第323話 夜に映える笑顔

 俺の好みなんて需要があるとは到底思えなかったけど……ルウェリアさんもユマもやけに食いつきが良いな。こういうのって素直に喜ぶべきなんだろうか? なんか複雑だ。


「それで、他にはどんな要素をお好みなんですか? 私、こういうお話するの初めてなんです。なんだかとってもワクワクしてきた!」

 

 言われてみれば、ルウェリアさんは求愛される側だから恋バナみたいな話をする機会には恵まれてなかったのかも。御主人がその手の話題自体嫌ってそうだし。


 仕方ない。もう少し付き合うか。


「まあ、そうですね……真面目で責任感があって、あと人に優しく出来る人には尊敬の念を抱きます。でも完璧過ぎると尻込みしちゃうから、何処か隙があるっていうか、弱い面もあると親しみやすいかも知れません」


「……へー」


 何故かユマは微妙に引いていた。いやお前らが言え言ったんちゃうんか。

 

「大体こんなところですけど」


「ありがとうございます。私、わかっちゃったかもです」


「ん? 何がですか?」


「トモさんの本命です!」


 ……へ?

 

「今仰って頂いたトモさんの好みのタイプを、トモさんと近しい間柄の方に当てはめてみた場合、誰が一番該当するかを照合すれば自ずと答えは出ます!」


 謎の自信に満ち溢れたルウェリアさんがドヤ顔で宣言して来た。ラブ探偵ルールララヴァロンディンヌ爆誕ですか。人生謳歌してるのは良い事ですよ姫様。


 でも確かに……これだけ具体的な意見を幾つも出したんだから、俺が誰に惹かれているのかを客観的に分析する事は可能かもしれない。人を好きになれないと嘆いていた俺だけど、実は無意識下でこっそり本命を作っていたのかも……


「私が思うトモさんの本命は――――――――――――――――」


 あくまでルウェリアさんの主観はいえ、なんかちょっとドキドキするな。しかも勿体振ってすげー伸ばすし。


 一体、ルウェリアさんは誰の名前を……


「ユマさんです!」


「「……は?」」


 あ、ユマとハモった。


「同じギルドで働いていて、同じ志を持ったお二人ですから、価値観は合うと思います。ユマさんはそのお年で働いている時点で責任感もかなりのものですし、今日ご一緒してとっても誠実で優しい方だとわかりました。間違いありません!」


「えーっと……弱い面は?」


「まだ大人ではないので、経済面と権力です」


 生々しいわ! まさかここでルウェリアさんの口から権力って言葉が出て来るとは思わなかった!


 っていうか……


「でもその理屈だとルウェリアさんも当てはまってない? トモ君、前はベリアルザ武器商会で働いてたんだよね?」


「はい。オリジナルの武器とか作ってくれて、凄く貢献してくれました。とても感謝しています」


「……なんて事言ってる時点で真面目で優しいし、看板娘としての責任感もあるし。あと、その……ちょっとだけ天然っぽいトコあるし」


 否定は出来ない……


 暗黒武器は好みじゃないけど、インドア派って広い括りだとゲーム好きだった俺とは価値観が近い。つまり、ルウェリアさんも全ての条件に合致する。


 まさか、俺が無意識の内に好きになっていたのは、この人なのか……?


「待って下さい! 驚きの事実が判明しました!」


「え、なんですか」


「なんとティシエラさんも条件を満たしています。どちらもギルドマスターとしてギルドを大事にしていますし、真面目で責任感があって優しくて……」


 真面目過ぎる故に少し脆いところがある。あ、マジだ。見事に条件クリア。


「シキさんもじゃない? 秘書にするくらいだから価値観合ってそうだし、真面目で責任感あって優しくて……ちょっと口が悪い所が難点」


「それならコレットさんも――――」


「イリスさんも――――」


 ……流石に、ここまでポロポロ名前を出されればイヤでも気づく。


 俺が出した好みって、要はバーナム効果と一緒。『こじつければ大抵の人に当てはまる』ってやつだった。


 結論。


 今までの問答は全て時間の無駄でした!


