第320話 健やかなるコレットから病めるコレット
「……ぁぁー」
ギルマス室に入ってからもコレットの心は回復の兆しを見せず、譫言のように『辛ぁーつらぁー』って呻きながらソファに寝そべって動かなくなった。
そんなにショックだったのか。オシャレに一切興味のない俺にはわからない自尊心だ。まあ、斯く言う俺も『お前のパンのチョイス、センスねぇな』とパンの権威に言われたらこうなるかも知れない。
にしても――――前にプレートアーマーマンとしてここに来てからそんな経ってないというのに、随分と内装が様変わりしてるな。あの時は質素な感じだったのに、今はやけに装飾が多い。特に宝石の展示品がやたら目立つ。わざわざショーケースと宝石箱まで用意して……
「ギルマス室の私物化はしたくないんじゃなかったのか?」
「だって……宝石でも見つめて心を穏やかにしないと、プレッシャーとストレスで眠れないし……」
「まあ、気持ちはわかる」
多分俺も似たような理由で棺桶に依存してるんだろうな。毎日分不相応な仕事をしてメンタル削られてるから、夜くらいは自分の落ち着く環境で過ごしたいよね。
「まだギルド員から認められてねーの?」
「わかんない。でも、認められるような事はしてないから、変わってないと思う」
ようやくコレットは顔を上げ、その不安定な瞳をこっちに向けて来た。何だろう、見てるこっちが不安になる。
まあ、自分に対する周囲の評価って自分ではわからないよな。特に俺やコレットみたいな性格だと、嫌でもネガティブな方に思考が偏るし。
「言いたい事言わせて貰って良いか?」
「……良いけど、出来れば私が傷付かない話が良い」
正直な奴。そういうところは嫌いじゃない。『出来れば』って付けるところも含めて。
「コレットの立場が難しいのは理解してるけど、なんかちょっと悲観的過ぎるっつーか、負のオーラ出し過ぎてギルド員に気を遣わせてないか?」
「……わかりますか」
なんで敬語なんだよ。
「やっぱりわかる人にはわかるよね……何か私、腫れ物扱いされてる気がして」
「だからそれが悲観し過ぎなんだって。率直に言うけど、俺が感じた限りじゃギルド全体の空気は見守りモードだぞ? 具体的には『ギルマス今日も空回りしてんなー』って感じの雰囲気っつーか」
「それ悲観しなきゃダメなやつじゃん!」
「じゃなくて。コレットが一生懸命ギルドを運営しようとしてるのを認めた上で、成長して欲しいって願ってるんだよ。みんなじゃないにしろ、半数以上が」
正直なところ、冒険者ギルド内の空気は大して変わってはいない。まだ不安定だ。
それでも、この奇異な格好のコレットに対して呆れるような、或いは小馬鹿にするような視線は殆どなかった。勿論、引退してもレベル79に変わりはないから、純粋に強さに対しての敬服もあるんだろうけど、それだけじゃない雰囲気も確かにある。
「現状を打破する為に色々トライするのは悪い事じゃない。だから、ちょっとくらいダサくてもあんま気にするな」
「やっぱりダサいんだ、この格好……こんなに綺麗なのに……」
人の話聞いてるのか聞いてないのかこれもうわかんねぇな。ま、ダサいのを自覚したのなら良いか。勲章の授与式の時もそうだったけど、基本的に服装のセンスぶっ壊れてるからね……人の事言える立場じゃないけどさ。
「私、子供の頃から着る服は親に決められてて、自分でコーディネートするの苦手なんだ」
「そう言えば、良家の出身だったな。親御さんから連絡は?」
「全然。私に興味なんてないだろうし」
……多分、コレットのネガティブな性格は親からの愛情が欠如してる事も関係してるんだろう。
でも別に良いと思う。親から愛情を貰うのが当たり前とも思わないし、陰キャが悪いって法律もないんだし。面倒臭い発言に対してキレ気味に返せば大声で対抗してくるくらいの気概も持ってるしな。
「ま、親の事は兎も角、オシャレに関しては最低限の知識くらい入れておいた方が良いんじゃないか。俺はそういうの求められてないから良いけど」
「んー……でも私の親しい人って、あんまりそっち方面に明るくないんだよね」
言われてみれば、ティシエラもルウェリアさんも暗黒寄りだから相性悪いな。俺は論外として、マルガリータさんもあの性格だし多分女王然としたセンスだろうしなあ。
「だったらイリスにでも指南して貰えば……」
あ。しまった。
「……」
イリスの名前を出した途端、コレットの目が死んだ。
マズったな。最近あんまりコレットやイリスと話す機会なかったから、二人の関係性が頭から消えてた。
でも、考えようによっちゃ良い機会かも知れない。さっき言った『気を遣わせ過ぎ』ってところにも掛かってくるし、思い切って踏み込む時だ。
「別に無理して仲良くしなくても良いって前提で聞くけどさ。なんでイリスとそんな感じなん?」
