらず凄まじい速度……なんだけど、不意を突いた動きじゃない限りは全く見えない訳じゃない。スピード重視のコレットや本気のコレーほどデタラメな速さじゃないんだろう。
ディノーは全ての能力が高い。パワー、スピード、剣技、防御、戦闘経験……いずれも高次元で纏まっている。
活躍できてない一因は多分、そこにある。
突出したものがない。
レベル60台の猛者で、パラメータの合計数はこの終盤の街でも五指に入るくらいの数値。でも、個々の数字だとTOP10にも入れない。ディノーより怪力な奴は何人もいるし、スピード自慢も同様だ。剣の技術は一流だけど、それもオネットさんには及ばない。だから『これなら誰にも負けない』って絶対の自信がないのかも知れない。
それともう一つ――――
「くっ……ちょこまかと!」
予想通り、トリッキーな動きに弱い。
王道の受け攻めに対しては盤石だけど、ちょっと予想を外されると一瞬身体が硬直し、まるで予知できない変な動きをされると途端に不安定になる。真面目な性格が災いしているんだろう。
ただ、同じ真面目人間でもティシエラは戦闘で硬直する事はない。緊張感の伴う場面では、強靱な精神力と鬼の集中力を発揮するから……とイリスが言っていた。俺はそこまでティシエラの戦闘シーンを見てないから断言は出来ないけど、多分本当なんだろう。
じゃあ、ディノーには集中力が足りないのか? そんな事はないように見える。敵の一挙手一投足にしっかり反応できているし……
……ん? それが良くないのか?
「相変わらずフェイントに弱いな!」
「……!」
二刀流から繰り出されるアクシーの攻撃は、決して一撃一撃が重い訳じゃない。でも両腕がまるで別の生き物のように動き、フェイントもお手のもの。明らかにディノーにとっては天敵だ。
……どうする? 精霊を喚んで助太刀するか?
ただなあ……正直、これがどういう戦いなのかイマイチわからない。話聞く限りだと、アクシーの標的は最初からディノーだったっぽいし、元同僚の意地の張り合いにも見える。だとしたら、手を出すのは野暮ってもんだ。
だけど、もしディノーが負傷して今日・明日の仕事が出来ない状態にされたら最悪だ。有事の際に戦力が足りなくなる。
ここは、邪魔なのを承知の上で助けに入った方が良いか……
「トモ! 手を出さないでくれ!」
……っと。気付いてたのか。
「見ての通り、奴は異常だ。もしかしたら暗黒武器に呪われているかもしれない。そこから奴の状態を見極めて欲しい」
「わかった!」
……なんて返事したは良いけど、とてもそんな呪術ソムリエみたいな真似できないって。やたら動き回るアクシーの動きを肉眼でしっかり捉えられてもいないのに。
ペトロなら見えるかもしれないけど、あいつは今日もう呼び出しちゃってるからな……亜空間内とはいえカウントされるだろうし。
「出でよペトロ!」
……一応呼び出してみたけど、案の定出て来ない。同じ理由でモーショボーも喚べない。勿論フワワも。
となると、残りはカーバンクルと……
あ、もう一人いた。
「出でよコレー!」
「えっもう? 頼るの早くないかい?」
とは言っても、あのリス精霊に戦闘中の敵を観察してなんて頼めないし……
っていうか、本当にちゃんと喚び出せたな。半信半疑だったけど。人間界にいる精霊でも瞬時に喚べるんだな。自分で使っておいてなんだけど、これどういうシステムなんだろ……
「……ちょっと待ってよ。何あれ。全裸じゃないか」
実力者だけあって、コレーは瞬時に動き回るアクシーの姿を視界に捉えていた。当然、奴の生まれたままの姿を。
「何これ。セクハラ? あれ見せる為に喚び出したんだったら契約解消するよ?」
「ンな訳ねーだろ。あの変態が呪われてないかチェックして欲しいんだよ。俺の目じゃあの動きは捉えきれないからさ」
「えー……凝視したくない」
ユーフゥル時代からは想像も出来ないけど――――意外にも、コレーは男の裸を眺めるのが苦手らしい。
まあ、あの時は男じゃなくてコレットやルウェリアさんの裸……っと、マズいマズい! こんな所で思い出すシーンじゃない! 全裸二刀流ガニ股仮面を見てギンギンになるド変態って思われるじゃねーか!
「頼むよ。仲間の命が懸かってるんだ」
実際には、そこまで形勢不利って感じじゃない。戦い難そうではあるけど、互角に近い攻防にはなってる。でも、こういうのは多少大袈裟言った方が良い――――
「確かにそうみたいだね」
「……え?」
「このままだと、彼は負けるよ」
楽観視していた俺とは対照的に、コレーは涼しげな顔でそう断言した。
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