「あはは! バッカみたい!」


「可笑しいです。楽しいです」


 ……そうでもないか。


 祭りの後ってのはどうしてもしんみりとしちゃって、華やかであればあるほど日常に戻る事が名残惜しくなってしまう。だから、俺をダシに帰り道でこんだけ盛り上がってくれたら本望だ。


 折角だし、この話題をもう少し膨らましてみよう。それで恋愛ブームに繋がる訳でもないけど、ちりつもの精神は大事だ。


「で、二人はどういう人が好みなん? 俺にばっかり答えさせてないでさ」


「カッコ良い人」


 すぐに返答したユマはある意味凄く素直だった。メンクイなのか。ならディノーあたりに憧れてるのかもしれないな。


 ……尚、以前カッコ良くモンスターから助けた筈の俺は対象外の模様。こっそり憧れてくれてるんじゃないかと心の底で思っていた事は一生底に沈めておこう。


「ルウェリアさんは?」


「え、えっと、その……」


 随分言い淀むな。恥ずかしいんだろうか、仄かに赤面している様子が窺える。



 これは、まさか――――



「……お、お父さんみたいな人です。え? な、なんで握手?」


 完全に解釈一致です。……本当に……『ありがとう』…それしか言う言葉がみつからない…


「そう言えば、ルウェリア親衛隊って今も来てます? 主力メンバーは街から出て行った筈ですけど」


「あ、はい。以前ほどではないですけど、たまにいらっしゃいます。私なんかの何処が良いのかはわからないですけど……」


「えー? ルウェリアさんならモテて当然だよー。だってこんな可愛いしー!」


「ひゃっ! も、もう……」


 ニコニコなユマに抱きつかれて、ルウェリアさんは戸惑いつつも嬉しそうだ。


 ユマは以前と比べて明るくなったというか、随分と人懐っこくなった気がする。多分ギルドで大勢の人と関わっているからだろう。受付にスカウトした俺の目に狂いはなかった。


 にしても……まだいるのかルウェリア親衛隊。ちょっと気になるな。中心人物があのファッキウだっただけに。


 うーん、どうにもファッキウの影が消えないというか、何かある度に奴と結びつけてしまうのは俺の考え過ぎなのかな? 去り方が大人し過ぎて不気味だった所為か、ちょっと過敏になってる自分がいる。


 奴以外にも、タキタ君に化けていたエルリアフや髭剃王グリフォナルが消息不明なのも不気味だし、未だに王族が見つかっていないのも気になる。


 このまま何事もなく交易祭が終われれば良いんだけど……


「またねー」


「はい。今日はありがとうございました」


 あ、何時の間にかユマの自宅に着いてた。


 幸い、御両親は笑顔。今のギルドがあるのはこの一家のお陰だから、恩を仇で返すような真似だけは出来ない。無事ユマに楽しんで貰えて良かった。


「それじゃ、王城まで行きましょうか。歩きで大丈夫ですか?」


「バッチリです。私、こう見えて歩くの好きなんですよ。虚弱体質ですけど……」


 虚弱というより定期的に寝込んでしまう体質なんだよな。こればかりは本人の所為じゃないから仕方ない。


「身体は大丈夫ですか?」


「はい! 最近は寝込む事もあまりなくなっていて、お父さんに迷惑をかけずに済んでいるんです」


 そう答えるルウェリアさんは心から嬉しそうだ。自分が迷惑を掛けているって思っているんだろう。実際には真逆で、彼女の存在自体が御主人の生きる理由みたいなもんなんだけどな。


 怪盗メアロ曰く、ルウェリアさんは『マギの収まりが悪い』らしい。その所為で体調が極めて不安定で、反魂フラガラッハの力でどうにか健康を保っている。


 この事はルウェリアさん本人は知らない。でも、いつか知らなきゃいけない事だ。御主人だっていつまでも一緒にいられる訳じゃない。それは御主人もわかってる。


 ルウェリアさんの秘密を知る人間は少ない。俺に出来る事があれば、全力で支援しないとな。


「最近、幸せ過ぎて怖いんです」


「暗黒ブームの事ですか?」


 あれはもう終わった、とは言い辛いな……帰って今日の売上聞いたら寝込むんじゃないか?