出来るだけフランクにパンドラの箱を開ける。中から出て来るのが希望じゃないのは何となく察しつつ。
「……そんな大層な理由はないよ。私がこういう性格で、向こうは明るくてキラキラしてる人だから、フィーリングが合わないってだけ」
え、そんな理由? ここまで引っ張って? ようやく本人の口から聞けたはいいけど、何の解決にもなりそうにない、ミもフタもない返答だったな……
そりゃ、合わない奴っているよ。嫌いとか不快って訳じゃないけど、なんかお互い絡み辛い空気を感じ取って、あんまり話さないって相手。虚無の14年では交友関係自体が終わってたからその手の悩みもなかったけど、学生時代は普通にあった。もっと言えば、親ともそういう間柄だったかも知れない。
でも第三者がいる時にまで不穏な空気を出すとなると、ちょっと『合わない』を逸脱した関係性のように思えてならない。コレットはともかくイリスはその点、しっかり気遣いが出来るタイプなのに。
……とはいえ、本人の言った事を推測で否定するのは無礼だ。
「わかった。悪かったな、言い辛い事言わせちまって」
「そんな事ない。トモが言いたい事、ちゃんとわかってるから」
そうだ。コレットも決して考えなしに生きてる訳じゃない。逆に考え過ぎて墓穴を掘る事の方が多いくらいだろう。俺への理解も他の面々より深いくらい――――
「イリスの事を聞きたいんだよね?」
……え、違う。
「私にイリスの事を聞いて、その情報を活かしてイリスを口説くつもりなんでしょ? 私知ってる。男の人ってああいう明るくて優しくて綺麗な子が好きだよね。ねー」
あー……このあんパンの断面図みたいな目をしたコレットは何度も見覚えあるわ。健やかなるコレットから病めるコレットへの転換期だ。見覚えあり過ぎてデジャブにすらならねぇ。
でも、この段階なら大声でツッコめば元に戻る筈。
「全然違う! 言葉にしなきゃ伝わるものも伝わらないし、言葉にしても伝わらない事が多いんだから、もっと伝える努力をしろってメッセージを込めたんだよ! 言わせんな恥ずかしい!」
「あ、あぁー! そっち? そっちかー」
そっち? じゃねーよ何しれっと二択を間違えましたみたいな顔してんだよ絶対違うだろ。そういうトコだぞコレットさんよ。病む前に戻ったから良いけどさ。
「……でもギルドの人達に『暗黒に染まっちゃいけません!』なんて注意したら、個人の趣味に干渉するのかって顰蹙買いそう……」
「良いじゃん買ったって。冒険者ギルドは魔王討伐の為のギルドなんだから、暗黒に偏っちゃダメなんだよそもそも。毅然とノーを突きつけりゃいいの。ギルド員の顔色を窺うのがギルマスの仕事か?」
「違う……けど」
コレットが悩んでいるのも、コレットなりに色々気配りして努力してるのもわかってる。初日で辞めた俺が冒険者ギルドの事に口出すのは身の丈に合わないのも。
だから今まで遠慮してたけど……流石にもう限界です。
「コレット。パラディンマスターの力を見込んで頼みたい事がある」
「え、急に何?」
こっちの事情に冒険者ギルドの代表を巻き込むのは気が引けた。だから言うべきかどうか、頼むべきかどうか迷っていた。
でも、その必要はなくなった。
強引にでも巻き込んで、コレットに実績を作らせる。それがギルド員から信頼を得る近道だ。
「実は、暗黒ブームが終わったんだ」
「えっ、そんな急に終わるの? っていうかなんでわかるの?」
「あのブームには色々裏の事情があったんだ。で、偶然だけど俺がそれを終わらせちまった訳。だからお前の懸念はもう消えたんだよ。ただ、その影響で厄介な事件が――――」
「ちょっちょっちょっちょ……待って! 急過ぎてついていけてないんだけど! なんでトモが暗黒ブーム終わらせる事できるの!?」
「ブームの原因が精霊で、その精霊と接触したからだ」
「……そ、そうなんだ」
相当端折った割に、随分と簡単に納得したな。こっちは助かるけどさ。
「で、事件って?」
「暗黒ブームに全力で乗って、呪い付きの暗黒グッズに手を出した奴が結構いるみたいでさ。ブーム化の影響で街全体が闇属性になってて、呪いへの耐性も上がってたから暫く無事だったんだけど、ブーム終焉で耐性も下がって呪いを食らった奴等が何人も出てんだ。舞台役者から五人も被害が出て、舞台が開催できなくなってんだよ」
「……?」
出来るだけ簡素にツボだけ押さえた説明をしてみたけど、コレットはいまいちピンと来ていない様子。もっと簡易化しないとダメか。
だったら……
「闇に呑まれた奴を元に戻したい」
「あー、そういう事。だからパラディンマスターで聖属性の私の力が必要なんだ。最初からそう言ってくれれば良いのに」
嬉しそうだな……自分の得意分野だからか。まあ良いけど。