「いえ、それもありますけど、ブームはいずれ終わりますから」


 ――――そんな俺の懸念を、ルウェリアさんは華麗に飛び越えていった。


「それよりも私は、今の日常にとても幸せを感じています。お店の武器は売れたり売れなかったりですが、お父さんはお城にお店を構えさせて頂いて嬉しそうですし、フワワさんやユマちゃんみたいな素敵な皆さんと今日みたいに遊べて、お祭りを満喫できて……」


 こんなに幸せで良いんでしょうか、と締め括り、ルウェリアさんは笑顔を見せる。その横顔に偽りなんてある筈がない……けど、何処か儚げにも見えた。


「ずっとこんな日が続いて欲しいと願うのは、贅沢過ぎますよね」


「良いじゃないですか。贅沢上等。どんどん願っていきましょう」


 ルウェリアさんと話す時は、上手に嘘をつく事が出来ない。だから、こんな言い方になってしまう。


 多分……贅沢なんだ。本当に。


 ルウェリアさんの境遇や現状を考えたら、いつか終わりが来る。今のままじゃいられない日が必ずやって来るだろう。


 御主人はその日の為に、ずっと準備をしている。なんとなくそんな気がする。


「ルウェリアさん」


「はい。何でしょうか?」


「もし、こんな俺にでも協力できる事があれば何でも言って下さい。遠慮なんかしないで下さいね」


 そう心の内を伝えると、ルウェリアさんは困ったような、少し驚いたような顔をして、何かを考えるように押し黙った。


 その沈黙は意外と長く続き――――気づいたら王城の傍まで来ていた。


「あ、あのっ」


 城門が間近に迫る中、ようやくルウェリアさんは重い口を開く。これだけの長考となると嫌でも身構えてしまうな。


 まあ、ルウェリアさんが無理難題を言ってくるとは思えないけど……


「トモさんにお願いしたい事があります」


「何ですか?」


「もしも……私がいなくなったら、お父さんを支えてあげて下さい」


「……」


 予想外の言葉だった。


 同時に、ルウェリアさんが内に秘めていた危機感と、現状を知らないまでも何かを感じ取っているんだと理解した。


「私は多分、長生きは出来ません。自分の身体ですから、なんとなくわかります」


「それは……」


「あ、すみません。悲観的になっている訳ではありませんから、重く捉えないで頂けると助かります」


 そう言われても、この願い事を言われて重く捉えないのは無理です……


「もしかしたら強がりかもしれませんが、長く生きるか生きないかよりも大切な事があると思うんです。長く生きられないと覚悟していれば、それだけ一日一日を大事に生きようと思えますし、そのお陰で気付ける事もあるんじゃないかなと」


「俺もそう思います」


「でも、それは私の勝手な考えで、お父さんはきっと私がいなくなったら自分を責めちゃうんじゃないかなって思ってるんです。何の取り柄もない私ですが、お父さんは私を愛してくれています。だから、もし心残りなどというものが生じるとしたら、きっとお父さんの事だと思うんです」


 ……それを、俺に託すって言うのか?


 確かに俺は、ルウェリアさんと御主人に救われて、暫くの間だけど仕事仲間だった。その恩義や共に過ごした日々は決して忘れない。


 でも……決して長い期間一緒にいた訳じゃないし、所詮は赤の他人だ。


 そんな俺に、唯一の心残りになりそうな事を託して良いのか?


 俺にそんな価値があるのか……?