取り敢えず、ここへ来た目的は果たせた。後はコレットの聖なる力が暗黒グッズを打ち消せるかどうか――――
「ちょーーーーっと待った!」
不意に、ギルマス室の扉がバターンと開く。こんな無礼な事を出来る人間は冒険者の中にはいない。よって該当者は一人。
「あ、フレンちゃん様」
やっぱりフレンデリアか! どうせこの後コレットと祭りを見て回る約束でもしていて、俺に文句を付けるつもりなんだろう。そして押し問答になったら貴族の権限で強引に連れて行こうとするに違いない。
そうはさせない。ただでさえちょっと時間使い過ぎてグダってるのに、これ以上ダラダラ長引かせてたまるか。
「これからコレットは私とお祭りを見て回るの! 邪魔するなら――――」
「そうです邪魔です! でも見逃してくれませんか!? コレットには絶対必要なことなんです! これでギルマス失格になったら貴女責任取れるんですか!? 取れねーでしょ!? 無責任な事言うな!!」
フレンデリアの血走った目が、一瞬でノーマルの白と黒に戻る。
どうせ盗み聞きしてたんだろうから、これだけで多分全てを理解するだろう。この御方、コレットの事になると理解力が通常時の数倍になるからな。
「……今のコレットに必要なのは実績を積む事。ギルマスの立場で聖なる力を使って街の危機を救えば、周囲に認められて本人も自信を持てるって言いたいのね?」
満点回答。一を聞いて十を知る、を見事に実現しやがった。これもうエスパーよりエスパーだろ。
「だったら仕方ないか。コレットと一緒にお祭り回るの楽しみで楽しみで仕方なかったけど、コレットの為なら喜んで身を引こうじゃない。移動はシレクス家の馬車を使いなさい」
「どーも」
「え、えっと……よくわかんないけど、ありがとうございます」
コレットが困惑しながら頭を下げた瞬間、右耳がコソコソ話を拾う。いつの間にか俺の傍にセバチャスンが音もなく接近していた。
曰く――――明日は必ずコレット様とお嬢様をデートさせる事。コレット様の株を絶対に上げる事。宜しく申し上げる。
……脅迫の体こそ取っていないけど、圧が凄い。あとフレンデリアの顔も怖い。でもコレットが顔を上げた瞬間、野獣のようだった眼光は一瞬でにこやかな笑顔に戻った。もう挙動が全て怖い。
なんつーかさ、ガチなんよフレンデリアって。このチャンスに絶対にコレットをコマしてやるという強靱な意志を感じる。もうね、必死さの質が性欲旺盛な10代男子のそれなんよ。今回の交易祭で進展なかったら俺、とばっちりで殺されるんじゃないか……?
「コレット。この部屋の扉、もうちょい分厚いのに替えとけ」
「?」
コソッと耳打ちしたものの、俺の助言をコレットは理解していなさそうだった。
本気過ぎるフレンデリアにまあまあ引きつつも、彼女の馬車は辻馬車を利用するより遥かに早く俺達を劇場へ運んでくれた。
「……うーわ」
大急ぎで医務室へ戻ったものの、先に入ったコレットが思わず一歩後退るくらい、室内はより悲惨な状況になっていた。
「あっ♡ ああっ♡ あひいっ♡ ひいいーーーーん♡」
「敵の動きを知るのは目でもない耳でもない! わたしは心で気配を見切る!!」
「ンーーーーーーーーーッ!! ンーーーーーーーーーッ!! ンーーーーーーーーッ!!」
「オッペケペロンチョポロリあ痛った!! あれ、俺何を……ピロピロピーピロピロピーピロあ痛った!!」
「 」
毒に蝕まれている劇団員は、苦痛から逃れる為にそれとは真逆の『気持ち良い』という感情を演じているらしい。その為、常時アヘ顔だ。
暗闇状態の劇団員は『心眼に目覚めた』という演技を行って厨二病に侵食されたかのような発言を連発。恐慌状態の劇団員は心臓を何度も叩いて『俺様は無敵だ』アピール。混乱している奴には定期的に自分をビンタして痛みで我に返るのを繰り返し、麻痺している人は木の役を演じ植物の心になる事で、それぞれ精神の均衡を保っている。
「これが対処療法なんですか……?」
「はい。皆さん演技派ですから、なんとか上手くいっています」
上手くいってんのかな……なんか全員の状態異常を混沌に上塗りしただけのような。まあ専門家が言うんだから間違いないか。
「コレット。頼む」
「任せて!」
心強い宣言と共に、コレットは腰に下げていた剣を抜いた。
鎧や兜と共に新調したと言うその剣は【ルーンブレイド】。攻撃力は中の上くらいだけど、魔法をチャージする事が出来る特殊な剣で、剣身全体に呪文が刻まれている。格式高い感じが気に入ったらしい。
移動中に事情は全て説明している。コレットはかなり自信がある様子だったけど、大丈夫だろうか……
「えいっ!」
そんな可愛い掛け声をあげた瞬間――――コレットの全身が純白の光に包まれた。
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