「す、すみません。こんな不躾なお願いをして……」 


「いえ。でも重いのは間違いなく重いです」


「でっですよね! 私、なんて事を……今のは忘れて下さい。お祭りが余りにも楽しくて、それが終わったからつい……」


 恥ずかしそうに顔に手を当てるルウェリアさんは、普段の彼女と何も変わらなく見える。少なくとも、自分の未来を悲観している様子は本当にない。


 祭りの後の寂寞感に、自分の人生を重ねたのかもしれないな。


「……その頼みを聞き入れるには、一つ条件があります」


「へっ? な、なんでしょうか」


「長生きして下さい」


 そんな俺の返答に、ルウェリアさんはポカーンとした顔でその場に立ち尽くしていた。


「え、えっと、私が長生き出来ないかもしれないからトモさんに頼んでいるのであって……」


「長生きしましょう。お互いに」


「え。えー……」


 困惑するのも無理はない。俺の返事は相当頭悪いやつだ。


 でもこれ以外の正解は持ち合わせていない。


 長く生きれば良いって訳じゃないのは、その通りだ。でもルウェリアさんは長生きすればするほど良い。それだけでみんなを幸せにする。


 そういう人間は相当に限られている。だったら、長生きする事にリソースを割く生き方が正解だと思うんだ。ルウェリアさんの場合、特に。


「実はここだけの話、俺ってかなり長生き出来る運命だったみたいなんです。まあ……占いみたいなものですけど、そういう運勢が出てたみたいで」


「わあっ、素晴らしいです」


「でもアッサリ死にました」


「え」


 ルウェリアさんの笑顔が凍る。無理もない。幾ら蘇生可能な世界とはいえ、死んだっていう自己申告は中々の衝撃だろう。


「まあ、どうにか生き返らせて貰ったんですが、死んだ事には変わりないですよね。運命とか予感なんていい加減なものです。だから、ルウェリアさんがどう感じてようが、それはそれとして長生きすりゃいいんですよ。生きる時間なんてどれだけあってもいいんですから」


 こじつけでも、つじつまが合えばそれにこしたことはない。何だって良いんだ。ルウェリアさんがちょっとでも前向きになれれば。


「わ、わかりました。最善を尽くします」


「お願いします。って、俺の方がお願いする立場になっちゃいましたね」


「ですね」


 はにかんだように、少し困ったようにルウェリアさんは笑う。これは褒め言葉にはならないかもしれないけど……夜に映える笑顔だ。


 そこでようやく、すっかり日が落ちている事に気が付いた。


「夕食は出店で買ったお土産ですか?」


「はい。屋台でペモペモ焼きが売っていたので。トモさんもご一緒しませんか?」


「いえ、仕事中ですから。家まで送るのも、実は街の見回りを兼ねてたんですよ」


 そう答えつつも、頭の中はペモペモ焼きで一杯になっていた。


 なんだその変な名前の食べ物。半年以上この街に住んでるのに全然知らんぞ。謎過ぎる……


「そうでしたか。では、ここでもう大丈夫です。ありがとうございました」


「こちらこそ、フワワと仲良くしてくれてありがとうございます。それじゃ、また」


「はい。また」


 一礼して、ルウェリアさんがお城の中に入って行く。血筋を考えれば正しい帰り道なんだろう。庶民的な格好してるのもあって、あんまりピンとは来ないけど。


 ……さ、劇場に戻ろう。役者達はもう復帰してるから、夜の部の演劇も行われているだろうし――――





「おおーん! しっ、信じられなはーーーい! ぼぼぼ僕じゃっ、僕じゃダメなんですかぁーーーっ!?」


「ええそうよ! 貴方ではダメなの! 私はもう、あの方じゃなきゃ……」


「そっそんなぁ……ヒィィ……ヒィァタァ……うしょだぁ……ボカぁもう……きゅみなしじゃ生ィきていけなぁいのォォォォーーーー!! おおーん!!」


 ……え、何これ。


 ヒロイン役の女優は普通だけど、相手の男の演技クド過ぎないか? こんなんだったっけ……?


 確かあいつ、暗黒グッズで呪われてた五人の中の一人だったような……


「対処療法の副作用だって」


 あ、シキさん。


「長時間、辛い状態に抗う為に過剰な演技をし続けてたから、それが抜けきれてないみたい。さっき演出の人が頭抱えてた」


「そりゃ抱えるわな……」


 どうにか再開は出来たものの、この日の舞台は最低のクオリティだった。


 ……最善を尽くせばいいってもんじゃねーな。本当。




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